4-11.歩きながらガールズトーク?しました
事実上の三家連合成立を確認したところで、デリンジャー伯爵家当主のエドガー様と、ビルジー侯爵家当主代行のトビアスが、別室に移動する。今後の具体的な行動について、貴族の立場からいろいろ詰めていくらしい。
わたしとイザベラは、フリーデと共に、最初に案内された応接間で待機することになったが、廊下を移動中、フリーデが話しかけてきた。
「ユキエ、さっきの、冗談よね?」
「さっきの、って?」
「わたしとトビアスとの婚約を解消させて、自分が婚約者になる、っていうのよ」
「ああ、あれね。ウフフ」
「ウフフ、じゃないわよ。気になるから、まじめに聞いているんですけど」
「真に受けるような話じゃないわよ。そもそも、わたしは自前の体さえ持ってないのよ。そんな状態で、どうこうできるわけないじゃない。あれは、あくまでもエドガー様を動揺させるためのブラフだったんだけど」
「……」
何ともいえない表情のフリーデ。まさか、彼女もさっきの話を真に受けたのだろうか。
トビアスと同じ部屋で寝るなんていうわたしの話に真っ赤になっていたし、そっち方面の想像をたくましくしていたのかもしれない。どうやら、彼との間には体の関係はまだないみたいだしね。生娘だったら無理もない……のかな? わたしの場合、なし崩しの初体験だったし、その前後で何か変化があったわけでもないから、よくわからんのだが。いや、あれを境に、日々の生活がただれていったのは事実だったか。いや、すんげえどうでもいいな。
この娘、柔軟な理解力と冷静な判断力はあると見ているけれど、予期せぬ方向から強い刺激を受けたら、固まってしまうタイプなのかもしれない。
まあ、わたしとしても、思うところが全くないというわけじゃない。トビアスにずっと寄り添いたいという気持ちが、自分の中で固まってきたという自覚がある。その感情が、たっくんへのそれと大きく重なっているもので、切り分けられていないとはいっても、だ。
その一方で、やっぱりというべきか、イザベラが全くの無反応だ。
女が男にアプローチするとか、将来を約した女がいるとか、そういうのって、いわば恋バナの一種。年頃の女の子なら、興味を示してしかるべきだと思う。わたしだって、たっくん一人で十分だったとはいっても、そういう話には耳をそばだてていた。もっとも、わたしが通っていた女子校の中では、そういう話は、いわば“してはいけない”雰囲気になってたけどね。別に、風紀的にどうこうじゃなくて、そういうのに縁のない同級生も多いから、彼氏持ちは遠慮してた、って理由だったけど。ま、彼氏持ちだけが集まったら、ナチュラルにガンガン話してたけどね。オトコが居るやつって、だいたいニオイでわかるんだよ、フェロモンつーか。
でも、イザベラは、素で興味も関心もないみたい。
異性に対する関係性を、自分の意思と関係のない性行為によって、強制的かつ継続的に規定された結果、恋愛関係のような不安定なものを忌避するようになってしまったのかも。
恋愛というのは、精神的に結ばれるまでと、それ以降とでは意味合いが変わってくると思うけど、前者の経験が皆無のわたしには、それを語っても説得力はあまりない。それでも、こんな美少女が、そういう経験がないままというのは、おかしいと思う。そこ、たっくんがいなければ喪女だった女の理想的自己投影とかいうな。
いい男が見つかる以前に、男との“一般的”な付き合いができるようになってほしいな。こんないい娘を、圧倒的な父権制社会が押しつぶすなんざ、神が許しても有希江様は許さんぞ。政治革命は事実上の既定路線だけど、社会革命も真剣に考えていくべきだろう。トビアスに協力を求め……いや、この方面について、この男がどの程度戦力になるかは、ちょいとわからんな。女と男の双方が推し進めなければ、そういう運動は脆弱なものにとどまるだろうけど。
そんなことを考えていると、一人の使用人が寄ってきて。
「お嬢様、屋敷牢に捕らえている者たちの尋も……いえ、何でもございません」
うん、バッチリ聞こえちゃったからね。てっきり、ここにはフリーデ、あるいはせいぜいトビアスしかいないものだと思っていたのだろうけど、デリンジャー伯爵家とは何の関係もない、わたしとイザベラが居ることに、話し出してからやっと気付いたようだ。
「はあ……わかりました、今、行きます。わたくしだけで結構ですから。……今後、注意なさいな」
ため息をつくフリーデ。そそっかしい使用人もいるものだけど、こういう家で働いている使用人の場合、求められるのは実務能力ではなく、信用できるか否かなのだろう。
上位貴族ともなれば、当然のように、その家が持っている有形無形のあれこれを狙う輩が出てくる。窃盗や情報窃取に関しては、たとえ屋敷の警備体制を万全のものにしてあっても、内部の者が実行犯だったり、あるいは協力者だったりすれば、その成功率は跳ね上がる。また、家族に毒を盛ったり、弱みを握ったりすることも考えられる。そう、内部の者の犯行の可能性が高い、っていうアレだ。
そうなると、貴族の屋敷で雇い入れる人物の採用基準では、仕事ができるかどうかは二の次。信用度が第一の基準になる。
職務に伴う責任感とペナルティーを植え付けなければ、こういう雇用慣行は改善できないだろうし、実力本位なんて砂上の楼閣だ。
「能力がなくても個人的な信用が第一、か。……例え平民に好意的な貴族でも、平民という階級それ自体を認める者はほとんどいないだろうな、このままじゃ」
「はい。ですので、即時の身分制度撤廃は、社会を崩壊させると思います。意識変革と共に、漸進的に実施すべきなのです」
わたしの独り言に、すぐ後ろに居たイザベラが、穏やかに反応する。
何だろう、この、いい意味で、打てば響くような感触は。
そうだ、それなら、と、わたしのささやきにうなずいたイザベラは、フリーデに向かって。
「ところで、フリーデ。今、牢に入っている者の尋問、と聞きましたが」
イザベラは、敬称こそ使わなくなったものの、どうにも丁寧な言葉遣いを崩せない。そういえば、わたしに対しても、ずっとこうだな。
「……ええ、まあ……こういう屋敷だとね、どうしても。……悪いけど、先に応接間へ」
「いえ、わたくしも、その種の取り調べには心得がありまして。差し支えなければ、ですが、ぜひ協力させていただければと」
フリーデは、こいつ、なに言ってるんだ? という顔になる。無理もない。
「フリーデ。イザベラは、この種の“荒事”には精通しているみたいだから、通常の手段で手こずる相手なら、任せてみてもいいと思う。もちろん、デリンジャー伯爵家に関する内容は、記憶しないように務める。それ以外の情報は、フリーデの許可なく、トビアスを含めて第三者には絶対に出さない。これでどうかな」
フリーデは、むすっとした表情を隠すこともなく、数秒間黙っていたが。
「まあ、ユキエがそう言うのでしたら。……ですが、イザベラには、あくまでも尋問員という扱いで立ち会っていただくことでお願いします。間違っても、ドゥルケン男爵家令嬢とは気取られることのないように」
「承知いたしました」
やや大仰なそぶりで頭を下げるイザベラ。
わたしがどうして彼女を後押ししようと思ったのかは、単純な話だ。恐らく彼女は、その性格、いや経歴的な理由で、自発的かつ積極的に行動した経験が、極端に少ないだろう。それなら、仲間である他者のために何かをする、その楽しみを教えてあげたい。そう思ったからだ。
しかし、そこから先、イザベラがフリーデに出してきた質問には、ドン引きだった。
――どんな薬をお使いですか? 痛みだけですか、幻覚も出しますか?
――顔や肌に傷を残していいですか? 骨は折りますか? 筋は切ってもいいですか?
――ムチは堅めですか、柔らかめですか? 出血を見せるタイプですか、痛みを感じさせるタイプですか?
――足の指は、何本ぐらいなら残しても大丈夫ですか?
――最低限の理性は残すべきですか? 生命機能を維持できる限界まで絞りますか?
うん、経験者だからこその確認なんだろうけどね。別に、目を輝かせるようなことはなくて冷静だし、機械を初めて操作する時用のチェックリストみたいなのが頭の中に入っていて、それに沿っているだけなんだろうけれどね。
それでも、穏やかな表情を崩さないで、こんな風に、ごーもんかましてよかですか、と言ってるのは、なかなかシュールだわ。
フリーデは、そこまでハードな責めをしたことなどないのだろう。顔が思い切りこわばっている。いや、わたしもたぶん、似たような顔になっている。
「い、いえ、その……ね。相手の身元と、背景と、狙いと、それだけ聞ければ、その、十分だから」
「そこまでは聞き出す、ということですね。了承しました」
フリーデの表情がひきつっている。この先の“尋問”の有様を想像して、どうしてこうなった、という心境なのだろう。南無。
いや、わたしも後押ししたんだけどね。
まあ、それはそれとして、置いといて。単なるオブザーバーじゃなくて“尋問員”として認めたのはフリーデだからね、と、逃げ道を作っておく。
心なしかどんよりした雰囲気のフリーデと、心なしか楽しそうなイザベラと共に、牢に到着すると、場違いなほどにうれしそうな声が響いた。
「姉御、来てくれたんだね!」
「姉様、よくぞご無事で!」




