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4-23.【Side:エドガー】武闘派伯爵は底の知れない二人の少女に振り回される

「トビアス君。彼女はいったい、何者なのかね」


 あの妙な打ち合わせの後、トビアス君と二人きりになって、最初に発した言葉がこれだった。


 召喚された者だと? そのような術、聞いたことがない。秘匿されていたものとすれば、あの場で事情を明らかにした理由は何だ?


 聞きたいことは、山ほどある。でも結局は、その一言に尽きよう。


「レオノーラ嬢の体に入っている、義父上と会話をしていた彼女のことですね。彼女を含めた、我々の言うとおりですよ」


「むう……」


「ドゥルケン男爵家、いえ、エグナー家の血を引く者ですから、何が起こってもおかしくはない。そう考えるべきです。あのような現象、誰にも説明できるものではありません。そして、ユキエ殿の世界には、こういう言葉があるそうです。“語りえぬものについては、沈黙しなければならない”と」


 ドゥルケン男爵家は、他の下位貴族とは異なり、特殊な任を負っているということを、耳にしたことがある。彼らが表に立つことはめったにないが、安易に手を出せば必ずや痛手を被るとも。


 だから、レオノーラ嬢が派手な行動を始めた時には、違和感こそあれ、関わってはいけない、巻き込まれてはならない、その判断が先に立った。貴族にせよ、官僚にせよ、軍人にせよ、冷静な判断力を備えていれば、誰もがそうしたに違いない。別段守るものがない者、上昇志向が強い者であっても、彼女が“あの”ドゥルケン男爵家の者だと知れば、手を引く。


 単純に変化を恐れて動かないのは、事なかれ主義というものだ。しかし、判断材料が乏しく、結果はもちろん経過もわからぬというのに、流れに身を任せて突き進むのは、良い策ではない。ただの蛮勇だ。追い込まれた立場にあり、失うものは命のみ、という状況であれば、一世一代の大バクチに賭けるのも悪くないが、合理的な行動とはとてもいえまい。だからこそ、大半の者は、傍観した。


 例外が、王太子殿下とその周辺だったが、そういう判断をされる事情がおありのことだろう。そう思っていたが、必ずしもそうでもないかもしれぬ。


「説明できない現象が発生したことは、事実だろう。君に加えて、フリーデも認めているなら、少なくとも、ユキエなる者がレオノーラ譲とは全く違う存在なのは、認めざるを得んな」


 そもそも、どこまでを事実とするか。これも、観察方法によって左右されるものだ。


 事実は一つしかない、事実に即して判断せよ。そのように語られる事は多い。しかし、その文脈で語られる“事実”について、人は、それを知り、受け止めることが可能なのか。可能だ、と断じるのは、余りにも傲慢ごうまん。だからこそ、一定の判断を基に、事実か否かを決めるしかない。


 そして、今回の現象は、事実と認めるべきものだろう。


 だが、筋は通っても、納得はできぬ。


「彼女……ユキエ嬢と言ったか。あの話、人心を煽惑せんわくする輩の妄言にしか聞こえんが、その一方で、不思議な説得力がある。そう、あたかも、政変そのものを成功させるのではなく、政変後に起こりうる状況変化を想定して最適解を求めるような物言い。あのような考え方、通常の者では……ふむ……」


 どうにも、喉に骨が刺さるような、気持ち悪さが残る。それに。


「ユキエ嬢の発言は、確かにこの世界で生きておる者とは、かけ離れた価値観に立脚している、それはわかる。わかるのだが、どことなく、トビアス君の発想と共通点があるように思えるのだよ」


「わたくしの発想が、ユキエ嬢のそれと重なるところが多いのは、事実です。ですが、それは単なる偶然でしょう。それに、ユキエ嬢の説明の多くについて、イザベラ嬢が独自に組み立ててきた理論が背景にあるといいます。イザベラ嬢も、わたくしと同様、召喚の経験など皆無の、この世界で生まれ育った者。愚考するに、わたくしやイザベラ殿が居るここに、彼女が呼び出されたのは、一種の運命なのかもしれない、とは思います。何ら根拠はございませんが」


「運命、か。そういえば、トビアス君。彼女は、君への好意を全く隠していなかったが、君は、どのように考えているのかね?」


「……それは、答えなければいけない問いなのでしょうか?」


 現時点における当人たちの意思はどうあれ、トビアス君とフリーデの婚約は、もともとわたしが無理にねじ込むようにして実現させたものだ。その時点で、トビアス君の感情を考慮していたとは言えない以上、現時点における彼の行為には容喙ようかいできたにせよ、感情を詮索する権利はない。


 そして、この反応は、明確な好意があるかどうかはさておき、そういう感情を抱いている、もしくは抱く可能性が十分にあることを示唆しているということだろう。


「いや、すまん。そういう意図ではない。そうなると、フリーデには頑張ってもらわんとな。ところで、ことが落ち着いた後、ユキエ嬢を側に置くつもりなのかな」


「どうでしょうね。ユキエ殿が、自前の肉体を持って、自分の行動の責任を自分だけで取れる状態になるのであれば、わたしの行動が変わる可能性を、現時点で否定できるとも限りません」


「うむ」


 確かに、ユキエ嬢の肉体は、レオノーラ嬢のものだったな。つまり、会話以上のことは、事実上不可能ということになるのか。


 とはいえ、この男を、ここまで揺さぶるとは。


「ふ、君のような人間を、そこまで魅了させる女性か。それも、肉体がなく、言葉を発するのみの存在。面白くはあるが、恐ろしくもある」


「……」


「それに、イザベラ嬢を、敵には回したくないしの」


 応接間に足を踏み入れる瞬間、即座に周囲を確認し、自分を含めた招待客の足元を確認し、使用人など室内に居る者の動きを確認する。敵地に乗り込もうとする者の行動だ。それを隠すことなく、いや、見せつけるように行う。


 その後も、イザベラ嬢の眼光には、震えを抑えるのがやっとだった。恐らくフリーデなどは気付いていないだろうが、ある程度の力量を備えた者にのみ感知できる、強烈な威圧感。


 結局のところ、あの威圧感に負けて、協力を受けざるを得なかったようなものだ。


 そして恐らく、二人して得物を手に立ったら、わたしの命はなかったに違いない。


 彼女の身のこなしは、正々堂々たる武術によるものではない。わたしの目に間違いがなければ、ごく一部の貴族に伝えられているという、暗殺術であろう。


 武闘派貴族が、聞いて呆れる。たかが一介の小娘と侮っていた結果が、これだ。いや、勝てそうにないことは仕方がない。そうではなく、あのような者を相手に、お手並み拝見などと、めてかかっていたのが悔しい。


――少数の対象を抹殺するだけなら、わたくしだけで十分対応できますわ。そう、名の知れた武闘派貴族様といえども。


 彼女の目は、そう語っていた。


「まったく、フリーデも、トビアス君も、とんだ連中を引っ張ってしまったものだな。まあ、引き返すことはできまい。この先どうなる……いや、どうするか。見届けさせてもらうとしよう」


 年甲斐もなく、声がうわずっていた気もする。さて、どのような絵が描かれていくのだろうか。


 彼女たちは特に何も言っていなかったが、アイゼン王国も、いささか妙な動きをしている。ちょうど、世界が動き始めている時期なのやもしれない。

この物語では珍しい、大人の登場人物。主人公に対しては男親の視点に、イザベラに対しては脳筋貴族の視点になります。

“語りえぬものについては、沈黙しなければならない”は、ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』末尾の文として有名です。もちろん、トビアスはこのフレーズを最初から知っていますし、主人公はこの世界に来てから一度も口にしていません。ただし、本来はそういう意味で使うべきフレーズではないので、主人公ならこういう言い回しはしないでしょう。

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