2-7.胸が痛んで嫉妬の念を抱きました
本編はやや短めです。純粋な感情描写が中心で、観察に基づく判断や、新しい情報の発見はほとんどありません。
「見苦しいことをしてしまい、大変失礼致しました……」
最敬礼の状態で、縮こまって体を固める。もう、こうするしかない。
だって、意識はどうあれ、体は、男爵家の娘。それが、侯爵家の跡取り息子に、それも婚約者の目の前で、抱きついて、頭を体に擦り付けるような姿勢で、ワンワン大声で泣きわめいたのだから。
どれぐらいの時間そうしていたのか、わたしにはわからないけれど、何秒かという単位ではなかったと思う。
わたしから見れば、我を忘れて理性を飛ばしてしまうのは仕方ない、いや、当然だと思う。でも、あの場面を第三者が見れば、どう思うか。考えるまでもない。
なお、トビアス様は、わたしがすすり泣きしている間に、隣のフリーデ様へ簡単に説明していたらしい。フリーデ様は穏やかに笑みを浮かべているけど、貴族サマの笑顔って、どう解釈したらいいのかわからない。気配を感じるとかそういうのではなく、内心が読めないこと自体が、怖い。
「いや、わたしの……いや、俺の方こそ、驚いたさ。そうか、ゆっきーが……懐かしいな」
懐かしい、か。
わたしの胸が、ズキリと痛む。
わたしの方では、たっくんの初七日がやっと明けたところ。彼が亡くなったことを受け止めることも、理解することもできていない。ただただ、葬儀を始めとしたいろいろな儀式、学校や役所などに対して行うさまざまな手続、そういったことを、頭を空っぽにした状態で進めていただけで、そもそも感情がどうのという状態じゃなかった。
懐かしいという感覚は、時間の経過によって、過去の記憶と現在の認識が段々別のものに分かれていき、その両者がリンクさせて生まれるものだ。
つまり、たっくん、いや、トビアスにとってわたしは、あくまでも、過去の存在ということになる。
わたしと彼の間に、大きな、そして深い、認識のずれが起きている。
そしてこれは、時間がたとうとも、埋まることはない。
こんなことは、わたしとたっくんが付き合ってかれこれ二十年、一度もなかったのに。
涙がこぼれていく。これは、例え擬似的にであれ再会できた喜びとは異なる、悔しさ、歯がゆさによるものだ。
「……はい、わたくしも、嬉しく思います」
「ああ、そのだな、他に人がいない時は、敬語とか、敬称とかは抜きで話してほしい。ゆっきー相手に、よそ行きの言葉は使いたくないから。どうかな、フリーデ、君も、彼女とそう対応してくるかな?」
「ええ、わかったわ」
思わず、歯がみしそうになるのを、頑張って止める。
たっくんの記憶があるトビアスと、フリーデは、これまでどのような付き合い方をしていたのかは知らないけれど、少なくとも、この世界で生まれ育っており、同じ世界に居て、それを疑いもなく受け入れている。当然だ。
でも、わたしは、その共通認識がない。従って、その関係の中に、割り込むことも、加わることもできない。それは、今後、トビアスとの関係がどうなろうと、変わることはない。
もどかしさが募る。
嫉妬といっていいのだろう。恋愛感情によるものではなく、生きし環境の歴史を共にできないことに起因する、嫉妬。わたし以外の者が、彼と共有していない時間を過ごしていたばかりか、時間の認識を同じくする“特権”を保有していることに対する、嫉妬。
だからこそ。
奇跡が発動して、会いたいという切なる望みがかなっても、さらに別の思いが頭をもたげるのは、自然なことだろう。
もっと、ずっと、これからも、たっくんと一緒に居たい、と。
いや、この世界では“たっくん”と一緒に居ることは不可能なのだから、転生したトビアスと、となるけど。
だから。
「うん、わたしもわかった。だから……提案なんだけど。これから、わたしが生き残るための戦術に、たっくん、いや、トビアスたちを巻き込んで、いいかな?」
こぼれそうになる涙を必死に飲み込みながら、わたしは、そう切り出した。




