4-12.魔女か悪魔が降臨したようです
「姉御?」「姉様?」
わたしとフリーデの声がハモる。
牢の中には、二人の少女が閉じ込められている。イザベラと同じぐらいの年齢だろうか。その二人を見たイザベラは目をかっと見開き、口をポカンと開けて、かれこれ五秒ほど硬直して。
「……こやつら、何だか、妙な夢でも見ているようですね。どうせなら、幸せな夢を見せてあげたままの方が幸せでしょう。縛り首でも穴埋めでも何でもいいので、適当に処理しましょう。はい、終了」
物騒なことを言い残して、きびすを返そうとする。
いや、今ここでやるのは、刑の確定じゃなくて、情報の引き出しだよね?
「ちょ、ちょっと、……! まずは、調べるのが、先でしょ?」
「そ、そうよ、……! こちらも、ちゃんとお願いしたんですから!」
とっさのことだったけれど、二人とも、彼女の名前は出さずに済んだ。ここでは、イザベラという名前を出してはいけない。
だって“こういう技術”は、あくまでも、彼女の裏の顔で使うものだからね。間違っても、貴族家令嬢が使えるものじゃない。いや、使えるのはまだいいとしても、デリンジャー伯爵家とは異なる他家の子女が行うのは、非常によろしくない。
まあ、いざとなれば、デリンジャー伯爵家の遠縁のお嬢さん、とでもやっておく手もあるかも。困った時の架空の親戚、ってのは、時代も世界も関係ないね。
わたしの中高時代の同級生にも、かれこれ十人以上の“親類”を“死なせた”ヤツがいたな。そのうち、いい加減堪忍袋の緒が切れた担任から、死亡診断書か死亡届を提示しろ、と言われるようになって、その直後に実のお父さんがホントに亡くなって。親が昨日亡くなって頭の中がぐっちゃぐちゃですけれど、担任であるアナタの指示があったため、遺体の処理も何もない状態で死亡診断書の原本を最優先でお持ちしました、これで文句ありませんよね、遺族にムチ打つのはこれを最後にしてくださいね、これ以上要求するなら理事長に直訴しますよ、と、よりにもよってイベント開催時の全校集会の時に、涙目になって大声で叫んで。事情を知ってるヤツは、大した役者やな、と思ってたけど、知らない他の教職員の目には、どう映ったのかね。あの担任、翌年から外れたけど。
いや、それは激しくどうでもいいけど。
わたしとフリーデの声に、仕方なくという感じで足を止めたイザベラは、ものすごく嫌そうな表情を隠そうともせずに。
「はあ、わかりました、わかりましたよ。約束してしまった以上、その分は働きますよ。……まったくもう、好奇心で余計なことに首を突っ込むものじゃありませんね、なんでこんな連中に……」
“こんな連中”という言葉は、わたしだけじゃなく、フリーデの耳にも届いていたようだ。感情を隠すことにたけていたようにみえるイザベラにも、真っ当な感情をズタズタに切り刻まれてきた彼女にも、こんな一面があったとは。
そして、二人に向き合ったイザベラは、すごみのある顔に変わった上で、ドスの効いた低い声になる。銀髪の美少女は、豹変すると、魔女というか悪魔というか、そんなのに化けた。これ、どなた、と思う。
「……ンで、あんたら、なにもん?」
「いやだなあ、水くさいじゃないっスか、姉御」
「ここまできて、他人みたいな態度なしですよ、姉様」
「……」
イザベラの眉間が深く深く刻まれて、唇がぐいっと両脇に結ばれる。なんだか、渋柿を口の中に突っ込まれたようだ。
「わっかんねエから、穏便に聞いてンだけど、サ。そこに付いてる口から出す声が惜しいってンなら、こんな道具、いらないはずなんだけど、ネエ」
ちょっと、いつの間に出したんですか、左手のナイフ。あと、右手の動きが、なんか怖い。
「あっちにも情けってモンはあっから、選ばせてやンよ。ナイフと、糸と、どっちでいきたい?」
この場で逝かせちゃ、いかんでしょ。それに、ロープならともかく、糸でイクことはないと思うな。
イザベラの、にいっという笑みが、すごく怖い。それに反応するかのように、フリーデの顔が、紙のように白くなる。顔色だけじゃなくて、表情もすとんと抜け落ちて。
「「ひいっ!!」」
「なんでェ、強情だなア。まあ、そンだけ我を張ってクる方が、“やりがい”があるってモンだけど、よっ!」
イザベラが軽く左手の指を動かすと、そこにあったナイフが消えて、それが牢に居る二人の周りを取り囲むように刺さっていた。
どこにかって? 石造りの壁面に、だ。
壁面は、木じゃないよ、石だよ。牢に使われているやつだから、大谷石みたいに削りやすくて柔らかいやつじゃなくて、かなり硬いやつだよ。ゴリゴリ削ろうとしたところで、そんなに深い傷がついたりしないやつだよ。
「「……」」
それまで甘い考えを抱いていたらしい牢の二人から、どんどん血の気が失せていく。こちらの二人の顔も盛大に引きつっていることだろう。
「チッ、外したか。最近ヤってねぇから、なまってやンなあ。……人間てヤツぁ、眼球は一つでもフツーに生きていけっからなア、もっぺん」
「……」
「あー、二度同じことヤるッてえのも、芸がねえな。そっだ、こいつぁひとつ、腕の筋を、ズボンと」
「わ、わかりました、姉さ」
「ああン?」
「い、い、いえ、わ、わか、わかりました、から!」
牢に居る二人のうち、青髪のタレ目系の方は目を回してしまったけど、金髪でツリ目系の方は、必死に耐えていて、何とか反応できている。メンタルが強めの方が、辛うじて生き残ったって感じだね。
いからせていた肩の力を抜いて、こちらを振り返ったイザベラは、元通りの美少女に戻っていたが。
「二人居る場合は、こんな風に、片方が気を失う程度に追い込むのがコツですね。これでうまくいかない場合は、気を失った方の爪を少しずつはがして」
「「説明はいいから!」」
わたしとフリーデの声が、またもハモる。
「ええ、せっかくの機会なので、こういう技術もお教えし」
「「またの機会に!!」」
いつの間にか、わたしとフリーデは抱き合っていた。だって、普通に立っている自信がなくて。
そうですか、と小首をかしげるイザベラには、何の邪気も感じられない。顔色は全く変わっていない。彼女にとっては、この程度、まだまだヌルい部類に入るのかもしれない。
そしてイザベラは、気を失っていない方に向きあって。
「ンじゃまァ、ひとまず、あンたらの名前と、頭目を教えろや。それぞれ、十秒以内にな。ああ、十秒たつごとに、相方の指イ一本ずつ、ボキッと」
「わ、わわわわ、わた、わたしは、サラ。こ、こ、こっちは、ルナ。誰も、命令する人とか、誰もいません、二人だけです! ホントです、信じてください、ゼーラ姉様!」
「「……」」
まあ、イザベラが最初に見せたアクションから察していたけど、たぶんこの二人、彼女と顔見知り、それも多分、かなり慕っているんだろうね。“そっち方面の人間”として。
取り調べモードに入ったイザベラは、彼女たちに対して感情の揺らぎを一切見せていないけど、こちらの一般人二人は、そうもいかない。
イザベラの肩をぐいと引き寄せ、フリーデと一緒に、コソコソ話す。
(あなた、あの二人のこと、知ってるんでしょ? 穏便に話を引き出せない?)
(そうよ、どう見ても協力的じゃないの)
イザベラは、わたしたち二人を交互に見る。どこか、呆れたような視線で。
(ここでわたくしが知り合いだと明かして、どうします? 今のわたくしは、ドゥルケン男爵家の次女。彼女たちは、盗賊です。そこに接点があるとして、明らかにできますか?)
注目を浴びている、レオノーラ・エグナーの妹は、盗賊稼業で身を立てていました、姉と慕ってくる舎弟がいました……うん、どうしようもないな。そんな奴はいなかった、として処理するしかない。いないったら、いない。そう、いない“ことにする”必要が出てくるわけだ。
(あ……)
(穏便に処理しようとするなら、イザベラ・エグナーは彼女たちを知らない、知り合いなのではない、としておかねばならないのです。だからここは、話をある程度引き出してから、わたくしは手を引く、それしかないでしょう)
フリーデは、このストーリーに気付いていなかったらしい。でも。
(いえ、もう一つのやり方があるわ。彼女たちが凶悪犯でなく、イザベラに忠誠を誓えるなら、だけど。あの二人、イザベラの手下に組み込めないかな?)
「へ?」
イザベラの口から、何とも間の抜けた声が漏れる。
(もちろん、フリーデ、いえ、デリンジャー伯爵家の了解があっての話だけどね。それでなくても、これからいろいろと“動き”が激しくなるわけだし、使える手駒を確保しておく策もいいかなって)
(……まったく……フリーデ、いかがでしょうか?)
(わ、わたしは、それでいいわ)
伯爵家に忍び込んだ盗賊二人組の処遇、いや運命は、当人たちがよくわかっていないまま、どうやら小娘三人組の協議だけで決したようだった。いや、フリーデについては、勢いで巻き込まれたと見るべきかもしれんけど。




