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4-1.場違いな美少女が現れました

このあたりから、作中の一日が長くなります。ご承知おきください。

 唐突に異世界へ飛ばされて四日目、やっとまともに目が覚めた気がする。


《やっぱり……一つ屋根の下に住む人と、気の置けない関係を構築できるって、こういうことなんだな》


 わたしはこれまで、かれこれ十年近く、ずっと、たっくんと一緒に寝起きしていた。


 正確にいうと、元の世界で、独りだったのは、たっくんが亡くなってからの数日間だけだった。


 でも、それは、やっぱり違う。二人で楽しく過ごしていた世界の延長でしかなかったし、そもそも、現実を受け入れられる状態じゃなかったから。


 そう考えると、今のわたしは、子供の頃以来となる、一人での目覚めってことになる。……いや、厳密にいえば、中高の修学旅行とか、いろいろ例外はあったけどね。


《うん、気分そーかい! よし、がんばれ、わたし!》


 頬を軽く、パン、と叩いて、気合を入れる。


 そして、例の手帳を開くと、目に飛び込んできた一言。


――ありがとう。


 これまでこじれにこじれてきたことを、解消とまではいかないまでも、解きほぐすための第一歩を踏み出せた、ということに対するものだろう。


 それは、わたしが昨日まで取ってきた一連の行動の結果ではない。間違いなく、レオノーラの中で、長期にわたってくすぶっていたものだ。


 わたしは、ちょっとばかり、手を貸しただけだ。それも、間接的に。


《よかった……》


 わたしは別段、レオノーラのことを気遣っているわけではない。わたしが中に入っている、その体の持ち主だから、死なれると困るという程度のことだ。


 この世界に召喚されて、それでトビアスと出会えたのだから、本来なら感謝すべきなんだろうけど、こちらの意志も何も関係なく、強引かつ一方的に引っ張ってこられたのだ。親近感を持てというほうが無理だ。義理も借りもあるわけがない。


 でも。大事な友達に、その笑顔が少しでも見られるようになったことを、うれしく思ってる。


 たっくん……トビアスに会えたことは別格として、それ以外の点で、ほっとできることをつかめたんだ。


 そして。


 イザベラは、これから行動していく上で、恐らく、最強のブレーンになってくれるはず。


 わたしも、この世界の一般的な人から比べれば、相当の知識を持ってはいるだろう。元の世界における、歴史という“実証実験”の過程や結果についての知識は、十分に参考になると思う。特に、天才的な頭脳を持つ人が社会実践を行った場合に起こしがちな悲劇、いわば政治的主知主義の限界を、たくさん学んできたから。


 でも、イザベラの発想は、あくまでもこの世界における事実、この世界における価値観、この世界における社会通念から生まれたものだ。これは、わたしには絶対にできない。能力の問題ではなく、生まれの問題だから、克服しようがない。


 そうすれば、わたしたちの役割分担は、おのずから決まってくる。


《タッグを組んで、大仕事、か。いいな。何だか、ワクワクしてきた》


 イザベラの持っている類いまれな頭脳、それを生かすには、人に対するアピールが必要だ。それも、キーパーソンに対する説得と、集団に対する説得、この二種類が必要になる。


 前者は、まあ、わたしが担当することになるんだろうな。ただし、相手の立ち位置や性格をきっちり調べて、そして、相手がわたしでなく“レオノーラ”を見ていることを意識して。これまではあまり意識してこなかったけれど、正体が“被召喚者”という訳の分からないものであることを、これ以上広げるべきではない。


 後者は、どうしようかね。トビアスのビルジー侯爵家私兵動員にあたって、トビアス本人以外に、今回の行動に当たって、事実上のリーダーを前面に出した方がいい気もするな。ここらへんは、トビアスやフリーデと要相談か。


《あと、あの件を解決できれば……解決したいな。本人の意志を無視してでも》


 そうなると、やるべき事の順番が、おおむね絞られてきた。なにせ“本番”まで、後四日だ。のんびりしている余裕はない。


《今日、明日で戦術と目標を仲間内で確定させて、残った日で準備。今回は電光石火がキモ、準備には時間をかけないほうがいいぐらいだから、二日あれば十分だけど、その期間は他に労力を割くのは厳しそう。やはり、今日……より、明日だな》


 まず、今日やるべきは、イザベラをトビアスとフリーデに引き合わせて、“同志”を拡大させる。あわせて、トビアス同意の下に、二人の秘密を明かして、わたしの正体を教えたい。


 イザベラなら、大丈夫だ。


 これは、単なる希望的観測ではない。あのメンタリティなら、頼れる者というより、自分を信頼してくれる者がいれば、無条件で飛びつくと思う。まず間違いなく、これまで、自分を信頼すると判断できる人間に、巡り会っていなかっただろうから。


《だからこそ、下手な者に会わせるのは、危ない。その点、トビアスなら余計なことは話さないだろうし、フリーデの思慮深さがあればいろいろ察するはず》


 それに加えて、フリーデの父親、すなわちデリンジャー伯爵家当主が、同家の王都屋敷に来るというので、ここで例の話を持ち出す必要はあるけど。


 この段階になって、デリンジャー伯爵家を味方に入れられなければ、計画が瓦解とまではいかないけれど、制約が大きくなる。最大の舞台は乗り切れるにしても、事後処理が大変だ。最悪の場合、内乱を覚悟する必要が出てくる。


 ビルジー侯爵家は、少なくとも王都での行動をトビアスに一任しているとのことだから、問題ない。しかし、精強な軍を抱えるデリンジャー伯爵家が、他家へ嫁入りする長女の意向だけで、やすやすと王家に刃を向けるはずはないし、そんな権限をほいと与えてしまう当主は、逆に信用できない。


《ある意味、前半戦の天王山かも。最初は、ファイゼルト侯爵家のレベッカが難関かと思ったけど、あっちはそうでもなさそう》


 悪役令嬢も、頭はいい娘だと思うけど、思考パターンは素直と踏んだ。貴族家同士の腹の探り合いはできても、戦略的判断を必要とする決断ができるようには見えない。


 何にせよ、伯爵を味方に付けて、ビルジー・デリンジャー連合を軸にすることが肝心だ。ドゥルケン男爵家? 当主が腐ってて娘だけが個人的に奮闘しております。ま、当主はシカトして、事実上の三家連合にする線で決まりでしょう。


 連合を組めたら、今度はファイゼルト侯爵家行きか。場合によっては、ノーアポで急襲してもいいかもしれない。タイムリミットまで、残された時間はあまりないし、先方もそれは理解しているだろうから。


 また、昨日レベッカ嬢に告げたとおり、実直な官僚肌の父親か、貴族的外交屋タイプの母親か、どちらが出てくるかで、対応が変わりそうだ。このあたりは、対貴族コミュニケーションができそうな、フリーデあたりと詰めることになるね。多分、トビアスは戦力にならん。


 ま、今日やるところは、こんなところかな。気を抜くことのできないタスクがびっしり埋まってるけど、一つ一つ対処しないと。


 そんなことを考えていると、コンコン、とドアがノックされる。


「失礼します、イザベラです」


 顔を出したイザベラは、こざっぱりしたセンスのいい服装に、きれいに整えられたロングヘアが映える。昨日は、夜の町で遊び疲れた不良少女のようだったが、様変わりしている。深窓の令嬢というよりは、ミステリアスさ、そして不思議な色気を漂わせた、聖なる女性という印象だ。


「……」


 こんな娘が町を歩いていれば、多分声をかけ……いや、逆に、手を出すのが怖くなるから、やたらと目立ちはしても、不届きな連中が表立って何かをやらかすことはないだろう。


「……あ、あの、どうかしましたでしょうか……」


「いや……何だか、この部屋には場違いな美少女が現れたんで……声が出なくて……」


 恥ずかしそうに下を向いたイザベラの顔が、真っ赤に染まってしまった。


 いかんいかん。彼女はいわば、妹みたいなものだ……って、変なフラグを立てんじゃねえよ、わたし。


 この娘、きちんとした格好をすると、こんなに化けるのか。並の貴族家のお嬢様どころじゃない、アンタッチャブルな気高さを見せつけている。


 それなら、彼女の魅力を生かす方向で、役を割り振るのがよさそうだ。


 そして、諸々の“お話”をするため、イザベラに導かれて彼女の部屋へ移動――気のせいか、昨日とルートが変わっている気がするのだが――したわたしは、開口一番、こう切り出した。


「イザベラ、あなた、女王様になってみない?」

この先、百合展開にはなることはありません。

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