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4-7.デリンジャー伯爵家へお客としてうかがいました

 わたしは、トビアスおよびイザベラと共にビルジー侯爵家の王都屋敷を出発し、デリンジャー伯爵家の王都屋敷へ馬車で向かった。これから会うのは、フリーデの父親、エドガー・クラウスナー様。デリンジャー伯爵家の当主だ。


 召還されてからこの方、わたしが会ってきた人物は、レオノーラとあまり年齢差がない者たちばかり。十六歳のレオノーラに対して、ギルベルトとイザベラが十五歳、トビアスが十七歳、最年長のフリーデでも十八歳。微妙な違いはあるけれど、二十一世紀の日本では、だいたい高校生に相当する。


 しかし、今日対面する相手は、これまでとは全く違う。貴族家の令息や令嬢と、実際に貴族家を双肩に担っている現役の代表者では、立場から責任から、あらゆる点で違うのだ。


 フリーデに聞いたところ、エドガー様は三十代後半という。わたしも、元の世界では、しょせん学生の身分にすぎなかったから、それほど大人との接点があったわけではない。うーん、若手の教授か准教授ぐらいの年齢かなあ、と、何の参考にもならないことが頭をよぎる。


 ちなみに、伯爵に相対する時に最低限必要になる礼儀作法については、イザベラから超付け焼き刃のレクチャーを受けた。わずか十分足らず、どうにかなるものでもないけれど、こちらは生まれついての平民、どうしようもない。もっとも、二十一世紀の日本では、皇族以外は全員平民ではあるんだけど。


「とてもじゃないけど、あいさつ一つ、満足にできないと思うわ。フリーデの顔に泥を塗るような結果にならなければいいけど」


 その程度の自覚は、わたしにもある。そもそも、今回の企てに彼女を巻き込んだのは、ひとえにわたしの責任だ。フリーデはあまり気にしていない、いや、何だか楽しんでいる節もあるみたいだけど、わたしが彼女に対して負っている借りはかなり大きいと思う。


「それほど心配することはないと思うぞ。ただし、人の身振り手振りや発言内容から、その裏を見抜く力がある方だから、ヘタに隠し事をしない方がいいだろうな」


 いや、隠し事といってもね。


 どこまでおおっぴらにすべきかは、なかなか難しい。最初からオープンにするものや、交渉過程で少しずつ明らかにしていくものだけではなく、極力明らかにしないもの、そもそも触れさせないもの、いろいろある。


 まず、レオノーラとは異なる有希江の存在については、正直に話すことにした。わたしの行動や発言は、恐らく先方が把握しているであろうレオノーラのそれと大きく乖離かいりしているし、それはすぐに感じられるはず。ここをごまかすと、どのように言い繕ったところで、どうせ見透かされるだろうし、それでは信用を得られるはずもない。そして、召喚された有希江が、こことは異なる世界で生まれ育ち、通常とは異なる価値観や知識を持っていることも、最初から正直に話す。


 一方で、トビアスの“前世の知識”については、現状ではまだ伝えていないそうだ。このタイミングで、婚約者の父親に重要な秘密を明かすというのはタイミングが悪いし、しかも前世の恋人がここに来ているとなれば、話がさらにややこしくなるということで、黙っておくことにしたが。


「わたし、腹芸ができるほうじゃないから。特に、トビアスに対する感情を、言葉はともかく、態度で隠し通せる自信、ないよ?」


 元の世界では、たっくんに対して、あからさまにベタベタしていたからね。それこそ、誰にも入り込む隙間なんかないぞと、しつこくアピールするかのように。


 わたしにとって、それはまだ、せいぜい二週間前のことだ。トビアスに向ける視線を、たっくんに向けていたものと変えているか、いられるかと問われれば、自信は全くない。


「まあ、君が俺を意識していても、俺がしれっと流していれば大丈夫だから。それより、妙なことを爆発させないでくれよ。こっちでも婚約破棄なんてことになったら、すべてがおじゃんだ」


「大丈夫だよ。今の、貴族制度を当然の前提としている社会が維持されている限りは、婚約破棄しろなんて横車を押すつもりはないから」


「制度が破壊されたら、するのかよ」


「ふっふっふ。あたしの性格、よっくわかってるくせに。社会の平和を阻む奴らさ、Break Out!ってね」


 トビアスは、表情を変えない。


 うーん? なんだろう。“たっくん”に比べて、顔色が読めなくなってる。単に、貴族家の者ゆえ簡単に表情を変えずに内心をのぞかせない、というのではなく、内心自体が揺れていない気がする。ちょっと気にはなるけど、そのあたりは、事がある程度進んでからの話だよね。


 そして、デリンジャー伯爵家の屋敷に、客人として出迎えを受ける。非公式会合とはいえ、アポを取っているから、あらかじめ使用人が待機している。


 さすがにわたしも二度目になれば、それほど緊張することもないし、あからさまに好奇心を発揮することもない。


 ところが、イザベラは、建物の廊下を歩きながら、視線があちこちへ向いている。首を動かさずに、目だけがちらちら動いているのは、さすがというか何というか。ちょっと話を振ってみようか。


「貴族の邸宅としては、なかなか面白いつくりだよね」


「そうですわね。確かに経路は一見複雑のようですが、パターンが比較的単純なので、慣れた者が見れば、建造物の構造ありきの通路設計になっているのがすぐわかります。また、防衛側の死角が多い一方で、侵入者側の死角が少ないため、外部からの侵入には強いとはいえません。その反面、耐火性と排煙機能は、なかなかのものだと思います。一見、不思議なつくりに思えます」


 ソウデスカ。


「その反面、与しやすいと見た侵入者が、いざ逃走しようとした場合に、適切な経路を確保しにくいともいえます。初動での防衛に失敗しても、内部へ追い込むことが可能な構造です。それなりに腕に自信のある侵入者を、あえて内部へ取り込ませる、守り切るよりも侵入者の捕縛を求めるというのは、非常に興味深い発想です。なるほど、本部中央でなく、その手前に、侵入しやすく守りにくいように思える設備を置いて、その先には武器や物資、機密情報などを置かなければ、その経路自体が壮大なわなになるわけですか」


 ソウナンデスカ。


「防衛設備を頑丈にしても少数精鋭の侵入には案外脆弱ぜいじゃくなものになりがちですが、こういう発想を使えば一網打尽にすることも可能です。それに、そういう部隊なら、尋問で引き出せる情報の質も高そうですし、追い込んで屋敷牢ろうへ直結させると効率が良さそうですね。それに、奥に行くほど壁が厚くなっています、自爆を防ぐためでしょうか」


 ソウナンデスネ。


「そういえば、周囲の天井や壁面も、可動式ではないのに、いざという時に動かせるような構造ですか。もし侵入者がそれに気付いても、自分たちで対処することはできないし、かといって、それだけを理由に撤退することもできない。あえて慎重に行動させて、侵入への時間を多くさせるわけですか。細かいところまでよく考えられています。それでいて、機能面でも支障を感じさせない。大したものですね」


 タイシタモノナンデスネ。


「……ひょっとして、あなたの部屋へ行く通路を作った、というか、設計したのって……」


「わたくしではありませんよ。あれを見て、日々通ることで、かなり“勉強”いたしましたし、“眼力”を鍛えることもできましたから」


 どんなお勉強なんだろうね、何を見る力なんだろうね。多分、聞かない方が平和だし、聞いてもあんまり頭が豊かになるわけでもなさそうだし、例によって、沈黙は金を選んでおこう。


 そうこうしているうちに、昨日お邪魔した応接間に案内されて。


 ほどなく、一人のダンディーな男性と、その後ろに続いてフリーデが入ってきた。

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