4-24.【Side:ギルベルト】あんないじらしい男爵令嬢がいたなんて
今回は短めです。
普段より少しだけ早い時間に目を覚まし、着替えを済ませて居間に入ると、兄上に、そこへ座れ、と、真剣な声で言われる。
ボク、何かやらかしただろうか。心当たりがないわけでもないけれど、朝一番で叱られるようなことはしてないはずだ。
「トビアス・カウフマンが命じる。ギルベルト・カウフマン、本日正午をもって貴殿に対し、ビルジー侯爵家当主代理としての王都屋敷管理のうち、侯爵家私兵管理を除く全権を委任し、その名をもって、事務を執行するものとする。質問はあるか」
はい?
「あ、兄上。それは、これまで兄上がやってきたいろいろな仕事を、ボ……わたしが担当する、ということですか?」
「そうだ。正確には、屋敷に居る私兵の指揮権だけは、俺に残る。そして、本日付で、私兵の所属は全員、カウフマン家から、俺個人に移る」
「……」
「質問は受け付けるが、異論は受け付けないからな」
「このことを、父上は?」
「これからお伝えするが、ギルベルトには、そのための使者になってもらいたい。急で済まないが、今日の午前中には出立できるように、準備を」
使者って、かなり大事になってきた。
単なる連絡員なら、秘密を守ることができさえすれば、誰でも構わない。でも、正式な使者というのは、発信者の代理として赴くことになるから、その発言は非常に重いものになる。何か聞かれた時に、わかりません、が通じないことも多いんだ。
「伝達の内容についてだが、具体的には」
複数の文書を手渡された上で、いくつかの番号や数字を覚えさせられる。暗号だ。
いったい、どれだけ重要なものなんだろう。それも、緊急で。
そういえば、兄上はここ二日間、夜遅くまで資料やら書類やらと格闘している。
どうやら、かなり大きな動きがあるみたいだけれど、詮索するな、という雰囲気を漂わせている。
異論は受けないとのことだし、こうなったら仕方ない。あれこれの準備で慌ただしい屋敷だけれど、今日は、お客さんがくる。いや、今日も、というべきかな。
そのお客さんというのは、おとといボクが町中で声をかけたレオノーラ嬢……いや、そのレオノーラ嬢と同居している女性、だったっけ。そして彼女が、レオノーラ嬢の妹さんを連れてくるという。
レオノーラ嬢は、なかなかいい体つきをしているし、妹さんも期待できるかな、と、漠然と思っていたのだけど。
部屋に入ってきた少女を見て、ボクの体は凍り付いてしまって、動けなくなってしまった。
さらりと流れるような、艶のある銀色の髪。あでやかさと気高さを併せ持った、魅惑的な目と唇。
美しい。可憐だ。愛らしい。
そんな彼女が、白いブラウスに、濃紺色をしたハイウエストのスカートをまとっていて、清楚さとセクシーさの両方を際立たせている。
いろいろな形容詞が頭に浮かんだけれど、声が出なくて。そして、じわじわと、体が熱くなるのを感じて。
あのきれいな指を見れば、わかる。虫も殺したことのない、心優しく可憐な女の子なんだろう。
あの澄んだ目を見れば、わかる。男と手を握ったことさえない、けがれなき、純真無垢な女の子なんだろう。
ボクが手を出していいのだろうか、とさえ思う。
失礼ながら、男爵家、それもほとんど顧みられることのないような零細貴族に、こんな娘さんがいるとは思わなかった。
儚さと気高さを兼ね備えている。ウチの侯爵家など、あまり表に出せないこともいろいろやっているけれど、あの子は多分、そういった後ろ暗さ、汚さとは無縁の世界で生きてきたんだと思う。
だからこそ、思った。
この子と一緒になって、彼女の側で過ごしたい。
このところ、腕の立つ殺人屋が暗躍しているというけれど、そういう輩から、血なまぐささから、彼女を守りたい。
悪徳貴族が、自分の娘を悪所に追いやって働かせるなんて話もあるけれど、そんな汚らわしい場所に、彼女を近づけさせたくない。
レオノーラ嬢、いや、ユキエ様には悪いけれど、あの男爵家に置いておくのは、彼女にいい影響を与えない。
そんなことを思って、後ろ髪を引かれながら、ボクは王都屋敷を出発して、領地の本邸へと急ぐ。
だからだろう。
馬上でボクは、気が付かないうちに、独りごちていた。
――ボク、この仕事が終わったら、彼女にプロポーズするんだ。
よりにもよって、イザベラに一目惚れしてしまった不幸な男の子。それも、イザベラの実像とは真逆の想像をしながら。見る目がないにもほどがありますが、知らないというのは幸せなことなのかもしれません。ご丁寧に、最後にフラグを立てるというオマケ付き。
ギルベルトは、執筆開始の時点では、裏でトリックスター的な役割を担う予定だったのですが、現状ではピエロ的モブになりそう。




