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4-15.男爵令嬢はすっかり吹っ切れました

 イザベラをひたすら慕っている二人の盗賊娘は、イザベラが、翌朝ドゥルケン男爵家へ必ず顔を出しなさいね、さもなければ草の根分けても探し出して、尋問の“手本”を体に教え込んであげるからね、と、笑顔で念を押すことで、解放する。青髪のタレ目の方、ルナが座っていた床が濡れていたように見えたんだけど、うん、大汗かいたんだね、暑かったんだね。


 ルナは、割とぽわんとした印象を与えるのに、口が悪く、そのギャップが大きい。ついでに、胸も大きい。ショートヘアなのに、右側だけ髪留めを付けているから、左目が見えなくなっている。独特のデザインをしたカチューシャがチャームポイント、髪に合わせたような青い瞳がきれい。メイド服が似合いそうで、種族は鬼かもしれないし、味方には献身的でも敵には情け容赦ないタイプと見た、腕力もありそうだし要注意か。


 その顔つきに似合わず、身体能力だけでなく、視力や聴力も優れていて、手先も器用。外見と能力が一致しないため、盗みに限らず、諜報ちょうほう活動などに才を発揮するだろう、と、普通なら思う。ところが、観察力や判断力が致命的に弱く、分析力などほとんどなく、短気。根性だけはあって何も恐れず突き進むタイプ。絶対に早死にしそうだ。盗賊に限らず、人目に付かないで進める仕事には、臆病過ぎるぐらいでちょうどいいのですが、というのが、イザベラの談。前向きなムードメーカーで、気配りができるため、チームを組ませるのがいいらしい。ただし、文字の読み書きや計算が全くできず、現金以外の価値もわからないので、そのあたりは、相棒のサラに丸投げしているらしい。難しいことはわからない、というより、わかろうとしない脳筋タイプ。


 もう一人、金髪でツリ目のサラは、触れると切られそうな印象を与えるけれど、味方に対しては甘々。口数が少なく、親しい者以外には表情をあまり変えないらしい。ロングヘアの上から、黒いハンカチをヘアバンド状に巻いている。ルビーのような赤い瞳が神秘的。正体は、奈落の底に封印されていた吸血鬼のお姫様で、モテモテ銀髪隻眼せきがんヤローの正妻だったりしないよね。


 鈍くさくて潜入行動自体にはおよそ向いていないけれど、最低限の読み書きができるほか、危機察知能力が意外に高い。事態が急変しても、割と冷静に対処できる。ただし、素の戦闘能力や敏しょう性に欠けるので、危険なエリアに入ること自体が自殺行為、というのが、イザベラの分析。とにかく仲間思いで義理堅く、味方の周りにいる人間の態度や性格も的確に見分けるらしい。現時点では、わたしにはやや好意的、フリーデにはやや敵対的、トビアスは中立というか判断保留というところか。


 確かに、二人で組むこと自体は悪くないだろうけど、お世辞にも頭がいいとは見えないのがタッグを組んでもなあ、という気もする。


「鬼とか、吸血鬼とかって、何ですか?」


「気にすんな」


 内心で思ってたことが、口に出ていたみたい。めざそう系ネット小説をまだ読んでんのかよ、と言いたげなトビアスの表情より、邪気のないイザベラの目が痛い。いや、トビアス、あんたもよく覚えてるな。


「使える手下として育てようとするよりも、ひとまずは従順かつ大事な手足と思って、訓練して言うことを聞かせながら、雑用的なことをさせるのがいいんじゃないかな。実年齢はともかく、精神年齢は多分イザベラよりもかなり下だと思う、特に思考回路なんかの点でね。それなら、彼女たちに必要となるのは、広い視野を持たせることと、知らないことが不利になることの認識かな。盗賊としての道を究めるのであれ、どの道を進むのであれ、必須のことだし」


「いえ、わかりますけど、それって、今やることなのでしょうか」


「今、というより、それができるのが、イザベラだけだから、かな」


 間違いではないけど、論点をすり替えている。表情を見れば、彼女もそれには気付いているようだ。


 イザベラだけ、というのは、盗賊二人組を育てられるのは、という視点で見れば、文句なしに正しい。彼女を慕っている様子を見れば、恐らく、心を許せる唯一の人と認定している。慕われている当人はいささか迷惑気味だけど。


 でも、そもそも、“それを今やる”か否かという点については、何も答えていない。やる意義があるのか、二人組以外に何かメリットがあるのかというと、何も話していない。


「もっとも、それだけじゃ、あなたが二人を引き受ける意味はないわね。でも、今のあなたは、もう自分だけのものじゃない。あなたしか、持っていないものがある。それを、その意味を、その価値を、伝えていくべきよ。文字だったり、技術だったり、いろいろな形で」


 それまでの、うんざりしたような表情だったイザベラが、口元をキッと引き、目をカッと開いて、わたしをにらみつけるように見る。


 へえ、こんな顔もするんだ。


「ユキエ。はっきり申します。確かにわたくしには、後天的に、努力や経験によって身に付けた“技術”がございます。しかしそれを、伝授する、いや、後生に引き継がせるつもりはございませんし、それを使う者を再生産したくありません。わたくしは、この“技術”があることを誇らしく思ってはおりますが、伝えられた側は、ほぼ疑いなく、絶望の淵に追いやられます。適度に病んでいる者でない限り、すぐに心が壊れます」


 辛いことを言わせているのは百も承知だけれど、これは仕方がないことだろう。


 彼女の言う“技術”がどのようなものかはおおよそ目星が付いてるし、それを身に付けていることは、個人的にはともかく、社会的には指弾されるもの。それなら、彼女の語りももっともなのだ。


 しかし、適度に病んでいる者って。言い得て妙ではあるけど、そこまで自虐的な物言いになると、こちらも辛くなる。


 イザベラが求めているのは、“技術”を行使できる者の再生産という以上に、その背景に、彼女がそういう技術を身に付ける羽目になったあれこれが念頭にあって、それを強制される人間を、増やしたくない、いや、なくしていきたいということだろう。


 議論を混乱させる意図はないけれど、正直に反論すれば、イザベラといえども感情的になりそうな場面だ。慎重に答えよう。


「使った対象を害する技術、使う主体が摩耗する技術。特に、人間が人間として扱われないことによって、得られる技術。確かに、そんな技術はなくしていくべきよね。でも、それは、二つの点で、見当違いだわ。第一に、それは、イザベラの個人的経験を再生産させない、という視点じゃなく、巨視的視点で対処すべきということ。辛いことを突きつけるようだけど、多分、悲惨な状況下で育ってきた人が、この世界にはたくさん居ると思うから」


 これは、聡明という表現を突き抜けたような頭脳を備える彼女なら、すぐにわかるだろう。いや、わたしが言わなくても、最初からわかっているはずだ。実際、特にリアクションは見られない。


「第二は、あなたが伝えるべきものは、肉体的に修得した“技術”ではない。あなたが頭の中で練り上げた、思考の過程と結論よ。この世界では、学問として認められていないものでしょうけれど、人が人として人らしく生きていくためには、いえ、人を人として人らしく“生かして”いく世界を作っていくには、イザベラの思考は、絶対に必要なもの。それを、血とし、肉としていくためにも、個人的資産のままにしては、絶対にダメ」


 さて、正攻法で説いたものの、すんなり納得するはずはないよね。


「自分が考えたことなんか、この世界では異色を通り越して異端、少なくとも現時点では公開するべきではないし、残せるようなものではない。そう考えてるんでしょうね。それに、辛いのだと思う。だって」


 ここで、イザベラの手をぎゅっと握ると、彼女はビクッと体を震わせる。


「あなたの部屋を見て、あなたと話をして、わかったよ。あなたの見識は、書物で得たものじゃない、それはせいぜい、ヒントでしかない。多分、社会の、いえ、人間の裏側を何度も見て、気付いて、考えて、それで練り上げたもの。そうね、イザベラが“あなたの代で止めたい仕事”をする過程で得たのでしょう」


「……!」


 イザベラの体がこわばる。


「あなた自身は、その仕事には抵抗はないかもしれない、いやむしろ、誇りに思っているかもしれない。でも、それと同時に、人に決して勧めてはいけない、そう信じているのね」


「わ、わたくしは……」


「そして、あなた自身の感覚ではなくて、他の人の感覚を尺度に、その仕事を判断している。他者の視点ではなく、他者の基準で評価している。価値評価を客観的に行うために、自分以外の視点を中に据えるのは、一般的には必ずしも間違ってはいないけれど」


 愚鈍な他者なんぞクソクラエだよ。そう言いかけるのを、なんとか飲み込む。だって、そう断ずるだけでは、イザベラをして、自分の中でストンと落とし込ましむることにはつながるまい。ここは、間を取るタイミングだ。


 イザベラの自己評価が極端に低いのはわかる。それでも、彼女には卑屈さがあまり感じられないし、初対面の人間と相対しても怯える気配はない。“仕事”を通じて克服したのだろうけれど、何と皮肉なことだろうか。


 それなのに、彼女は、自分が考えついた、考え出したことに関してだけは、かたくなに、妄想の延長としか思っていない。


 最初は、その思考が、思想が、この時代には明らかにそぐわないことが原因だと思っていた。実際、彼女の発想を論文なり書物なりの形に整えたとして、後世の歴史家は、この時代に発せられた思想というにはあり得ないからと、偽書扱いしかねない。それほどのものだ。


 しかし、時代を先取りしすぎているからといって、それだけでは説明が付きそうにない。


 わたしだって一応、つい先日まで、大学で社会科学の勉強をしてきた身だし、恐らくは同世代の平均的な学生よりも、多くの文献に当たり、多様な視点を吸収してきた。詰め込んでいたという段階であって、そこから新しいものを生み出しているわけではない、という程度の自覚と共に。


 だからこそ、彼女の思考、思想の価値を、この世界の誰よりも、適切に評価できている。その自信はある。そして彼女も、頭の中では、わたしの評価を否定はしないだろう。


 でも、受け入れることができないのだ。


「だからこそ、その仕事の過程で得て、練り上げたものを、評価しない。いや、評価できないのよね」


 他者、いや、今の社会から見て、倫理規範を完全に無視しているような“仕事”をするだけでなく、恐らくは、その果実として生まれたのが、彼女の考えだ。だからこそイザベラは、その果実自体を、社会の中へ出そうとしないのだろう。それは、あくまでも自分が行動し、打ち立てていくためだけに用いるものだ、と。


 もちろん、その考えをわたしに明かしてくれて、トビアスにも詳しく説明するようにはなった。凍り付いてしまった心が解けつつあるというより、信頼して話せる相手を探していたのだろう。


「でもね。あなたの考えは、あなた自身が作り上げたものなの。そこに至る過程も、方法も、関係ない。あくまでも、今あるのが、今のあなたなんだから。それに、過去に辛い経験があって、それが現在を規定しているとは思う。でもね、イザベラは、今の自分を、否定していないんだよね。だったら、今あなたがつかんでいる考えだって、否定する必要はないよ。確かに、技術については、自分だけで終わらせるというのは、意味があるでしょうね。でも、思考、思想は、違う。それを身に付けた人を、不幸にするものじゃない。むしろそれは、人を幸せにするために使ってこそのものよ」


 知恵によって人が幸せになるなら、知識によって人が幸せになるなら、時代が下るほど人は幸せになっているはずだ。そんなことはあり得ない。身もふたもないけれど、わたしの発言は、欺瞞ぎまんそのものだ。詭弁きべんにさえならない。それは、彼女にも伝わっているかもしれない。


 それでも、構わない。


「それにね。わたしは、あなたが自分の意思でやっていることなら、止めることはないし、そのつもりもない。だけど、つらいな、一人で抱えるのがしんどいな、そう思うことも、きっとあるよ。そういう時に、背中を貸すことぐらいなら、できるから。話したいことがあるなら、話していいから。一人がいいのなら、一人でもかまわない。でも、一人だと嫌なら、頼ってほしいな。それぐらい、わたしを、利用してよ。助けてほしいことがあるなら、声を掛けてよ。これでも、親友のつもりなんだから」


「!」


 うつむき加減だったイザベラが、ガバッと顔を上げて、わたしの目をじっとのぞき込む。さっきの、不安と逡巡しゅんじゅんで泳いでいた目は、そこにはもう見えない。


「そうか……そうですね……」


「うん。それに、こんな美少女が下を向いてちゃ、もったいない、ぞっ!」


「……うふ」


 うん、女の子は、笑ってるのが一番だよ!


「そうですね。いろいろ悩んでいましたが、吹っ切れた気がします。ユキエ、ありがとう」


 ぺこり。いや、頭を下げられるようなことはしてないんだけどね。


 そして彼女は、トビアスとフリーデに向かい合う。


「トビアス。フリーデ。改めて、このようなわたくしを……邸宅に侵入する盗賊に、同業として慕われているようなわたくしを、受け止めていただき、ありがとうございます。また、エドガー様を交えての、連携の確認、感謝に堪えません。このように、わたくしを信頼していただいた以上、わたくしも隠し事をなしにしたいと存じます」


 吹っ切れたような表情のイザベラ。しかし、そこに見える決意に、嫌な予感を覚えた。吹っ切れるのはいいけど、彼女が抱えてきたものを全部、ぶちまけやしないだろうか。


「早まらないで! やめてよっ、これ以上、自分自身を傷つけるのを!」


「ユキエ、さきほど、こう言いましたよね。話したいことがあるなら、話していい、と。このお二方は、信頼に値する方だと思っています。そして、わたくしは、自分のやってきたこと、やっていることについて、胸を張って、肯定できます。大丈夫です」


「そんなスッキリした顔をされたら、何も言えないじゃない……」


「ユキエに心配して頂けるのは、うれしいです。でも、お話しする方が、むしろ、胸のつかえが下りますから」


 イザベラは、二人の目を見て、はっきりした口調で。


「わたくしは、男爵家当主次女の他に、二つの、いわば裏の顔がございます。一つは、依頼と報酬を得て恨みも何もない人を殺める、殺人屋。今一つは、金を受け取り次々と異なる男に体を開く、娼婦」

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