表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/103

6-1.遅ればせながら初対面のあいさつをしました

――おはようございます。ユキエ様。


……はて。


 何やら、面妖な声が頭に響いたような気がする。


 ここ数日、いや、この世界に“召喚”されてからこの方、どのような形容詞を用いればよいのかわからないような、激しい動きに振り回されている。不慣れ以前に未知の環境でストレスがたまっている上に、あれをやろうこれをやろうとしていれば、疲労が蓄積するのは当然だけど。


(まずいな、幻聴まで聞こえるようになっちゃ)


 これでも現役学生だ、三日程度なら徹夜続きでも集中力を維持できる自信はある。日中は教室や研究室に図書館、それ以外は自室でこもりきり、それでも何とかやってきた。もっとも、体力以前に目が先に疲れてくる。印刷媒体なら大丈夫でも電子媒体の読み取りが難しくなったら、もうストップする。限度はわきまえてるよ、って他学部に行った友人に話したら、黙っちゃった。もっと体力つけないといかんぞ。でも、幻聴とか幻覚とかっていう経験は、これまで皆無だ。そろそろ休まないといかんのかも。でも、時間もないしなあ。どっかのタイミングで仮眠を取らないと。


――幻聴でも幻覚でもございません。直接のごあいさつは初めてですね。わたくし、レオノーリア・ディ・ロレンツォーニにございます。


(……は?)


 いやいや、耳を通すことなく、自分の頭に直接他者が呼び掛けるなんて、あり得ないだろ。異世界ファンタジーの世界じゃあるまいし……って、そういう世界だったか。でも、魔法みたいな超物理的作用があるわけじゃなかったはずなんだが。


――ユキエ様を、独断でこの世界にお招きした、召喚者といえば、おわかりになりますでしょうか。


(……あ)


 そうか。そういえば、わたしの意識というか魂というか、それは、レオノーラによって、彼女の体に入っているんだった。


(つまり、意思の疎通が、直接できるようになった、ってことか)


――はい。一方的に当地へ召喚した上、これまで何ら説明もせず、大変失礼を……。


(いやいや、そういうのはいいから。わたしも、この世界を、自分なりに楽しんでるし)


 何より、やりたい事、守りたいもの、そして、寄り添いたい人がいるから。


 ん、と?


(えっと、伝達しようと意識した言葉だけが、あなたに直接届く、ってことかな……あれ、言語の違いは……)


――前者は、そのとおりです。内心で思っているだけのことは、伝わりません。後者は、わたくしもわかりかねますが、双方が異なる言語を扱う場合でも、自然に通じるようです。


 自動変換プロトコルですか、そんな機能を備えたAIを開発できれば、外国語学習なんて専門家がやるだけのものになりそうだね。……いや、脳内処理能力のバッファが心もとなくなると、こういう考えに走るの、悪い癖だ。あかん、これ、死んでも治らんかも。


(そうそう、急に意識がなくなって、それからしばらく記憶がなくなっていることが何度かあったけど、その間、あなたが意識を持っていたってことで、いいんだよね)


――おっしゃるとおりです。これまで、召喚者たるわたくしが念じた場合、および、ユキエ様が自然に意識を失った場合について、わたくしが意識を持つようになっておりました。


(“これまで”? “おりました”? 今は違うの?)


――はい、再施術いたしまして、わたくしとユキエ様の間で直接意思疎通できるようになると共に、相互が意識を失うことなく、肉体を操作できる主体を交換できるようになりました。


 ふうむ。


 これまでは、わたしが気を失う、あるいは、レオノーラの手で強制的にシャットダウンさせられてから、彼女がその肉体を取り戻していた。でも、これからは、いつでも簡単に切り替えができるようになったわけか。プラグアンドプレイからホットプラグへ移行したわけね。


(主体を交換できる、っていうけど、それを決定するのは誰なの? 両方が表に出ようとすれば、競合するよね)


――わたくしも、具体的に行使するのは初めてですので、明確には答えられませぬが、お互いが譲らない、譲れないという場合は、その場で硬直してしまうのではないかと。例えば……。


 ん?


 あ、あれれ?


 これまで自分の意思で動かしていた体が、動かない、いや、動かせない。


 五感は確かに機能しているみたいなんだけど、何らかのフィルターを介しているようで、その存在を認識できない膜に覆われているみたいな感じだ。


――これって……今、あなたの意識が表に、出て……?


(はい。ユキエ様の意識は、わたくしの知覚を間接的に受動しております。そして、ユキエ様は、わたくしの意識に働きかける場合を除いて、第三者にはその存在を認められない状態です)


 えらくまだるっこしい説明だけど、まあ、言わんとすることはわかる。


――なるほど、こうやって、表に出たり影に引っ込んだりを、自由自在にシフトできるのか。それに、表に出ている側がやっていることを、出ていない側がしっかり見ていられる、と。


(おっしゃるとおりです。かくいうわたくしも、いささか不思議な感じですが)


 おまえが言うな。


――そういや、わたしの側からの自己紹介がなかったね。今更かもだけど。森有希江、二十二歳。元の世界での職業は大学生、専攻は……いや、どうでもいいね。


 学際系コースに居て専攻も何もないけど、それ以前に、公共経営論だの行政組織論だのと説明して、理解を求めるなんて無理もいいとこ。イザベラのような天才が相手なら別だけど、ああいう存在を前提にしてはいけない。


(まずは、わたくしがユキエ様を召喚した経緯について、ご説明させていただきます。そもそも……)


――あー、うん。経緯って確かに、重要、超重要ね。特に私にとっては。でも、緊急じゃないでしょ。今は、一刻を争わなきゃいけないタイミング。まずは、緊急性の高いものから進めたいから、それは今日中の空き時間にでも。


 重要だからって、そこから処理するのがいいとは限らない。締め切りから逆算して、喫緊と判断されるものを時間的に優先する方がいい。もちろん、重要なものについても、常に意識から外さずに進めていくべきだし、ペンディングするのはよろしくない。


(緊急性の高いもの、ですか?)


――そ。具体的には、第一に現状確認とスケジュール。明後日に迫ってるパーティーの段取りと、その後の行動パターンのシミュレーション。そして、あなたとわたしの両方が“同時に”行動する要素を含めての再検討。これを、主要関係者間で共有。実際には随時対応を迫られる可能性が高いけど、計画はキッチリ、修正はバッサリでいくのが賢明だから。


 これはわたしの持論。例えば、旅行に行く場合なんかだと、列車なんかの発着時刻はもちろん、天候に応じての遅延によって左右される可能性なんかも含めて、イレギュラーな可能性を思い付く限り書き出す。まあ、二泊三日の国内旅行で、A4で五枚ぐらいの計画書になる。時間も手間もそれなりにかかる。でも、実際に旅行に出たら、そんなものに縛られるのは御免だとばかり、自由気ままに、あっちったり、こっちったりする。旅行計画は綿密に立てるけど、旅行自体は全く計画的じゃ無い。だいたい、予定通りに淡々と進む旅行なんて、全くもってつまらん。旅行ってのは、アクシデントの一つや二つないと、面白くない。


 話がそれたけど、とにかく、予定をしっかり立てた上で、その場の状況を判断して柔軟に変更、とするべきだ。最初っから場当たり的ってのは、愚策。


――だから、まずは、イザベラに会いに行こうよ。それから、同志たちの打ち合わせだね。


 それに、今回の陰謀以外にも、レオノーラには聞きたい事が、山ほどある。それも、わたしにとって、とても重要なことが。でもそれは、今この場で問うことではない。


 彼女と直接やり取りできるようになれば、現状で濃く漂っている霧の向こうに何があるか、うっすらとでも見えるようになってくる、そういう期待が浮かぶようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ