3-4.レベッカ嬢のヒントを解読しました
レベッカ嬢との会談を終えたわたしは、そのまま馬車で、フリーデのデリンジャー伯爵家屋敷にお邪魔をした。このお屋敷を訪れたのは初めてである。
トビアスのビルジー侯爵家屋敷に比べて敷地は狭いながら、屋敷建物の内外装ともにスッキリしたデザインだ。この当時の基準では、よく言えば質素、悪く言えば貧相に見えるかもしれない。でも、わたしには、機能的かつ合理的、しかも品のいい建物に見える。この世界にモダニズム建築かよ。
そして、石を積んだ表面に木を組み、その上から石膏で覆っているようだ。どんだけ手間かけてるんだよ。しかも、廊下が途中で分かれたり、曲がったり、謎の穴があちこちに空いてたり。籠城でもするつもりなのか。
ともあれ、応接室に案内されると、トビアスが先に待っていた。
ひとまず、今日の成果について、報告と説明。
「あの迫力というか、威圧感というか。目の前に居る者を品定めして、動きを牽制しながら反応をしっかり観察する。それでいて、まるで能面をかぶったように表情を変えず、しかし状況に応じて表情を動かすことができる。大した娘さんだわ」
「へえ、そこまでの人物なのか」
レベッカ嬢と面識がほとんどないトビアスは、驚いた表情を見せる。
向こうは侯爵家の長女、こちらは侯爵家の長男。上位貴族の跡取り同士、接点があってしかるべきだと思うが、トビアスのビルジー侯爵家は王宮へめったに行かない、要は引きこもり貴族だったため、縁がなかったというわけね。
「それに、あの反応は、王宮の動き、そしてファイゼルト侯爵家の動きをそれなりに把握していて、かつ、自分が動ける範囲を理解していると見た。決断力や行動力はわからないけど」
フリーデとの会話を横目で見ている限り、現況整理だけでなく、今後の動きについても、彼女なりに考えていることがうかがえた。
「でも、だからこそ、口説き甲斐がある。彼女を納得させられれば、ファイゼルト侯爵家を巻き込める公算は高いと思う。次に会う時は、当主をじかに引き出したいわね」
ふふふ、と、思わず口角が上がる。多分、悪い顔になってるな、今のわたし。
「それに、わたしが交わした会話は、ほんの二言三言だったけど、その中に、重要なヒントをぎゅっと押し込んでくれた。敵に塩、じゃないね、これを読み取れるなら交渉の資格あり、というメッセージだろうね」
まず“固めるべきところを、ご覧になる”という一節。これは、わたし=レオノーラが、重要な要素であり、その気になれば比較的簡単に向き合えるものがあるのに、それに対処していない、という意味だろう。レオノーラの所属するドゥルケン男爵家それ自体、そして、レオノーラの妹であるイザベラが鍵になる。だからこそ、ネコと和解せ……違う、妹と和解せよ、彼女としっかり話をせよ、と。“貴族家相互の交流は、家単位で行われるもの”というフレーズも、これを後押ししている。
そして“三名”に“意味がある”というのも重要だ。個人単位じゃない、すると、ファイゼルト侯爵家、デリンジャー伯爵家(+ビルジー侯爵家)、ドゥルケン男爵家ということ。この三家が、それも個人でなく家単位で手を組める提案ができて初めて、建設的な議論になる、ということだ。
“小さすぎる”うんぬんは、あの文脈では、意味がわからない。感情が先走っただけだろうね。
「あれだけ口数が少ないのに、よくそこまでわかったのね」
フリーデが驚い……てないな、あきれたような顔で言う。
「向こうは、極力言葉を少なくして、いわば行間を読ませようとしてたからね。こちらの知能水準を測ってただけよ。残念ながら、雰囲気から何かを読み取るなんて芸は、わたしには無理だし」
「いえ、言葉を交わさなくても、お互いに言いたいことがわかったのかなと」
「そんな、目と目で通じ合う、そういう仲になりたくはないわよ」
あたしにゃ百合趣味はありませんわ。
「それより、これって、交渉開始条件というだけじゃなくて、先方からの提案だと受け止めるべきよ」
「どういうことだ?」
「……三家、いえ、三者が連携できなければ、計画を実行できない、ということかしら?」
おう、フリーデの方が、反応が速いな。こういう時に正解を出すのに必要なのは、知識ではなく、知的訓練だ。彼女は、しっかりと頭を使って勉強してきたタイプなのだろう。頭を使わずに勉強すると、知識は多くてもそれを上手に引き出すことができない、すなわち、問題を解決できない人間になる。
「そう。各家の特徴を分析して、強み弱みを明らかにしながら、具体的にどの分野でどうリンクを結ぶか。それによって、動き方は変わる。そこまで用意すれば、話を聞くし、協力できる可能性もある。そういう姿勢だと受け取ったわ」
正直なところ、レベッカ嬢がそこまで前向きかどうかは、何とも言えない。ただ、非協力的ではなく、ハードルを設けただけという印象を受けた。それなら、イザベラの件を解決すれば、話はトントン拍子に進むかもしれない。
「しかし、三者の連携、か。単に利益を共有するだけじゃ、弱いのは確かだな。最大公約数的な共通項はあって、しかし、個別の方向は違う、そんな強みがあれば」
「三者といっても。ファイゼルト侯爵家と、ビルジー侯爵家プラスデリンジャー伯爵家だけでも、共通点が見当たらないわ」
トビアスとフリーデが頭を抱えるが、ここでピンときたことがあった。
「ファイゼルト侯爵家当主の妻は、ダルス帝国の娘。デリンジャー伯爵家は、アイゼン王国との外交窓口を担当。このパターンなら、もう一つ隣接しているミルーデン王国にもつながりのある貴族が居るとみるのが自然なんだけど、知ってるかな?」
トビアスが、はっ、という顔をする。
「ミルーデン王国……確かに、ここユリデン王国とは微妙な状態が続いているからな。国内情勢が思わしくないけど、国内の不安が特に募っているわけでもないということか」
なんでも、先王は国内統治については有能だったが、やたらと派手かつ好戦的で、あちこちに戦争を何度も何度もふっかけ、軍事面でも経済面でもリソースを散々食いつぶすものの、大した成果も得られず、最終的に国全体が疲弊してしまったという。戦争大好きの放漫経営で子孫が苦しむって、フランスのルイ十四世みたいやな。
後を継いだ現王は、即位間もない時期には、優秀な経済官僚を登用して税制を刷新、合わせて行政改革を断行、経済の立て直しに成功して名君と言われたという。しかし中年になると、ひたすら後宮で女あさりにふけり、私生活のために公金を湯水のごとく乱費、国庫は悲惨の一言に尽きる状態へと陥らせた、暗君。晩年は徒銷を重ねるヒッキーって、明の万暦帝かよ。
愚王による治世の乱れはどうしようもない状態らしいけれど、早い段階から王位継承権第一位の若い女性王族が居て、彼女が雌伏しているらしい。国内の混乱がギリギリで収まっているから表に出ていないけれど、最悪の状態になった場合は、その王族が王国を仕切ることができる体制になっている、らしい。らしいというのは、うわさ話レベルらしいから。まあ、制度化されたものじゃないし、そもそも、そんな王族の存在自体、眉唾ものだしね。
一方のフリーデは、少し難しい顔をする。
「実は、今は亡き王弟殿下の奥様であるイングルード様が、ミルーデン王国第三王女でね」
「「え!?」」
「国使への対応といった公的な行き来がある場合は、イングルード様がなさるみたい。でも、王族というご身分だから、実務的なことは担当していないはず。どこかの下位貴族がパイプを持っていると聞いたことはあるけど、それ以上はちょっと」
うち、エグナー家は……いや、ないわ。父の系統はそもそも外交畑じゃないし、母の系統も徴税事務関係だったはず。王都から一切出ない、純粋にドメスティックな貴族だったようで、外国とのつながりは皆無。第一、代々の法服貴族で、男爵位を受けてから一度も領地を下賜されたことはないそうだから、王都から外に出たことさえなかったと思われる。
「うーん、ドゥルケン男爵家に限って、そっちの線はないわね。だいたい、エグナー家って……召喚術ぐらい、なのかなあ……こんな術を持っていれば、それなりに警戒されるから、抑止力に……ならないなあ。他に」
さらに話を聞くと、ミルーデン王国では女性でも王位に就くことがあるらしい。他国の王族に嫁いでいる以上、王位継承権は剥奪されているとみてよいけれど、女性であっても政治的な力が大きく制限されているというわけではないそうだ。そうなると、無視できない人物にはなる。
いろいろな要素が出てきて頭を抱えているうちに、一つ、注意すべき事に気付いた。
「フリーデ。今回の騒動は、ファイゼルト侯爵家を失脚させる策ともいえるわね。そうなると、他国への工作が考えられるけど、アイゼン王国との関係が深いデリンジャー伯爵家は、何か目を付けられていたりはしない?」
「うーん、今のところは、何もないわね。トビアスとの婚約についても、何も言われていないぐらいだし。逆に、何かの陰謀が進んでいて、あえて沈黙している可能性もゼロではないけど。でも、単に無警戒というだけだと思う」
「そうすると、本命はミルーデン王国とのつながりか。はあ、霧の中にいるようだわ……いや待てよ、レベッカ嬢が出したヒントを考えれば、闇雲に探す必要はない、目の届く範囲内に手掛かりがある、はず」
そこから得られる方策は、一つしか残されていなかった。




