3-21.【Side:ディーナ】商人としての常識が揺さぶられて
今日は、ご注文をいただいたドゥルケン男爵家へうかがう。
ヴァレッツ商会が手掛けている分野は多岐にわたっているけれど、わたしが務めている王都第二支店は、上位貴族などをターゲットとした、かなり格の高い商品を主に取り扱っている。
ここで重要なのは、“格が高い”ことであって“質が良い”ことではない点。要は、お金に糸目を付けず、人目を引きたい物をお買い求めいただいたお客様が、それを使うことによって、持ち主の魅力を高く見せる。そういう用途としてお買い求めになる需要が高いわけだ。貴族の方々は、他の方に比べて、相対的に高い地位にあろうとされるのが、基本的な行動原理。根っからの商売人であるわたしには、さっぱり理解できないけれど、それがメシの種になっているのだから、それに応じた売り方をしなくてはいけない。
そういった商品だから、衣類や装飾品などについては、これでもかと目立たせる物に、人気が集まる。衣類を例に取ると、名のあるデザイナーが手掛けたか、高級な布地を用いているか、下品でないか、そういった観点で、格の高さが判断される。着心地とか、耐久性とか、そういうのはどうでもいいらしく、極端にいえば、その服をお披露目する場さえしのげれば、後は構わないという例さえあるそうだ。装飾品ゴテゴテでクソ重いスカートなんかだと、そうなるね。わたしなら、そんな服はゴメンだけど。そもそも、社交の場で同じ服を着るのはみっともないらしいので、そういう場がある度に買い換えるのが普通だって。もったいない、という言葉は、お貴族様の語彙にはない。
さらに、価格の高さは財力の指標ともなるので、上顧客だからといって、値引きなどはできない。利益率が高い商品だから、お得意様にはそれ相応の誠意を示してもよいのではという考えは、お貴族様には通じないようだ。だからといって、もうかるからよい、と手放しに喜ぶわけにもいかない。なぜなら、別の機会に売り手側が便宜を図る必要が出てくるからだ。うちでは、入手困難な商品を優先供給する程度だけど、後ろ暗いものを寄越せ、という要求もしばしばある。立派な癒着だし、こんなの悪習じゃないかという疑問はあるが、お貴族様を相手に商いをする以上、避けては通れないようだ。
そんな裕福なお貴族様を主な顧客とする場合、それなりの立場の者が担当する必要があるという、それだけの理由で、まだ若いわたしが、副支店長なんて役職になった。小さい頃から、取引を行う方法、商品を目利きする方法、市場を見極める方法、そういったものはきちんと勉強してきたから、実務もそれなりにこなせる自信はある。
だからこそ今回、ドゥルケン男爵家からの注文対応は、お客様の意図がどこにあるかを調べることから始まった。
今回ご注文いただいたのは、ドレスの他、ご長女のレオノーラ様がパーティーへご出席される際のお召し物一式。さらに、付随するアクセサリー類まで、一括でお受けすることになった。
最初に男爵家にうかがって注文の細部を確認した時にも、驚くことは多々あった。
いわく、今回のパーティーでは、王太子殿下が従来の婚約者に対して婚約破棄を宣言し、代わって自分が新たな婚約者と宣言される手はずだと。
いわく、このため、上位貴族はおろか、王侯クラスが着用するようなドレスにしてほしい。アクセサリー類も、通常の貴族家とは明らかに格が違うことを見せつけてほしいと。
いや、確かに、顧客情報はしっかり守りますけどね。こんな爆弾、どうして当会にもってくるのよ。格好の新規大型案件かと思いきや、とんでもない地雷をつかんじまったい。“あの家にドレスを提供した”ということが、ネームバリューにならず、逆に、不遜な下位貴族家に加担していると思われて、他の貴族からの取引を嫌がられたり、打ち切られたりすることも考えられる。
こりゃ、そろそろ、実家へ帰らせて頂きます、ってことになるかね。
そう思って、ともかく納品にうかがい、レオノーラ様にご確認いただいたところで、妙なことをお話しになる。
「すでにご承知でしょうが、当家では呪術を行使できる者がおりましてね。その一つとして、このわたしの体に、もう一人、別の人間の意識が入っているのですよ」
すいません、何をおっしゃっているのか、意味がわかりませんが。
続いて、その別の人間とやらは、異世界から召喚された者で、この世界では考えられないような知識を備えている。その知識を活用すれば、商売にもきっと役に立つだろう。今回、当家で無理に注文したかわりに、この者と会う機会を設けたい、と。
うん、やっぱり、わかりません。失礼ながら、おつむは大丈夫なのでしょうか。
これから、かなり無茶なことをなさるおつもりなのは知っているけど、こういう人だからこそなのかな、と思ったら。
目の前に居たレオノーラ嬢の体が、一瞬だけ、ビクンとはねると、うっすらと目を開き。
「……はれぇ?」
それまでの、刃物のような鋭さを感じさせていた雰囲気ががらりと変わり、何が起こっているのかわからないように、目をあちこちへ動かすようになる。
なるほど、これが“別の人間の意識”とやらか。それも、いわゆる二重人格というのとは異なり、召喚術というものを使った結果、ということ、らしい。この家には、えたいの知れない術を持つ者が居ることは耳にしていたけど、これのことなのだろうか。
もっとも、召喚術なるもの自体がよくわからないし、異世界からやって来たなどという眉唾ものの話、信じられるはずもない。しかし、信じることはできなくても、知覚したことについては、受け入れなければならない。
そこで、目の前に居る彼女――ユキエ嬢というらしい――に向かって“商談”を持ちかけてみる。もともと、彼女が何も持っておらず、頭脳という無形の財産だけに頼っていると想定して、どんな反応を示すかと思って。
ま、おとぎ話的なものが出てきて、それで終わりでしょうね。こっちだって他にも仕事があるし、与太話に付き合っていられるほど暇でもないし。
ところが、わたしの想像、いや、思考を超えた“提案”が出てくる。
投資? 配当? 公共事業? 教育? 雇用? 銀行?
何ですか、それ。
わたしの知っている商業というのは、モノを上手に仕入れて、モノを上手に販売して、その売買差額から経費を差し引いて、それを利益にするというもの。モノのやり取りをせずにお金を稼ぐのは、商人とは言わない。農民だったり、職人だったり、そういう職業はいろいろあるけど、少なくとも商人の仕事ではない。
もちろん、融資を行うこともある。安定して黒字経営を続けていて今後も安泰だけれど、資金を投入してから回収できるまでの期間が長かったり、高い可能性で儲かるのに資金が不足したりという場合に、現金を貸し付けるものだ。ただしこの場合は、内容をきちんと精査して、担保を取って、第三者立ち会いのもとで契約書を作成して初めて実行する。でも、金貸しでもうけるというより、広い意味で商業活動を維持するための必要経費だと割り切っている。高い技術を持つ工房が、運転資金の不足という理由だけで廃業なんて、もったいないからね。
ところがユキエ嬢は、自分の知識を使えば、スケールの大きい事業を展開できる。失敗の危険はあるけれど、それをある程度抑えながら、時間を掛けて、大きな果実を得られる。いったん大きな果実を得られれば、供給側も市場側も信用を得られるので、後は大きく育てていける、と。そのためには、教育とか、道路とか、都市とか、そういう物の整備に資金を投入すべきだ、と。
それって、王様とか、領主様とか、そういう方がやることなんじゃないの?
そもそも、それって“事業”と呼んでいいの?
わたしには見当もつかなかったし、そもそも、そんなことを考えもしなかった。それは、商売人のやる仕事じゃない、と。
でも、屋敷を退去して思ったけれど、その考え方は、硬直したものだったのではないか、って。
商売人として“やってはいけない”ことは、確かにある。そもそも人としてやってはいけないことはもちろん、商売の中で得た機密情報や顧客情報を漏らすのは、絶対に認められない。そういうことを平気でやる商会もあるようだけど、そういうところは、すぐに姿を消している。信用を失ったためか、消されたのか、それは知らないし、知るよしもないけれど。
でも、商売人として、誰もやっていないからといって、それは、やってはいけないことにはならない。前例がないというのは、やってはいけないことの理由にはならないから。手間はかかるかもしれないけど、先手必勝、他の商会に真似ができないことを最初に実行すれば、大きな利益を長期的に見込める。
面白いかもしれないけど、商人だけでやる仕事ではないね。
ユキエ嬢は、上位貴族とつながりがあるから、希望すれば、その貴族様と話す場を作る、って言ってたけど。
でもなあ、貴族様って、先方から注文や相談を受けることはあっても、こっちから話を持ち出したことって、これまで皆無なんだよね。そんなことをすれば、商人の分際で何を言うか、なんて追い払われて、事実上出入り禁止になるのが普通だし。これは、わたしだけでなく、商会全体で共通認識になっている。
興味深いことに触れられた楽しさと、面倒ごとに巻き込まれた重苦しさと。その両方を抱えながら、わたしは職場へ戻ったが、その日はほとんど仕事にならなかった。
この世界では、出入りの御用商人という概念はあっても、行政行為を受託して実行する民間事業者というものも、公共事業というものも存在していません。支配者は自分の名前で人を集めて働かせる、それだけです。こういった事情を念頭に置かずに、自分の知識を元にベラベラしゃべった主人公に対して、当惑するのは自然なことなのです。
主人公がこの世界の事情をよく知らなかったゆえのすれ違いではありますが、そもそも商業を含めたビジネスの分野は、彼女は完全な未経験者。文系大学生標準レベルの知識を引き出すのに必死で、時代背景や社会制度を考慮する余裕がありませんでした。




