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4-3.こんな所業は女として許せませんでした

非常に胸くそ悪い話になります。苦手な方は、末尾だけご確認の上、次編へお進みください。

「子供を、作れ、ない?」


 イザベラから出てきた思いも掛けない言葉。わたしの脳は、それを処理できなかった。


 この美少女の正体は男の娘デスカ? 実はついてるトカ? 転生じゃなくて転性したのカナ?


「はい。わたくしはある意味、女になれなかった女なのです」


「……意識は女性、肉体は男性、とか?」


 真っ先に頭に浮かんだのは、性同一性障害。元の世界では、そう珍しいことでもなかったけど、ヨーロッパでは歴史上ほとんどの時代で迫害されてきたし、それと似たような価値観なら、表に出せないのは無理もないのかなと思う。


「いえ、性別という観点では、隅々まで女性ですよ、精神的にも、肉体的にも。そうではなくて。成長して、肉体的に大人になっても、女になれなかった、ということです」


「……は?」


 何それ。単に、初潮が遅いだけじゃないのか。いや、いつまでたってもこない人……うーん、わたしも女の端くれだけど、そういう居るのかどうか、わたしにはちょっとわからん。


「いやいや、十五歳ぐらいで始まる人も居るっていうし、個人差もあるんじゃないの?」


「そういう理由ではないのです。……ユキエ様はご存じないでしょうが、王都にいる娼婦の多くは、その仕事を辞めた後も、生涯妊娠することがないのですよ」


「え?」


 どうしてここで、娼婦の話が出てくる?


 仕事を辞めた後“も”、っていうことは、仕事に就いている間は妊娠しない、つまり、避妊がきちんとなされているということ。それが、辞めた後も続く。


 つまり、この世界で、いや少なくともここ王都で使われている避妊法では、それが“必要なくなった後”も……。


「!……それって……」


「王都で流通している避妊薬は、効果が大きいのですが、長期間服用を続けると、妊娠能力自体を退化させるのです。女性がおおむね二年以上継続して服用して、子供を作れた例はないそうです。皮肉なことに、性行為自体には何の支障もないのですが」


「……」


「本来、公的に認証された娼館以外では使用できないのですが、貴族家ともなれば、いろいろと入手できる手段もありまして。そして、わたくしは、七歳の時点からそれを飲み続けています、ほぼ毎日」


「七歳!?」


 どうして、誰によって……というのは、聞くまでもないな、貴族家で入手して、その年齢で、ほぼ毎日、となれば。


 だって、この屋敷に居て、彼女に対して支配的な位置に立てる男といえば、一人だけ。そして、避妊薬を毎日使わざるを得ないという状況。


 イザベラが受けてきた仕打ちについて、胸くそ悪い仮説を立てていたけど、まさかそんなことは、と思っていたのに。最悪の方向で的中しやがった。


「性行為と妊娠の関連も知らない頃から、ですからね。それからしばらくは、そう、ほとんど、毎晩のように。そして、その都度」


「……」


「飲まされる度に、ああ、また今日もなのか、と。もう、すっかり慣れましたけどね。おかげさまで、生理というものも、知識でしか存じません。辛いらしいとは聞きますが」


「……」


「そういうことがわかるようになった時は、さすがに落ち込みましたが……仕方ないですよね。こんな女の腹から、いえ、こんな経緯で子供が産まれたとして、その子が、幸せになれるとも思えませんから」


「……」


「おかげで、“そういった技術”も“そういった演技”も、しっかり磨けました、からね。ええ、満足させられないと、何度も、何度も、殴られたり、蹴られたりしましたから。場合によっては、“俺の大事な客”を満足させられないとは、何事か、と、罵倒されたり」


「……」


「開き直ることも、できましたから。外に出て、誰はばかることなく“稼ぐ”ことも、全く抵抗なくなったので、活動資金も、継続的に確保できるようになりましたし。常連さんも多いのですよ」


「……」


 何だろう。


 腹の底から、猛烈な怒りといら立ちが、ぐらぐらと湧き上がってきた。


 もちろん、直接の加害者に対するものもあるけれど、それ以上に、このような理不尽を許容した、運命。あるいは、この世界における、神。そういったものに対して。


 天は二物を与えず、というけれど、こんな二物の与え方って、ないでしょう。


 独りの少女に対して、不世出といっていい頭脳を与え、一方で、これ以上ない苦痛と苦悩を与えて。いや、非道な行いの末に、苦痛も何も感じさせなくなった、というのが正しいのか。


 こんにゃろう。


 この娘を、これ以上、不幸にさせてたまるか。


 少なくとも、この世界で、最大限に輝かせてやらないと、わたしの気が済まん。


 そして、気が付いたら、わたしはイザベラの体を、ぎゅっと抱きしめていた。


 美少女の体を抱きかかえると、細身で華奢きゃしゃというのが定番なんだけど、筋肉質でガッシリしてるわ。うん、あんなの幻想なんだね、やっぱ。そんな、激しくどうでもいいことが、頭をよぎる。腕の中にある少女の過去を、直視できなくなってしまったから。


「あ、あの、ユキエ様?」


「ありがとうね」


「え?」


 心底、訳がわからない、という顔。


「だって、それだけ重いことを、話しづらいことを、“わたしには”話してくれたんだよね。だから、ありがとう。それと」


 ちらりと見えた彼女の手首には、いく筋もの傷跡が、ハッキリ見えた。


 彼女は間違いなく、自分の中にある自分の多くを、消し去りたい、否定したいと思い続けてきたんだ。一人きりで。そして、何度も、何度も、こういうことまで。


「わたしは、あなたの側に、いるから。わたしにとって、あなたは、この世界で初めてできた、大事な友達。この程度のことで、どうこうしたりしないよ」


「あ、あう……」


 うれしく思ったのは、わたしの本心だし、事実だ。


 一般的に、幼少期に性的虐待を受けた者は、本来保護を行うべき監督者に対して、暴力的で信用できないと考え、それを成長後の人間関係にまで敷衍ふえんしてしまう。その結果、他者を信用することができず、また信用した相手は自分を利用するだけの存在だと思う。最終的に、人と関係する際には、感情を動かすことができなくなってしまう。また、たとえ親切心で接しようとする相手に対しても、むしろそれゆえに警戒し、敵意を示す。


 レオノーラがイザベラに対して記していた、罵倒に近い評価は、レオノーラの主観で判断すれば、必ずしも間違っていなかったのかもしれない。イザベラは、レオノーラのことを“守ろう”としてはいるけど、それは彼女を大事に思っていたからではなく、使命として受け止めていたから。そこには、家族に対する、肉親に対する愛情は介在しない。レオノーラは、それを無意識にであれ、感じ取っていたのではないか。ある意味、イザベラの置かれてきた環境を、間接的に示す傍証かもしれない。


 そんなイザベラが、感情をあらわにしたのは、わたしが異世界からの被召喚者=この世界の社会とは異質の存在であること、彼女の価値観を否定せずに評価したことが原因だろう。それに加えて、一番辛いことまで打ち明けてくれたのは、ひとえにわたしのことを信用してくれたからに他ならない。


 どうして、わたしなのか、それはわからないけど。でも、わたしを選んでくれた、そう思うと、とてもうれしい。


 そして、なすべきことは決まった。


「辛かったよね。心細かったよね。でもね、泣きたい時は、泣いていい。話したいことがあれば、話していい。わたしなら、いつでも、胸を貸すから」


 一番重要なのは、他者が寄り添うことによって、安心感を抱かせることだ。そもそも、安心ということさえ、わかっているかどうか。だから、まずは、独りではないというのがどういうことか、それをわかってもらう。


 否定的な言葉は使わない。同情してはいけない。叱咤しった激励はもっといけない。忠告は絶対に駄目。説教するなどもってのほかだ。


 そして、身体的に危機が迫っているのでなければ、行動を急に変えさせるのはよくない。自分の環境を徐々に自覚させて、感情を取り戻させながら、段階的に正常化させていく。薬物やアルコールの依存症とは違うのだから。


 なんで、こんなことに詳しいのかって? 元の世界で、この辺の知識がろくにないままにそういう人に接して、対処に失敗した、苦い経験があるんだよ。


「でも……」


「何度でも、言うよ。わたしにとって、あなたは、この世界で初めてできた、大事な友達、なんだから。それに」


 銀色に光る彼女の髪。わたしは、その髪を手でなでながら、彼女と目を合わせる。ターコイズブルーの彼女の瞳が、潤んできた。


「大丈夫。あなたは、独りじゃない。だから、お願い。独りで、抱え込まないで」


「う、う、ううう……」


 わたしの眼前にある双眸そうぼうの奥から、ボロボロと激情があふれ出る。


「ふ、ふう、うあああああえええええええ……」


 わたしの胸にしがみついて、大泣きするイザベラ。


 そこに居たのは、初めて会った時の、やさぐれた放埒ほうらつ少女でも、すごみのある殺人少女でもない、一人のか弱い女の子だった。


 彼女の背中を、黙ってさすりながら、いろいろと考える。


 こんな被害者を生み出す世の中なら、政治革命じゃなくて、社会革命を優先すべきじゃないのか。


 目指すべきなのは、礫岩れきがん国家の主権国家化じゃなくて、父権制の解体による女性解放じゃないのか。


 イザベラの姉貴よ、こんな思いをさせるために、わたしを呼んだのかよ……いいよ、それなら、やってやるよ。とことん、寄り添ってやるよ。


 彼女だけでなく、わたしの腕も震えて、そして、涙が止まらなくなっているのに気付いたのは、かなりたってからのことだった。

〈要旨〉イザベラは、幼少時からずっと実父に性的虐待を受け続け、避妊薬を継続的に服用し続けた結果、子供を作れない体になっています。その結果、心的外傷や人間不信などの影響を引きずっていますが、彼女に寄り添う姿勢を見せた主人公だけには、心を開きつつあります。


これでも、当初よりは大幅にカットしたのですが……今後の展開のためには、最低でもこのあたりの記述は避けられず。

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