3-2.ファイゼルト侯爵家のバックに驚愕しました
長期的な目標は、たっくんの意識が入っているトビアスと一緒になること、これに尽きる。
それだけでワクワクするけど、思考停止できるほど、夢見る少女じゃない。また、そこまでのプロセスでは、いろいろと考慮すべきファクターがあるけど、今はいったんおいておこう。現時点では、長期目標を設けられただけでも大きな前進なのだから。
そして、五日後に契約破棄宣言が行われるのは、もう動かしようがない。その場で、この肉体、すなわちレオノーラの身の安全を確保するのは大前提として、その後、動かした舞台をどのように着地させるかが課題になる。
悪役令嬢への弾劾から逆弾劾をすること自体は難しくないし、そこから王太子一派を制圧することも、ビルジー侯爵家の私兵を使えば、そう難しくはないはずだ。
でも、その先、誰をどう動かし、どのような政治体制にして、どのように政権運営を図っていくのか。その青写真を作っておかなければ、血で血を洗う世界になってしまう。先を見据えるどころの話ではなくなる。
《軍事クーデターでの政権奪取はいいとしても、そのままでは政権基盤が弱いまま。財と軍を全面的に掌握できたとしても、現在の王国以上の統治能力を有するには時間がかかるし、強力な絶対王政なんて不可能。少数の有力貴族が共同で王権を支える寡頭制、それも婚姻政策で疑似王族を作り、その一団が絶対的な権力を確保する、江戸幕府型統治あたりが現実的かな》
ビルジー侯爵家、デリンジャー伯爵家を合わせた政治力と統治力を、どの程度確立できるか。現王朝との連続性を、どの程度図るか。外国勢力とのつながりを、どのように持たせるか。
そして、調べておきたいポイントがある。ビルジー侯爵家とデリンジャー伯爵家はもともと王宮と距離を置いているからいいとして、悪役令嬢たるレベッカ嬢のファイゼルト侯爵家がどのような立ち位置なのか。
有力貴族間の関係など、知るよしもないので、フリーデに聞いてみたところ、驚愕の事実が発覚する。
「ファイゼルト伯爵家当主の奥方様であるイルムガルト・リンデンベルガー様のおじいさまは、ダルス帝国の皇帝なの。だから、レベッカ嬢は、皇帝のお孫さんなのよ」
「えええ!?」
こう聞いた時は、思わずソファーから飛び上がりそうになった。
だって、あり得ないでしょ?
隣国、それも大国の皇女を母に持つ令嬢を王太子の婚約者に迎えながら、婚約破棄だよ? しかも、恐らく、婚約者側にこれといった落ち度がない状態で、でしょ?
王家や側近、大臣といった連中は、誰も気にとめなかったのか、あるいはそれだけ王太子の権力が強いのか。
何にせよ、婚約破棄宣言自体が、亡国の愚行ということが、これで確定。悪行とか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。
「婚約破棄騒動自体、帝国の陰謀なのかな」
「それはないだろう。帝国は確かにえげつない外交手法を取るけれど、身内に恥をかかせて何かをすることはなかった。特に、今の皇帝はプライドが高いから、自分からそんな形で仕掛けることはないだろう」
トビアスの言葉が正しいなら、帝国が裏で手を引いていたわけではないようだ。
でも、婚約破棄の噂が大衆にまで広まっているなら、それは当然帝国の耳にも入っているはず。
「そうなると、婚約破棄自体はユリデン王国の自発的な行動。それが公式に発表されるのを帝国は待っていて、準備万端整えて、それから具体的な行動を起こす、ってところね」
そして、ここから先は、完全に推測になるけど。
「帝国は先を確実に読んでいるとして、他の二国がどう見ているか。最悪のケースとしては、帝国、ミルーデン王国、アイゼン王国が情報を共有して、ここユリデン王国の不誠実さを口実にして一斉に軍事侵攻か。でも、帝国さえ抑えられれば、後は専守防衛と外交次第でどうにかなるわね。ブーヴィーヌの戦いに持ち込めれば」
昨日、そんな会話をしたところだった。
ともあれ、帝国に対して、その動きをどう食い止めるか、最低でもけん制させることが最重要課題だ。そのためには、ファイゼルト侯爵家を絶対に味方につけなくてはいけない。
それにはまず、どのように話を持っていくかが重要になる。
ファイゼルト侯爵家=王太子婚約者から見れば、わたし=レオノーラ=王太子愛人は、要は泥棒猫であって、完全な敵。その敵がたとい頭を下げたとしても、そしてその敵を許したとしても、敵の言葉をそのままのんでくれるはずはない。正面突破は無理と思わないと。
そもそも、レベッカ嬢は侯爵家令嬢で、しかも公式には王太子婚約者=次期王妃という身分。一方のレオノーラは一介の男爵家令嬢に過ぎない。向こうさんが話を聞きたいと前のめりになっているのでない限り、話すどころか、会える筋合いでさえないだろう。
そこで、伯爵家令嬢で、有力侯爵家婚約者でもある、フリーデに間に入ってもらうことになる。
「ですから、わたしと一緒に、ファイゼルト侯爵家のお屋敷に参りましょう。馬車を出すので」
すなわち、わたし、フリーデ、そしてレベッカ嬢の三人で会おうということで、昨日、フリーデの名前でアポを取ってもらった。
当主ではなく子女ということもあって、略式で済ませることができるが、通常、顔を合わせるためのアポを前日午後に取るなど、あり得ないらしい。電話なんてもんがない世界では、当然か。それでも、“あのレオノーラ嬢”が訪問するという時点で、緊急案件と判断してもらうことに成功した、という。
《責任重大だよ、おい》
同じ侯爵家とはいえ、レベッカ嬢のファイゼルト侯爵家は、トビアスのビルジー侯爵家とは異なり、王族の男系血族で、格が全く違うのだという。
何せ、先代までは公爵家で、先代当主は王位継承権を持っていた。公爵=王位継承権者は二代までと制限されていることから、自動的に侯爵に降爵=臣籍降下となっただけで、不祥事によるペナルティでも何でもない。
しかも、侯爵家の奥方は、ダルス帝国の娘ときた。
有力貴族どころではなく、王家に直言できるレベルの別格貴族だろう。だからこそ、長女を次期王妃にということになったのだろうし、恐らくは王家側からの強い要望があったと思われる。
《ただ、最大の問題は、クーデター成功後の処遇なんだよね》
ビルジー侯爵家とデリンジャー伯爵家の連合だけで事が済むなら、それに越したことはない。内部分裂の可能性もまあないだろうし、わたしの目の黒いうちにはそんなことをさせるつもりはない。
しかし、ここにファイゼルト侯爵家が加わると、話が変わってくる。
ビルジー・デリンジャー連合、ファイゼルト両陣営のバランスを取る必要が出てくるのだ。
最近になって急速に力を付けてきた家と、王族分枝で帝国姻戚で王妃候補を出している家。前者がイニシアティブを取ったとしても、功績をどう評価するか、悩みどころだ。
事前に話を付けておかなければ、間違いなく禍根を残す。
もし、ビルジー・デリンジャー連合の主導で政変を成功させ、軍事力と経済力で頂上を制圧しても、政治基盤の弱い両家だけによる独裁政権などできるはずもない。半年程度で政治力の差が歴然と現れて実権を奪われ、微妙な立場に追いやられる、という流れが目に浮かぶ。いや、その場合、ファイゼルト侯爵家の影響力も限定されたものになって、場合によっては半分裂状態になるかもしれない。
《ビルジー・デリンジャー連合側に、ファイゼルト侯爵家へ貸しにできるようなカードが欲しい。昨日も、トビアスやフリーデに聞いてみたけど、答えが出なかったんだよね》
元の世界なら、国力の強さを誇示するのは、比較的簡単だ。いや、判断すべき指標が多すぎて、かえって難しいかもしれないけど、定量的に提示できるデータには、いろいろな種類がある。
経済力なら、国内総生産、外貨準備高、通貨価値といった数値があるし、鉱工業生産指数や農業指数というデータを出す国もある。軍事力なら、兵員数、兵器性能および軍需動員力、兵たん基盤があるけど、やはり、経済力と人口が伴わない軍事力は、いつか破綻する。
そして何より、教育水準の高さ、バランスの良い年齢人口構成、そして国民的統合性向が欠かせない。レイ・クライン方程式では無視されていた要素だけど、これを捨象すれば、日本もイスラエルも弱国扱いになるだろう。
しかし、これらは、話しただけでは、理解はされても、すんなり納得させられるものではない。経済力やら軍事力やらを伝えたところで、新興貴族の自慢話と受け止められれば、それで終わり。これじゃ意味がない。必要なのは、あくまでもコア・コンピタンスだ。
そもそも、初期段階で、王宮を中心とした有力者とのつながりが多いファイゼルト侯爵家の方が、はるかに強い力を持っている。それを逆転させ、こちらに“従うことが得策”だと思わせるものがほしい。最低でも“味方に付かないとリスクが大きい”と判断させる程度のもの、が。
王太子の肝いりで行われた緊縮財政の結果、国防体制が崩壊寸前になっている、そこに強力な軍事力を持つビルジー・デリンジャー連合を引き込むメリット……いや、王都の軍事制圧について抵抗感を抱かれたら、その時点でアウトといえる。
《トビアスが内政チートで作り上げたものとか、システムでも……いや、先方が瞬時に理解して欲しがるほどのインパクトがないと、無理だ。エレベーター・ピッチ的なプレゼンで使えるようなネタ、かあ》
そもそも、肝心要のドゥルケン男爵家にどのような強みがあるのか、当人が把握していないのだから、お話にならない。
仕方ない、今日は顔合わせと提携の申し出に留めて、もう一度詰める段階で押すしかないか。
本番まであと五日だから、会える機会は、今日を含めておそらく二回がせいぜいだろう。スケジュールがカツカツに押してる以上、先延ばししたくないなあ。胃が痛くなりそう。
《どうなるにせよ、レベッカ嬢、そして、ファイゼルト侯爵家の懐具合、違う、懐の深さを測らないと》
家格を自尊心のよりどころにしている輩ほど扱いやすい者はいない。ただし、どうやっても使い物にはならない。努力の結果自分だけが持つ武器を備えた者ほど扱いにくい者はいない。ただし、使い方によっては大変な力になる。
レベッカ嬢は、果たしてどちらのタイプだろうか。
バカとハサミは使いよう。相手を見て、対処を変えるのが、付き合いの基本だろう。
《さて、鬼が出るか蛇が出るか》




