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4-9.伯爵様の説得に苦労したので爆弾をぶち込んでみました

 目の前のエドガー様は、慎重姿勢を崩さない。当然だし、これは予想通りだ。


 順を追って説明し、理屈で納得させることも、できなくはない。でも、時間と労力を費やしたとして、それで十全の信頼を得られる保障などあるわけないから、それは得策ではない。


 しかし、信頼といっても、それには濃淡があるし、百パーセントを求める必要なんかない。商売でも何でもそうだけど、明言した約束と最低限の仁義だけ守れると判断できれば、ゴーとするべきだ。だいたい、実績も時間もないのに、信頼させることなんて無理だしね。完璧を求めるのは、いろんな意味でコスパが悪い。


「説明にご納得いただけないのも、当然かと存じます。わたくしの正体が被召喚者であることは、わたくしとレオノーラ本人を除けば、誰一人として証明できないのですから」


 トビアスなら証明してくれるけれど、それには、彼に前世の知識があるという共通認識が必要になる。これをオープンにしていない以上、信じてもらえるかどうかというレベルでの話にしかならない。


「しかし、わたくしは、何の事前情報もないまま、それまで生活していた空間とは全てが異なる場所へ唐突に呼び出され、しかも、自分ならざる者の体から離れられない身。そうなれば、本意がどうあろうと、まずは生き延びることが先決となります。そして、情報を集めた結果、レオノーラの愚行を可能な範囲で止めると共に、現時点で実行可能な策を取るべきと考えた次第です」


「ほう」


 手の内というほどでもないけど、わたしが被召喚者であることを前提として、どうしてこのように行動しているかを、飾りなく伝える。すると、エドガー様は、ひとまず話を聞こう、という気になったようだ。


「さきほどトビアス殿が申されました通り、王太子殿下からレベッカ・ハーマン嬢への婚約破棄が公式の場で宣言される流れは、すでに予定が組まれているとのことで、阻止できる段階ではもはやありません。そうすれば、その宣言を前提とした上で、どのように対応すべきかという問題になります。その際に大前提となるのが、どのように生き延びるか」


「生き延びる?」


「はい。わたくしの立場であれば、第一に、わたくしが身を寄せる形となっているレオノーラ。第二に、わたくしがこの世界で初めて親しくさせていただいた、フリーデ嬢、トビアス殿、イザベラ殿。第三に、フリーデ嬢およびトビアス殿の係累。このような優先順位となります。そして、クラウスナー卿におかれましては、第一に、デリンジャー伯爵家。第二に、ビルジー侯爵家になるかと。そのように、守るべき対象を定めた場合、無用な衝突を避けるのは当然ですが、現状維持を図れば情勢の変化に即応できず、かえって危険が大きいと思われます」


「危険が大きいという根拠は?」


「レベッカ嬢への婚約破棄が宣言された時点で、王国内外のパワーバランスは一気に崩壊します。内側からは、上位貴族の立場を尊重して彼らを重用する政治体制が否定される結果、それまで権力を掌握していた彼らは離反するか、穏やかな場合でも王家から距離を置こうとするのは間違いなく、上位貴族同士の相互抗争が激化するのは確実ですし、場合によっては、上位貴族の権威低下に伴い、下位貴族や平民の地位が無秩序に向上し、収拾が付かなくなる可能性もあります。外側からは、ダルス帝国皇帝第一皇女が夫人となっているハーマン家に対する侮辱行為を名目に、帝国は確実に動きますし、恐らくその準備をすでに整えているでしょう。最悪なのは、一気に軍事侵攻して王都を制圧し、王国を支配下に置く。良くて、外交上の立ち位置を踏まえて、完全に従属させる。こういう情勢下で、王国に対して従来通りの貴族としての務めを果たした場合、他の勢力から狙い撃ちにあう可能性もあります」


「ふむ」


「それを避ける方策は、わたくしの考える限り、二つしかありません」


「その二つ、とは?」


「安泰を求める防御策と、刷新を求める攻撃策、ですね」


「……」


 さすがに、これ以上のことは、伯爵家当主の前では、口に出せない。これだけでも、かなり際どいゾーンに踏み込んでいるけれど、聞かされた方が、ただちに罪に問われるほどではないと考える。


「ただし、防御策を採った場合、最低限守りたい者の安全は確保されるものの、王国の民、王国の土地、王国の宝が、どのような経緯をたどることになるか。あまり、明るい未来はないと思います。また、今後、援護のないままに、消極的中立という、非常に不安定な状況に追いやられます」


「……」


「一方、攻撃策を採った場合、短期的には大きな困難が、長期的には大きな責任が伴います。その代わり、この策を実行した者は、この国の民、この国の土地、この国の宝を、自らの手で、守り通すことができます」


「……その場合、君は、わたしにどうしろと?」


「具体的なことは申しません。ただ、ご協力いただければ、わたくし“たち”の構想が進みやすくなりますし、大きな山を越えた後、クラウスナー卿には高い地位が充てられるでしょう」


 デリンジャー伯爵家とは、あえて言わない。論功行賞では、エドガー様にはポジションを用意すべきと思うけど、確約はしない。それ以外の係累、それ以降の子孫については、却下。象徴的元首を除いて、権力が世襲されないことを示すためにも、一族に好待遇を用意するつもりはない。文官でも武官でも、実力ではい上ってくれることを期待しましょう。


 あ、実働部隊に組み込む予定のフリーデは別ね。わたしの構想通りなら第一級功労者になるだろうし、理解力の高さからは実務能力にも期待できそうだから。


「そして君は、わたしに対して、攻撃策とやらを勧めるということだが、君一人の提言、いや要望には、悪いが付き合う余地はないぞ」


「ごもっともですが、わたくしの構想には、レオノーラの妹であるイザベラ嬢の他、トビアス殿もビルジー侯爵家当主代行として、賛意をいただいております。また、フリーデ嬢にもお話しさせていただいており、個人的には理解をいただいたと思っております」


「あくまでも、個人的には、だがね。当家の施策について、彼女には何ら決定権はない」


 そりゃそうだ。対中央に関して、貴族家の業務を委任されているトビアスとは違うんだから。


 わたしも、フリーデに対して、何も家を捨てろなんてことは言わない。デリンジャー伯爵家が敵に回るといささか面倒だとは思うけど、少なくとも短期的には、必ずしも味方についてもらう必要はない。フリーデだけ一本釣りというのも悪くない。荒事の後にはグランディングが必要で、その過程で、彼女の柔軟性は捨てがたいから。


「決定権の有無は関係ないと思いますが。攻撃策を実行に移す場合、形式的ではあっても、フリーデ嬢自身をいったん伯爵家から切り離した立場に置けば、済む話です。万が一攻撃策が大失敗に終わった場合でも、フリーデ嬢がビルジー侯爵家王都屋敷に逃げ込んで籠城、タイミングを見て突破することは、十分可能かと。……トビアス殿、いかがでしょうか」


「ああ、その程度の武力はあるし、王都から領地への経路も確認済みだ」


「そういうわけです。ただ、安全に万全を期そうとすると、臨機応変に実行することが困難になりますから、ある程度の危険は覚悟しておくべきでしょう。わたくしの元の世界には、虎穴に入らずんば虎児を得ず、という俚諺りげんもございまして」


 乱世では、ローリスク・ローリターンより、ミドルリスク・ハイリターンの方が好結果を期待できる。机上で計算した期待値もさることながら、背水の陣を敷いた場合の真剣な行動がなせる結果だろうと思うが、歴史上の一般論としてはそういうものだ。少なくとも、ゲーム理論なんて存在しない時代なら、その程度のザックリしたシミュレーションで十分だろう。


「面白い話ではあるが、論理展開に無理がないかね。君は、わたしの立場であれば、第一に守るべき対象はデリンジャー伯爵家と明言している。しかし、実際の行動においては、必ずしもデリンジャー伯爵家それ自体を切り離しても構わず、フリーデ個人が別に動くことも選択できる、と」


「どこにも矛盾があるとは思いませんが。伯爵家の保全は目的、提案させていただいている行動は手段。目的を達成する確率を上げつつ、その過程で失敗する確率を低減させる。ただそれだけのことです」


 ロジックとしては、特に複雑なものでもない。ただ、家を守るという目的を立てたとして、その対象自体を絶対視、さらには不可侵のものと見なしてしまうのは、取ることのできる選択肢を狭めてしまい、結果としてリスクを高めることになり得る、というだけだ。


 議論に慣れていない者なら、このあたりで馬脚を現すと思ったのかもしれないけど、こちとら、つい最近まで、毎日のように口角泡を飛ばしまくっていたんだ、この程度に引っかかるものか。いや、日本語と英語以外の言語で議論する機会なんてなかったし、この世界の言語で適切に議論できているかというと、いささか怪しいけど。


「トビアス殿のビルジー侯爵家は、わたくしの構想に対して、全面的に賛同していただいています」


 公爵家の本家=当主がどう対応するかはわからないけど、トビアスは王都における全権を任されているらしいから、そう判断していいだろう。問題が発生すれば、本家から勘当されるだけだ。うん、距離があって即時連絡ができないというのは、陰謀をする場合には便利なのね。


「それを利用することもできましょう。例えば、フリーデ嬢の身柄をあらかじめビルジー侯爵家王都屋敷に移すとか。その上で、夜にはトビアス殿と同じ寝室で過ごすようにでもすれば、既成事実として、デリンジャー伯爵家ではなくビルジー侯爵家の指示下で動いたといえましょう。あるいは、毎晩お二人に離れのような場所で過ごしていただき、毎朝同じ行動を取ってもらい、それを第三者から見られるようにしても」


 フリーデが真っ赤になってしまうが、ここは我慢してもらおう。


「何ともまあ、乱暴な措置だな。そもそも、君の構想なるものについて、それが程度を越えたものであれば、たとえビルジー侯爵家がそれを全面的に支援するとしても、残念ながら、当家はそれに従うことはできない」


「その場合、両家が連携しているがゆえの強みがなくなり、事態がどのように転じることになろうと、御家が生き残れる確率は下がるかと思いますが」


「得られる見込みがないのに、敢えて危険を冒そうとするのは、蛮勇と呼ぶのだよ」


「そうなると、フリーデ嬢をトビアス殿から引き離すことになりますが、そうしてでも両家を分かつおつもりですか」


「トビアス君との縁が切れるのは惜しいが、それでも仕方はないな」


 消極的な姿勢を見せるという点には、動きはないか。もっとも、現在の条件下では、そのような対応をするだろう、と言っているだけで、行動選択については、何も断定していない。どうとでも取れる言い回しだ。


 つまり、まだ、拒絶の回答を受けたわけでない。


 一応、こういう反応だった場合の想定問答も用意はしているけれど、ここでちょっと、イタズラ心が芽生えた。


「そうですか。それでは、わたくしがトビアス殿を奪って関係を持ち、フリーデ殿との婚約を解消させた上で、新しい婚約者になっても、問題ありませんわね」

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