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2-4.ナンパ男のお屋敷にお邪魔しました

 とんでもないことを言い出したよ、このナンパ男。


「お断りします」


 いきなり交際を申し込まれても、こう答えるしかないわ。鏡を見てから言いやがれ、とか口にしなかった程度には、冷静だったと思う。


 一応、ナンパされたことも、口説かれたことも、それなりにあるよ。その都度袖にしていたから、こういう時の対応はスムーズにできるのだ。


 だいたいこの体は、わたしのものじゃないしね。いや、共有物なのか。一部占有なのか。この世界で、身体はどう扱われるんだろうか。いや、身体が動産って。そもそも民法って存在しているのか。いや、だから、そうじゃない。


「あはっ、ごめんごめん、そうじゃなくて。ボクに付き合って来てほしいところがある。ボクが住んでいる屋敷に行って、そこの主人と対話をしてほしい。……これならどう?」


 言ってること、まるで違うやん。さすが、平気な顔でナンパしてきただけのことはある。


「……そういうことなら、考えなくもないけど。そもそも、お屋敷って、どこ? それに、最低でも正しい身元を教えてくれないと、付いてなんか行けないけど」


「それもそうだね。ボクは、ギルベルト・カウフマン、ビルジー侯爵家当主の次男。目的は、ビルジー侯爵家王都屋敷さ」


「侯爵家!?」


 わふぁっ。昨日、有力貴族のコネがないと先が詰まってる、という結論に達したばかりなのに、ここでつなぎができた。


《願ったり叶ったり、渡りに船、地獄に仏じゃん。やったね》


「え?」


 あ、やべ。思わず口から日本語が出てしまった。反省。


「いえいえ、それなら、お邪魔させていただくわ。本来なら、わたしも本名を名乗るべきなのだけど、ちょっとこの場で明かすのは、問題があるので、到着後でよろしいかしら」


「もちろん」


 ナンパ男、もとい、ビルジー侯爵家令息の後について、屋敷へと向かう。


「このように、馬車を使わずに、町中を歩いておられますの?」


「今さら敬語を使わなくていいから。まあ、この区画については、別に治安が悪いわけでもないし、清掃も行き届いているから、普通に歩けるしね。ボクも一応、キミと自分の身を守れるぐらいの腕はあるよ」


 武闘派という自覚をお持ちのようで。でも、今の言葉、裏を返すと、王都の多くの区画は治安が悪く、清掃も行き届いておらず、普通には歩けないということか。二日続けて無警戒にのこのこ出かけて、何も起きなかったのは、ラッキーだったのかも。もっとも、手持ちの情報が皆無の状況だったから、外出しないという選択肢はあり得なかったけど。


 で、その屋敷の前に着いたわけだけど。


「……すっごい……」


 絶句したよ。


 何てったって、そのスケール感。レオノーラが住んでいるドゥルケン男爵家邸を基準にすると、その数倍の横幅、数倍の奥行きがある。


 ビルジー侯爵家は、地方に領地を持つ領地貴族。つまり、目の前に存在している邸宅は、あくまでも別邸に過ぎない。それなのに、王都にしか屋敷のない法服貴族のドゥルケン男爵家の屋し……いや、家とは、用途がまるで違うように思える。ウチが屋敷なら、こっちは迎賓館だ。


 しかも、外からも見える前庭には、きれいに剪定せんていされた低木、端正に整えられた花壇、ゆったりと水の流れる池。


 こんなのを目にすると、同じ貴族といっても、天と地の差があることを実感する。その差は、恐らく、経済的理由だけによるものじゃないだろう。


「あはは、見かけ倒しだよ。侯爵なんて称号を持ってると、それに応じた規模の屋敷にしなきゃいけなくてね。こんなの、手入れに時間も人手もいるし、持て余し気味だよ」


 ギルベルトが苦笑して話す。本音なのだろう。


 そういえば、日本でも、家格によって武家屋敷の玄関を変えなくちゃいけなかったしね。異世界でも同じようなものか。リアル中世ヨーロッパではどうだったのか、知らんけど。


 本来なら正門から入るんだけど、正式のお客様というわけじゃないし、大ごとにしたくないから、申し訳ないけれど、ということで、通用門から入る。これも、いったん正門にいた門衛に話をして、使用人が屋敷に駆けて、そこから別の人が通用門へ移動するという流れのようで、この間、十五分ほどかかっている。まあ、これぐらい慎重にするのが当然だよね。


 ちなみにエグナー家では、そもそも門衛がいないし、使用人が二人だよ。だから、奥向き担当が一人、何かあったら対応できる表向き担当が一人で、ローテをくんで入れ替わってる。一方が休んだ場合は、奥向きは誰もいないから、洗濯とかはなし、食事もまともなのは朝だけになったりする。人手不足というより、給与にするための資金不足やね。エグナー家一同、さっさと夜逃げしなきゃまずいでしょうに、それさえできないのが、あの義父なのか。


 そういう、どうしようもないことを考えながら、お屋敷へと案内される。


 うわあ、高い天井に赤絨毯。ファンタジー世界での貴族邸宅らしいもの、初めて見たよ。赤じゅうたんなんか、大学の中央図書館以来じゃなかろうか。


 あからさまにキョロキョロするのは、さすがに控えたけど、目があちこちに向いてしまうのは避けられない。


 応接室というより、会議室みたいな広さの部屋に案内されると、ちょっと待っててね、と、ギルベルトが出て行ってしまう。主人とやらを呼びに行ったのだろう。


 部屋の中には、わたしと、この屋敷に勤めるメイドさんが一人。教育が行き届いているのだろう、しっかりと背を伸ばして、身じろぎもしない。


 ところで、領主貴族の主人は、基本的に領地に居るはず。そもそも、当主本人であれば、当主とはっきりいうはず。そこで“主人”といったということは、屋敷を実質的に仕切っている者か、ギルベルト個人の主人か。しかし、ギルベルトは当主の次男と言っていたから、当主以外の“主人”なんかいないだろう。つまり、前者と見てよい。嫡子か、あるいは分家筋の親族か。


《あいさつとか、どうやったらいいんだろう》


 いや、無理。今からあれこれ考えても、無理なものは無理。礼儀作法といわれても、知らないものはどうしようもない。いや、立礼式の茶席に出る直前、作法をにわか勉強したことはあるけど、そんな経験は何の役にも立たんわ。


 上級貴族とどうこうと考えていたのに、話し方一つも対策を取らなかったとは、不覚。だからといって、学ぶ方法や時間があったかどうか、怪しいものだけど。


 もうどうにでもなれ、腹をくくろう。出たとこ勝負じゃ。


《おんなは度胸、好きな言葉はやってみなはれ、座右の銘は進取果敢!》


「お待たせしました」


 ひええっ、急に来たよ。いや、ドアがソファのすぐ後ろにあって、私からは背面になるので、気付かなかったよ。というか、ドアを開け放しにしていたのか。


 そして、入ってきた三人が、わたしから見て、テーブルの反対側のソファに、腰を下ろす。


 いかにも、貴族様然という格好をした男女で、みんな若い。


 先頭を歩くのが、ギルベルト。


 彼に続いて、恐らく十代後半の男性。ギルベルトより年上なのは確実だ。中肉中背、どことなくつかみ所のなさそうな、それでいて、いろいろなことを見通しているという、自信があるようだ。


 最後に、いいところのお嬢様然とした、こちらも十代後半の女性。ふわっとした柔らかい見た目だが、目の奥に、好奇心と警戒心が重なっているように思える。わたしは、人を見る目力なんてないけど、このお嬢さんは、どことなく“怖さ”を感じる。恐ろしさではない。わたしとはベクトルが違うようだけど、どことなく通じるところがありそうな。


 それはさておき、この三人と、テーブルを挟んで、わたしが座ることになる。


 わたし、採用面接を受けに来た覚えはないんですけど。自己紹介と自己PRとか必要ですか? いや、自己紹介は何とかなるとして、自己PRとかどうしたらよかですか? しきらんっちゃ! いや、わたし、九州出身じゃないんだけどね。


 テンパっているうちに、向こうさんが話しかけてくる。


「急に来てもらって、悪かったね。わたしは、トビアス・カウフマン。ビルジー侯爵家の長男で、ここ王都屋敷で侯爵家の当主代理を務めている」


 当主代理ということは、次期当主ということね。まだ若いけど、けっこう偉いというか、ある程度決定権を与えられているんだろうな。日本の江戸時代でいえば、嫡男が江戸家老を勤めているような感じか。


「わたくしは、フリーデ・クラウスナーと申します。デリンジャー伯爵家の長女で、トビアス様の婚約者という立場です。本日は、たまたまこちらへうかがったところ、面白いお話をお聞かせ頂けるかもしれないとのことですので、失礼ながら同席させていただきました」


 面白い話、ねえ。興味深いかもしれないけど、愉快な話じゃないよ、きっと。


「改めて。ボクは、ギルベルト・カウフマン、当家次男」


 さて、どうあいさつしたらいいものやら。とんとわからないけど、ええままよ、ここは日本式でいったれ。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。わたくしは、ドゥルケン男爵家長女、レオノーラ・エグナーにございます。以後、お見知りおきいただければ、幸いでございます」


 ぺこりとお辞儀。うん、どこからどうみても、立派なジャパニーズ・オジギだ。妙な顔をされるのは織り込み済みだ。


 そう思ったのだけど、わたしの正面に居るトビアス様だけが、少し硬い表情になっている。


 いや、ここの世界基準では、珍妙な挨拶なのは覚悟してるよ? でも、あからさまに失礼というわけではないよね?


 そして、トビアス様の口から出た言葉は、思いがけないものだった。


「うん、これで確定か。君は……日本人だった記憶があるのだな」

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