3-7.妹さんへの接近を試みました
《さって、後は、妹さんと直に会って、話をすること、か。現状ではここがボトルネックになっているし、クリアしないと先に進まんことは明らかだしね》
ドゥルケン男爵家の屋敷――いや、さっきまでお邪魔していたデリンジャー伯爵家のそれと比べたら、とても屋敷とは呼べんな、家でいいや――に戻り、自室のベッドへごろりと横になったわたしは、独りごちる。
《まず最初は、頑張って顔を合わせること。これまでのパターンだと、この体に入っているレオノーラが絶対に邪魔をしてくるはずだから、そこを無理にでも抑えて、イザベラと会う。その後は、話したいことも、聞きたいこともたくさんあるけど、その前に、ひともめもふたもめもするだろうな、間違いなく》
そういえば。
昨日のインパクトに加えて、レベッカ嬢に会うことで頭がいっぱいだったためか、レオノーラが書いた手帳を見ていなかった。遅ればせながら、今のうちに確認しておこう。
――穏当でない方面に進みそうだが過激な方法は控えてほしい。今後に支障。
――上位貴族との連携は上策。
――愚妹に手を出してほしくない、殺される。
……。
なんだか、そのさあ。
わたしとレオノーラの間では、双方向はおろか片方向も含めて、直接の意思疎通ができない。知識を読むことはできても、フィードバックを受ける方法がない。
だからこそ、この手帳を介してのやり取りは重要、かつ、効果的であるはず。もちろん、文字として残してはいけない情報も多いから、隔靴掻痒になるのはある程度仕方ないけれど、それでも。
《さっぱり要領を得ないね。何をしたいのか、どうしたいのかが、全く伝わらないよ》
過激な方法、っていったって、どの方法が過激と評されるのかがわからないんじゃ、対処のしようがない。そもそもこちとら、二十一世紀の日本に生きていて、何の事前知識もないままに連れてこられたエトランジェ、当地基準での過激も穏健も知らんて。
《せめて“今後”が具体的に何を示すのか。それだけでもわかればいいのだけど》
ため息が出る。
このレオノーラという娘、アホなのか、人の話を聞けないタイプなのかのどちらかなのかな。
アホならどうしようもないけど、後者の場合、自分の内部で論理が完結して、他者に対して何ら説明せずに突っ走ってしまう。
人の話を聞かないこと、突っ走ることは、一概に悪いとばかりは言えない。研究開発の現場なんかで、いちいち報・連・相なんてやっていたら進むはずもないし、要件定義が急に変わってエンドレス手戻りなんてデスマーチ一直線だ。条件と目標を確定したら、周囲の雑音を遮断して作業を進めることを認めることも重要だろう。
でも、肝心の目標がわからないのだから、困る。
王太子と婚約したいということだけはわかるけど、そもそもの目的がわからないし、婚約というもの自体、その目的とどのような関係があるのか、そういう重要なことがまるっきり伝わってこないから、手の打ちようがない。王太子との婚約など、誰がどう考えても悪手というのは間違いないけど、彼女が目指しているもの次第では、方法を変更するだけで同じ目標へ向かえる可能性もあるのだが。
その点だけでも、伝えられれば。
あ。そっか。
それがわからないんだ、だから教えろ、と、彼女が確実にチェックする媒体を使えばいいんだ。
――貴女が、最終的に何を目指しているのかを、知りたい。王太子との婚約そのものなのか、現婚約者の追い落としなのか、当家の地位浮揚なのか、権力者の交代なのか。それがわからなければ、協力の手段を選択できない。目的次第で協力できる可能性があるから、極力、具体的に教えてほしい。
ペンを手に取って、レオノーラの手帳に書き込む。
《最初からこうしとけばよかったのか》
がっくりと首を落とす。この世界に召喚されてから、もう三日目。やっと気付いた自分に、ふがいなさを覚える。それだけ、毎日気が張り詰めているからだろうけど。
まあ、これでさすがに通じるだろう。
すると、ふっと意識が飛びそうになる。あ、これは。
「だめ! 今は、だめっ! 大丈夫だから! 悪いようにはしないから!」
端から見ると、頭がどうかしているように見えるだろうけど、自分の意志を口に出して伝える。
頭の中で、何かがぐわんぐわんと揺さぶられるような、妙な気持ちになる。体をかき回されているのに、三半規管だけ正常に動作しているような、ものすごく妙な感じだ。
何秒ぐらい続いたかは定かでないけれど、何とか落ち着くことができた。
《ふう……》
レオノーラが外に出ようとするのを抑え込むのは、こういう作業になるのか。なるほど。
そして、レオノーラが外に出ようとしたということは、妹のイザベラがそろそろ帰ってきた、ということか。
部屋から廊下へ出ると、確かに、一人の少女がこちらに向かって歩いてきた。
レオノーラと身長はだいたい同じだけど、もっと女っぽいというか、色気を感じさせる体形。大きめの三白眼が、ネコを思わせる。貴族の外出着ということか、簡素なドレスをまとっている。
それはいいんだけど、無造作に結わえられた髪はバサバサ、あちこち乱れた服、それに、経験者なら誰でもわかる、独特の匂い。
どう見ても事後です。本当にありがとうございました。
「お……お帰り……」
他に、どんな反応せえっちゅうねん。いや、彼女が外から帰ってきたとは限らないけど、まあ、そういう事の痕跡がある以上、ね。
すると、この娘、わたしのことをじろりと睨んで。
「お姉様……?」
「つ、疲れてるみたいだから、少し休んだら?」
せめてシャワーぐらい浴びろよ。いや、この世界にはそんなものないか。そういえばここに来て以来、一度も風呂に入った記憶がないけど、匂ってないかな、と、場にそぐわないことを考えていると。
わたしの前に立つ娘の目が、ギラリと光った気がして。
次の瞬間。
首筋に何かひんやりした物が当たって。
「お前は誰だ」
底冷えする声が、わたしの耳に届いた。
妹さん、実は武闘派です。




