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2-5.日本からの転生者にお会いしました

 この男は、わたしに、日本人だった記憶があるということを、見抜いた。


 いや、確かにさっきのお辞儀は、明らかに日本人のそれだし、元の世界では、日本人はおろか外国人の間でも、ジャパニーズ・オジギは結構知られている。外国人留学生に、あ、シャザイカイケンだ、ドゲザとどう使い分けるの、って言われて、説明に窮して頭を抱えたことを思い出す。


 つまり、目の前に居るトビアス様は、日本人の振る舞いを知っている、ということか。


「それに、悪いけど、さっきの独り言、丸聞こえだったからね。《泉ピン子にサントリー、懐かしいな》」


「な!」


 彼の口から、正真正銘の日本語が出る。聞き間違えるはずもない。


 “やってみなはれ”をサントリーという企業に結びつけることもさることながら、“おんなは度胸”から泉ピン子を連想できるというのは、平成初期に日本で生きていた記憶があることの証拠だ。


 そして、彼自身が、それを隠さずに、むしろわたしに対して、積極的にそう伝えている。その意味は。


「トビアス様は……転生者、あるいは、被召喚者、でしょうか」


「うん、話が早いね。わたしは、転生者なんだよ」


 転生者。うん、これも、ラノベやネット小説では定番中の定番だったね。


 リアル世界で生きていた人間が亡くなり(なぜか、ほとんどの場合は突発的な事故死で、トラックにはねられるのが三分の二以上だったか)、異世界で生まれ変わりながら、比較的早いタイミングで前世の記憶を取り戻す、というもの。もっとも、記憶を取り戻すタイミングはいろいろあるようで、幼児期に自覚するケースが多いけど、ある程度大きくなってからということもあるし、中には処刑される直前なんていう、悲惨極まるものもあった記憶が。


「つまり、平成期に日本人として生き、その後に転生されたわけですか」


「そういうことだ。そして、これについて知っているのは、隣に居る二人だけ。そして、今、君が加わった」


 手の内をある程度先に出して、こちらの話を引き出させる。貴族としての地位もさることながら、よろしくない意味で注目を浴びているわたしの、いわば弱みをつかんだことを示したうえで、さらに情報を出させるか。


 なかなか嫌らしい、しかし有効な方法だ。その手に乗るのはいささかシャクだが、侯爵家を引き込めることのメリットは、何よりも大きい。


 窮鳥懐に入れば猟師も殺さずというし、覚悟を決めよう。


 しかし、日本人の記憶があったという割には、反応がドライだな。前世の記憶はすでに過去のものとして片付けていて、思い出のかなたに追いやっているということか。新しい世界で成人すれば、そうなるのかもしれない。そういえば、ラノベやネット小説でも、元の世界を回想するというものはあまりなかった気がする。


 今の体の中にいる自分がどういう者か、説明しようとすると。


「第二段階の自己紹介は後回しにして、ひとまず、君に来てもらった理由について説明するね」


 機先を制されてしまった。いや、別に、ここで主導権を握る必要はないんだけど。当面のミッションは、目の前の貴族様に対して味方についてもらうこと。自分の思うように動いてもらったり、自分が希望するものを提供してもらったりすることは次の段階のことで、まずは友好的な関係を築く方が大事なのだから。


「当家では、枠にとらわれない、多様な人材を積極的に求めていてね。文官や軍人になれる人材なら、待遇次第でどうにでもなるけど、そういう枠にはまらない者が欲しいんだ。それで、ギルベルトが面白い人がいるよ、と言ってきたわけだ」


「あら、ギルベルト様は、人材獲得を目的として、女の子に声を掛けておられたわけですわね。趣味と実益を兼ねて」


 口に手を当てて、ニヤリとしてやる。あ、目が泳いでいるな、このナンパ野郎。


 トビアス様は、一瞬彼のことをジト目で見てから、わたしに視線を戻す。


「ところで、レオノーラ嬢については、いろいろな話題に上っている。それは、大なり小なり“君”の耳にも入っているだろう。心当たりがあることもあれば、ないこともあると思う。その詳細についても興味があるけれど、それ以上に気になるのが、以前君を見た時と、ギルベルトが話していた印象とが、全く違うことだ」


 そりゃ、トビアス様が見たというレオノーラと、ギルベルトが話したわたしとは、別人格だから、違いもあるでしょうよ。


 でも。


「失礼ながら、お目にかかったこと、ございましたかしら」


「ああ、直接あいさつしたことはないんだけどね。二か月前、宮中で晩さん会があっただろう。あの時のレオノーラ嬢の印象が、なかなか強烈だったから」


 あんた、何をやらかしたんだよ。こりゃ、女の秘密で押し切るのは無理だろうな。


 でも、二重人格なんていうことを説明すると、めんどくさいな。目の前に居るトビアス様単独ならまだしも、三人同時となると、どういう反応が起きるか、読めない。


 もともと、わたしに日本人だった記憶があることを自爆的に示してしまった時点で、方向転換は必須になっているんだけどね。


「さようでしたか。実は、わたくしが日本人だった記憶を取り戻したのは、つい昨日朝のことでございまして。そのため、一昨日以前での立ち居振る舞いですとか、この世界の状況ですとか、何もわからない、生まれたての赤子のようなありさまです」


「なるほど……」


 トビアス様は、握った手を顎に当てて、少し考えている様子。


 間違ったことを言ってはいない。しかし、現世における過去の記憶が曖昧、と取れる表現を使った方が、不自然な言動や行動への理由付けとして無難だね。レオノーラについて、知らない事が多いのも、説明がつくし。


「いや、晩さん会でのレオノーラ嬢は、男女問わず、誰にも近付かせないような、怖い雰囲気でね。ただ、話し相手にしても、身分があまり高くはない、でも、優秀で将来性があると言われている人に絞って、少しずつ声を掛けていたのが印象に残っていて。王太子殿下の愛人とうわさされているのに、高位の王族や貴族を気にするそぶりもなくてね」


「そんな、悪目立ちするようなことを……」


「露悪的というより、信念に基づいて行動しているようにも見えたね。でも、自分が注目を浴びていることを気にしていなかったようだから、特定の対象だけに目を向けるタイプで、初対面の相手と冷静に話せるとは思えなかったんだよ」


 猪突猛進娘か。うわー、話合わなさそー。それ以前に、どっちが悪役令嬢だよ。


 でもまあ、この際だから、貴族世界でレオノーラがどういう目で見られているか、聞いておこうか。真偽は二の次、どのように評価されているかは、生き延びるうえで大事なことだ。


「言い逃れのようになりますが、晩さん会での事を含めまして、何も覚えておりませんので……そうですわね、わたくしという者は、この世界におきまして、どのように評価されておりますのでしょうか」


 トビアス様とフリーデ様は、ちょっと困ったような表情になって、顔を見合わせる。そりゃ、当人?を前にして、うわさ話のようなことは口にしたくないだろう。ギルベルトはまだそういう世界に入っていないのだろうか、特に態度に変わりはない。


「それでは、失礼ながら、申し上げますわ」


 フリーデ様が、意を決したように口を開ける。


 いわく。王太子殿下に色目を使う。自分が王太子婚約者のレベッカ・ハーマン嬢からいじめられていると殿下に告げ口する。学園では教師の弱みを握って無理やり点数を上げ、通用しなくなると退学。親切にもいろいろ忠告してくれた人には、王太子殿下に密告して捕縛させる。夜な夜ないろいろな男と寝床を共にする。エトセトラ。


「……我ながら、おぞましい……」


 偽りなき本心。いや、他にどういう感想を抱けというのだ。少年は大志を抱き、少女は大愚に陥る。何だそれ。


 もっとも、二番目以降は、第三者が直接目撃したり確認したりした例はないので、根も葉もないものだと思いますよ、と、フリーデ様がフォローしてくれるが、それでもへこむわ。


「そんな状態で、殿下の愛人なんて立場では、国中を敵に回しますと宣言しているようなものですわね……」


 疲れた。どっと疲れた。


 そして、どっと疲れると、判断力が低下して、注意力も低下して、いらんことを口走るもので。


《わたし、どうしてこんな娘と同居することになったの? 何か悪いことした?》


《……同居?……》


 あ、やべ。

本項に限らず、当作品に出てくる「日本人」等の表現は、居住地、民族、言語、国籍等で規定されるものではありません。ゆるめに受け止めてください。

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