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3-11.異世界が目指す国家体制について議論しました

 何だか、頭がクラクラしてきた。


 身分制を前提とした議会制さえすっ飛ばして、いきなり憲法制定による法の支配とか。


 この世界において前提とされる政治思想がどのようなものかはわからないけど、イザベラ嬢がぶっ飛んでいるのは間違いなかろう。


 さて、ツッコミ、いや、わたしの知識を元にした説明をどこからするべきか。


 考えてみれば、政治体制を理論的に整理して理解しようとした経験って、ないんだよね。ボッブス、ロック、J.J.ルソーとつなげて説明することはできそうだけど、そうすると、社会契約説とは、いや自然状態とは、という話になって、面倒臭い。いや、話すこと自体は面白いだろうけど、相当な時間を消費すると思う。大学の九十分授業で何回分必要になるだろうか。いや『リヴァイアサン』と『人間不平等起源論』だけで、それぞれ半期終わるな。


「恐らく、貴女の発想は、この世界では、先進的に過ぎると思う。だから、わたしが知っている世界における制度を“経験に基づいて”説明させてもらうわ」


 そうなると、彼女が考えている統治機構の根本、“上位法とでもいうべき規則”から始めるか。


「わたしが元いた世界では、憲法という、法律よりもさらに上の法規があってね。この憲法は、国家の政治権力から国民の権利を守るため、国家の行うこと、行ってはいけないことを明記したものなの。そのうち特に重要なものに“すべて国民は、個人として尊重される”とか“すべて国民は、法の下に平等であって、人種やら性別やら社会的身分やらで差別されないし、貴族制は認めない”ってあってね」


 わたしは、日本国憲法で最も重要なのは、十三条と十四条だと思う。個人という概念に基づく自由、固定的社会制度の縛りから人間を解放する平等、この双方ね。自由と平等は両立しない、なんて賢しらなことを言う向きもあるし、突き詰めていけばその通りにはなるけれど、自由と平等のバランスを取りつつ国を作り上げていくことは可能だし、理念としては絶対的に尊重すべきだろう。フラテルニテなんていう与太は無視。


 一応、十三条と、十四条一項は完全に覚えているけど、公共の福祉とか、どう表現していいのかわからんものも多いし、説明していたら要点が飛ぶので、その辺は適当に切って。


 ただ、日本という国が立憲政を実施した基点が大日本帝国憲法施行と考えた場合、日本国憲法を引き合いに出すのは、妥当ではないかもしれない。文言としては事実上のプロイセン系、運用としてはUK系に近い、といったことは知っているけど、当時の法秩序の中で大日本帝国憲法がどのような位置付けだったのか、正直、よく知らんのだよね。そもそも大日本帝国憲法自体、よく知らない。だからここは、そんなの知らんで押し通す。どうせ誰も損しないんだから。


 身を乗り出しているイザベラの目が、輝いている。キラキラではなく、ギラギラと。


「ただし、この憲法が作成されて施行される前には、わたしの居た国が、物理的に徹底的な破壊を被るほどの、大規模な戦争で敗北したという事実があって、それを踏まえてのものなの」


 旧体制への反省だとか、押し付け憲法だとか、いろんな声があったような気もするけど、取りあえずそういうのは一律に聞かなかったことにする。どうせ誰も以下略。


「あなたの説明を聞く限り、現在の社会経済体制の激変を緩和しながら、政治体制についてのみ、根源的な変革を実施しようとしている。それも、対外戦争を起こさず、大衆による暴力的破壊も行わず。実施するための方法というか、行動はいったん置いておくとして、現在の社会経済体制を当面は否定せずに大変革を実施する、その上での政治的正統性が必要ね。それについて、あなたはどう考えているかな?」


 大学の一、二年生の頃、ゼミ形式の小人数授業で、こんな問答を何度もやったことを思い出す。彼女の年齢や知識を考えれば、こんな命題での議論は無理もいいところだけど、こういった発想――彼女のいうところの妄想――を、しかも文字化できる人間なら、質問内容を把握して回答することはできそうだ。


 わくわくしながら回答を待つ。イザベラは、数秒ほど考えてから、こう答えた。


「現状、民のレベルでは、王家へのいささか曖昧な崇敬の念はありますが、王家が行っている統治への高い評価はなく、かといって積極的な憎悪の念もありません。その一方で、社会経済状況が停滞気味であることへの、漠然とした不安が広がっています。現時点では、生活水準低下に直結する事件は起きていませんが、何かあれば、たちどころに体制批判に向かう状態でしょう。それを鑑みれば、“王家の幹部が非道な行いをなしていて、それが制度化している”ことを先んじて宣言し、それが社会と経済に致命的な悪影響を与えると伝えればいいでしょう。王家そのものが信頼を喪失する可能性はありますが、それに代わる王室を用意してに存続させれば、それだけで正統性は十分に担保できるかと。過度な急進化は、中長期的な展望を悪い意味で理想化してしまい、血を多く流すだけになるでしょうから」


 おおう。ガラガラポンを求めた結果、ギロチン寝ろ状態になってしまったフランス革命、それを見てきたかのような発言。


 この時代に、果たして革命というものがあったのだろうか。それも“過度な急進化”に至るものが。


 いや、なさそうだ。


 怖ぇーよ、この娘さん。


 貴族制を当面存続させることを前提として、王権そのものを法的に制限する対象に置いて、それでいて、中央集権制を強化しつつナショナリズムを喚起、国民国家をつくる。


 そんな体制や社会制度、元の世界では聞いたことないぞ。


 アメリカやフランスは、貴族制度を含めた政治的特権階級の弱体化ではなく、全否定が前提だったし。中東欧では、立憲制度が一応整備されても、ハプスブルク家やロマノフ家の専制が帝国崩壊まで続いたよね。


「今の領主貴族って、軍事的にはほとんど脅威はないのよね。どうして残すの?」


「現在の社会制度では、農民は領主の物です。このため、農民はある意味、領主に保護されている形ですが、ここで領主権を一気に消し去った場合、中央政権がそれを継承できるとはとても思えません。やるべき課題は山積しますから。そうすると、富裕な領主であればそのまま、貧乏な領主であればその債権者が、農民を事実上支配します。こうなると、保護者と被保護者の関係ではなく、経済的な支配体制に移行し、農民の経済的地位はかえって下落するでしょう。法的地位が上がっても、経済的地位が下落しては、何の意味もありませんから」


 へえ、そこまで考えてたんだ。そういえば、フランス革命でも、明治維新でも、農民反乱が多発したよね。


「そこで、領主貴族による農民への支配権を一定程度認めつつ、戸籍制度や税制を整備して中央政府が把握できる情報を整備し、段階的に農民の地位を向上させていく方がいいでしょう。既存領主は生活水準や教育水準が高いですから、官僚として取り込む方がいいでしょうし、その利を理解させるには、ある程度時間をおいた方がいい、という側面もあります」


「なるほど、領主貴族の弱体化を図っても、それが中央集権の強化につながるとは限らず、社会矛盾を助長するリスクが高い、ってわけか」


 元の世界での実例って、どんなんだったかな。近代初期の地方領主貴族……うん、自慢じゃないが、ぜんっぜん知らん。


 確か、ドイツにはユンカー、ポーランドにはシュラフタという領主貴族がいて、こいつらがブルジョワジーの勢力伸長を阻んでいた、だっけ。それが、ドイツにおける統一国家成立への足かせになったということは知ってる、いや、アホでもわかるわな。


 でも、彼らが社会的、政治的にどのような位置付けで、どのように振る舞って、さらに、その地位にあってどのような利益を求めたか、そのあたりの知識が、まったくない。


 たく、この段階になって、元の世界での勉強不足が響いてくるとは。


 大学入試の世界史なんか、そこそこの点が取れればいいからって、優先順位を下げてたんだよね。大学入学後も、おもろいからとハマっていたのは中国史だったし。あちらは、政治史だけじゃなくて社会史の分野での史料も多いし、なにせ漢文なら直接読めるから、敷居が低いんだよね。酒場を選ぶなら、きれいなネーチャンがいる店より、元気なネーチャンがいる店の方がメシがうまいぞ、なんてことを、科挙合格者が真面目に書いてたりして、すんげえ笑った。でも、ヨーロッパ史の方は、そういうことしなかったな。ラテン語はおろか中世ドイツ語だって知らないし、そもそも書体もよくわからんし。うん、今度生まれ変わったら、召喚されたり転生したりした時のために、歴史をしっかり勉強しよう。


 いや、だから、現実逃避はやめて。


「そうなると、そもそも経済的社会的基盤が強い領主貴族と、そうでない領主貴族を分ける必要があるわけか」


 一応、貴族というものは、王に忠誠を誓いながら戦場を駆け巡ることをいとわず、経済的には農民から地代を徴収する、それが基本だった。


 しかし、封建制が成熟してブルジョワジーが出現するようになると、その姿勢は変わっていく。特に、経済的社会的基盤が強い領主貴族なら、自らの経済活動から国家権力の介入を排除して経済力を高め、安定した体制を維持するために法的地位を行使し、絶対王政を拒絶していくだろう。実際には、その定義に該当するような絶対王政という体制を取った国なんて限られているわけで。近代化の過程で国内の小さな領主連を巻き込みながら近代化を進めていった国の方がはるかに多い。


 つまり、領主たちが迷走する前に、体制内に引き込んでしまえば、星雲状態ともいうべき、無節操な分権状態に陥るのを防ぐことができる。分権状態を適切にコントロールするのは大変、いや、強烈なカリスマ性を持った指導者がいない限り、まず無理。


「はい。その点を考慮すると、実権掌握もさることながら、その後の体制維持のためには、強力な領主貴族をできれば複数、味方に引き入れ、新国家の中軸に据える必要があります。……わたくしには、無理な話でしたが」


 イザベラは苦笑する。うん、わたしがあの二人と知り合ったのも、偶然だしね。いや、単なる偶然じゃなくて、運命と思いたいけど。


「そして、味方に引き入れるべき強力な領主貴族というのも、単純に経済的に自立可能な程度の強さを持つというのではなくて、利潤の再投資や技術革新による経済規模の拡大を図りつつ、組織基盤を整備して力を付けていくような姿勢……企業家的精神を持ち合わせている者、か」


 トビアスは、少なくとも理念としてはわかっているだろう。フリーデも、トビアスに感化されれば理解できる可能性は高い。


 ただし、彼らはあくまでも、次代の貴族家当主であり、それゆえに行動の制約が求められるところが大きい。表で動くには最適だが、裏で絵を描くには厳しいものがあるわけだ。


「ええ。そこで、表に出せる強みなど何もなく、遊び回っているだけの零細下級貴族の次女という立場のわたくしが、動ける役割もあるかな、と」


 何だか引っかかる言い回しだな。


「表に出せない強みって、あるの?」


「ええ。情報を収集し、処断し、圧倒するための手段があります。王家直属などにも負けない、強力な手段が」

イザベラが理想として語っている政治体制には、リアル歴史上、実際に存在したモデルがあります。詳細は、物語中の明日(よっかめ。)に出てくる予定です。

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