4-14.盗賊娘二人組の扱いを決めました
応接間には、さっきまでのグタグタした沈黙ではなく、独特の緊張感が広がっている。
「あ、あね、さま……じょ、冗談、ですよね……あんな、親切に……」
「あ、あね、ご……そんな、だって……あたしらを、助けて……」
「それとこれとは、別の話ですよね。困っている人が目に入った。自分にとって不利に働くことはなさそうだ。だから助けた。人間だったら、当然のことですよ。貴族も平民もありません」
「貴族なんて、そんなことしませんよ!」
「あんな連中と、姉御は、違う!」
うーん。人のいうことを聞かない、というより、理解できない、理解したくないということなのかもね。貴族イコール悪者という図式が強すぎて、自分たちが勝手に同類だと思っていたイザベラが、実は“向こう側”に属していると知って、混乱して、思考が止まっているみたい。
「まあ、貴族の中にゲスな連中が多いのは確かですからね。わたくしも、そういう連中と同類だと言われれば、返す言葉もありません。……軽蔑しましたか?」
この話し方、わたしとのやり取りで覚えたんだな。自分に対して信頼を寄せる相手に対して、あえてネガティブな表現を示して、ノーという返事を迫るやり方。一対一ならともかく、相手が複数人の場合は、効果が大きい。
「「そんなことない」です」
「ありがとう。まあ、貴族家といっても、吹けば飛ぶような男爵家、それも、使用人が二人居るだけの、ものすごく貧乏な家ですからね。生活費は、わたくしが自分で働いてやりくりしていますから」
「ご自分で、働いてるのですか? 貴族様なのに?」
「貴族様ったって、王様から支給される年金だけじゃ、パンは食べられてもスープは口にできないというぐらいですからね。いろいろな維持費もありますから、どうしても稼がないといけないのですよ。他の家族は、稼ぎという点では無能力ですから」
あの、ここに居るワタシは、どういう扱いになるのでしょうか。まだ自己紹介していないし、有希江の存在をこいつらの前で出すのは嫌なんですが。そうなると、この娘=レオノーラ=妹の稼ぎに寄生しているニート、となりそうなんですが。まあ、現状を改めて見直すと、あんまり反論できないけど。
「どうやって稼いでんの? やっぱり、盗みで?」
「まさか。だいたいわたくしは、人様の屋敷に忍び込んだことはありますが、依頼を受けずに自分の判断だけでお金を盗んだことは、一回もありませんよ」
「あ、姉御、じゃ、じゃあ、何を盗んだのさ!」
まあ、答えるわけにはいかないわな。イザベラは当然のように無視して、話を進める。
「さきほどの話の繰り返しになりますが。わたくしたちのような貧乏貴族ならともかく、たいていの貴族というのは、見えと体面で行動を決める生き物です。彼らが言う、名誉ってやつですね。だから、他人の弱みを握ったり暴いたりして、自分が上の立場に行こうとする習性があります」
「姉様、貴族って、やっぱり虫みたいなんですね」
そういう比喩を使ったことがあるのだろう。トビアスやフリーデと目を合わせないようにして、イザベラは続ける。
「ですから、盗みを依頼する人は、相手の弱いところですとか、逆に、何で強くなっているかの勘所ですとか、そういう“情報”を欲しがるのです。でも、情報というものは、形あるものではありませんよね。そこで大事になるのが、証拠となるもの。例えば、打ち合わせを記録したメモですとか、お金の出入りを書き留めた帳簿ですとか、他の有力者などからもらったものとか」
「そんなの、どうやって見分けるんだよ」
「以前にも説明しましたよね。やみくもに探して、価値のあるものをその場で適当に取っていこうとするのは、いい策ではないと。場当たり的に進めると、時間もかかりますし、もっといいものを見つけたいという欲が出て、不用意に長居してしまい、発見される可能性が高くなるのです。狙いを絞って、それ以外の場所には目を向けない、これが鉄則ですね」
経験者の言うことは違いますなあ。この娘、絶対に敵に回したくないわ、いろいろな意味で。
「でも、それでも、護衛が急に出てきて、どうしようもないこと、あるじゃないですか、ここだって」
「こういう屋敷でしたら、護衛も多いでしょうけれど、どの護衛もみな同じように動くというはずはなくて、得意不得意があるのです。体術に優れた者、武器の使用にたけた者、瞬発力に秀でた者、という具合に。そういった得意分野は、筋肉の付き方、体の動かし方を見れば、だいたいわかるものです。騎士や軍人のように、誰もが適切に行動できることを前提とした訓練を受けているわけではないのですから。そういう情報を、事前に下見した段階でつかんでおけば、発見された場合でも、逃げられる可能性は高くなります。以前にも言いましたよね。下見の時は、目標以上に、その周囲の人間を確認しなさい、どのように動くか見ておきなさい、と。単純な戦闘能力だけに頼っては、すぐに死にますよ」
盗賊に侵入された貴族家屋敷の中で、その貴族家の令嬢の前で、その盗賊に向けて、美少女が侵入者としての技術をレクチャーしています。なんなんだ、この光景は。
その一方で、この説明は、トビアスやフリーデに対するアドバイスでもあるのだろう。恐らく、この世界での貴族家の警備というのは、得意分野への特化というか、専門分化が進んでいるのではないか。その結果、非常時に迅速な対応が取れる一方で、役割分担が外見でもわかるようになってしまったのだろう。そこに留意しておくべき、と。
裏を返せば、他の貴族家は知らん、ってか。
「だいたい、どうして、デリンジャー伯爵家のお屋敷を狙ったのですか」
「外回りの警備が少なくて、その割に死角が多いので、侵入とかを何も考えずに、すぐにできるように屋敷を作ったのかなと」
「だって、こんな飾りっ気のない屋敷に住んでるなら、相当ケチだろうし、金を貯め込んでるに違いないって」
わたしの隣に座っているフリーデのこめかみに、井桁マークが浮かびつつある。まあ、落ち着こうね。
「いえ、そういう、上っ面の理由じゃなくて。このデリンジャー伯爵家を、財産を奪う目標、こらしめてやる目標にしたのは、なぜなのでしょう」
「「貴族だから!」」
「……」
どう諭したものだろうか。イザベラの顔からは、そんな声がうかがえる。
もちろん、デリンジャー伯爵家が軍事クーデターによる政権奪取に協力しているなどいうことは、絶対に漏らせない。例え、家中の者であっても、だ。まして、道理の理解については、いささか残念な感じの二人組。とても、事情を明かすわけにはいかない。
「ごめん、割り込んで悪いけど。わたし、彼女の姉で、レオノーラ・エグナーといいます。ドゥルケン男爵家の長女にして嗣子、あなた方が大嫌いな、一応貴族家の娘ね。彼女のいう通り、貧乏だけど」
「なんだよ、妹に働かせて!」
「どうして稼がないの!」
おい。それはまあ、おいといて。
「貴族が無道なことをやるのを、止めさせたい。それが、目標なのよね?」
不承不承、という感じで、二人ともうなずく。反応がイザベラの時とはまるで違うけど、まあ仕方ないね。
「まあ、貴族がやる無道なことなんて、いっぱいあるけど。例えば、領主様がよくやることって、税がかなり高くて、それでも領主様たちはぜいたくをしていて。こういうのって、怒って当然よね」
「「うん!!」」
「そんなことのために、税を払ってるんじゃない。そう思うわよね」
「「もちろん!!」」
イザベラが、あおるるようなことを言ってどうするんですか、という目を向けてくるが、心配ないよ、と、手のひらを軽く向ける。
「じゃあ、ぜいたくをしなければ、税はいらないのかしら? そんなことないよね、それでも、税は取られるわよね? どうしてかしら? そもそも、税って、どう使われているか、知ってる?」
「それは……」「えっと……」
やっぱり、そういう視点がないか。お上が税を取り立てるのは、食事の前に神に祈りをささげるのと同じレベルで、当然のことだと受け止められているのかも。
「領主の場合、家族の生活費とか、使用人の給料とかいったわかりやすい経費だけじゃなくて、王城へ出向くための旅費とか、王族にあいさつするとき失礼にならないように用意する服の費用とか、王族に献上するいろいろな宝物の費用とかもあるけど。目に付きにくい費用もあるのよね。例えば、農作物が極端な不作だった時って、食べ物はどうする?」
「村とかで貯めといたものを出す!」
「他の村にあるのをもらう!」
「そういう、食糧を備蓄したり、よそから融通してもらうのって、タダじゃできないよね。そういうお金って、どこから出ているのかな」
「「え……」」
「そう、領主が、集めた税金から出しているのよ」
その発想はなかった、という顔だね。
「それから、水路を作るために溝を掘れ、とか、堤防を築くために土を盛れ、とか、言われることって、あるよね。あれって、どうかな?」
「弱い者いじめ!」
「平民への嫌がらせ!」
「うん、やり方によっては、そうなるよね。水路の工事をしなければ、民は楽だよね。でも、ちゃんとした水路がないのに、日照りが続いたら、どうなるかな? 逆に、堤防を築かないで、大水が出たら、どうなるかな? そう、いつかは、やらなきゃいけない工事なの。お金も、人手もかかるけどね。工事をすると、民が働かされるから、領主の評判は悪くなるし、人気は下がる。でも、日照りや大水が出て、人がたくさん死ぬのと、どっちが大事かな?」
「「あ……」」
「他にも、細かいことはいろいろあるけど、今必要なことだけじゃなくて、何かあった場合に必要な準備をしておかなくちゃいけないの。領主というのは、そういう仕事なの。そういう準備がなければ、人がたくさん死ぬからね。いや、死人が出るのは仕方ないかもしれないけど、準備ができていないから、体力のない人がどんどん死んでいきます、っていうのはダメだよね」
こちとら、地震と水害の博物館なんて呼ばれている場所で生まれ育ったんだ。インフラ整備の重要性は、骨身に染みてわかって……いや、そんなこと言うのは傲慢だな。それでも、あの世界の中で、自然災害の怖さと文明の限界を一番知っている国民だったというのは、胸を張って言えるつもりだ。
でも、この世界には、災害時の緊急策なんてないだろうし、民間向けのハザードマップさえないだろう。信玄堤みたいなのを作れる支配者がいるかどうか。
「だから、領主というのは、責任ある仕事だから、自分に誇りを持って仕事に迎える人じゃないと、できない。そういう理由で、貴族が領主になっている、と、わたしはそう考えている」
嘘っぱちというか、何の根拠もないけれど、どうせ反論なんかできやしまい。周りの三人がジト目になっているかもしれないけど、無視だ、無視。
「だから、領主が、税を取り立てること自体は、悪いことじゃない。必要があるなら、税が重くなっても、ある程度は仕方ない。ダメなのは、取り立てた税を、自分たちが勝手に使える財産だと思って、自分本位に、好き勝手に使うことだよ」
「そうか……」
「なるほど……」
うーん、もうちょっと、考えてから反応してほしいんだけどな。それらしく説明したら、何でもそのまま受け入れそうで、ちと怖いぞ。
「でも、貴族の中でも、良い人なら税をまじめに使って、悪い人なら税を勝手に使う。それって、おかしいよね。だって、貴族の子供が貴族になるんだったら、良い貴族の子供が良い貴族になるとは限らないんだし、その場合に止める方法もないし。領民は、良い領主に当たってほしいけれど、実際には悪い領主が治めてしまうかもしれない。でも、領民は、そこから動けないし、まして、領主を変えることもできない。これが、問題なんだよね」
「そうそう!」
「そこです!」
「つまり、悪い人をこらしめる、だけじゃ、問題は解決しないの。貴族だけで、それも、親から子供へ自動的に受け継がれる貴族だけで、全部のことを決めると、絶対にゆがみが出てくる。そこを、何とかしないといけない」
ここで一区切りしてから。
「イザベラは、いや、イザベラを含めたわたしたちは、何とかしようって、頑張ってるのよ」
「そうなの!」
「そうなんですね!」
「だから、貴族だからって、イザベラを嫌わないでほしいな」
「「もちろんです!!」」
はい、いっちょ上がり、とイザベラを見ると、何だか疲れた顔になっている。
「大丈夫でしょうか……」
「ま、心配ないでしょ」
ぬるくなったお茶を口に運びながら。
「観念に身をささげる者は、危うい。理想とか正義とか、そういう類のものを第一にして、何の疑いもなく信じていれば、自分の理想で自分を、さらには周りを巻き込んで自滅させるからね。でも彼女たちは、間違いなく、イザベラ個人に身をささげるタイプ。イザベラの素性、いや、経歴を知っても、失望するどころか、共感して涙を流す。あれを見て、大丈夫だって、確信したよ」
「人ごとだと思って……」
結局わたくしに押し付けるんですね、恨みますよ、とでも思っていそうだが、二人組はご機嫌だ。
うん、これでイザベラも、孤独にはならずに済んだ。よしよし。




