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4-2.女王様になろうよと勧めました

「女王様……ですか?」


 はて、と、きょとんとした顔で、首を傾けるイザベラ。誰にも犯すことのできないような情調を身にまとう彼女が、年相応の少女らしい表情を見せる。


 手を出してはいけない、しかし、守ってあげなくてはいけない、そういう感情を喚起させる。


 だからこそ、わたしは、女王様という言葉を持ち出した。


 もちろん、あっちの世界でのミストレスとかじゃないよ。本来の意味の通り、国王の座に就任するという意味だ。


「象徴としてのトップと、指揮命令を行うリーダーを分けるのよ。その上で、トップからリーダーへと権限を移譲していく。いきなり、主権が国民にある、なんて宣言しても、誰にも伝わらないから」


 民が国を作るのなら、その国の体制は、民が理解できる範囲に限定される。当然だ。自分たちにとって、どういう意味を持つのかわからない者が、トップに立つなんて、納得できるものじゃない。いや、王は王、民は民なら、それでもいいけれど、王や貴族による専制を解きほぐそうとするには、誰にでもすんなり理解できる存在を用意しなくてはいけない。


 だから、民が納得いく存在を祭り上げて、その存在から“合理的に”権力を移す、というわけだ。


「そして、象徴になれる、なるべき人材は、短時間で用意できるものじゃないよ。実際、わたしが味方に付けた人を見ても、ちょーっと厳しいんだよね」


 実務家肌のトビアスは論外、主要大臣あたりが適役、司法機関の元締も良さそうだけど年齢的にちと無理があるか。フリーデは、その好奇心と決断力を考えれば、リーダーとしての適性がありそうだし、実務そのものよりも理解力と判断力が必要なポジション、首相職がよさそう。味方に引き入れられたと仮定しての話だが、レベッカ嬢では、婚約破棄による被害者という点を考慮しても、旧体制の象徴というカラーを払拭することはできそうにないから、役職に就かせるわけにはいかない。能力次第では、数年を経過した後に抜擢できる可能性はあるけれど。


「その点、あなたなら、十分に務まるわ。そして、舞台裏に回れば、ブレーンとして、国家戦略を立案して、幹部に助言を行う。ブレーンとしての役割は、あなたにしかできないから」


「い、いえ、それなら、ユキエ様でも……」


「わたしの身分というか、立場は、特殊なのよ。レオノーラという器に入っているわたしは、たとえ裏方であっても、政権中枢に入ることはできない。今回の決行前に、自前の肉体を用意できるなら別だけど、そんな短時間では、望み薄だし」


 この世界におけるわたしの将来がどうなるのか、漠とした不安は、確かにある。


 でも今は、やりたいことができたから、それに向かって全力で走りたい。その過程で、将来へ向けての手掛かりが得られれば、その都度、最善と思われる手を打っていけばいい。長期展望を描けるほど、材料がそろっているわけじゃないから。


「それに、あなたなら、強力な正統性があるでしょう。対外的にも、文句をいわせず、けん制させられる、アレが」


「!」


 そう、彼女が昨日話していた“切り札”のことだ。


「あのカードは、単に、自分へと意識を向けた爆弾として使っちゃいけないよ。むしろ、自分自身を抑止力として、事情を知る者を黙らせるツールにすれば、発動させずに、それでいて、あなたが死ぬまで効力を持ち続ける」


「ユ、ユキエ様、それは……」


 ま、アレについては、あくまでもわたしの推測だけどね、と付け足すが、彼女が否定できないところを見ると、この推測はおおむね当たっているのだろう。


「多分、あなたの認識では、アレは、呪いのようなものなんでしょう。自分の身体を、社会的政治的に縛り付ける、呪い。使えるのは、ただ一度の、自爆的破壊だけ。……その認識は、正面から見れば、間違っていないわ。でも、逆手に取ることだってできるよ」


 わたしは、イザベラの方へ、ずいっと体を寄せる。


「アレを武器にして、周囲を黙らせることもできるはず。わたしの勘が正しければ、あなたを守るように見せて、その一方で縛っているのは、一つだけじゃなくて、多分、三方向に伸びてるんでしょ」


「……それ、は……」


「道具のままで生きる、いや、“生かされ”るのを選ぶ理由なんか、ないよ。だって、もう、ずっと……“生かされ”て、きたんでしょ?」


 ジッとわたしの目を見ていたイザベラだけど、フーッと息を吐いてから、ふるふると首を横に動かす。


「ダメですよ。……いえ、そうじゃないですね。わたくしには、無理です」


 イザベラはほほ笑みを浮かべているが、どことなく寂しそう。


「汚れ仕事を重ねてきた人間は、表に出てはいけないのです。特に、民の支持に立脚している権力は、一種の人気商売。……手が真っ赤に血塗られて、体が奥底まで汚されている人間は、表に、いや、裏方にでも、回ってはいけません。在野の支持者あたりが精いっぱいですよ」


 これは、彼女の性格に基づくものじゃなくて、自分なりの冷静な判断なんだろうな。


 確かに、その考えには、一定の説得力はある、が。


「リーダー、あるいは、平時の象徴なら、そうでしょうね。でも、建国の主人公よ? どんな過去があったところで、逆境に耐え忍んで立ち上がったという経歴は、十分に美化される。そうね、“旧体制によって辱めを受けたヒロインが、新体制で民を導く”なんてシナリオ、いいじゃない。悲劇のヒロインというプロフィールは、特に男性の同情を受けやすいわよ」


 イザベラを励ますのではなく、現実的な側面から、彼女の意見を却下する。


 彼女がどのような汚れ仕事を重ねてこようが、民をあからさまに虐げてきたのでない限り、何も気にすることはない。


 もっとも、イザベラが被差別民出身だったりすれば、擁立しても民の支持を得にくいかもしれない。不合理だけど、象徴という位置で行う仕事は、イザベラの言う通り“人気商売”だから。


 しかし彼女は、男爵家という最下級貴族で、しかも領地も役職もないから、その立場は、民からの敵を作りにくい。上位貴族なら怨嗟えんさ、平民なら嫉妬を多少なりとも受けるが、男爵家子女というのは、風当たりが弱そうだ。


「ユキエ様、それは、希望的観測ですよ。いえ、わたくしが、そういう位置に就いてはいけない理由は、それだけではないのです」


 今度は、自嘲するような声になる。


「象徴としての王は、民選でないことが望ましいと思います。もちろん、王の暴虐に対して民が罷免する権利はあるべきでしょうが、基本的には、自動的に後継を決定する、つまり世襲が望ましいかと」


「そうね、それについては異論はないよ」


 国家統合の象徴たる君主を国民の投票で選出なんて、ありえん。ドイツみたいな象徴大統領制ならあるけど、国王を推戴しない体制は、少なくともこの世界では、間違いなく時期尚早だ。


「それが問題なのですよ。もしわたくしが王位に就任したら、重要な職務の一つに、子をなすことがありますが」


 ここで彼女は、わたしに何度か見せた、くらい顔になって。


「……わたくしは、子供を作れない体なんです」

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