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2-11.【Side:フリーデ】敵に回そうとも先を見たい

 わたくしの婚約者であるトビアスは、通常の方法ではなかなか採ることのできない人材を、常に集めている。もちろん、誰でもいいというわけではなく、何かとがったものを持っている人を対象に。


 そういう人がいなくても、領地経営を無難にこなすことはできるけれど、無難以上のことはできない。型にはまらない人材がいてこそ、刺激が起きて、社会や経済が動く。


 まあ、これだけなら、どこの領主も、同じ事を考えることはできるわね。実行に移すか、あるいは、移せるかどうかは別として。


 でも、ビルジー侯爵家では、それだけではいけないのだという。


「“転生者”である、俺の突飛さを受け入れる土壌がなければ、俺も動けないからね。常識的な範囲で優秀な人は、常識から外れたことを本能的に拒否する。でも、常識から外れている人は、理解できないことでも受け入れやすいものだから」


 そういう目的で、いろいろな人を集めるわけ。


 ここ王都の人口は多いから、当然いろいろな人が居る。


 ギルベルト君が、そのお手伝いと称して、元気にいろいろな人に声を掛けているみたいだけど、ほとんどが妙齢の女性ばかり。お年頃ですものね、って、わたくしも三歳違うだけだけれど。


 そんな彼が連れてきたのは、またも女性。


 いや、女性なのは構わないのだけど。


 その女性が、少なくとも貴族の間では、恐らく、今一番注目されている、ドゥルケン男爵家のレオノーラ・エグナー嬢だった。そう、王太子殿下の愛人として、自分の体を含めてさまざまな手練手管を弄し、殿下を現在の婚約者から引き離し、自らが婚約者に取って代わろうとする意志を隠すこともない者。そして、殿下が近々婚約破棄を宣言し、レオノーラ嬢を新しいパートナーに選ぶ流れになっている事は、周知となっている。


 どうしてそんな人物をと思ったが、話を聞いてみると、彼女の体の中には、二つの人格があり、そのうちの一方は、ニホンから召喚されたという。ニホンとは、確か、トビアスの前世と記憶している世界だ。


 さらに話し込んでいくと、どうやら彼女は、そのニホンに居た時、トビアスの前世と相思相愛の間柄だったとのことで、彼の胸に飛び込んで、わんわん泣き出した。


 目の前で、自分の婚約者に、女性が抱きついている。しかも、その女性は、不道徳な行いをしてきたと噂されている者。いつものわたくしなら、有無をいわさず引き離して、その体に罰をためらうことなく加えただろう。


 でも、視界に入った光景を見ると、そこには、何の邪念もなく、純粋な愛情をあらわにしている、一人の女性がいるだけ。


 それまでも時折使っていた、ニホンの言葉で泣き叫ぶ彼女を見るにつけ、わたしには縁がなかった、自然な恋愛というものは、こういう形になるのだ、と、妙に冷静な自分が居る。


 それと同時に、モヤモヤというか、ムカムカというか、不快感が胸にこみ上げてくる。


 いくら箱入り娘として育ったわたしでも、この感情が何なのかは、さすがにわかる。


 目の前の女性は、トビアスの前世を愛しているのであって、トビアスを愛しているのではない。トビアスの前世を知っているだけであって、今のトビアスを知っているわけではない。


 ……だから、何も気にする必要はない、単に再会を喜び旧交を温めているだけ。


 そして実際、トビアスは、そのように、思おうとしている。もちろん、内心、いろいろ思うところもあるだろうけど、それは一時的なものだ。


 うん、それでいい。


 いや、いいのだろうか。


 彼女が望み、動くことを、黙って見ているのが、果たしていいのか。


 ………。


 頭の中に、いろいろなことが、グルグル駆け回り、冷静に考えることができない。


 でも。


 泣きじゃくっていた彼女は、キッと顔を引き締めると、急に思考を明確にして、質問、依頼、検討事項を並べてきた。


 とにかく、ポイントが多すぎて、とても覚えられないけど。


――フリーデにお願いすることは二つ。デリンジャー伯爵家ご当主との面談、そして、王太子の婚約者であるレベッカ嬢とのコンタクト。トビアスは自分の裁量で動けそうだけど、あなたの家はそうではない。リスクも含めて説明しておくべきだし、面通ししないと義理が立たない。


――勘だけど、イザベラ嬢はレベッカ嬢とのパイプを持っている、あるいは、情報を共有しうる立場にあるのではと。レオノーラがイザベラ嬢を敵視することともつじつまが合う。


――会う名目は、そうね、昨今の不穏な状況下、ハーマン一族の中に先行きが不安な者がいるから、クラウスナー家と相談したい、それなら当主の娘同士で話すのが自然、といったあたりでどうかな。


――少なくとも婚約破棄直後までは、レベッカ嬢、ファイゼルト侯爵家を敵に回してはいけない。たとえ、利害関係で対立する相手であっても、大局をもって結ぶべき。先方に危機感を喚起させることができれば、難しくはない。


――ファイゼルト侯爵家に対抗できる、ビルジー侯爵家とデリンジャー伯爵家の具体的な強みがほしい。単なる優位性に留まらない、大貴族家に対して交渉カードとして切れるようなものを。


――外交問題化するのは避けられないから、軍事的に抑止力のある貴族をリストアップして、そこに頼み込む流れに。二家あれば十分。見返りは、新政権後の陞爵しょうしゃくと役職保証か。そうすると、統治機構のイメージを組み立てておくべき。明後日までの宿題かな。


――王都から各国国境までの移動日数を知る必要があるわ。侵攻が避けられないなら、ザンゴウでも設けてカエンビン作戦でも採るか。


――そうそう、事変終了後の外交シミュレーションも必要ね。実際にはアドホックに流れそうだけど。


 この女、いえ、この方の頭脳の引き出しは、どれだけあるのだろう。


 知識量だけでも、前世のそれを備えるトビアスより、上回る気がする。そこに、洞察力、予測能力まで加味すると、はるかに優秀な方なのではないか。


 いや、それだけではない。


 トビアスではなく、“たっくん”に再会した途端、それまでの慎重そうな身振りを一変させて、頭脳をフル回転させている。


 それに、彼女の案を冷静に見ると、それらがことごとく、トビアスの身の安全と能力発揮、そして成功を目指したものになっていることに気付かされる。当人が意識しているかどうかはわからないけど。


 たとえ、彼女とトビアスとの関係がどうなろうと、これは損なってはいけないものだ。


 いや、それだけではない。


 この方は、“たっくん”への思いを燃料として、今あるこの世界を、根底から変えてしまうのではないか。


 わたくしは、その新しい世界が作り上げられるのを、無性に見たくなった。


 残念ながら、それは、トビアス単独では、たぶん無理。


 だから、この方との縁は、切ってはいけない。婚約者を巡る敵になったとしても、それでも。


 わたくしの一生を左右する出会いになるような、そんな予感があったから。

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