5-19.【Side:エルヴィン】不謹慎だが面白い
これまで名前だけの登場(4-16)だった、国軍総大将エルヴィン・ルックナーの視点です。
わたしが賜っている国軍総大将という地位は、単なるお飾りのものではない。この地位にある者は、国軍という組織を実際に指揮運用する権限を持つ。
総大将の上には軍務大臣というポストがあるが、これは貴族が就任するもので、王国全体を見通した軍事政策を担当する。最前線で指揮を執ったり、幹部以外の兵士に接したり、武器など装備品の選定管理をしたり、そういった現場の仕事をすることはない。その代わり、国軍以外の戦力の運用、要は傭兵団などの契約などが、大臣の業務に含まれる。王国の軍事力全体を統括するのが役割であって、軍隊を動かすことはないし、できない。このため、実際に国軍部隊を動員すべき事態が発生した場合、部隊の具体的な運用は大臣の手を離れ、総大将は国王陛下の直接の指揮下に入るようになっている。このため総大将には、現場の経験を経た、いわばたたき上げの軍人が就くことになっている。
軍のトップという地位は名誉あるものだと自負してはいるが、長年にわたって平和が続いているユリデン王国では、あまり高く評価されてはいない。もともと王国の財政がさほど豊かでもない中で、組織を維持する費用を考慮すれば、国軍への風当たりが微妙なものになってしまうのは、理不尽ではあっても、やむを得ない側面もある。このため、貴族やその一族は国軍を忌避するようになり、結果として、国軍は幹部も含めて平民の比率が高くなる。わたしが平民の身でありながら武官のトップに上り詰めたのは、その結果であって、英雄的な成果を上げたわけでも、国王陛下の目に止まったわけでもない。
そもそもわたしだって、いつでも戦線に立てる自信はあるが、実戦経験があるわけではない。軍という組織は、出番がないにこしたことはない一方、その成員には、何かあればためらうことなく人を殺せる覚悟が求められる。しかし、配下が皆そのように腹を据えられているか、心もとなくはある。
だいたい、総大将という大仰な役職名だが、その指揮下にある者は、文民官僚を含めてもやっと三桁を超える程度しかいないのが実態だ。全員の顔を知っているから、途中で情報が途絶したり、連絡が行き届かなかったりすることはないものの、組織としての能力が限られている点は否めない。
そういう事情もあって、自らの手で対処できることには限度がある。このため、裏の世界で力を持つ者とのつながりが必要になる。総大将という立場上、機密費として利用できる経費があるため、裏の者との接触も可能になる。
今日は、そういう会談だ。いや、密談といってよいか。
「貴殿から面会の要望とは、珍しいですな」
面会といっても、顔を合わせる場所は、先方が指定している宿屋が多く、それも毎回変わっている。恐らく、複数の場所を押さえており、面会する相手や話す内容に応じて変えているのだろう。
今回指示されたのは、わたしにとって初めての場所だ。そこには、眼帯を着用した女性が独り、座っている。
「単刀直入に申します。一週以内に、国軍が解体され、装備は近衛部隊に接収、人員は文民を含めて全員解雇。少なくともうわさ話程度ではご存じでしょう。現在の支配体制が継続する限りは、最高幹部の間では決定事項です」
かん口令が敷かれているわけではないが、正規のルートでは、わたしにも伝えられていない情報だ。軍務大臣ではなく外務大臣から、そのような可能性があると聞かされてはいたが、この者が口にしているなら、ほぼ間違いないといえる。わたしが、あるいは軍が統率している情報部隊ではなく、王国とは直接関係がないはずの裏組織から出される話の方が信頼に値するのだから、皮肉ではあるが。
「現時点で、すでに国軍所属の方の多くが解雇されています。そして、その引受先の貴族家が、結果として軍事力を増強させています。表向きは単なる使用人として、しかし実際には私兵として」
「……」
後半について、恐らくそうだろう、という見当は付いていた。軍事費削減のために解雇された者は多いが、王都勤務で解雇された者たちの動向が、ほとんどつかめないからだ。
まとまった人数が解雇されたのであれば、再就職先に関する情報が何かしら流れるはずだが、何も聞こえてこない。王都外では流民化、盗賊化しているという話も耳にするが、こと王都内では、何も伝わってこないのだ。そう、どこかに連れ去られたかのように。
そうなれば、彼らが丸ごと抱え込まれ、そして、表に出ない形で雇用されているのだろうという見当がつく。恐らく、家族なども丸抱えに違いない。軍人の大半は平民だから、特定貴族の保護下に入ることも、特段問題はない。
「そして、引受先は、王国内で活動している有力傭兵団を、全て手元に置いています。このため、国王陛下が声を上げたとしても、現時点で王国が動員できる軍事力は、今の国軍のみ」
「ふむ」
管轄外ということもあってか、傭兵団の動きについては、わたしも把握していなかった。この口ぶりからすれば、彼らを引き込んだのは、それほど古い話でもあるまい。
そのような行動を取っているとなれば、目的は明白だ。反乱準備に他ならない。
「貴重な情報、感謝いたします。して、わたしに何をお求めか」
当然ながら、情報を無料で提供するはずもない。しかし、彼女が何を求めているのか、わからない。話が大がかりになっていること、わたしを直接呼び出していることから、単なる金銭報酬でないとは思うが。
「それに回答する前に、もう一つ。……今回、わたくしが、顔を出して動きます」
「な!」
目の前に居る彼女――“銀のポルツェラーン”。彼女が、表で直接動くことは一度たりとなかった。いや、彼女に限らず、この組織の前任者も含め、そのメンバーはあくまでも裏だけで活動し、王国の手が直接には届かない、いや、手を出してはいけない範囲だけだったはず。
それが、何故。
いや、少なくとも今は、理由を問うべきではなかろう。それよりも重要なことがある。
「それをどうして、わたしに?」
「簡単なこと。無意味な戦闘、特に王都での戦闘を避けるためです。そしてまた、現時点で残っている国軍を保全しておきたいのです」
「しかし、わたしがその情報を把握した時点で、貴殿らは自動的に反徒となる。わたしは当然、討伐命令を下す。明確な停止命令が別途出れば別だが、そうでもなければ、これは譲れないし、黙認などできない」
彼女がいう“引受先”については、相応の財力を持つとなれば、かなりの有力貴族に限られるから、調べればすぐにわかるだろう。恐らく、明日中には見当がつくはずだ。
そして、反徒討伐となれば、明確な証拠をつかむ必要はない。重要性と緊急性を考慮すれば、先に手を打つのが当然だ。説明するための理由など、どうにでもなる。
「国軍と同等の練度、それ以上の装備と食料を持つ者と対峙する、現国軍の軍人に、当方の勢力を押し込められる力量があるとお思いですか。そしてまた、我々が、調略行動をしていないとお思いですか」
国軍を理不尽に解雇された者が、反乱軍の中心を構成する。衣食住に加えて、訓練もきちんと行い、準備も万端。国軍を離れたとはいっても、その原因は日和見や裏切りではなく、一方的な首切り。彼らに非があるわけではないから、士気は高揚するに違いない。
そういう“敵”を目の当たりにして、今の国軍がどこまで戦えるかを思えば、あまり明るい見通しは立てられない。それに、国軍の取る戦術など、筒抜けになっているとみておくべきだ。
調略については、単なるハッタリのように見えるが、実際に内部の情報を抜かれていることは考えられるし、何より、それを無視した場合のリスクが大きい。
「それは、脅しですか? これでも、王宮を守り切れるだけの自信はありますぞ。兵数が減ったとはいえ、守備のための訓練や戦略立案は欠かせておりませんから」
「王宮を守ることで、何を得られるのですか。少なくとも、この王国に居る者で、得をする者など、誰も居ないでしょう。いえ、居るかもしれませんが、得をする権利のない者に、利益を集中させるだけになります。それを知りながら、戦闘行動という“殺人”を行うという選択を取る。これは、賢人の行いではありますまい」
取りつく島もない反応が返ってくる。どうやら、決起は既定路線であり、彼女はこれを伝えに来ただけということらしい。
「……わたしにお求めのことは、何か?」
先ほどと同じような言い回しだが、意味はまるで違う。情報提供に対する報酬という段階ではなく、否が応でも巻き込まれた渦の中でどう振る舞うか、それしか、取るべき選択肢はなさそうだから。
「国軍が、王家に対して積極的に反旗を翻す必要はありません。むしろ、国軍は中立を維持するのが望ましいでしょう。政治指導者が完全に替わった場合でも、国軍は王族ではなく国のために仕える存在だと示すために、あえて動かず、どっしりと構えていただきたい。そして、外敵に備えることを第一にするという姿勢を明らかにすることで、侵略への抑止効果を発揮していただきたい。人民革命ではないのですから」
「人民革命?」
「貴族でも軍人でもない一般の市民が、単なる異議申し立てを超えて、自ら権力を掌握しようとする行動を取った場合は、軍の立ち位置を鮮明にする必要があるべきでしょう。政権が根底から入れ替わった後、安定と正統性を示す必要がありますから。しかし、国軍以外が主導するクーデターであれば、軍は介入すべきでないでしょう。特に、戦闘は避けるべきです」
市民の権力掌握? 言っている意味がよくわからぬ。貴族とはいわないまでも、市民が権力を維持して統治できるはずもないだろうに。しかし、そういう例まで含めて検討しているのだろうか。
軍事行動というのは、即応性が求められるのは当然だが、先見性もまた重要になる。遠い先を見るのは政治家の仕事であって軍人の仕事ではなかろうが、近い先を見る能力がなければ、運用も補給もあったものではない。当然、さまざまなケースを想定し、それぞれにしかるべき行動を考えておくことが求められる。
それでも、市民が主体となる政権奪取など、考えたこともなかった。領主に対する民衆の反乱なら珍しくもなかろうし、市民が暴徒化することは十分に考えられるが、それらは単なる鎮圧の対象であるにすぎない。どのあたりで折り合いをつけるかは、軍人ではなく、軍人に命令を下す者の判断によるものであるし。
彼女には、どのような意図があるのか。いざとなれば、民衆を扇動できる準備がある、という脅しなのか。
「話がそれましたね。いずれにせよ、我々の行動に対して、何ら動かなければ、それで結構。そうでなければ、王家が倒れ、王国が壊滅状態になる可能性が高いでしょう」
「王家なくして、王国はないだろうが」
冷静さを保とうとするものの、目の前に居る女の趣旨が、読めなくなってきた。
「いいえ。この国を維持すること、守ることを第一に考えたとして、現在の王室は果たして必要でしょうか。いえ、現在の王室が形成する最高支配者層が、この国を守れるでしょうか。国軍の軍人は、王家に忠誠を誓っておいでなのでしょうが、その前提に、王室が王国の守護者であり代表であることが、前提となっているはず。その能力を喪失した王室が、王家と名乗ってよいのか。末端の兵士ならいざ知らず、幹部軍人ともなれば、それなりの回答をお持ちでしょう」
軍人にせよ官僚にせよ、王家に対して忠誠を誓うとはいえ、王家が非道をなす場合は、その限りではない。当然のことだ。しかし、直接の関係が浸食されることのない限り、その忠誠を覆すことはできない。そう思っていた。
だが、現状、王家の行いが、正道に沿っているのか。
そもそも、そのようなことを考えること自体、不敬なのではないか。そういう疑問はある。しかし、どうしてだろうか、言葉が見つからない。
かすれるように出した声は、大して意味もない、陳腐なものだった。
「……もしわたしが、その件を大臣や宰相に申し上げたら、ただでは済まぬが」
「失礼ながら、あなたの政治基盤を考慮して、その具申がどこまで通用するか、疑問です」
ぐうの音も出ないとは、このことだろうか。
「誤解のないように申し上げておきますが、わたくしは、軍司令官としてのあなたの能力は、非常に高いと思っております。いえ、わたくしの同志の間で、その意見が一致しております。だからこそ、そう遠くない先に、軍本来の役割を存分に発揮していただきたいのです」
「本来……? それ、は……」
「もちろん、現在の人員と装備では物足りない、いえ、不可能でしょう。しかし、我々がお借りしている力をあなたに“お戻し”すれば、他国の介入を最小限に留められるはずです。軍の力は、国の内ではなく、外に向けられるべきものなのですから」
「国……ですか……」
彼女は、最後のひと言を、ゆったりと、しかし重々しく伝える。
その言葉は、わたしの中に、グリグリと入り込んでくる。釘を差し込むような攻撃的なものではなく、ネジを回し込むようにつかんで離さない、そんな形で。
国の内ではなく、外に向けられるべき、と。
考えてみれば、近年、後ろ向きのことばかり考えていたように思う。予算が減らされ、定員が減らされ、装備が減らされ。その中で、どれだけ戦力を維持していくべきか。これ以上の削減を、どのように食い止めていくか。それが、日々の検討事項になっていた。
そう、出動要請があれば、何も考えずに動いていただろう。自分の存在意義が疑われる状況、実績がない状況では。
「国軍のくびきから逃れている部隊、彼らを信じていただける度量。あなたは、それをお持ちだと確信しています」
厳しい言葉が続くが、そう言われると、ほっと落ち着いてしまう。
目の前に居るのは、謎のツテを持っており、個人としては不気味な戦闘力を有する女性。その奥底にどのような考えがあるのかはわからないし、探らない方がよいのだろう。
「そもそも、国軍は、“王国軍”ではありません。宣誓の対象がどなたか。それをお考えいただければ、現在の“国王代理”に忠誠をささげる意味があるでしょうか」
「!? それは」
「成果は、三日後にご覧に入れましょう」
彼女は、それ以上は語ろうとしない。
確かに、我らが剣を持って忠を誓っている相手を考えれば、国王代理、すなわち王太子殿下は、その相手にならない。理屈としては、それは正しい。
しかし、まさか。
いや、これ以上問うても、答えが返ってくることはないだろう。
わたしには、もう選択肢などなかったと思うと共に、何が起こるのかという期待もわき上がっていた。
「わかりました。それでは、わたしからも、手土産を一つ。……本日、ボルトン卿が、城下歓楽街で、怪しげな連中と接触する予定でしてな」
「……ボルトン伯爵……ひと暴れして、目立つように、いたしますか」
そこまで口にすると、彼女は軽く黙礼だけして、その場を立ち去っていく。
「ご覧に入れましょう、か……さて、どうなるのやら。不謹慎だが、面白い。実に面白い」
帰りの足は、不思議と軽いものになっていた。
既存軍組織が関与しない、“上からの革命”的クーデター。




