4-4.美少女とお散歩気分でお出かけしました
わたしの腕の中で大泣きしていたイザベラが落ち着いたタイミングで、わたしたちは、身支度を調える。
今日の予定では、トビアスの居宅であるビルジー侯爵家の王都屋敷へ向かい、トビアスと合流してから、フリーデのデリンジャー伯爵家へ馬車で訪問することになっている。
形式としては、ビルジー侯爵家当主代行がデリンジャー伯爵家当主へ訪れ、そこにドゥルケン男爵家当主代理が随行する。
侯爵家と伯爵家では侯爵家の方が地位は上なので、格上が格下を招待して、格下が格上を訪問するのが通常のパターンだ。でも、伯爵家当主と侯爵家当主代行という立場であること、伯爵家当主が侯爵家当主の義父になる予定であることから、この場合は序列を平準化しても構わないという。
しかし、ドゥルケン男爵家の当主代理って、誰なんだろう。
ビルジー侯爵家の当主“代行”は、当主が十全な執務に困難をきたしているという事情につき、その役割の一部を当主の名において実行する。公式のものかどうかはわからないけど、外部に対して明らかにしているもので、広く認知されている。
一方、ドゥルケン男爵家の当主“代理”ってのは、誰がいつ宣言したものでもない。そもそも、肝心の当主自身があずかり知らないところで、後継者たる親族が勝手に名乗っているだけだ。当主が出席しない理由は、まあ、病気とかなんとか、適当なものでいいだろう。イザベラは無表情に、実際病気ですから、と言っていた。笑えないよ。
今回は、わたしだけじゃなくて、イザベラも同行する。トビアスやフリーデへの面通しもさることながら、戦略面で、この世界での彼女の発想、この世界でのトビアスの経験、この世界でのフリーデの知識、このコラボレーションこそが、今回の企てを成功させる、わたしはそう確信していた。
いや、政権奪取だけなら、実現可能性は十分に高い。でも、わたしが求めるのは、その先だ。
まず一つ、この世界を、トビアスが、その力を伸ばしていくのにふさわしいものにすること。そしてもう一つ、この世界で、イザベラが、その才を輝かせるのにふさわしいものにすること。
その過程では、貴族家子女としてのフリーデの知識、いや見識が欠かせない。
わたしには、この世界での貴族なるものについて、いまだに実感をもって把握できていないけど、トビアスはその知識も相まって、あまり貴族らしくないように感じられる。転生モノでありがちな“オレ、また何かやっちゃいました?”を地でやっている可能性が否定できん。
そこを上手にハンドリングさせるには、貴族としての常識を身に付け、しかしその枠の外を理解できるだけの柔軟性を備えた人材が必要だ。そしてフリーデは、まさにこの条件に適合する。
《シャクだけど、出会うべくして出会った、のかな。でもそれなら、わたしだって条件は同じだし》
そして今回は、フリーデの父親である、デリンジャー伯爵家当主と面会する運びになっている。
私的な訪問とはいえ、伯爵家当主との面会ともなれば、それなりに格好を整える必要がある。そこで、シンプルながらも、最低限失礼にならない程度の服装をしなくてはならない。
服装といっても、レオノーラの部屋のクローゼットに入っているドレスは、わずか三種類、六着。フォーマルな場用のものが二種類、四着。つまり、普段の、しかし貴族家令嬢として行動する用のものは、一種類、二着のみ。二着というのは、要は洗い替えだろう。これ以外は、部屋着だけだ。いくら貧乏男爵家とはいえ、これはひどい。
一方のイザベラは、わたしよりはかなりまともな服を持ってはいるようだが、妙に生地が厚くて、見た目に似合わずゴツい作りのものが多いようだ。
彼女の着替えを手伝おうとして、その服を手に取ると、ずっしりした感触が手に響き、思わずたたらを踏んでしまう。
「普段使いの服にしては、随分重くない?」
「いえ、服の中にいろいろ収納するには、これぐらい頑丈でないと。とがった物を入れると、すぐに穴が空くんですよ。収納時にグラグラ動かず、即座に取り出しても破れない耐久性が必要ですし、防刃性能も十分、それでいて機動性も確保できまして」
「うんそうだね、それでいいね」
何を収納するのか、なんとなーく想像が付かなくもないんだけど、怖いから聞かない。うん、とがった物とか、即座に取り出すとか、意味わかんない。
そういえば、機能的で動きやすそうな服もあったようだし、あれでもいいんじゃないかな。
「レオノーラの情報だと、二日に一着ぐらいのペースで、品の良さそうなドレスを買ってたらしいけど」
「ああ、それは、“買ってもらった”ですね。あの服、いろいろなスリットや見かけだけのかぶせ布がある、特注品なんですよ。品がいいなんて、とんでもない。何せ、あの者から、着たままするように指示されることが多くて。胸と股間をすぐに丸出しにできる、実用本位の」
「わかったもういい、何もしゃべるな」
まったく、どこに地雷が潜んでいるか、わかったものじゃない。
時間もまだ早いからということで、取りあえずビルジー侯爵家まで、二人で歩いて行くことになった。
ほとんど手ぶらの状態なので、気軽ではあるが、イザベラがわたしの右腕に抱きついて、離してくれない。
「あのさ」
「ユキエ様の身は、わたくしがお守りします。こう見えても、付け焼き刃ですが、護身術は身に付けておりますので」
いや、護身術レベルじゃないんと違いますか、アレは。わたしには武術とかの心得はまったくないから、知らんけど。
それに、こういう時って、柔らかいのがふにふに当たるもんだと思うんだけど、何だか、ゴツゴツしたのがグリグリ当たってるんですが。巻き付かれている腕も、押し付けられてる胸も。
「えっと、その服の中に仕込んでるの……いや、ナンデモナイデス……」
黙ってにっこりと笑顔を向けるの、怖いのでやめてください。わかった、わかりましたから。
しかし、随分とこちらに視線が向けられる。男女関係なく、だ。
「人目を引くね」
「質素とはいえ、一応それなりの服を着ておりますから、徒歩ではどうしても目立つのです」
「いや、あなたという、美人過ぎるお嬢様が、あか抜けない姉にべったりくっついているからでしょうが」
何せイザベラは、顔を洗って髪をとかしただけでも、ゾクッとするほどの美少女だ。
この素材そのままで外に出るのは絶対にもったいないから、と、屋敷内にあったいろいろなものを使って、簡単にお化粧。髪も、乱雑に絞って無造作なポニテにしていたのを、枝毛を処理してキレイなロングに。ネイビーブルーの手頃な布があったので、これを絞ってヘアバンドにして、コントラストを整える。
首に巻かれている包帯は、ケガをしているわけでもないので、ハンカチで軽く覆う。不自然なアザとかついていたらまずいかな、と考えて包帯を解いたら、その、男が女に付けるようなそれとは違って、首の両側に、手のひらで力を入れたような痕跡があり、鎖骨の上側には、いくつものひっかき傷が。本人は何も気にしていないようだけど、そういうのが見えないように、それでいて、スポーティーなイメージを持たせるようにして。
うむ、さらに化けたな。わたしでも、このぐらいのコーデができる程度の女子力はあるぞ。その種の雑誌を隠れて読んでたら、たっくんに爆笑されたけどな。むかついたから、その晩、わたしが全力を出してヤツの前に出たら、熱にうなされたように真っ赤になってた。ざまあみろ。ちなみに、三時間以上を費やしたわたしの努力は三分で意味を失ったけどね、唾液とか汗とかその他もろもろの体液とかで。クリーニング代がかさんだのは想定外だった。
「そんな、わたくし……のために……いえ、ありがとうございます」
にっこりとほほ笑む。あーもう、かわいいなあ!
ちなみに、彼女が言いかけたのは、恐らく“わたくしごときのために”。
そういう、自分を卑下する言葉は、使わないようにと、これだけは強く言ったのだ。
彼女の意識を上向かせていくには、年単位のケアが必要だ。その中で、欠けている感情、拒んでいる感情を、少しずつ取り戻していかなくてはいけない。
その一歩目として、自分を卑下しないことが大事だと、説明した。それによって、自己肯定感の向上へつながり、自分らしさを取り戻していけるから。
今の時点では、約束とか指示とか、そういうことはあまりしない方がいいだろうけど、精神状態自体は安定しているようだし、まずはここから始めよう、というわけだ。
「……ユキエ様、この先、右の道に入りましょう」
「え? ここ、真っすぐ行く方が、近いでしょ?」
「尾行されています。右の道から左へ入って、いったん動きを止めれば、恐らく無力化できます」
「無力化って」
えっと、どんなふうに? 具体的には?
沈黙は金、雄弁は怖い。元日本人の処世術を発揮して、黙って歩く。彼女がどんな表情をしているのか、見る気にはなれない。
「……はい、もう大丈夫です。気配は消しましたから」
「消しました、って」
あの、誰が? “気配を”じゃなくて“気配は”って、主語は誰なの? “消した”って、自動詞だよね、他動詞じゃないよね?
「あ、物理的に消滅させたわけではありませんから、ご心配なく」
「……」
うん、わたしは何も知らなかった、聞かなかった。
わたしの脇にいるのは、謎多き美少女、それ以上を詮索するのはやぼってもんだ。
まあ、イザベラは楽しそうだし、こうやって一緒にお散歩気分で歩くこと自体は、悪くないんだけどね。
「……ユキエ様、ここからは、左側の道を通りましょう」
「ん? また、何かついてきてるとか? それとも、ここは、危険とか?」
「いえ、そうではないのですが……」
どうにも歯切れが悪いけれど、何か訳ありのようだし、ここは素直に従っておこうか。
その後も、道行く人からの視線を集めながら、のんびり歩き、無事にビルジー侯爵家邸へ到着した。




