3-13.お嬢様は具体策を求めてきます
反政府謀議はここで一段落つきます。
「決行、ですが。さきほどのお話をうかがう限り、主要な王族やその周辺の身柄を一気に拘束して政権を奪取、ここまではいいとして、どのタイミングで決行するつもりでしょうか」
イザベラは、ど真ん中ストレートに来た。もう、オブラートに包む段階じゃないという判断だろう。
「どう言いつくろったところで、非合法な政権奪取だし、だからこそ大義名分が欲しいわよね。その後のこともあるから。王太子側に婚約破棄を一方的に宣言させた後、その暴挙、いや愚挙を糾弾して、王太子一派はロクでもない連中だというのを、大げさなぐらいに示す必要がある。しかる後に、武装勢力を突入させて王太子周辺の者を確保。同時に、王宮内も軍事制圧して、首脳陣を拘束、逮捕。どうせ、婚約破棄宣言自体、外交面で見れば明白な売国的行為なんだし、それを国王でない王太子がやるとなれば、国王への不敬というロジックも通るわ」
「武装勢力……はさておき。糾弾の中身が、けっこう大事ですわね。あることないこと、たきつける形になりますでしょうか」
「そうね。どうせ、今の王太子周辺なら、たたけばホコリが出てくるでしょうけど、小さい汚職なんかは放っておいて、インパクトが強いものを取り上げればいいかなと。暗殺とか、人身売買とか、人体実験とか、女性陵辱とか、違法薬物取引とか、機密漏えいとか、外国内通とか、そのあたりをつかめれば効果がありそうね」
「ひとまず、そのあたりなら、だいたいそろいますね。人体実験と違法薬物は、まだ証拠をつかめていませんが」
「そろうんかい!」
思わず声を上げちゃったよ。この反応は当然だよね、わたしがおかしいんじゃないよね。
「疑惑程度のものでも、今挙げていただいたうち二つ重ねれば権威としては失墜しますし、四つあれば失脚確実です。もちろん、密室で何をやろうと効果はありませんが、今回はパーティー会場での開催、それも政府高官や主要貴族、果ては外交官まで集まってのものです。開催状況そのものが、糾弾、いや弾劾の効果を、これ以上ないほど強力に担保してくれます」
えげつない言い方するね。
「それじゃ、相手を口で追い込んでから、武力制圧かな。武力の中身は、わたしが協力を要請しているビルジー侯爵家の私兵、これの力を借りられそうだけど」
「……カウフマン家ですか。あそこなら、事が成った後に託すこともできる……いや、いい意味で面白い方向へ導く可能性はありますね。ただ、現時点でビルジー侯爵家を掌握している次期当主の力量について、わたくしは正直つかみかねておりますが」
アイツなら大丈夫だよ、と力強く言いそうになるのを、ぐっとこらえる。
「次期当主と婚約している、デリンジャー伯爵家長女は?」
「ああ、あの英明と名高い方ですか。直接お会いしたことは一回しかありませんが、理解力があって実務能力が高い印象がありますね。我々の会話を理解できるように仕込めば、国を託すことができるかもしれません」
国を託す、か。なかなか高い評価で。
そうすると、トビアスとフリーデは、やはりペアで活動させることで、その能力を発揮できる、ということになるか。
嫉妬の感情がないとは言えないけど、ここは理性で抑え込むとしよう。長期的にはともかく、短期的には、個人的感情を優先させるのは百害あるのみだ。
「後、わたしが面識あるのは、ファイゼルト侯爵家のレベッカ嬢だけど」
イザベラは難しい顔になって、しばらく黙り込んでから、口をやや重たげにして話し出した。
「彼女は……まず、立場として、非常に微妙です。あの王太子から“解放”させるとはいえ、貴族界では傷物同然の扱いを公然と受けるわけです。しかも、ファイゼルト侯爵家のハーマン家は、その行動基準が、非常に保守的な家柄です。彼女が、家の中で立場を失う可能性も十分にありますから」
現時点では、レベッカに対しては、プラスもマイナスも、特に含むものはないから、失脚しようがどうしようか、知らんけどね。殺害だの社会的抹殺だのとなれば、さすがに気がとがめるけど。
ただ、あの家って、かなり特殊だったんだな。
「でも、レベッカ嬢は、母がダルス帝国皇帝の娘で、彼女自身は皇帝の孫なのよね。彼女は、どう動くのかしら」
「多少の親近感は持っているでしょうが、それだけを理由に、彼女が動くことはありえないでしょう。もちろん、忠誠心を抱いているかもしれないし、共感を持っているかもしれない。でも、上位貴族家長女という立場でしたら、恐らく家の都合が優先されると思いますし、彼女自身が何ら疑問を持たずに、そういう行動をとるはずです」
なるほど。
「ファイゼルト侯爵家の場合、むしろ、当主を中核としたハーマン家主流の中で、当主夫人のイルムガルト・リンデンベルガー殿が孤立しているようですから」
「へ!?」
すごい情報が出てきたよ。
「つまり、レベッカ嬢が“主体的に”ダルス帝国へのパイプを使う事は考えにくい。一方、帝国側が介入しようとしても、当主夫人までで話が止まる。つまり、帝国の代理人的な活動をしようとするなら、当主夫人が個人的に動くことになる。でも、外部から見れば、レベッカ嬢自身が、ダルス帝国の手先と見られ得る」
うわあ。
政略結婚って、相互の抗争を牽制するのが最大の目的なんだろうけど、嫁ぎ先での関係次第では、こういうことも起こりうるのか。
「つまり、レベッカ嬢は、帝国にとって、彼女自身が主体的に動くことは考えにくいしその懸念もない、一方で、彼女が動こうと動くまいとその存在が帝国という影を帯びさせている。戦力を持たない抑止力、ってことか」
ちょっと視線を変えてみて、その現状を前提に、帝国側から見ると、どうなるか。つまり、帝国側が有利になるように行動するなら、この関係をどう使うか。
「帝国にも、今回の騒動はさすがに伝わっていると考えるべきよね。そうすると、具体的にどう介入するかなあ。一番単純なのは、婚約破棄を突きつけられた事実をもって、外交関係破綻を宣言して軍事侵攻、ファイゼルト侯爵家当主をレベッカ嬢に襲爵させた上で、現在の王家を廃絶させた上でファイゼルト侯爵家を王家にし、かいらい政権を樹立、帝国内の有力者を婿にして帝国が実効支配……」
「帝国が一枚岩で、合理的に行動すれば、それが有力ですね。ただ、権力者というものは、得てして、本来なら正解という行動を取らないものですから、どのようになるかはわかりませんが」
そうだ。
精神年齢、いや知識年齢がこんな年下の娘さんに言われるまでもなく、特に有事の際には、他者の判断など、合理的な行動を取ることに期待してはいけないというのは、常識中の常識だ。裏をかくのではなく、どう考えても得にならない手段に走ることさえある。
わたしも、自分が脳内お花畑娘なのは自覚してるよ。いや、ここに来てからは、それを痛感するようになった。いつの間にか、平和的思考、楽観的思考、依存的思考の陥穽に陥っている。自分にとって都合のいい、心地よい、安楽なルートを無意識のうちに選んでいる。
いかんいかん。ユキエ、もっとしっかりしなさい。
「そうね。まあ、帝国側の軍隊について、出動態勢がどうなっているかわからなければ、初動でどうするのかなんて、わかる由もないか。逆に、レベッカ嬢が、帝国の行動に対してストップをかけられる可能性は」
「ありませんね」
ピシャリ断言、ですか。
つまり、向こうが何かをする時の道具にはなりうるけど、こちらが彼女を直接道具にすることはできない、と。
先方を敢えて動かすように仕向けるためのキーとしてなら、使える価値はあるだろうけど、当面は、帝国に動いてほしくない。
ここユリデン王国を取り囲む三国のうち、鎖国同然のアイゼン王国は、デリンジャー伯爵家だけで対応できるだろう。問題は、残り二つだ。
「そうなると、外からの圧力に対する策が必要、かあ。中長期的にはまだしも、短期的には、ちょっと浮かばないなあ。ビルジー・デリンジャー連合だけで、ダルス帝国とミルーデン王国の両方をけん制するのは無理だろうし」
「けん制……」
下を向いて、手のひらを頬にイザベラ。どうやら、心当たりはあるようだが。
「……正攻法では、厳しいですね」
「からめ手なら、あるの?」
「すみません、今はまだ。手を間違えれば……」
黙り込んでしまった。話す気がない、というより、現時点では話しようがない、センシティブなことなのだろう。
あ、なるほど。“切り札”か。そりゃそうだ。
「そっか。重要ではあるけど、最悪の場合、王都や拠点都市を制圧して王領のみを実効支配、という策でしのぐしかないか。そうすると、すぐに軍事制圧可能なそういう場所を押さえるための軍、官僚、そして被支配者への対応も、ある程度決めておくべきね」
実際には、アドホックに動かざるをえんだろうけどな。
「軍と官僚については、事を起こしてから要人を引き込んで、組織としてまとめれば済むでしょ。散発的に反乱が起きることを、織り込んでおく必要はあるけどね。できれば、王都を拠点とした軍政がそれなりに固まる一週間ぐらい以降に出てくれれば、不穏分子の割り出しとしていいかも。逆に、味方になる地方領主へのアメを用意しておかないとね」
革命にせよ反乱にせよ、ある程度膠着状態になってから軍が味方に付くと、それ以降の政権が安定するだんけどね。そういう場合の軍トップは、統率力と政治判断力を備えていそうだから。そんな例、めったにないけど。
「民衆の、王家に対する“素朴な信仰”が敵に回ると、厄介だと思います。そのあたりへの対処は?」
「革命としては、本来あるべき方法じゃないけど、少なくとも王家が掌握していない範囲の庶民は、中央政権に対して直ちにどうこう動くことはないでしょう。地方領主の傘下にいる農民などは、もともと地方領主と共存関係にあるから、不平不満があれば、矛先はまず領主へ向かって、王様に慈悲を求めるという形になるでしょうし。当面は、現国王はそのまま王位に置いてもらって、適当なところで、アナタが」
うん、なかなか黒い発想なのは、否定しないよ。
徹底的な現実主義でスタートするのが、わたしの方法だから。社会民主主義に近い立ち位置だったり、NPMには終始批判的な姿勢を取ったりと、少なくとも結果的にはリベラル系の立場だったけど、それはあくまでも、問題解決のために選択する手法がそうなる、というだけなのだ。
ここ、ツッコミは却下な。
「ですから、それは無理ですよ。……そうですね、だいたいのイメージはつかめましたし、巨視的に重要な箇所は確認できたと思います。ただ、一番の弱点といいますか、計画が自壊しかねないところが残っておりまして」
「ん?」
「姉上のことです」
「そだ、レオノーラのこと、すっかり忘れてたわ……」
重要な同志は確保できた。話をぶち上げたのがわたし。表側で“活動”するのが、トビアスとフリーデ。裏側で“暗躍”するのが、イザベラ。ロールプレイ的に見て、わたしが司令塔になるのかな。
ただ、肝心要のキーパーソンについて、意思疎通はおろか、目標設定確認さえできていない。
そう、わたしが中心になって、行動方針がある程度定まってはきたけれど、本来の当事者の意思がどこにあるか、何も確認していないのだ。
どうやら、レオノーラ本体と、レオノーラの体に入っているわたしは、直接の意思疎通ができないらしい。
そして、実は、イザベラと会う直前から、何度も何度も、彼女の意識が前へ前へ出ようとしている。イザベラと話すことは重要だったし、それ以上に面白くもあったから、ずっと抑え込んできたけれど。
「実は、そろそろ、レオノーラの意識が前面に出てくるみたい。だから、相手を頼むわ。放り投げるようになって悪いけど、お願い、彼女と、ちゃんと話をしてあげて」
わたしは、イザベラへ一方的にそう語り、そのまま意識を失った。




