4-22.【Side:フリーデ】感情の乱高下に悩まされる一日
トビアスは、あくまでもこの世界で生まれ育っていて、その一員として、斬新な発想や案を出している。でも、自分の居場所、自分の役割を知っているから、行動の結果がどうなるかを常に考えて、そこから逆算して選択している。堅実な人間だから。
――この世界しか知らない人に比べて、俺の引き出しは、確かに多い。でも、その引き出しを立て続けに開けていくと、この世界は壊れる。だから、壊れることが絶対にないように、加減を心得ないといけないんだ。それに、むやみに天才だの何だのと持ち上げられるのも嫌だしな。
ユキエが来る直前のセリフ。もう少し弾けてもいいんじゃないかしら、そう思ったけれど、そんなわたしの認識が甘かったことを、すぐに痛感することになった。
彼女は、割とさっぱりした女性だ。貴族の視点では、うらやましくなるほど、素直に発言し、素直に行動しており、それでいながら、相手が貴族だろうと誰だろうと、卑屈にならずに、堂々としている。
しかも、何の前触れもない召喚。ほんの数日まで、トビアスの前世と同じ世界に居て、しかも彼と一緒に暮らしていたという。
わたしが最初に興味を持ったのは、彼女とトビアスのつながりではなく、ああいった発想や思考を生み出している世界とは、どういうものなんだろう、そういう好奇心が理由だった。彼女と友達になりたい、と思ったのも、その延長だったのだろう。打算的ではあったけれど、彼女の性格を気に入ったのも確かではあったから。
でも、お父様を交えて打ち合わせの場で、説得があまりうまくいかなくなった時。
「トビアス君との縁が切れるのは惜しいが、それでも仕方はないな」
この言葉を聞いた途端、ずきんと胸が痛んだ。
なんだろう。この言葉は、わたしとトビアスの間を、積極的に引き離そうとするものではない。この段階では、お父様が今回の企みに賛成することはできず、結果としてそうなる、と言っているに過ぎないのだけど。
トビアスとの関係が絶たれるのが怖いのか、ユキエと話せなくなるのが辛いのか。そんなことを頭の中でグルグル回していると。
「そうですか。それでは、わたくしがトビアス殿を奪って関係を持ち、フリーデ殿との婚約を解消させた上で、新しい婚約者になっても、問題ありませんわね」
え? ユキエ、今、なんて?
その後、それで一向に構わない、王太子との婚約の件も一気に片付く、ビルジー侯爵家領へ撤収する、と、流れるように説明していく。
確かに、現実的な可能性を考えれば、けっこうな説得力がある。
ユキエが、彼女自身が望んでいた策が、これだったというの? お父様の目の前でいきなり話したのは、わたしに反論させないため? 王国が混乱するのは確実だから、その機に乗じて、トビアスを? 今までの提案は、そのための布石だったの?
後から考えれば、とんでもない考えが、頭の中にどんどん湧いてくる。それも、とにかく後ろ向きな考えばかり。
だから、ユキエが、わたしがトビアスについていくのは構わない、友人付き合いしたい、第二夫人でどうか、そう言った時。
ほっ、と胸をなで下ろす自分がいて。
……なんでだろう。
何に対して、安堵したのだろう。
安堵感と共に、別の形で、モヤモヤした複雑な感情が拭えない。おかげで、それ以降の議論が、あまり頭に残らなくなってしまった。
お父様と別れた後、ユキエに真意を確認しようとしたけど、そんなことできるはずがない、お父様に対するブラフだ、って返したけど、さすがのわたしにもわかる。
第一選択じゃなくても、事前に用意したものじゃなくても、あの計画案自体、彼女が望んでいるものの一つだってことを。
ただ、あの計画案では、トビアスが、彼の魅力を存分に発揮することはできないし、それは彼女が望むところじゃない。だから、真面目な提案はしなかった、ただそれだけなんだろうと。
そういったことばかりが、頭の中を埋め尽くして。
そういう、ごちゃごちゃした考えが初期化されて再整理されたのが、イザベラの行動であり、言動だったのだけど。
わたしは一介の伯爵家の娘に過ぎないとはいえ、それでも武闘派で知られた家の娘、一通りの訓練は受けてきたし、それなりの武術は身に付けてきたつもりだった。お父様とは比べるべくもないけれど。
そんなわたしがイザベラを見た時には、単に、かわいいお嬢さんだな、としか思えなかった。ほんの一瞬だけ、カミソリのように鋭い眼光を見せていたけど、これは話し相手に対して主導権を得ようとするものであって、武術的な意味での威圧とは違う。そういう荒事には無縁だと思っていたし、実際、そんな気配はまるで読めなかった。
しかし、地下牢で、盗賊に対する彼女の尋問の態度を見ていると、それはどう見てもお嬢様のそれではない。威圧感どころではない。相手への闘争心を飾るところなく表に出して、強烈な殺気を吹き付けている。わたしやユキエに向けたものではないけれど、見ているだけで顔が青くなる。ユキエに至っては、最初から最後までガタガタ震えていた。無理もない。
その彼女も、応接間に戻ると、しばらく不安定な感情を見せていたものの、ユキエと話すことで、すっかり落ち着いたけれど、その様子に、少し薄ら寒いものを感じて。
彼女が話した“裏稼業”にも驚いたけど、それ以上に、澄み渡った高原の湖水を見ているような、すっきりした表情をしているのが、気になって。
素直に考えれば、抑えつけていたものを吐き出してさっぱりしたためなのだろうけれど、それだけではない気がする。むしろ、これで心置きなく、何かができる、という表情に感じた。
彼女がこれからやろうとするのは、何だろう。
ユキエと共に、新しい社会を作ろうというのだろうか。いや、それにしては、彼女には、主体的に関わろうとする意欲があまりにも希薄だ。それなのに、使命感だけは強く伝わってくる。最初は、目立ちたくないといった消極さが原因かと思ったけれど、どうも、それだけではない気がする。
彼女は、表舞台に立つ資格がないと言っているが、それは、表舞台に立ってしまうと、すでにボロボロにもろくなっている彼女自身が、完全に崩壊する。そんな危機感を、本能的に持っているのではないだろうか。
宗教画の中から飛び出てきたような美少女の、あまりにも達観したような表情に、背筋を寒くさせたのは、わたしだけではないようだった。
「大丈夫かな」
思わず口をついて出た言葉は、誰に対する心配だったのだろう。
自分の抱いている感情が、何に起因して、どこへ向いているのか、わからない。
それを、一日のうちに、何度も経験することになった。
視野の広さに限界はあるものの、視点がトビアスと似ており、ある意味似たものカップルになりそうではあります。夫唱婦随型の。
主人公なら、割れ鍋に綴じ蓋で少しのズレがある方が長持ちするしお互いのためになるのよ、と言いそうですが。




