4-21.【Side:トビアス】元カノとその親友の付き合い方にやきもき
レオノーラ嬢の中に入っているゆっきーが、イザベラと共に当屋敷を訪れた時、俺は一応、侯爵家次期当主として問題ない程度の対応はできていたと思う。客人を迎える以上、当然のことだ。ところが、家中の者は、なかなかそうもいかなかったらしい。使用人の多く、さらには弟のギルベルトに至るまで、だ。
話題の渦中にあるドゥルケン男爵家のレオノーラが、あまり表舞台に出ることのない妹を同伴したから、といった理由ではない。もっとはるかに単純、いや、動物的とでもいおうか。要は、イザベラの蠱惑的な美貌に魂を奪われてしまったのだ。
不思議に思えるのは、あれだけ強い色気を出しているのに、その一方で、清楚にして凜乎たる空気も、合わせて醸し出している点。
――魔性の女か。
思わず口から出かかった言葉は、あまりにも失礼極まるものだったから、慌てて口をつぐむ。
考えるに、彼女が意図してそのような空気をまとうようになったとは思えないし、生来の素質によるものとも考えにくい。俺より年下だというが、壮絶な経験を踏んできたのではないか。
この時点で、イザベラに対する俺の警戒状況は、軽くレッドゾーンを超えた。
彼女が信用できないとか、胡乱に思えるとかいうわけではない。ただ、技巧の限りを尽くしたガラス細工のように、美しさと表裏一体の脆さ(もろさ)が感じられる。それと同時に、近付く者の指を難なく切り裂き、踏み込む者を自爆で巻き込むような、そんな警戒を抱かせる。
それ以上に怖いのが、その脆さを自覚している、つまり、自分がいつどうなってもいいと、開き直っているように見えることだ。
そのイザベラはゆっきーに相当心を許しているようで、よく懐いており、ゆっきーもそれをうれしそうに受け入れている。
端から見れば、仲のいい二人の少女というだけだ。外面では、義理の姉妹にして実の従姉妹だから、仲がいいのは悪いことではないけれど。
でも俺は、ゆっきーが、イザベラと随分仲良くなっているのを見て、何だか複雑な気分になる。
まあ、身体的接触が許されない俺が、イザベラに嫉妬している面も否定はできない。あんなに気安く抱きつけてうらやましい、という念は確かにある。しかし、それだけじゃない。
それは、イザベラがゆっきーに依存しつつあるように、ゆっきーもイザベラに執着しつつあることだ。
ゆっきーは、イザベラが受けてきた仕打ちに対して、親友という立場で、猛烈な義憤を抱いている。
こんなことを言ったら殴られるかもしれないけど、あの世界で、ゆっきーにはこんな親友など居なかったと思う。もちろん、それなりの友達は居たはずだが、あれだけの感情を抱ける相手は、間違いなく皆無だった。まあ、俺にべったりで、人間関係を拡充する意欲も必要もなかったのかもしれないし、その点では俺にも責任があるけど。
要するに、ゆっきーにとっても、彼女は恐らく、初めての“親友”だ。あの世界を含めて。
そしてまた、イザベラが“吹っ切れた”のも、ほぼ間違いなく、ゆっきーの力、正確には、ゆっきーとの出会いが切っ掛けだ。
で、俺の勘だが。
イザベラは、あまり長く持たない気がしてならない。命が長くないかどうかなんてことは、医者じゃないから、わかるはずもないが、彼女が彼女としていられる期間は、あまり残されていないのではないか。
自我が崩壊しつつある中で、ゆっきーという“話が出来る親友”を得て、いわば燃え尽きつつあるロウソクのように、最後の輝きをまぶしく放っているのではないか。
それは、彼女の目を見て、確信したことでもある。間違いなくイザベラは、覚悟を決めている。その内容は定かではないものの、自分が全てを賭けてその身を焼き尽くさんとする、そういう境地に至っているようにしか見えない。
親友ができた、自分が生きていてよかった、それで満足だ。恐らく、そういった感情を抱いて。
だからこそ、ゆっきーには彼女に、あまり近付いてほしくないんだがな。
このまま踏み込んでいくと、イザベラはもちろん、彼女に巻き込まれる形で、ゆっきーも大きな、それも心理的に大変なダメージを受けるに違いない。
だから。
《これは、ゆっきーよりも長い人生経験を経てしまった、俺からの忠告だ。これ以上、彼女に、深入りするな》
言葉を選ぶ余裕なんか、なかった。
ゆっきーは激高したが、それは、俺が隠し事をしていたからじゃなくて、俺が辛い顔をしていたから、って。
ふふ、あいつらしいや。
不謹慎だろうけれど、それだけで、ゾクッとするほどうれしかったが、そもそも、ゆっきーの存在自体、かなり危うい位置に立っているものだ。
実際、召喚術についての記述を片っ端から調べているものの、新しい肉体を得て、自律した人間として生き伸びた例が、全く見つからない。
肉体を得ることなく、しかも、その寄る辺は別の人間。こんな不自然な状態が、当人の寿命まで続くものだろうか。それなら、そういう人間が生きたということが、なにがしかの形で残るだろうに、そんな史伝を見聞きしたことなぞ、ついぞない。
そこからは、まだ結論に至るには早いけれど、楽しい結末に届く確率は、あまり高くなさそうに見える。
ゆっきーは、フリーデに対していみじくも、こう言ったらしい。自分は、ただの異邦人。でも、俺にとっての彼女は、ただの通りすがりなんかじゃないって。
その通りだ。
だからこそ、どうしたらいいのか、わからない。
いや、どうすべきか、なら、ある程度絞れる。でも、俺の感情が、それを許さない。そして、恐らく、ゆっきーの感情も同様だ。
結論を先延ばしにする愚は、嫌というほどわかる。領地運営を現場でやっていれば、十全の証拠が揃ってから結論を出すのでは遅すぎることぐらい、身にしみて学ぶ機会が何度もあった。巧遅は拙速に如かずという至言を実感したのは、一度や二度ではない。
それでも、こうであってほしいという願望があり、その可能性がある以上、結論を出したくはない。
それに。
ゆっきーが俺と楽しく暮らしていたあの世界と、俺が今居るこの世界は、根本的に別のものだ。
時間旅行は心の傷を埋めるかもしれないけれど、次元旅行は心の傷を埋めてくれはしない。
考えたくはないけれど、望みが絶たれる状態になったら、彼女は、俺は。
どうすればいい。
それでも、タイムリミットは設けた。明後日、と。
ゆっきー、申し訳ない。
異世界出身の革命コンサルなんていう、三文ラノベの主人公みたいな役を押し付けておいて悪いけれど。
俺には、新しい政治、新しい社会、新しい人間観の確立なんてものには、集中できそうにない。
だって、ゆっきーと再会できてから、君の事しか考えられないから。君の声が聞こえるかぎり、この思いを封印することなど、どだい無理な話なんだ。
理性だの自制心だの、そんなものは彼岸のかなたに吹き飛んでいる。もう、そういう段階でさえない。
この世界で二人きりになれるなら。それなら。俺は。
そう思っていると、執事が入ってきて。
「若様、失礼致します。レオノーラ嬢がおみえになっております」
……あいつ、何をするつもりなんだ。
巨視的、俯瞰的な立場から判断できるトビアスの目には、この先の展開があまりいいものには映っていないようです。
主人公も彼も、いわゆる「頭のいい人」ではありますが、そのベクトルがかなり違うことを読み取っていただければ。
そんな彼も、主人公への思いを抑えきれない状態になりつつありまして。




