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4-10.彼を寝取った場合のシミュレーションをしました

「「「は?」」」


 ふふふ。投下した爆弾の威力は、なかなか大きかったようで、みんなポカンとしている。


 対面にいるエドガー様はもちろん、シナリオのどこにもない話を聞かされたフリーデやイザベラも、戸惑いの表情を隠せていない。


 ちなみにトビアスは、これといった反応を見せていない。やっぱりやりやがったな、とでも思っているのだろう。さっきくぎを刺していたのは、この展開を読んでいたか。


「個人的には、それでも一向に構いませんよ。何せ、わたくし、トビアス殿と最初に出会った日に、運命を感じましたの。この方と添い遂げたい、一生を賭けてこの方の力になりたいと思いましたし、今でもその気持ちは変わっておりませんから」


 嘘ではない。うん、一言一句、天地神明に誓って、どこにも嘘は存在しない。


 もっとも、わたしがそう思ったのは、トビアスがたっくんの記憶をそのまま継承していると知ったからだし、初対面同然の人間にれたわけじゃない。そもそも、誰かに惚れるという経験自体、いまだにないぐらいだ。


 でも、聞く人の解釈は、絶対に違う。普通の一目惚れだと受け取るはずだ。


 あれは運命的な出会いでした、とか、カレもわたしのことを、とか続けようかとも思ったけど、さすがに自重。別にトビアスの困った顔を見たいわけじゃはないし、場をこれ以上混乱させる意味はない。


「そうすれば、そもそも王太子殿下からの求婚を受ける理由もなくなりますね。婚約破棄自体は予定通りかもしれませんが、わたくしを新婚約者にしようとしたところで『申し訳ございません、わたくしにはすでに婚約者がおりますので。ああ、それと、わたくしと殿下の間には一切何の関係もございませんから、慰謝料とか請求されても無駄ですからね。では失礼』とかわせますから。ポカンとする王太子、身動き取れないレベッカ嬢、会場は大騒ぎで収拾つかず、建国以来の一大喜劇!」


 クックックと、さも面白そうに笑う。うん、自分でも、なかなかの悪女っぷりだと思う。


「そして、ビルジー侯爵家王都屋敷の者は、トビアス指揮下で、そこに駐在している部隊を含めて、全て領地へ引き上げればよろしいですね。軍を王都へ向かわせることは認められないでしょうが、逆を止める理由はありませんし、現在の国軍に押さえ込む余裕はないですから。そこで、わたくしが彼の隣に寄り添うと。ああ、イザベラは連れて行きますよ。乱世で彼女を独りになんかできませんから」


 トビアス、と、あえて敬称抜きにする。


 フリーデの顔色がどんどん悪くなってきて、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめている。そうだ、彼女には最低限のフォローを入れておかんと。このままじゃイジメだ。


「もし、フリーデ嬢がそれでもトビアスについていきたい、というのであれば、わたしとしても断る理由はありません。個人的にも、ぜひ友人としてのお付き合いをお願いしたいですし。もっとも、デリンジャー伯爵家として、ビルジー侯爵家との連携を切るわけですから、彼女をトビアスの婚約者に元通り復するのは無理でしょう。まあ、第二夫人といったあたりが落とし所でしょうか。わたしは、現在の社会状況を鑑みれば、一夫一婦制にこだわる必要はないと考えますし、社会制度の縛りを緩やかにすべきだと考えておりますので」


 これは一応、本心。フリーデが万一勘当されたりした場合でも、彼女にその意思がある限り、味方に、いや仲間に引き入れたい。たとえ、トビアスとの関係が大きく変わったとしても。


 さて、あくまでもifの話だけを続けてきたけど、ここいらで話を戻そう。


「仮定の話はさておき。わたくしは、デリンジャー伯爵家とビルジー侯爵家が連携、その上で、事実上両家の連合体として単一単位で行動されるのが、一番だと考えます。たとえ、防御策を採るにしても。しかし、それはあくまでも一番の策に過ぎません。わたくしの考えでは、ビルジー侯爵家単独でも、攻撃策でも、短期的には十分に成功可能。長期的にも不安定要因が多いものの、可能性は十分にあると考えています」


 ここから、最後の追い込みにかかる。


「わたくしの見るところ、トビアス殿の強みは巨視的視点と政策立案、フリーデ嬢の強みは状況把握と実務能力でしょう。したがって、混迷する状況下で、現有能力を維持するのであれば、確かにフリーデ嬢の能力は強力です。しかし、成長を続け突破口を見出すには、トビアス殿の能力が不可欠。そして、両者が手を組めば、それこそ、王権にも何ら遜色のない実力のある勢力を作ることができるはずです。クラウスナー卿がトビアス殿を高く評価されているのも、それが最大の理由でしょう。違いますか」


 最後の問いは、間違いなく正しい。確信はある。


「実際に行動して実権を掌握するのは、デリンジャー伯爵家とビルジー侯爵家が妥当。しかし、騒動の発端がレオノーラ・エグナーということを考慮すれば、少なくとも最初は、ドゥルケン男爵家が矢面に立つのが自然でしょう。以上から、デリンジャー伯爵家、ビルジー侯爵家、そしてドゥルケン男爵家の三家が連合を組んで動くべきだと考えます」


 ハッキリと言い切る。


 ただ、これでもエドガー様が認めないという姿勢であれば、それはもはや、説得不能ということに他ならない。


 そうなったら、トビアスとイザベラだけで強行、もしフリーデが抜け出せるなら彼女も仲間に、ということになる。王都は制圧できるだろうけど、その先がとっても不安。新の王莽になりかねん。


 ここで、ちらりとトビアスへ視線を送ると、彼はそれを引き受けるように、口を開く。


「わたしは、私兵の指揮管理を除いて、弟のギルベルトに当主代行の任務を委譲し、領地へ返しています。トビアス・カウフマンは、ビルジー侯爵家の一員ではありますが、それ以前に、この地で為政の一端を担う者として進むべき道を採ることを選択しました。すなわち、有希江のいう“攻撃策”に同調する、と。イザベラ嬢には、すでに同意をいただいております。その上で、フリーデ嬢に、ぜひ“わが陣営”にご参加いただきたい」


「……」


 続いて、イザベラが後押しをするように、声を出す。


「クラウスナー卿、尊公が双眸そうぼうに映りしもの、そを疑うは自然なれど、断を迷うなかれ。刻下の急務は、王室の安寧にあらず、民の康寧こうねいなり。先ず庇保ひほうすべきは、王国の民なり、王国の土なり、王国の宝なり、そが一番大事なり。秋扇しゅうせん棄つべき刻なり」


「……」


 ごめんなさい、難しくてよく聞き取れなかった。隣にトビアスという同時通訳者がいなかったら、ちんぷんかんぷんだったよ。日本語における漢文的表現のようだね。顎を引き気味にして、三白眼の美少女が格調高い名調子を放つのって、絵になるな。彼女にアジテーターを担ってもらうと効果が大きそうだ。綿密な計算能力のあるアジテーター、ふむ、この世界のトロツキーか。二つ名が増えたね。


 そういえば元の世界では、一番大事なことって、負けないこととか、投げ出さないこととか、逃げ出さないこととか、たくさんあっていいみたいだったけど、こちらの世界も似たようなものみたいだね。激しくどうでもいいがな。


 そして、これまで沈黙を保っていたフリーデが、溜まっていたものを押し出す。さっきのわたしの発言からは立ち直ったようだ。


「お父様。お父様が、ビルジー侯爵家との連携を決断され、わたくしとトビアス様の婚約を進められたのは、何のためですか。お父様は、こうおっしゃったではありませぬか。デリンジャー伯爵家のためだけではない。クラウスナー家のためだけでもない。我々が治める民に、笑顔を増やしたいから、と。ビルジー侯爵家領では、民の笑顔を、領内のどこでも見ることができる。これこそが、領主としての務めが成果を上げている証だ、と。確かに、安全策を採れば、我らは、そして両家の領民は、無事を保てるかもしれません。しかし、その代償として、我らの領民以外の民が塗炭の苦しみを味わうことを、傍観することになるのです。お父様、領主貴族として、為政者として、その姿勢を、領民の前に見せることができますか。領民に対して、領外の民を見殺しにすることを、胸を張って説明できますか」


「……」


 おうふ。気が付いたら、上位貴族当主の地位にある威厳あるおじさまが、若者四人に囲まれるという構図になってしまってる。


 問題を提起して危機感を抱かせ、複数の解決案を提示しつつ望ましい方へ導き、他の方法がないと結論づけて決断を迫る。人を説得する、ごくごくありふれた手法を採っただけなのに、どうしてこうなった。


 この伯爵様、身分への執着や、変にこじれたプライドなどは特に持っていないようだ。それなら、やりようがある。団体交渉で条件を引き出したいわけじゃないから、ここは逆に、助け船を出したほうがいいだろうな。


「この度の申し出は、あまりに急なことですし、事態を把握して分析するいとまも与えないままに決断を迫っているわけで、当惑されるのは、むしろ当然のことだと思います。特に、伯爵家当主ともなれば、本来守るべきものに加えて、たとえ不本意であっても、利害関係者への義理その他もろもろがありますし、何かを決めるにしても、考慮する要素も多いでしょう。普段から、部下の話を丹念に聞いて慎重に決定する方なら、なおさらです。しかし」


 トビアス、フリーデ、イザベラの順に、それぞれハッキリわかるように、視線を回していく。


「この世代の者が、世の不条理を知って、自分たちで新しい体制を構築しようとする。その意気は、大したものだと思います。若者が、未来を作る。大人は、それ自体を否定するのではなく、あるいは間違いが入った場合に修正させ、あるいは横やりが入りそうになれば守る。役割をそれぞれ分けながら、領主も民もなく、人が、人として生きていける国を目指していく。まぶしい話ではありませぬか。クラウスナー卿。あなたの娘が、娘婿が、彼らの友人が、新たに作り上げるユリデン王国、見届けたくありませんか?」


 ここで、にこっ、と笑顔を向けてみる。


 レオノーラの体に入ってわかったことだが、この娘は顔立ちこそ平凡で、特に美人というわけでもないけれど、笑顔がなかなか強力なのだ。


 わたしはもともと、それほど表情が豊かな方ではなかったし、近しい人以外ではそうそう顔色を変えることもなかった、らしい。らしいというのは、家の中、またはたっくんと二人きりのときは表情が豊かで、それ以外の時は、いつもクールなんだってさ。自覚なかったけど。


 でも、そんなわたしでも、鏡の前で笑顔を作ってみたら、ちょっとクラクラきた。なるほど、この笑顔を向ければ、コロッといってしまう男も多いだろう。特に、おじさん相手には効果的だと思う。


 まあ要するに、レオノーラ形態での最終兵器、ってやつだね。


「ふう。ああ、わかった。こうなれば、わたしも腹をくくるとしよう。ここでの内容は一切他言無用としたうえで、宣言しよう。先ほどトビアス君の言っていた“陣営”について、デリンジャー伯爵家として加わることは、少なくとも現状ではあり得ない。しかし、エドガー・クラウスナーは、君たちの行動に対して賛意を示し、支援する用意はある」


「! ありがとうございます!」


 わたしは、半ば反射的に立ち上がり、最敬礼。


 あ、やっちまった、と思ったのは、ポカンとしている周囲の皆さん、ただし事情を即時に理解した一名を除く。


「し、しかしユキエ嬢、なかなかの着眼点、年の功を感じさせるな。元の世界とやらでは、わたしと同じぐらいの」


「レディに何言ってんですかっ! あたしはまだ、二十二歳ですっ! コイツと……」


 同い年だ、って言いかけて、口をつぐむ。そう、たっくんは、もう居ないんだ。ここに居るのは、あくまでも、トビアス。


 ちょっとしんみりした気持ちになるけど、当人は体をエビのように曲げて、笑いをこらえている。うん、後でしばこう、決定。


「いえ、失礼いたしました。まあ、実年齢以上に枯れて見えるというのは、言われ慣れておりましたから、まったく、これっぽっちも、ええ、ちっとも、気にしてません、から、ねっ!」


 はい、この話題、これでおしまい。


「しかし、ユキエ殿はさておき、ドゥルケン男爵家はどう関わってくるのかね。当主殿は、この場にはおられないが」


 ここで、イザベラが片手を挙げて、答える。


「ドゥルケン男爵家当主は、現在“病気”で執務困難な状況です。本来であれば、長女たるレオノーラが代行となるところ、ユキエ殿が同居しており主体的な行動に制限が多いため、不肖、イザベラ・エグナーが代行を務めさせていただきます」


「ほう、ご病気とな。その“病気”とやらは、長引きそうなのかね」


「はい、当面は、動けないことになるかと。わたくし共の“観察”によれば」


 ここでいう“病気”は、多分、本当のことではないと思う。まあ、貴族的言い回しというか、そういうのだろう。体調が悪いのは事実かも知れないけど、その原因はたぶん病原菌やウイルスとかじゃなくて、ど……いや、根拠のない思い込みはよくないね。


 ここに、ビルジー侯爵家、デリンジャー伯爵家、ドゥルケン男爵家の、それも次世代メンバーから成る、事実上の連立政権準備団体が発足することになった。

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