3-9.妹さんは王国過激団なお嬢さんでした
「狭いところですが、どうぞ」
屋敷内の、とある部屋に入ると、壁と思われる場所に、隠し扉があって。
そこを入ると、階段があって、途中の分かれ道を右に進んで。
その途中にある穴蔵に入ってから、横道を通って。
突き当たりの三差路を右へ進んで。
やっと開けた場所にあるのが、目的地。
最後に、クッソ重い鉄の扉があって、イザベラが真っ赤になって引っ張る。そっか、部屋のドアは金属のメタルなのか。ちょっと、頭が疲れてきてる。
「隠し部屋どころか、ダンジョンかよ……」
レオノーラの部屋とは違って、日当たりが悪く、床に物が多く置かれているため、いささか圧迫感を抱く。
一方で、部屋の壁面三方に書棚が設置され、そこにびっしりと本が並んでいる。
そこに見られる背表紙のタイトルからは、法律、歴史、地理、修辞、算術、その他、幅広いジャンルがうかがえる。
領主貴族として、実務的とは思えない。この時代の尺度から見て、学術的ともいえないだろう。
でも、この時代に、こういうジャンルの書籍を集めて、読み込むとは。
クラウスナー家のフリーデは、性格も頭脳もいい娘ではあるけど、思考や行動の基礎には貴族的な規範意識があり、いわば制度的に貴族化されている人間だ。柔軟な姿勢を取れるし、理解が速いので、多分、並の貴族令嬢ではない。それでも、その時代で異端視される方法論を最初から取ることはあり得ない。開明派貴族、あるいはラディカルに進めば、啓蒙専制君主になれる可能性はあるが、そこまでだ。
しかし、イザベラの部屋にある書籍を見てしまうと、貴族子女のイメージが大きく変わってしまう。ここの書棚はまるで、大学新入生向けの教科書販売所みたいだ。
「……どのような感想をお持ちなのかはわかりませんが、この部屋の本が貴族にふさわしいとは言えないことは、わかっております。わたくしは、姉と違って、教養を修得するための教育は受けておりませんので」
「いっ、いやいやいや! あり得ないでしょ! 判断や考察に必要な概念や思考は、分野によってまちまちなのに、これだけ幅広い分野を、あなたの年齢で……あり得ないでしょ!」
大事なことかどうかわからないけど、二回言いました。
いや、あたしが彼女の年齢の頃って、こんなに本の広いジャンルは広くなかったぞ。中公新書や岩波新書を片っ端から読みあさった時期もあったから、それが近いといえば近いけど。
「だいたい、どうやって、運び込んだのよ……」
「お教えすることはできませんが、搬入口がありましてね」
まあ、そんなことはどうでもいいです、と、椅子を勧められる。
イザベラ個人に対して、ものすごく興味をひかれはしたけど、それは確かに最重要案件ではない。ま、人材確保という点では、重要案件ではあるけど。
「モリ様は、この世界と異なる場所から、姉の手によって、貴女の意志とは関係なく、この地に召喚された、これで間違いないですか」
「はい。あと、モリ様、なんていわなくていいよ。ユキエ、で」
取り調べみたいになってるね。いや、その種の経験ないけど。そもそも、警察署はおろか交番にさえ行ったことないがな。
「ですが」
「いいったら、いいの。こっちゃ、元の世界じゃド平民だから」
元の国には、そもそも貴族もいないけどね。
「……わかりました。それでは、ユキエ様。貴女は、姉の意図、少なくとも短期目標については、ご存じでしょうか」
短期目標、ときたか。やはり、レオノーラの中長期目標については、現時点では秘匿情報なのだろうな。まあ、向こうが把握したこちらの情報は少ないし、わたしをどう評価すべきかもわからないだろう。この段階での彼女の目標は、わたしを把握するのが第一だ。
「ええ、王太子殿下との婚約を望んでいて、五日後に予定されている現王太子婚約者への婚約破棄宣言に合わせて、新たに婚約発表をする流れ、と」
「将来的な姉の立場という観点で、ユキエ様は、この行動はどう評価されるでしょうか」
「どう考えても、破滅一直線の愚策ね。まず、今回の騒動事態に罠が仕組まれている可能性。それを通過できても、基盤皆無の状態で権力抗争に飛び込む危険。さらに、婚約破棄宣言による有料勢力相互の均衡が崩壊することによる、王権の動揺。とどめは、今回の騒動に伴って、国外からの各種介入が活発になり、王権どころか王国そのものが存亡の危機に陥る。まあ、どうあっても、未来はないでしょ」
「それでは、少なくとも“未来がある”ためには、どうしたらよいでしょう」
ここからが本題か。
ただ、ここまで一方的な質問攻めなんだよね。向こうがこちらの見識を知りたいのはわかるけど、こっちも向こうのことを知りたいんだよ。だからまあ、正しいけど、何の役に立たない返しをするか。
「行動を起こせば、未来がない。それが正しいとする。それなら、未来があるためには、行動を起こさない。単純な話ね」
「論理問答ではなくてですね。婚約破棄宣言への便乗をしないとなれば、どのような選択肢があるか、ということです」
ちっ、対偶論法ぐらいわかるか。
「今からでは、事前につぶすのはまず無理だから、婚約破棄宣言自体はさせる。でも、その場で王太子とその支持者を糾弾し、儀式そのものを実質的に無効化、王太子の権威を失墜させて……」
「武力制圧によって王家から権力を奪取、ですか」
「なっ」
いきなり、過激なことを言い出したよ、この娘さん。それも、淡々と、まなじり一つ動かさずに。
わたしは、あくまでも異世界からの来訪者だし、その正体を知っている者のみに明かすのなら、それほど問題はない。でも、目の前に居る娘は、貴族家の子女だ。
「“事前につぶす”こと自体は、必ずしも無理ではないと思いますが。王太子一行の通行路はほぼ確定できますし、警備も半ば義務的に、あからさまに危険そうなところにしか配置されないはず。それなら、爆発物を投げられる状態にした者を三人ほど用意し、馬車攻撃役一名、下りた後の攻撃役一名、予備一名として」
「こらこらこら!」
アレクサンドル二世かよっ! つーか、この世界に、暗殺に使える爆発物があるんか、知らんかったよ!
いや、そうじゃない。
「テロという方法を取っても、権力には揺らぎが生まれる程度で、抜本的に変えられるものじゃないわよ。外国勢力を使わずに体制を変えようとするなら、既存勢力による反乱、軍事力を使ったクーデター、民衆による革命の三種類しかないでしょ」
「ほう。つまり、絶対的権力を掌握する独裁者が居て、その者を暗殺しても、政治体制自体が変わることはない、と」
「暗殺が世界の歴史を変えてしまったことなんか、一度もないわ……少なくともわたしの居た世界では。一定程度安定した国家であれば、まずあり得ないでしょ。反乱か戦争がなければ。だいたい、後継者なり、側近なりが取って代わるだけよ」
ディズレイリか何かの言葉だったっけ。いや、断定しちゃったけど、前近代ではそういうケースもあったかもしれんな。ただ、前近代に純粋な独裁制を維持した国家自体少なかったはずだし、そこは無視していいか。
「……って、あんた、男爵家当主の娘さんでしょ? そんなこと口に出して、いいの?」
「別に構いませんよ、その程度のこと」
「その程度」
「話を戻しますね。以上を踏まえますと、ユキエ様は、婚約破棄宣言の場を使って武力で実権掌握、暫定政権発足後に実質的に新王朝を樹立、そういう青写真を描いている、と」
「うっわ、さらに斜め上の過激さ」
「……斜め、上?……」
「あ、ごめんなさい、わたしがもと居た世界での表現でね。……でも、実権掌握後の具体的な体制については、まだ決めている段階じゃないの」
イザベラが顔をしかめる。
「王権を倒すだけで、その後の構想を描けないのでは、王権打倒などという急進的な手法を採るべきではないでしょう。現状に不満のある民衆が蜂起したはいいけれど、ビジョンがないものだから、結局復古的な体制が構築されるのと同じレベルの話じゃないですか」
ほお。それなら、こちらから聞いてみようじゃないの。
「確かに。じゃあ、イザベラがこうありたいと思う政治体制、あるいは、このようにしていきたいという政治体制は、どのようなもの?」
「……」
沈黙が場を支配する。
「わたしはね。あくまでも、この世界に“連れてこられた者”に過ぎない。この世界をどう作っていくか、どのようなものにしていくかは、この世界に生きている人が成していくものだと思う。だから、わたしには、こういう世の中にしたいという資格はない。それに、レオノーラにしても、彼女はわたしの“宿主”だからこそ安全を図っているだけで、もしわたしが肉体的に自由の身になれば、どうなろうと構わないわよ」
「……」
「だからこそ、わたしは、あなたに問いたい。あなたが、当面目指したいものは何か。長期的にどこへ持っていきたいか。……本当は、レオノーラにもこれを聞きたいのだけど、わたしと彼女は直接やり取りすることができないから、身動き取れない状況なんだわさ」
イザベラは、目が泳いでおり、当惑を隠していない。
しかし、唐突な言葉に対応できていないのではなく、当惑している状態をあえて隠す必要がないと判断した結果のようだ。
数十秒はたっただろうか。観念しました、といった感じで、イザベラが声を出す。
「当面目指すものは、姉上の身の安全の確保、そして……この国の、独立と、保全です」
前近代、トップが暗殺されてすぐに国が傾いた例として、アフシャール朝のナーディル・シャーがあります。山賊から成り上がり「ペルシアのナポレオン」と評された梟雄ですが、彼が暗殺された後、その王朝は三年程度で事実上崩壊、後に新王朝を樹立するガージャール家の傀儡政権に転落します。




