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2-9.【Side:トビアス】嬉しさと罪悪感とやり場のない怒りと

 俺は、夢の中にいるのだろうか。


 探し物は、諦めた時になって、見つかることがよくある話、なんていうが。


 見つかった対象が物ならば、そこで浮かぶ感情は、探していた者だけが、独占的に甘受できる。


 でも、もし、人を、それも、本来ならばそこに居ると期待できない人を探していた時に、その人を見つけたなら、その感情は、大変な形で爆発する。


 そう思っていた。


《たっくんだやっぱりたっくんだ寂しかったよつらかったよ独りはやだったよ生まれて初めて別々になってでもここで会えて話せてこんな形でもすごくとってもうれしくてたっくんねえ今までずっと切なくてどれだけ悲しかったと思ってるのうんたっくんが悪いわけじゃないけどそれでもやっぱり切なくてでも今ものすごく奇跡に感謝してもう離れたくないよ離れられないよたっくんもう離さないよだってたっくん隣に居なくて独りで寝るのすごく寂しかったよ切なかったよ一日でも長く一緒にいたいよだってだってもうたっくんなしじゃ生きられないよ生きていけないよもう置いていかないでよ独りにしないでよたっくんわああああああああああああああああああああん》


 かつての思い人、いや、それどころじゃないか、一生添い遂げるつもりだった彼女の意識を持った女性が、俺の胸の中に飛び込んで、人目も気にせずに泣きじゃくっている。二十年の間付き合って、十年近く事実上同居していた俺でさえ目にすることがなかったほど、胸の内を隠すことなくさらけ出して。


 俺がどう過ごしてきたのか、を気にする余裕はなかった。それはもう、あふれ出る気持ちを流すばかりで。


 そこにいたのは、理知的なクーデレキャラではなく、ただただ、自分の思いを、一切の修飾なく、機関銃のようにぶつけてくる、一人の女性だった。


 彼女は、俺がいなくなった後も、ずっと、思い続けてくれていた。とてもうれしい。それは確かだ。男としてうれしいというのではなく、パートナーとしての絆を再確認できたことが、最高にうれしい。


 その一方で、強烈な罪悪感がわいてくる。


 この世界に転生したと自覚した俺は、彼女がいないことを知って、慌てふためいた。いや、そんな生やさしいものじゃなかったかもしれない。


 ひょっとすると、彼女もこの世界に転生しているのではないか。そんな希望を抱いた俺は、とにかく、あらゆるツテを使って、他に転生者がいないか、探そうと試みた。


 でも、なかなかうまくいかない。


 そういう存在が見つからない以前に、探せないのだ。人手という面でも、目標という面でも。


 単なる人捜しなら、砂漠で針を探すようなものであっても、根気よく続けることはできる。でも、転生者という条件が付くと、どう判別するのか以前に、探索者に対して、そういう存在を知ってもらう、認知させる必要がある。


 俺は異世界からの転生者だ、他に転生者の仲間がいないか捜してくれ、なんて。誰が信じる? 狂人扱いされるのがオチだ。


 それでも幼児の間なら、子供の妄想と片付けられるだろうけど、ある程度の年齢になれば、そんな世迷い言を口に出せるはずもない。


 俺にとって、自分が属する転生者というのは、アイデンティティの根幹をなすものだ。それでも、この世界、この社会で生きていく以上、そのルールに適合していかなくてはいけないから。


 そして、転生者探索を断念した時点で、彼女のこと、彼女とのことは、過去のものへと転化した、いや、させるように務めた。


 もちろん、忘れきることなんてできないし、一生ないだろう。


 俺だけに見せてくれた、あの笑顔。俺だけに語ってくれた、あの強い言葉。俺だけにさらしてくれた、あの柔肌。


 そして何より、世界で俺だけに向けてくれた、あの深い愛情。


 でも、それらが、あまりにも美しいものとしてのみ、頭に残るようになる。


 それはもう、当時の思いが姿を変えて、変質して、美しい思い出へと昇華した証だ。


 でも、今、目の前にいる彼女にとっては、俺の存在は、しばらく会えなかったとはいえ、今なお、最愛の男性なんだ。


 過去完了形と、現在形。


 そう思うと、申し訳なさに、胸が張り裂けそうになる。思い出へ、つまり過去のものへと、勝手に昇華してしまったことへの、罪悪感に。


 いいか悪いか、正しいか正しくないか、そういう問題ではない。


 俺と彼女との間で、思い合う気持ちに、ズレがあったのではないか。


 それなのに、彼女のことを思っていると、傲慢ごうまんにも思っていた、いや、思い込んでいたのではないか。


 俺は、どう対応すればいいのだろう。どんな言葉をかければいいのだろう。どうすれば彼女を満足させられるのだろう。


 どうしようもない迷いが、頭の中をぐるぐると、際限なく駆け巡る。


 体が動かない。


 わんわん泣き叫んでいる彼女と対照的に、冷静に振る舞っているように見えるかもしれないが、とんでもない。


 隣に座っているフリーデのことなど、顧みる余裕もなく。


 結局、胸の中で泣きじゃくる彼女を、引き剥がすこともできず、さりとて、抱きしめることもできず。ただぼうぜんと、その場に座っているしかなかった。


 そして。


 真っ赤な目、そこから下へ伸びる滴の痕、まだ治まらない涙声、それが心に刺さるけど、吹っ切れたような表情で語り出す彼女。


 ポンポンと、次から次へ、芋づる式に検討課題を引き出していく。


 次に、それらを解決するための条件を確認しながら、対応策の候補を並べていく。


 そして最後に、それらをまとめるため、前提を整理し、マイルストーンを設置し、そしてゴールを定める。


 決して、上流から下流へという方向にこだわらず、つながりがあるものをとにかく出せば、まずはそれでいい。アイデア出しに因果を求めると、想像の幅を狭める、だっけか。


 マインドマップを応用した、ゆっきー特有といっていい手法だ。その手際の良さに、思わず見惚れてしまう。


 それを見るに付け、うれしさと、罪悪感と、それに加えて、怒りがこみ上げてくる。


 彼女は、こんな世界に居るべき人間じゃない。自由な個人とか、社会的公正とか、公共とか、そういう概念が存在しないところに、居るべき人間じゃない。


 この世界は、お世辞にも明るい、暖かい世界じゃないから。


 光を消費するだけの俺とは違って、光を作り出せる彼女の居る場所じゃないから。


 そして、その光で、人を照らし、引き入れ、引き立て、輝かせるのは、前世の世界が一番だから。


 誰が、どうして、こんな場所に、彼女を引き寄せたのか。


 それも、他人の体に憑依させるような、中途半端な形で。


 かつて、自分が全身全霊で愛した彼女の、生き生きした姿を見て、そう思う。


 四の五の言わずに抱きしめてやるべきじゃないか、という心の声もあるけれど、それが、彼女を幸せにできるはずもない。


 どうにもできないもどかしさに、どんな顔を見せていたかわからない。


 それなら。


 この世界を、彼女が輝ける世界に塗り替えてしまうのも、また一興かもしれない。


 面白いじゃないか。


 転生後、一番心を揺り動かされた時間だった。


 その夜、ギルベルトが調べてくれた情報を知るまでは。

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