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3-14.気付けば商会の副支店長とお会いしていました

 ふっと気が付くと、すでに慣れたベッドの上……ではなく、屋敷内にある客間のソファに座っていた。


「……はれぇ?」


 そして目の前には、レオノーラよりもかなり年上、元の世界のわたしぐらいの年齢の女性が。


 えっと、どういうシチュなのかな? この女性に対応するのが面倒臭くなったレオノーラが、何も知らんわたしに丸投げしてトンズラこいたってこと?


 混乱しながらあわあわと頭の中で考えていると。


「突然のご挨拶、失礼致します、ユキエ様。わたくしは、ヴァレッツ商会王都第二支店副支店長、ディーナと申します」


 女性がぺこりと頭を下げてきた。こちらも慌てて頭を下げる。


 ……え?


「あの、わたしの名前を、どちらで?」


「レオノーラ様からうかがいました。なんでも、レオノーラ様の召喚術が成功して、ユキエ様の魂を自分の体に呼び寄せることができた、と」


 召喚した張本人は、やっぱりレオノーラ自身だったか。


 ここに来てから今日で三日目になるけど、この間、レオノーラへ積極的に接触しようとした者が皆無で、そもそもわたしが目覚めてから観察されている気配もないから、彼女以外の術者が何かをやったとは考えにくい、と思ってはいたけれど。


 いや、召喚なんていう重要なこと、第三者に教えていいのだろうか。レオノーラ的には無問題なのだろうが、不安は拭えない。なじみの出入り業者なら安易に口を開くことはないだろうけど、目の前の相手やその背後には気を付けておくべきか。


「その点は承知しました。ですが、その商会の方が、わたしにどのような御用で? わたしは無一文で、売れる物も、買える物も、何一つありませんよ」


 服を着るにせよ、食事するにせよ、雨露をしのぐにせよ、わたしがここで生活できているのは、肉体的にはレオノーラ自身だからに過ぎない。


 有希江としては、何も身に付けていない。そもそも、肉体ではなく魂だけが召喚されたわけで、物質的な持ち物など何もない。肉体労働をしようにも、その体自体がレオノーラのもので、わたしが使えるものではない。


 そして、文字通りの無一文だ。町中で支払いに充てたのは、彼女の小遣いだったり、屋敷の中にあった小金をちょろま……げふんげふん、お預かりしただけだ。


 こんな奇怪な存在に、商人が声をかけるはずはない。一人の人間として興味を引くことはあっても、そんな好奇心に手間と時間をかけるのは、商人としてはいい行動ではない。


 ただし、わたしたちがこれからやろうとしていることについて、何かつかんでいるなら、話は全く違ってくる。確証はなくても、プロの商売人の嗅覚というのは、侮れない。


「そう思われるのはごもっともです。しかしユキエ様は、この世界とは大きく異なる異世界からお越しとのこと。もちろん、我々には無い知識をお持ちでしょうが、それ以上に、我々とは異なる価値観で生きてこられた方。つきましては、そのお話をうかがい、我々が商業活動を行う上での手掛かりとしたいと」


 なるほどね。わたしの、元の世界における人生経験から、ビジネスチャンスを広げたいってわけか。


 単に知識がほしいというのより、ずっと好感が持てる。報酬次第ではあるけど、提案としては悪くない。


 それに、政治体制を抜本的にひっくり返すとなれば、財政だけに留まらない経済政策が求められるわけで、それを実行するには民間事業者の協力が絶対に不可欠だ。


 そうはいっても、政治や社会に関する分野とは違って、わたしに教えられることなんて、あまりない。


 商業活動に関する勉強をしてきたり実務経験を積んできたりしたなら、それなりの“知識の伝授”もできるかもしれない。でもわたしは、こういう分野については、ほんの少しかじっただけなのだ。


 経営学は、いくつかのジャンルをそれなりに勉強した……といっても、それは社会学や行政学にも通じる組織論の分野が中心だった。組織行動論なら一応説明可能だと思うけど、行政機構や軍隊組織などの統治ならともかく、個人経営の延長のような商業活動の場では、使い道がないんじゃないかな。ああっ、簿記や会計を勉強していれば、後の世になって、商業の女神さまっ、とあがめ奉られていたかもしれないのに。


 経済学は、一応単位を取ったとはいっても、経済政策に必要ということでマクロ経済学の上っ面をなぞっただけだから、企業経営にはほとんど役に立たない。そもそも、元の世界でいえば大航海時代以前と思われるこの世界で、雇用だの貨幣だのという概念が経済学的視点でいかに説明できるか程度のこともわからないし、肝心要の有効需要を把握することもできやしない。


 統計学もそれなりの計算はできるし、社会調査も一応実習に参加したけど、正味のとこ、身に付いているとはいえん。


 そうなると、二十一世紀の日本人としてごく常識的な知識を提供することになるけど、これも断片的なものだし、その都度思い出すような形になる。


 しかし、今は、とにかく忙しい。


 特に、婚約破棄まで、残るは正味四日なのだ。しなければいけないことが山積していて、ビジネスについて考える余地はない。


「お申し出はありがたいのですが、何分、わたしも召喚された経緯といいますか、事情がございまして、なかなか時間をご用意するのが難しいので。今回のお話は」


 なかったことにさせてください、と締めようと思ったが、そこは商人、しつこい。


「いえ、少しだけでもけっこうですので。せめて、当会での商売のやり方をご覧頂いて、お気づきの点を」


「そうおっしゃられても。そもそも、この世界における、法や慣習といったさまざまな制度について、まだ何も知らないのですよ。もちろん、これは何だろう、どうしてだろう、そう思うことは、多々ありますし、これからますます増えていくと思います。でもそれは、生まれたての赤ん坊が、生まれた瞬間から道理を知っているのも同然でしょう。時間を掛ければ、お互いに多くのものを得られるかと思いますが、何分、今は時間がないのです。少なくとも、現時点では無理かと……でも」


「でも?」


「わたしは、わたしの仲間に対して、事業を興すように提言するつもりです。この仲間に対して、あなた方が投資を行うのはいかがでしょうか」


 事業とはいっても、国家事業だけどね。金融政策とインフラ整備が最重要だと思うけど、この世界でその重要性がどこまで認識されているか。経済、イコール、農業アンド林業という程度かもしれないしね。


「投資……ですか? 融資するには、確実に返済が見込める条件が整うか、担保をご用意いただかなければ、無理なのですが」


 ほほう、この世界では、一般の商人が金貸しもできるんだね。


 この点は、キリスト教の縛りで商人に融資業が認められていなかった、中世ヨーロッパとは大きく違うみたい。こちとら商いをやってるんだ、金貸しなんかと一緒にするな、という反応があるかと思ってたけど。


「いえ、融資ではなく、投資です。事業を展開する上で資金を拠出し、その事業の過程で得られた利潤を案分し配当として受け取る。事業が終了した場合は、全体の額のうち出資割合部分を受け取るというものです」


「ふむ……?」


 あ、ピンときていない様子だ。考えてみれば、共同出資で事業を打ち立てるってのは、東インド会社あたりから始まってたような。イギリスとかオランダとかの。だから、こういう概念はないのか。


「実はわたし、レオノーラとしてではなく有希江個人として、二つの上記貴族家にツテがありまして。その両家が共同して、時代を変えるような大きな経済政策を展開しようと思っております」


「大きな経済政策……ですか?」


「はい。その肝になるのが、教育、都市衛生環境、道路、医療の四つの整備です。そして、人に対して移動の自由と職業選択の自由を認める。商業に限らず、取引に関する法体系を整備する。人を雇用するにあたっての安全対策と身分保障を義務づける。利子を付して民間から預金を集め、その資金をもって各方面に投資し、あるいは各地域への送金などを行う、銀行を設立する。……まあ、他にもいろいろありますが、これらの施策を、あるものは一斉に、あるものは徐々に進めていきます」


「……はあ……」


 一気呵成かせいにまくし立てるが、スケールが大きすぎるのか、彼女の理解は追いつかないようだ。


「ともあれ、わたしが単に“助言”をするだけでは、大した効果は得られないと思います。それよりも、経済的にも社会的にも強い力を持つ相手に対して、投資していく方が、賢明でしょう」


「その相手が、上位貴族家、ですか? しかし、上位貴族の方は、商売というものを単なる金もうけするだけの卑しい存在と見なしていますし、場合によっては害悪とさえ考えている向きもいるのですが」


 おいおい。その手のことは貴族が手を出すようなものじゃないから下々に任せよ、的な考えが多いんだろうとは思ってたけど、そこまで傲慢ごうまんな奴までいるのか。商人なしで、日々の生活ができるのかよ。あ、田舎に行けば、そもそも貨幣経済が成立していないという可能性もあるし、そうなると、行商人イコール放浪民イコール被差別民、という図式が成立しているのかもしれんね。


「上位貴族といってもさまざまですし、わたしが知っているニ家は、少なくともわたしの話をきちんと聞いてくれる方ですから、そこはご心配なく。……もし、この話を前向きにご検討いただけるなら、この二家の方をご紹介すると共に、わたしの案を提示させていただきます。もちろん、その場合には、守秘義務契約を締結させていただきますが」


 この世界で、そういう契約がどの程度実効性を伴うかは知らないけどね。場合によっては、ビルジー侯爵家とデリンジャー伯爵家から、直接くぎを刺す可能性を示唆しておけば、ほっかむりすることはないだろう。


 もちろん、こんな話など、即答できるはずもないので、ディーナ副支店長は難しい顔をして帰って行った。


 もし、次に食いついてくれば、新政府の経済金融面での協力者として、引き込めるかもしれない。それには、売買取引での利益確保から一歩踏み出せるだけの視野を持てるかどうかにかかっている。それができなければ、縁がなかったということだ。


 もっとも、わたしの思い描いた話も、どこまで思った通りに進められるものか、わからないけどね。この時代における生産力や人口がどの程度のものか、さっぱりわからないんだし。


 でも、社会構造を変えていくなら、経済構造を変えていかなくてはならないのは、当然だ。


 うん、明日にでも、トビアスと詰めよう。たっくんも専門外で、わたしと同程度か少しマシ程度かもしれないけど、この世界で実務に関わっているのは大きい。


 またも課題が増えてしまったけど、これってもしかして、職業病かいな。

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