4-5.ビルジー侯爵家の応接室にうかがいました
二回目の訪問になるけど、ビルジー侯爵家の屋敷は、やはり相当な大きさだ。
最初、ギルベルトに連れてきてもらったときは、特に緊張も動揺も感じなかったけど、今回は正式な客人扱いということもあって、体がこわばっているのが自分でもわかる。
一方のイザベラは、堂々としたものだ。恐らく初めての訪問だろうに、落ち着かないそぶりをすることも、体を硬くすることもなく、自然体。実父からあまりにも非道な仕打ちを受けていたとはいえ、やはり貴族家の子女らしいというべきか、それまでのゆるい雰囲気から一転、りんとした姿勢になる。さすがだ。
やっぱり、生まれながらのお嬢様って感じね、と正直に言うと、大きいお屋敷に入るのは慣れていますので、という、微妙な返事が。うん、どのような方法や目的で入ったのかは、あえて聞かないことにしたよ。
「本日、カウフマン様と面談の約束をいただいております、レオノーラ・エグナー、およびイザベラ・エグナーでございます」
すでに連絡済みなので、すんなり通される。
一昨日、大泣きしてしまった印象が焼き付いている応接室に通されると、トビアスとギルベルトが座っていた。今から思うと、汗顔の至り。
ソファーに座っていたトビアスが立ち上がり、やあ、いらっしゃい、と話すが、ギルベルトは、頬をうっすらと染めたまま、動かない。
彼の視線の先には、イザベラ。
そうかいそうかい、おとといアタシをナンパしてきたくせに、隣の美少女の方がお好みですかい。
いやまあ、わかるけどね。彼女の美貌は、同性でもドキッとするほどなんだ、男ならイチコロだろう。
でもね、少なくとも当面は、男には触れさせないよ。
トビアスは、わたしの場合と同様に、ファーストネームで呼ぶようにと言う。
「お初にお目にかかります。わたくし、ドゥルケン男爵家当主次女、イザベラ・エグナーにございます。本日は、お招きに上がりまして、御礼申し上げます」
スカートの裾をちょいとつまみ、片脚を後ろに下げて、頭を軽く下げる。えっと、カーテシー、だったっけか。わたしも、うん、一応は、マネぐらいできるようにしといた方がいいかもね。
あいさつの一環である握手の際に、あらかじめ用意していた、日本語で書いたメモを、トビアスに渡す。
――彼女には、わたしの正体は明かしたけれど、あなたの前世については説明していない。わたしは、彼女なら十分信頼に値すると考えている。“たっくん”のこと、一部であれ、話しておきたいけど。
素早くメモを見た彼は、手をいったん自分に向けてから、続いてイザベラへと向ける。自分で話すよ、ということだね、よし。
「……で、お前はいつまでそこに突っ立ってるんだ」
「……はっ! あ、は、はい! ぼ、わ、わたくし、ビルジー侯爵家次男、トビアスの補佐を務めております、ギルベルト・カウフマンでございます! どうか、これからも末永くよろどふうっ」
イザベラにすっかり魂を抜かれていたチャラ男クン、トビアスに裏拳を食らって沈黙。
「来客に対して、その態度は何だ。この場にお前が居るのは、単なる当主代行の補佐じゃないのだぞ。わたしに代わって行動する覚悟を持て」
トビアスはイザベラに向かって頭を下げるが、イザベラは苦笑するだけ。さすがに、自分が注目を浴びることは、自覚していたようだ。
ふむ、トビアスに、代わって、ね。
有力貴族の家を担う者として、今回の計画に伴う対応、要は“身辺整理”をしているわけだな。うまくいけばよし、うまくいかない場合でも、ビルジー侯爵家自体を存続させるための用意をして、その場合にはギルベルトが当主代行に“なっていること”にする、というわけか。関ヶ原の戦いで、主要メンバーを東西に分けた戦国大名みたい。
そんなことさせないよ。絶対に成功させてみせるから。トビアスには、志半ばで倒れさせたりなんかしないんだから。
それにわたしだって、一人じゃない。脇に座っているのは、単なるお嬢様じゃない。これまで誰にも認知されていなかったみたいだけど、正真正銘の天才少女だ。
「まったく、愚弟が申し訳ない。実は、レオノーラ嬢……いや、有希江と言った方がよいか。彼女が当屋敷を訪れたのも、元はといえば、こいつが町中で声を掛けたというのが切っ掛けでな」
「その節は、すみませんでした」
「ユキエ様……不用心にもほどがあります……」
イザベラが目をちらりと向けて、ボソッとつぶやく。声のトーンが変わったわけじゃないけど、多分、あきれているんだろう。
「実は、イザベラ嬢に来ていただいたのは、他でもない。有希江が、他の世界から召喚されて、レオノーラ嬢の体に入っていることは、知っているね?」
「はい。ユキエ様から、だいたいのことはうかがいました」
「有希江から、か。つまり、君の身近にいる者で一番詳しく知っているであろう姉君からは、特に何も聞いてはいないのかな」
「遺憾ながら、おっしゃるとおりです」
「ふむ。つまり、有希江の物理的な可能性と今後の予測については、不明、というわけか」
トビアスは、握りこぶしの上に顎を載せて、ブツブツと独り言を言いながら、こちらをチラチラと見てくる。少し居心地が悪い。
「わかった。あと、イザベラ嬢は、姉君と直接会話できるのかな?」
「はい。恥ずかしながら、ずっと仲たがいのような状態になっておりましたが、先日、自然に会話をすることがかないました。少なくともわたくしの中では、姉と和解できたと思っております」
「そうか。それでは、悪いけれど、次に姉上と話す機会を設けて、彼女に直接確認してほしい。召喚されたユキエの、今後について」
そういったトビアスの顔色は、明らかに悪くなっている。
むー。
「わたしには、まだ言えない、ということですか?」
「言えないのではなく、説明できるように整理できる情報がそろっていない、ということだ。いろいろと記録はあるけれど、召喚術を実際に行った者が正しいことを書き残してるとは思えないし、見聞した側の記録とてどこまで信頼に足るものかもわからない。ここは、確実な当事者であるレオノーラ嬢に、一番近しいと思われるイザベラ嬢から話を聞くべきだろう」
うん、理屈はその通りなんだけど。なんだろう、ちょっとモヤる。筋が通っていて説得力があるのに、妙に丹念に言葉を並べるのが、いささか気に掛かるのだ。
でもまあ、ここで無理に押したところで、結果は変わらないだろうから、ひとまずそれは置いておこう。
「さて、続いて。……本来なら、このようなぶしつけなことをうかがうのは失礼ではあるけれど、そこを曲げて、イザベラ嬢にうかがいたい。あなたではなく、姉君本人に関することだが」
「王太子殿下との一件でございますね」
トビアスは首を縦に振る。まあ、当然のことだ。
「わたくしも、姉と直接話して、その真意を尋ねました。全てをお話しすることはできませんが、彼女は、王国で事実上の最高権力を掌握した上で、“彼女の力”を行使する事で、腐敗した王国の体制を刷新したいと考えておりました」
「刷新、ねえ。協力者は?」
「ほとんど誰もいないようで、大半のことを自分一人で済ませるつもりだったようです」
何とも言えない、という表情になったトビアスが、相も変わらずイザベラの顔を見続けているギルベルトに、お前、どう思う、と話を振る。
「え、ええと。政敵にとっては、穏健ならば集団怠業、過激ならば暗殺で、すぐに片が付きますね。実行するにも、抵抗する勢力が多すぎて、とても実行不可能かと」
だよね。
「それで、イザベラ嬢の見解は?」
「わたくしもほぼ同様ですので、思いとどまるように説得いたしました。それは、将来部下になる者を“説得する能力”を使うことを前提とした場合、業務がほぼそれのみに忙殺されると指摘した途端、泣きついてきましたから」
「「「はあ……」」」
どんだけ短慮なのよ、レオノーラって娘は。
「なお、あくまでも個人的な願望ではありますが、姉の身の安全は、何としても守りたいと思っております。この先、いろいろとご協力させていただくことも多々あると存じますが、その協力の一条件として、これを入れておいていただきたく」
「わたしが決める話でもないだろうけどね」
トビアスはちらりと、こちらを見る。まあ、トビアス、フリーデ、イザベラの三者が主導する形にしたいけれど、実際に旗を振るのは、やっぱりわたしになるのかね。
あまり目立ちたくないんだけど。肉体的な意味で。
「どうこういっても、後四日だ。それまで、こちらでも“準備”をしなくてはいけないのでね。……ギルベルト、急行で。“エシキ七五二”。わたしがそう言ったと、父上に、必ず口頭で伝えよ」
急行? 超高速で仕上げることを、特急でやる、なんて言うけど、それと同じノリか。この世界には、まだ鉄道はないけれど。そして、暗号。つまり、第三者に漏らしてはいけない情報、ね。
ギルベルトが部屋を出て行き、トビアスが改めてこちらを向く。
「さて、今、この部屋にいるのは、俺たち三人だけ。部屋の周囲も、すべて人払いしている。ここでの話は、誰にも聞き取れないものとして、安心していい。それから、この三人、あとフリーデも加えて四人だな、この間だけでは、ファーストネームに敬語も敬称も抜きでいい。気楽に話してほしい」
表情を少し緩めるが、どことなく緊張しているのがうかがえる。イザベラに対してではなく、センシティブな内容の話を切り出そうとしているからだろう。
「有希江が、彼女自身の知識についてどこまで話したか、わからないが、この世界のものとはかけ離れたものだっただろう?」
「はい、いや、いいえ! 確かに、ユキエ様は非常に博識ですが、それだけでなく、大変に明晰な頭脳をお持ちです。その、わたくしの、現状とはかけ離れた妄想のような思考まで、しっかり受け止めてくださって」
「イザベラのアレ、妄想なんかじゃないってば。少なくとも、わたしが居た世界では、むしろ世界標準に近いものなんだから」
確かに、あの考えをこの世界に生まれ育った者が聞けば、妄想と判断するのも当然だろう。しかも、彼女の場合は、性的虐待という経歴があり、幻想を感じたりや解離を生じたりする可能性も考えられるから、なおさらだ。
でも、二十一世紀の日本で教育を受けたわたしなら、そしてトビアスだって、それは容易に否定できる。
「そしてトビアス。この娘、本物の天才よ。言うなれば、この世界に、ルソーが降臨したようなものだから」




