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2-3.ナンパ男とお茶しました

 この世界でも、あちらと全く同じパターンのテンプレ的なナンパがあるんやな、と妙なところで感心する。見た目にも、いかにもチャラ男っぽいし。


 普段なら、鏡を見てからおいでなさい、とでも言うところだけど、今日はちょいと事情が違う。何せ、屋敷を出てからこのかた、何の収穫もないのだから。せっかく話し相手ができたのだから、この機会を逃してはいけない。骨の髄まで話のネタを吸い取って差し上げますですよ、くっくっく。


 いやいや、ここで相手を警戒させてはいかん。


「あら、魅力的なお誘いね。ええ、わたしも、ちょっと時間を持て余してしまって。あちらのオープンカフェ、いかがですか?」


 相手に店を指定させるのは、危険だ。声を掛けた奴が、悪徳店員とグルになって、外道なことをやる可能性がある。某胡椒昼食事件の被害者にはなりたくない。


 オープンカフェなら、最悪の場合でも、道路に転がり出て、きゃー、さらわれるー、おかされるー、とでも叫べば、手荒なことはすまい。逆ギレからぶん殴られるコースぐらいはあるかもだけど、拉致されることはまあなかろう。


「おっ、センスいーねー! ここ、コーヒーがおいしんだよ」


 あら、この世界にはコーヒーがあるのか。昨日は気色悪い物を注文してしまい、つくづく後悔したのだけど、コーヒーなら大ハズレはなさそうだ。


 どうでもいいけど、フッ、と声を抜いて、わざとらしく髪をかきあげるの、正直キモい。わんこやにゃんこをモフるのはすごく魅力的だけど、あいにく、男の髪の毛には、あまり引かれないんだわ。


 あ、考えてみれば、わたし、たっくん以外の異性と、ろくに話したことなかった。大学では、会話の輪の中にはほぼ必ず女子が混ざっていたし、そもそもわたしが彼氏持ちで既婚同然と知れ渡っていたから、誰も声を掛けてこなかった。


 わたしに魅力がなかったわけではない。魅力のない女なんかじゃないからね。断じて、違うからね、違うんだからねっ! はあはあ。


「あの、怖い顔してるけど、大丈夫?」


「あ、ごめんなさい。その、家族以外の男の人とお話しすること、ほとんどありませんので」


 たっくんは家族枠だから、嘘は言ってないよね。大学のクラスメートとか先輩とか教官とか……いかん、顔が浮かばんわ。ディベートや発表の場なんかだと、相手は地蔵と思ってたしな。


「そっか。僕もいきなり声を掛けて、悪かったね。っと、ここの席でいいな」


 丁寧に椅子を引いて、座らせてくれる。ふむ、第一印象は悪くない。


 ま、わたしの男に対する眼力なんて、まったくアテにならない。なにせ、経験値ゼロですから、それ自体は恥でも何でもないけれど、こういう時はいささか困る。


 ここはひとまず、地方から来た世間知らずの商隊の娘、ってことにでもしとこう。田舎者、それでいて情報収集に熱心、という特徴と符合するしね。


「ありがとう。わたしこそ、退屈なことしか、お話しできないと思うけど……こんな、都会の方とは、違うから」


 そこからは、話を作るのが、まあ大変なこと、大変なこと。


 なにせ、この世界における、王都外のことなんか、何も知らない。唯一知っているのは、昨日、果物屋さんから聞いた、盗賊の増加で流通がまひしている、ということぐらい。


 苦し紛れになるけど、わたしの本拠地は王領内の片田舎の町、ということにした。日本の江戸時代でいえば、天領ね。貴族の領地だと、地域による違いが大きいだろうし、バレるのが目に見えている。


 それでも、なるべく取り繕っていない“ふり”をしつつ、しかし、所々で世間知らずさをちょっと出す。自己暗示を重ねていけば、何とか格好がつく。


 ただし、わたしはそれほど腹芸が得意なわけじゃない。論理で攻めて、感情で押していくこと自体はそれなりにできると思う。でも、言語以外の要素、具体的には表情や身振りを含めてのコミュニケーションには、あmり自信がない。


 だから、相手が聡いと、わたしが異常な存在だと気付かれるかもしれない。でも、それは防ぎようがないのだと、あらかじめ割り切っておこう。防ぐことができると言えるほど、わたしはこの世界に適応していないから。


 毒にも薬にもならない話を続けていったけど、そろそろ頃合いかな、と、王都、いや、王宮のことについて、話を振ってみる。


「そういえば、もうすぐ、王子様の婚約披露宴なんでしょ? 婚約者様、どんな服を着るんだろう? 憧れちゃうなあ」


「うーん、だけどね、披露宴、なくなるって話だよ」


「あれ、そうなの? お病気とか?」


「いや、婚約者様以外で、王太子殿下がお気に入りの女性がいるようでね。お気に入りというか、執着しているみたいなんだけど。それで、婚約者をそっちの女性へ切り替える予定で進んでいるらしくて」


「はあ!?」


 この反応はごく普通だろう。“婚約者を切り替える”ということ、王太子という身分で気軽にそんなことを試みることを知れば、どんな人だって驚く。わたしにとっては、一応既知ではあるけど。


 それより、“予定”という表現に驚く。見通しじゃなく、予定というからには、婚約破棄という愚にもつかぬ儀式は確定事項であり、その準備が粛々と進んでいるということだ。


「え、えっと。あの、ありえない」


「うん、そう思うよね。でも、うわさレベルじゃなくてさ、王都に居る人はみんな知ってるよ」


「それ、婚約者様も?」


「王都民が知ってるんだから、少なくとも家の人は確実に知ってるだろうね。家の中で、お嬢様に知らせてはいけない、ってやってるかもしれないけど」


「うわあ……え? でも、それって、かなりゴリ押し系の話よね? そういうのって普通、情報を表に出さないように細心の注意を払って、当日までひた隠しに隠すものでしょ? どうして、そんな情報を、庶民にまで広めるのかしら」


 人さし指を唇に当てて、目を少し細めながら、考える。


「そもそも、情報を広めるとなれば、王子のお気に入り女性が新しい婚約者になることについて、時間的猶予を持たせつつ、その正当性をアピールするのが最大の目的。その場合は、新婚約者のプラス面と、現婚約者のマイナス面を、比較対象としてわかりやすく見せる。でも、新婚約者側は現婚約者から強引に地位を奪う立場だから、プラス面のアピールは困難。そうなると、現婚約者のマイナス面強調が本命ね。現婚約者本人が個人として及ぼす政治的社会的影響がどの程度あるかはわからないけど、その実家にさまざまな影響力があれば、王子というか政権中枢側から見て、その影響力を排除して失脚させるというのが狙いかな。その家が報復行動に出る可能性もあるけど、逆に、それを口実に逆制圧させられるとも考えられるか」


 鎌倉時代に、有力御家人が次々つぶされていったパターンかも。


「そうすると、婚約者チェンジなんて言い出したのは王子本人としても、それを利用して策動しているのは、単純に考えれば、現婚約者実家が失脚して得をする家か。現婚約者個人を欲しがる者がいることもあり得るけど、そういう者が強引な策に関与できるとは思えない。つまり、現状で見ると、現婚約者の実家が取っていた施策や、その家と関係の深い集団と離れた政策志向が優勢。……うん、現婚約者実家の立場を調べて、逆張りするのがいいってことね」


 婚約破棄という部分に注目するのではなく、その後の影響に注意があるような口ぶりにしておく。商隊の娘という設定だしね。


「だけど、今進んでいる減税路線が進めば、治安悪化だけじゃなくて需要が減退して物価も下落、消費は大幅に低下か。一時的には買い付け先として有利かもだけど、商工業共に資金繰りが難しくなって、取引先がどこまでもつか。こりゃ、王都からは撤退する方向がいいのかなあ」


「……へえ。よく考えてるんだね」


「まあ、このぐらいの年齢になれば、そりゃ、将来予測ぐらいは」


「いや、普通の商隊ぐらいじゃ、そんな予測なんて立てないよ。実際に、売上が減ったのが数字に出てきたり、人の動きがおかしくなったり、そういうのを知ってから動くんじゃないかな。王宮なんかの動きから商売の先を読むなんて、かなりの大商人じゃないと無理だけど。ひょっとして、かなりいいトコのお嬢様、とか?」


「ご想像にお任せします。秘密を抱えている方が、オンナは美しくなるものなのよ」


 ……あ、いけね……


「ど、どうしたの?」


「ううん、ゴミに目が入っただけ。や、違くて」


 混乱してしまった。


 しかし、まいったなあ。まだ高校生の頃、たっくんのことを友人に聞かれた時、だいたいこんな風にしてはぐらかしていたんだけど、そのセリフが無意識のうちに出てしまって。そしたら、ポロリと。


「ごめんなさい、心配かけちゃって……アナタが悪いわけじゃないから、気にしないで」


「でも」


「こらこら、オトコがいつまでも引っ張らない! 気にしないでといったら、そうだね、と答えとけばいいの!」


 目の前の男が、心配した顔でわたしを見てくる。特に下心などはないようで、素直に気に掛けてくれただけのようだ。ここで、疲れたならちょっとこちらで休もうか、なんて言い出したら、張り手を食らわすところだけど。


「……わかった。でも、キミ、あんまり男慣れしていないようだし、無理があるんなら、素直に言ってよ」


「ご心配どうも」


 男慣れしてない、って。いや、そうなんだけど、バッサリ言われると、それはそれでちょっとムカつく。事実ではあるけどさ。


「まあ、そういうわけで、王都民はみんな、戸惑っているわけさ。王太子殿下は何をなさりたいのか、って」


「そうよね。今から婚約者を替えるなんてことをして、王族の権威が上がるはずないわよね。むしろ、旧婚約者への同情が集まるでしょう。それに、単純に国内だけだったら、主要貴族を押さえておけばいいと思いがちだけど、実際には上から下までさまざまな利害関係者がいるし、外国の行動だって無視できない。最高権力者なら、それらを全てではないにせよ、ある程度見通して、起こりうる可能性を検討して行動すべきなのに、ね」


「起こりうる、可能性?」


「そう。排除される側にどのような集団がいるか、その行為によってその集団がどのように動くか、それだけでも、事前に考えておくべき事はたくさんあるわ。別に、あらゆる事態に備えておく必要はないし、そんなことは無理だけど、可能性が高い場合の結果、最悪の場合の結果ぐらいは考えておいて、その場合の対処法程度は用意しておくべきでしょ。最低でも、金と人をしっかり確保して」


「……」


「だいたい、“現体制を前提とした最高権力者になる”と“王族と貴族の力関係を根本的に変革させる”なんて矛盾した命題を、同時に実行するなんて。現王政と貴族を全部いったんぶっ壊して、新規まき直しにでもしない限り、不可能でしょ。しかも、婚約者という一人の女性を狙い撃ちにするみたいな格好で。国威高揚ならぬ国威沈静でしょう、王権弱体化への第一歩じゃない……いや、周縁貴族による“静かな反乱”という線も……いやいや、ここまでくると、陰謀論のレベルになるか」


 気が付くと、ここまでわたしが一方的に話していた。目の前の男が、わたしの顔をじっと見ている。興味深い話を聞いている、という顔だ。オトコ経験値ゼロのわたしでも、オンナを見る目じゃないことぐらいはわかる。


「……えっと、何かな?」


「いや、キミの考え、ボクにはとても思い付かない発想が続いて、面白くて。でも、婚約を破棄されようとしている現婚約者について、何の落ち度もない被害者ということを前提に話しているのが、気に掛かってね」


 げ、やっちまったい。


 レオノーラに非があるかないかはともかく、レベッカ嬢に問題がある可能性は低いと見ているけど、その根拠はあまり強いものじゃないし、そもそも被召喚者レオノーラの知識について、他人に説明することはできない。


「だって、一人の女として、そんな理由での婚約破棄なんて、あり得ないから。もちろん、婚約者の度重なる不行跡で破棄というなら仕方ないし当然だけど、それなら、婚約者をあっちからこっちへ替えるなんてことにはならないでしょ。どう考えても、こっちの方が気に入ったからチェンジ、にしか見えないじゃない。そんなことをする奴、女の敵よ」


「つまり、何よりも王太子殿下に問題がある、と?」


「問題というより、倫理的な責任があるのは確かだと思う。もし、現婚約者側に問題があるとしても、それなら理由をつまびらかにして、自分に落ち度がないことを示すべきよ。次期国王がそういうことをうやむやにすると、王位継承自体の正当性が失われて、ひいては王権の正統性に関わってくるからね。で、ある程度冷却期間を用意してから、新婚約者を発表、というのが、まっとうな措置でしょ。まあ、婚約破棄と婚約発表を急ぐ事情ができちゃったのかもしれないけど」


「事情?」


「妊娠とか。お腹が大きくなる前に済ませないと、王子側の不義ということになるから。逆に、下種の勘繰りが生まれるリスクを取ってでも急ぐ必要があった、と見てもいいかもね」


 おい、この程度で顔を赤らめるな。意外とウブなのか。


「うん、キミに決めた」


「何を?」


「ボクと付き合ってほしい。ついては、ボクの居る屋敷に来て、そこの主人とあいさつして欲しい」


 えええええええええええ!?

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