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3-12.お嬢様は何やら切り札をお持ちのようです

「強力な手段?」


 そういえばさっき、物騒なセリフがいろいろあったよな。“報告”とか“指示”とか。


 そして、彼女が身に付けている、あの身のこなし。ようわからんけど、あれはどう考えてもただの護身術じゃないだろ。


「……隠密部隊?」


「いろいろと、ありましてね。わたくしの、外に」


 否定しないということは、認めることはできないが肯定ではある、ということだね。


 そして、彼女には手駒として使える“何か”がいる。そして、隠密部隊を維持ないし指揮している、ということか。


「その“手段”を使えるのは、貴女だけなの?」


「はい、わたくしだけです。例え、誰が、近付こうとも」


 ふうむ。


 イザベラは、この家の実質的な次女。それも、棚ぼたで男爵位を手にした現当主の実の娘とはいえ、現当主の兄である前当主の娘、それも現当主の養子になっている娘がいる。


 現当主に何かあったとしても、彼女が襲爵しゅうしゃくすることは考えにくい。そうなると、その隠密部隊は男爵家に仕えるのではなく、イザベラ個人に仕える、ってか。


 そういえば、彼女の母親について、何も聞いてないから、そっちの流れかも。


 あれ? でも、さっき、王家直属にも負けない、とか、言ってたよね?


 それだけの部隊を運用できるとなれば、主の立場は限られる。


 思わず、身が固まる。


「ま……まさか……貴女……王国……ユリデン王国の、王族、とか……?」


「いえいえ、まさかまさか。わたくしは、王家から爵位を受けている者から生まれた小娘に過ぎませんよ。王家からも王国からも、何ら庇護ひごを受ける立場ではありません」


 手をひらひら泳がせながら、苦笑気味に語る。


「この国を愛する気持ちだけは、持ち合わせているつもりですがね。……要職にあってあんな手先をやってる女狐めぎつねとは違って……」


 最後の一言、しっかり聞こえたぞ。


 ふむ、女狐、ね。手先ってことは、王国を食い物にする、いやしようとしている女がいるってことか。要職ってことは、王太子ではなくて、傍系の王族または大臣級以上の家臣だけど、女性の重臣がいるというのも考えにくいから、女性の傍系王族、あるいは王家に輿入れしてきた女性といったところから。ふむ、直撃するには危険な連中ね。


「まあ、その“手段”を、いろいろ使えそうなのはわかった……けど……」


 ちょっと待て。何かが引っかかるのだが。


 落ち着いて考えろ。


 さっき、イザベラは、何て言った?


 情報を収集し、処断し、圧倒する……ん? んん?


 "圧倒する"って、一つだけ浮いてるよね? そもそも、隠密部隊って、その性格上、敵の要部を破壊することはできても、圧倒することはできないよね?


 イザベラ自身の身体能力も高いだろうけど、これだってしょせんは個人技能、圧倒なんていうわけにはいかないよね? ここはネット小説的な世界じゃないんだから、個人戦闘能力で無双とか、ありえん。


 圧倒、というからには、何らかの力があるのだろうけど。


 軍事力や資金力があるようには見えない。何らかの債権なり弱みなりを握っているかもしれないけど、それだけでは、敵を圧倒することなんてできない。


 何らかの……絶対的な……権威? ……王家、王国、以外……外……血筋……!?


 思わず、確認したくなる。でも、こんなとんでもないこと、口に出せるはずがない。


 確信はある。目の前にいる少女が、なぜ、広い視野でものを見ることができるのか。その疑問に対する回答にもなり得る。


 なるほど、最強といえる切り札には違いない。ただし、カードを切るタイミングを間違えれば、物理的にも社会的にも即座に抹殺される。


「まさか……あんた、この“切り札”を使える環境を作るために、これを……こういうことを……?」


「買いかぶりですよ。わたくしはただ、どのような立場に置かれようとも、命以外のあらゆるものを失おうとも、誰にも奪われないものを得ようとしただけですから」


 だけです、と気軽に言うけど。


 この娘さん、どう見ても、単なる男爵家令嬢じゃない。


 いや、わたしが気付いた“切り札”を抜きにして、なかなか過酷な環境にあったのではないのか。


「奪われないもの……」


「はい。大事にしようとすると、それが奪われた時の悲しみは、深くなります。ですから、わたくしは、大事にしたいものを極力持たないようにして、生きてきました。臆病なのですよ」


 いや、多分、それは臆病という言葉で表現すべきではないと思う。


 その原因は……おそらく……。


 彼女がところどころで見せる、くらく濁った目は、心当たりがある。大学に入った時のクラスメートに、そういうのが一人、居たから。


「でも、わたくし、少しだけ、欲が出てまいりました。この国を、新しいものにしていきたい。それを、見届けたい。……ささやかどころではない、とんでもない望み、ですけどね」


 そう語りながら、彼女が見せた笑顔は、とても輝いていた。そこには、いささかの昏さもない。


 同性のわたしが、思わずドキッとするほどに。


「でも、さっき出会ったばかりのわたしに、どうしてそんなことを?」


 ある意味、根本的な疑問でもある。


 ここで交わしている会話は、昨日、わたしがトビアスやフリーデと話した内容どころではない。


 王国にとどまらず、下手をすれば、この世界における人間のシステムを、根本から、そしてラジカルに変えてしまうものだ。


 単に、話が通じる相手に出会ったから、喜々として口から出た、というわけではないだろう。


「どうして、でしょうね。わたくしも、よくわかりません。ただ……ユキエ様は、膨大な知識だけでなく、自ら動こうという、強い意志をお持ちになっていると感じられました。それが、後押ししたのかもしれません。わたくしではなく、この国を、この国の民を、この国の宝を、救ってくれるお人だ、と」


「あなたの言葉を返すようだけど、買いかぶりすぎよ」


「そうかもしれませんが、わたくしはそう感じた、それでよろしいのではないでしょうか」


 このコ、本当に十五歳かよ。


「わたくしの行動理由は、おわかりいただけたかと思います。ですが、ユキエ様がそこまでなさる理由が、わかりません。姉の身体の保全だけで、ここまで踏み込むことはないと思います。何か、あるのでしょうか」


「わたしの理由、ねえ……」


 トビアスのため、と言うのは簡単だけど、そうすると、彼の中にたっくんの記憶、意識が入っていることを明かさないといけなくなる。


 そして、イザベラは、わたしがビルジー侯爵家邸を訪問していることを知っている。


 彼女になら、隠し事をする必要はあまりなさそうだけど、トビアスの確認を取らずに話すのも、まずいだろう。


 だからといって、事実を推測できるような表現をするのも、どうかな。それって、相手を信用しきれていない時の話術だからね。


 ちょっと考えてから、答える。


「この世界に来てから、大事なものを見つけた、から。……正解を示唆しない回答って卑怯ひきょうかもしれないけど、現時点で答えられる、正しい情報は、ここまでなのよ」


 我ながら、意地悪い回答だとは思う。


 この言い方だと、元の世界にはないけれど、この世界にはある、そんな素晴らしい者ないし人を発見し、新しい気付きを得た。つまり、召喚されて初めて知ったことの中に、大事なものを見出した、そう聞こえるだろう。


 ミスリードもいいところだ。


 でも、わたしの表情から、いろいろなことを察することはできるかもしれない。


「そうですか」


 しかし、彼女は特に表情を変えず、穏やかな笑顔のままだ。これについては踏み込まないでほしい、というメッセージを、そのまま受け取ってくれたのだろう。


 まいったな。


 この世界におけるわたしのエネルギー源は、絶対に切らすことがないという自信はあるけど、それをはっきり断言していいのだろうか。


 いや、少なくとも現時点で、そこまで踏み込むのは、かえって不誠実な行動といえるだろう。


「そういえば」


 ここまで、いわば、彼女なりの国家観のようなものを聞いて、それを元にやり取りしていたけど、当面のことも必要だ。


 すっかり忘れていたけど、五日後に、例の騒動が起きるわけだから。


「婚約破棄に関するあれこれがあるけど、準備、決行、直後、中長期、それぞれの策を詰めたいんだけど」

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