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4-13.男爵令嬢はポンコツ舎弟によってダメージを受けました

 デリンジャー伯爵家王都屋敷の応接間には、微妙な空気が広がっていた。


 後ろ手に回された肘先と手首に加えて、胴体まで縛られている、二人の女盗賊。


 彼女たちに向かい合っている、質素ながら育ちの良さをうかがわせる衣装を身にまとい、なぜかナイフとムチを手にした美少女。


 その後ろに座る、上位貴族ジュニア二名、プラスわたし。


 沈黙が場を支配したままなのは、あまりにも息苦しい。


「イ、イザベラ、あのさ……あの縛り方って、何か、意味あるの?」


「絶対に逃走させてはならない人間に対する方法としては不十分ですが、慣れている変態ならともかく一般の者には縄抜けが難しい上に、動かそうとすると体に食い込んで苦痛に顔をゆがめることになるので、変態の方々に人気のある縛り方でして。このまま外に出れば、縛りが解けないまま変態としての姿を衆目にさらすことになります。身体的には特に問題はありませんが、社会的には変態として認識されますので、柔らかな形で逃走を抑止できます。もっとも、当人たちが変態であることを嬉々として受け入れるなら別ですし、何度も重ねていると、だんだん変態になじんでしまう可能性もありますが」


「あの、変態変態連呼しないでほしいんだけど」


 別の意味で空気が微妙になってしまったのですが。


 いや、その縛り方、元の世界でいうところの、亀甲縛りってやつなんですけど。わたしは経験ないけど、そういう趣味の方が居るってのは知ってたけどね。いや、興味も関心も、これっぽっちもないですよ? でもね、ネット上でそういう方々の恍惚こうこつとした表情を見てると、何だかむずむずしてきて、縛り方についてググって試してみ……げふんげふん、とにかく、こっちの世界でも、そういう趣味の方はこういうことをするのか。わたしはそういう趣味ないからね? ホントだからね?


「だいたい、そんなのどこで覚えたのよ」


「ええ、その道に精通した同僚に」


「わかったもういい」


 間違いなく、ろくでもない情報が出てくるな、これは。“人脈”が豊富なのは薄々わかるけど。


「それよりも、この二人の正体について、知っていることを、この場で引き出すのが先よね」


 フリーデの冷静な発言で、ものすごく気まずい雰囲気になっていた場が、やっと再起動する。


「はあ……わかりました。わたくしは、諸般の事情で、とあるお屋敷に潜入したことがございまして。果たすべき務めを終えて戻ろうとした時、糸に絡め取られて動けなくなっていた二人を見つけたのです。そのまま見過ごすべきだったのでしょうが、目が合ってしまったため、声を出されては困ると判断して、糸を解いて、屋敷の外まで連れ出したという経緯があります。……後生ですから、潜入の経緯については」


「フィリング子爵家っスよね! ビルツェン商会からの収賄の証拠を分捕って、代わりに直接関係ないセーテキのダンガイジョー、でしたっけ、を置いてきて、悪事を正すんスよねっ!」


「こら、ルナ! 今、姉様は話す言葉を吟味して、選んでるのよっ! いらない情報を出す必要ないの! いつも言ってるでしょ、嘘をつくのはよくないけど、正しいことでも、言っちゃいけないときがあるって!」


「「「……」」」


 頭を抱えてうなだれるイザベラ。


 肺の中の空気を全て吐き出すかのような、深い深いため息の後に、やっと頭を上げて。


「それで。連れ出した後、どうしてあんな捕まり方をしたのかって、問いただしたのです。糸罠いとわなは放置が基本とはいえ、賊の侵入が感知されれば、第三者である当方の行動にも支障が出ますから」


 第三者? いや、屋敷の人間じゃないし、捕まった人間じゃないから、第三者、で、いいの、か?


「そうしたら、悪徳貴族はろくでもない手段で金銀財宝をため込んでいるから、彼らの持っているものを盗み出して、困っている者に分け与えるのだ、と」


 義賊気取りってやつか。


「まあ、動機や目的はさておき、そういうのはよくない、と」


「ああいう方法での侵入はダメだって、ちゃんと確認して準備するのが大事だって教えてくれたのが、姉御なんス! あれ以来成功率も上がって、足も付かなくなって!」


「だからルナ! そういう言い方はダメなの! ほら、なるべく人を傷つけない方法とか、ケガをしても無事に出られる方法とか、いろいろ教えて下さったじゃない! ここで話していいのは、そういう……こ、と……」


「「「……」」」


 両膝を床について、がっくりと下を向くイザベラ。


 わなわなと震えていた両肩の動きが収まり、何度かの深呼吸の後に、何とか頭を上げて。


「それで、ですね。もう一度、全く別の場所に潜入したことがありまして。執務室の机の引き出しを、真っ赤な顔でうんうんうなりながらこじ開けようとしていて、見ていられなくて」


「ちゃちゃっと鍵を開けてくだすった上に、重要なモンはこういうところにゃねえって教えてくれて、教えてくれた先に、しっかりカネが入ってたんスよ! ホント、姉御、まじパネエッス!」


「ルナってば! だから、姉様はそういうことじゃなくて、目の付け所というか、警備が戻りそうな経路とか、どれぐらいまでなら時間を掛けられるとか、斬りかかられても反撃できる体せ……い……」


「「「……」」」


 イザベラはついに、地面へ完全に伏してしまって、動かない。ただのしかばねのようだ。


 まったくもう。いろいろな意味で収拾が付かなくなってきたので、この場を混乱させた二人の口にハンカチを押し込んで静かにさせてから、フリーデに向き直る。


「よろしいですか? あなたは、この部屋に入られてから、何も聞いていない。よろしいですね?」


「……」


「何も聞こえなかった。聞こえたように思ったのは幻聴、気のせい。オッケー?」


「そ、その」


「気・の・せ・い・だ・か・ら!」


「「は、はいぃ!」」


 とりあえず、平和的に口止め?を終えてから、今度は盛大にたそがれているイザベラに向かって。


「要するに、イザベラがいろいろ仕事をしていた時に、この二人が困っているところを、二回にわたって助けた。だから、この二人に慕われている。そして、この二人は、忍び込むようなことにたけている。今の時点ではかなり危なっかしいけれど、きちんと育てれば、そういう要員として役に立ってくれる……こういうこと、だ・よ・ね?」


「は、はいっ!」


 そして、縛られている二人に対して。


「つまり、イザベラがたまたま何らかの活動をしていた時に、二人の盗賊を救うという人助けをした。そういうことよね。それで間違い、な・い・わ・よ・ね?」


 こくこくこくこくこく。


「でもまあ、これで一丁上がり、とは、いかないわよね。イザベラ、この場でのあなたの正た……身分について、ある程度説明しないと、こいつら、納得しないんじゃない? 目的まで明らかにする必要はないけど」


「それは……でも、確かに……」


 イザベラが口ごもるのも、わかる。


 彼女が二人と会っていたのは、間違いなく、表に出せない活動をしていた真っ最中。それも恐らく、単なる住居侵入レベルではなく、明らかに非合法なことを。そして、少なくとも初回は、目を付けられたら困るがその場で処分するにも気が引けて、その時点での最善策として救出した。そんなところだろう。


 でも、二度も助けられた側なら、イザベラのことを、親分のように慕うのも無理はない。いや、慕うのを通り越して、なんか、神格化しているようにも見えるけど。


 こういった情は、彼女が盗賊、あるいはそれに近い立場の者ということを前提としている。もちろん、盗賊を本職とする者なんて、そうそう居るわけがない。本職があって、機会に応じて盗賊稼業を務める、といったところだろう。だから、本職でどういう仕事をしていようと、本来は関係ないはずだ。


 ところが、この二人は、義賊気取りという。つまり、貴族のような特権階級などを、目の敵にしていると思われる。それは、中立派で武闘派のデリンジャー伯爵家にあえて忍び込んでいることから、貴族家全体を敵に見ていると判断してよさそうだ。背景に誰かが居る、というのなら別だけど、口が軽そうだし、こんなのを手足に使うのはリスクが大きい。せいぜい鉄砲玉だけど、それには彼女たちが絶対的な信頼を寄せていなければ、効果は無い。


「なぜ、イザベラが伯爵家にいて、しかも客人として扱われているか。それを見ていれば、あなたの“身分”は悟られていると思っていいわよ。相手が、よほどのバカでなければ」


「なら、多分大丈夫ですね」


 うん、そうだね。


 じゃなくて。


「ここでごまかして、これからずっと付きまとわれでもしたら、この先が骨よ」


「うう……それは……そう、ですね、仕方ないですね……」


 イザベラは観念したようで、のろのろと立ち上がると、二人の口から、ハンカチを外す。しばらく黙ってなさい、と念を押して。


「まず、この二人について、説明します。左側、青髪の方が、ルナ。単純で判断力に欠けるのですが、身体能力は高くて根性があって、困難を一切恐れないタイプですね。その代わり、危機を察知できずに火中へ勝手に飛び込んでしまいがちです。右側、金髪の方が、サラ。優柔不断で体力があまりないのですが、冷静で情報収集が得意ですね。現状把握はできるのですが、視野が狭いために、ワナにかかりやすいタイプです」


 それほど長い付き合いではなかったようだけど、これだけとは。これまでの会話から察するに、イザベラの人を見る目が特に高いようには思えない。それでも、ここまですらすらと人となりが出てくることを考えれば、この二人がよほど強く印象に残ってたんだろうな。


「二人とも、孤児院出身で、親はどこの誰やら、わからないそうです。今は、まあ、日雇いのようなことをやって、食いつないでいるんでしたっけ? 町中で、悪徳貴族の非道を見たそうです。なんでも、ほとんど奴隷同然に扱われている使用人に命じて、その場に居た貧乏な庶民の家から、いろいろなものを無理やり持ち去ったとか。それも、白昼堂々、わざわざ人目に付くように、派手に。大方、借金のカタといったところなのでしょうが。それを見て、貴族という種族を絶対に許さない、そいつらから、全てを奪ってやる、と思ったそうです」


「貴族って、経済的にも社会的にも、領民に依存しているのよね? わざわざ恨みを買うようなこと、するの?」


「領地を持たない法服貴族なら、そもそも領民も何も居ませんから。平民にどう思われようが、気にしないのですよ。そういうやからに限って、国王陛下に任じられた俺様に逆らうのか、と」


 あっきれた。悪い意味で、典型的な特権階級ってところか。


「見せしめと称して、被虐的な快楽を充足。控えめにいっても、最低ね。確かに、貴族階級自体を否定したくなるのも、わかるわ」


「いえ、そういう認識はないでしょうね。ルナの目には、貴族という階級ではなく、そういう階級に属している個人しか映っていないはずです。階級はおろか、社会階層という視点もないかと。サラなら、丁寧に説明すれば、何とか理解できるかもしれませんが、そうでなければ、目に入った貴族にはそれぞれ鉄ついを下す、という程度でしょう」


「え?」


「単純化した暴言に聞こえるでしょうけれど、一般的な平民の認識って、そのあたりで正解よ」


 わたしとイザベラの会話を聞いていたフリーデが、口をはさむ。


「貴族やら平民やらといった社会的ルールが、いつ、どのように成立したのかは、わからないけど。でも、ある程度の教育を受けて、抽象的な概念を受け入れて、その抽象概念を現在の事象に関連付ける。これは、それなりの訓練を受けなければ、無理よ。教育水準の高い世界から来たユキエにはわからないでしょうけれど、もしそんな人が居たとしても、誰にも理解されない、孤独な天才で終わり。だからこそ、平民による自主的な社会変革なんて、あり得ない。暴動以上になることは、まずないわ」


 誰にも理解されない、孤独な天才、ね。エドガー様と対面する前に、イザベラと話し込んでいたトビアスは、微妙な表情だ。


 例の格好で縛られたままの二人が、貴族のお嬢様が何を偉そうに、とか言ってるけど、イザベラはひとにらみで黙らせて、続ける。


「ただ、階級意識を理解できるのが、階級制度によって維持されている特権階級だけとは言えるでしょう。特権階級による非人道的行為が先鋭化すれば、開明的特権階級によって、秩序維持のために矛盾緩和の働きかけが起こる可能性はあります。しかし、在野の知識人は、その興味関心をおおむね神学や文学に向けていて、社会などという視点を持ちませんし、第一その層も非常に薄いですから、当事者に近い場所から、問題意識が起こることはまず期待できません。本当は、非抑圧階級こそが階級意識を意識し、自覚的に行動してこそ、社会を根本的に変革できるのでしょうが。社会的抑圧は経済的搾取と一体化していますし、産業が発展すれば、恐らく、後者が前者を規定するようになるでしょうから」


 ちょっと待て、イザベラって、社会主義の概念まで視野にとらえているの? 恐らく、理論化されたものではなく、社会構造の観察から直感的に得たものなんだろうけど。


「まったく、貴族が百人死んだって代わりなんざいくらでもいるでしょうに。貴重な技術や知識を備えた商工業者が百人亡くなる方が、社会に対して、よほど取り返しの付かない痛手を与えますのに。もっとも、社会体制そのものが維持困難なほど壊滅的な影響を受けたのであれば、逆に貴族が必要になるかもしれませんがね。技術は課題を教えてはくれませんから」


 えっと、ナニ? サン=シモン主義にでも目覚めちゃってますか?


「話がそれましたね。そういうしだいで、この二人は、貴族、いえ、貴族家に所属する者を、控えめにいっても嫌悪、恐らくは憎悪しているのです。そして、盗みを重ねていくことで、彼らの力をそいでいこう、と」


 二人が、うんうん、と首を縦に振る。心底、そう思っているようだ。


「盗みというものは、本来、いいことであるわけがない。でも、相手は悪人だし、そもそも持っていること自体が悪だ。貧乏人から搾り取ったものを、貧乏人に返すには、盗み取るのが一番だ。そういう考えですね」


 またも、うんうん。


 そしてイザベラは、彼女たちに向き合って。


「でも、貴族の力を奪うには、いくら金を奪っても、あまり意味がないのですよ。貴族が持っているのは、権力。つまり、人を従わせる力です。そして、たくさんの人を、強い人を従えることが力というのが、貴族にとってはさらに重要なのです。このような力は、名誉、といいます。こんなもの、いくらあっても、おなかが膨れるわけじゃないんですけど、食うに困らない人間って、そういうつまらないものを大事にしたがるのです」


 イザベラさん、辛辣しんらつだね。


「だから、本当に大事なのは、その力を奪う、奪えないなら縛る、縛れないなら使いたくないようにさせる。そうしなければ、何度盗みに入っても、貴族たちは、痛くもかゆくもないのです。なにせ、盗賊に奪われて金がなくなれば、その分、税を搾り取って平民に払わせればいい、となって、平民の暮らしがさらに厳しくなりますからね」


「「え……」」


「どうして、そんなことがわかるのか、って顔をしていますね。簡単な話ですよ。わたくし自身が、貴族家の娘なのですから」

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