2-6.涙の再会を果たしました
「同居、って、どういうことかな? 実は、レオノーラ嬢は別にいて、君は影武者ということかな」
それはそれで理屈は通るけど、ことここに至っては、真実を話すしかなさそうだ。
味方に巻き込めそうな、数少ないつながりを、絶つわけにはいかない。
「すべてお話しします。申し訳ございませんが、これからお話しすることは、ここにおいでの方々を除き、絶対に秘密とさせてくださいませ」
わたしの態度が真剣なものとわかったのだろう。三人は、顔を見合わせてからうなずく。
そして、少し待ってくれ、と言ったトビアス様が立ち上がり、部屋から出て、すぐに戻ってくる。
「使用人には、一時的に離れてもらった。これでもう、誰にも聞かれる心配はないから、安心してくれ」
「ありがとうございます。……これまでわたしがお話ししてきたことには、一点の偽りもございませんが、隠していたことがございます」
三人を一通り見渡す。特に目立った反応がないので、そのまま説明を続けることにする。
「昨日、わたくしがこの世界で意識を持ち始めて以降も、この体の持ち主であるレオノーラ嬢の自我は、わたくしのそれとは別に、残っております。睡眠状態になっている、といえば、わかりやすいかと。そして、わたくしの自我とレオノーラ嬢のそれは、完全に独立していて、わたくしの意識はこの体を自分だけで動かせます。恐らく、レオノーラ嬢が意識を持っている間は、この体を彼女が自分だけで動かしているものと思われます」
自我、という概念がどこまで彼らに通用するかはわからないけど、一応、それに該当する単語はあるようだ。元の世界では、単に一人称(das Ich)を示すのであれば古くから哲学上の主体概念として定着していたはずだけど、egoに相当する概念がフロイト以前からあったのかどうか、わたしは知らん。そもそも西洋哲学なんかまともに勉強してないしな! 自慢にもなんもならんけど。
医学用語の説明は、さすがに、日本語になる。この世界に当てはまる言葉がわからない、いや、そういう語彙の存在自体がわからない以上、これは勘弁してほしい。
「《二重人格というか、解離性同一性障害の状態だと思います》。そして、この状態は、人為的に発生させられた、と考えられます」
「人為的、という根拠は何かな?」
「本来、こういう精神障害が発生する場合、異世界からの召喚などということは、神経医学上考えられませんが、それ以上に、完全に独立している自我に対して、読み取り専用ながら、アクセスできるという点です。自我が眠っている間は何もわからないのですが、自我が起きている場合、眠っているもう一方の自我にある記憶を、読むことが可能なのです」
「ふむ、すると、君が持っているレオノーラ嬢に関する知識は、レオノーラ嬢自身が知識として蓄えたものを、君が読み取ることで把握したもの、ということでいいのかな」
「その認識で結構です。すなわち、わたくしは、“レオノーラ嬢の知識”のみを通じて、この世界の知識を知ってまいりました。町中に出て、いろいろな方と会話をして情報を集めようとしたのは、これが理由です」
「ああ、そうだったのか。道理で簡単に引っかかったと思った。てっきり、バックに怖いお兄さんでももげ」
ギルベルトが軽そうに語り出したが、トビアス様が裏拳で顔を軽くたたく。たぶん、重たくなってきた空気を和ませる目的だったと思うのだけど。まあ、育った環境が環境だったんで、怖いお兄さんには免疫あるけど。黒塗りスモークガラスの高級外車なんて、珍しくも何ともない場所だったからね。
「そして、重要なこととして、わたくしは、自分の意思と関係なく意識を失い、しばらくして、全く違う場所で意識を取り戻すことがございます。この間の記憶がまるでないことから、恐らく、レオノーラ嬢の意識が表に出ているのでしょう。そして、この意識の切り替えは、レオノーラ嬢が自分の意思で行うことができる一方、わたくしにはできないのです」
レオノーラが、ノートに“切り替えも問題なくできる”と書いていることが、決め手になる。
「何かしら、わたくしに接してほしくないものが近付くと、わたくしの意識を落とすのではないか、という仮説を立てております」
うん、これ以上は、レオノーラにはわからない形で話す必要があるね。
《ですから、彼女に理解できないようにコミュニケーションを取る場合、日本語を使うのが、唯一確実な手段だと思います》
「……なるほど」
日本語がわからないフリーデ様とギルベルトには、後ほど説明させていただくとしましょうか。
《秘匿すべき重要なポイントを、端的にお伝えします。レオノーラ嬢は、彼女の妹と、少なくとも大きく距離を置いているようで、わたくしと妹が接近するのを、強く警戒しております。妹については、あくまでもレオノーラ嬢の知識ベースですと、実父から溺愛されていて、レオノーラ嬢からいろいろなものを奪いたがる悪女のようですが、検証に値する情報がないため、鵜呑みにはできないかと》
イザベラの名前は出さず、単純に、妹、としておこう。聞き慣れた固有名詞が入れば、かえって耳に残るものだからね。
《ふむ。実は、妹君は、高度な判断力と洞察力を備えた、非常に優秀な女性だということなのでね。いや、わたしは直接会ったことはないのだが、フリーデがそのように評価していて。それで、わたしも目を付けていたのだが、君の評価とは随分印象が違うな。それに、何もつかませてくれないのだが、表に出さない力を持っているから、それを恐れているのかもしれないね》
うん?
レオノーラの対応から判断すると、違和感のある言葉が出てきた。
そして、イザベラを高く評価しているのは、フリーデだと。
《いえ、レオノーラ嬢は、妹を恐れているわけではなく、単に疎んじているだけのようです。また、妹が持っている力なるものも、把握している様子はありません》
えっと、あと、聞いておくべきことがあるね。
《ところで、つかませてくれない、とのお話でしたが》
《侯爵家にも、それなりの情報収集組織があるからね。彼らでも、つかめない、ということさ》
《零細男爵家……つかませない……情報収集を無力化する力……まさか、有力貴族家程度では手を出せないような後ろ盾があって、その力を元にしている、か。後ろ盾は表に出られない事情があるということは、妹は、自分で判断ないし指揮できるかどうかは別として、その手先になっている。後ろ盾の正体を探るのが難しいとなると、イザベラ嬢が何を求めて、どのような行動を取るかを知ることが重要。……そのあたりの情報は、得られていますか?》
トビアス様は、一瞬考えるそぶりを見せてから、わたしに向けて手のひらを向け、続いて脇の二人を引き寄せて、小声で話す。これまでの問答を、現地語で説明しているのだろう。通常の声では、わたしの中にいるレオノーラに感知される可能性があるから。
二言三言、フリーデ様と言葉を交わしてから、再びわたしに向き合う。
《残念ながら、全くわからない。そもそも、父親以外の彼女の係累自体、さっぱりわからないのだ。実母が居たことは確実だが、その人物の正体も不明。母親の背景に何かがあるかと思うけれど、それも、仮説以前の無責任な推測に過ぎないね》
《レオノーラ嬢の視点からは、妹が彼女を徹底的に邪険にしているとのことです。つまり、妹は姉とは全く異なるアプローチで、何らかの動きをしていると見ていいかと。個人的には、姉妹のコミュニケーションを取らせて、目標や方向性を確認させられれば、双方共に得るものが大きいと思うのですが……》
《妹君はともかく、レオノーラ嬢側が、かたくなになっているという訳か》
《はい。特に、六日後に婚約破棄がなされるということで、雑音を入れたくないのでしょう。わたくしを動かしているのも、わたくしが情報収集に努めているからで、その後は、わたくしの判断力や観察力を“使う”ことを考えているのかな、と。わたくしを召喚したのも、それが目的ではと思料しています》
トビアス様は、再び考えるそぶりを見せて、今度はギルベルトに対してだけ、伝える。
「ギルト、当屋敷の書庫に、召喚術を含む、呪術に関する書物がいくつかあったはずだから、それを出してくれ。期限は今日中。レオノーラ嬢が召喚を行った効果と狙いを探り、その他に行使する可能性がある呪術を調べるのが目的だ」
はい、と頭を下げて、ギルベルトが出て行く。ふむ、大貴族ともなれば、王都屋敷にもそれなりの書籍を集めているのか。
「興味深い話、感謝する。カウフマン家当主代行として、約束しよう。エグナー家が、合理的な手法で、理性的な戦術を採って、将来的に穏当な結末へ向かうなら、一般的に理解できる範囲内で、当家は貴家をに力添えをする用意がある、と」
用意止まりかよ。前向きに対処するとかいうのと同レベルやんけ。何の言質も取れやしない。ここまできたなら、敵に回らない程度じゃなくて、援軍になってほしいのだけど。
「痛み入ります。わたくしの困難な状況に対して、一方的にご協力いただいているような気もするのですが」
「そんなことはないさ。君たちの動き次第で、諸状況が大きく動くのは間違いないし、それによって当家が目指す方向も変わるからね。まあ、当家の目指すところについては、話せないけれど」
そりゃそうだけど。正直にぶっちゃけてくれる程度の信用は得られた、と考えておこうか。
その後は、ある意味、身内の恥的なことも明かしていく。信じられない額の借金とか、使用人が二人という惨状とか。
「そのような状況で、どうして王太子殿下にこだわっておられるのでしょうか?」
「わたくしも知りたいです……わたくしなら、一日も早く、夜逃げを選択するのですが。今となっては、正直な所、手詰まりです」
フリーデ様の言葉には、そう返すしかない。この借金さえなければ、協力要請でなく、彼らに直接保護を求めることもできただろうに。頭痛い。
「エグナー男爵家一族の方向がある程度統一されているのであれば、カウフマン家様にご支援をお願いするところなのですが、恥ずかしながら、当主に当事者能力があるように見えず、姉妹間の調整ができず、そもそもわたくし自身、レオノーラ嬢の目指すところをつかみかねているのです。こういう状況ですので、多くは望んでおりません。姉妹が一週間先の婚約破棄宣言を乗り切り、生き延びられる環境を確保するのが、当面の目標と考えております」
「ふむ。しかし、君……いや、いつまでも“君”呼びもよくないか。名前は何というのかな?」
「レオノーラ嬢でない方のわたくしにつきましては、名前というものはございません。そもそも、わたくしの人格をレオノーラ嬢と別個のものとご存じなのは、お三方だけでございますので」
「それなら、召喚前の名前でもいいのだが」
「はい、森有希江と申します」
元の世界での名前を出した途端、トビアス様が明らかに顔色を変えて、ガタッ、と立ち上がる。これまでの冷静な表情を、すべてかなぐり捨てたかのように。
「あ、あの?」
「き、君、は……ゆっきー、なの、か……?」
わたしの名前は、いろいろな呼ばれ方をしていた。ゆきちゃん、ゆーき、ゆっきん、ゆきたん、その他いろいろ。
でも、ゆっきー、と呼んでいたのは、一人だけだった。いや、わたしが、その呼び方を使う事を、他の人に許さなかったから。そう呼ぶのを認めていたのは、彼、ただ一人だけだったから。
「たっ……くん……?」
次の瞬間。
わたしは、目の前にあるテーブルを踏み越えて、彼の胸に飛び込んでいた。
サブタイトル自体がネタバレになっていますが、ここは他の表現を使うべきではないでしょう。
勘違いオチはありません。彼らの正体は、本文で書かれているとおりです。




