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「ソーニナ・プロッヘン!! 私は真実の愛を見つけたのだ。君との婚約を破棄する!! 私はこの美しいコズーレと婚約を結ぶ!!」
それはとある社交界の会場。
王侯貴族の集まるその場で、私、ソーニナ・プロッヘンはそんな言葉を向けられていた。
私は婚約者であった第一王子の言葉についに来たかと身構える。正直な事を言うと、婚約はいずれ破棄されるだろうとは思っていた。私も婚約解消を求められたら頷くつもりだった。
流石にこんな社交界の場でこんなことを言い出すとは思っていなかったけれども、予定の範囲内である。
周りの貴族たちは私が婚約破棄されるのは、当たり前だという様子で笑っているものも少なくない数いる。
私は公爵家の娘で、次期王妃として王妃教育もきちんとこなしていた。見た目も、お母様譲りの白色の髪に、空を思わせる青い瞳で、自慢じゃないけれど美しいとよく言われてきた。
それだけならば……、私は婚約破棄をされたり、周りにこういう視線を向けられることはなかっただろう。
何故、私が婚約破棄されるのが当然と言った態度をされているかと言えば、
「理由は分かるよな?」
「……ええ」
「はは、だよな。自分でも自覚しているよな。お前のような恐ろしい獅子の姿を持つ女など王妃には出来ない!」
……私が獅子だからである。
正しくは、獣人の血をひいているため、真っ白な毛並みの獅子の姿に変化出来るのだ。この国には獣人の血をひくものは少ない。私の家、プロッヘン公爵家は数代前の当主が遠く離れた獣人の国から令嬢をめとったのだ。私の家はその血を継いでいる。
しかも私は先祖返りなのか、その血がすさまじいほど残っていて、驚いた時などに制御が聞かずに顔や手足が毛に包まれた獅子に変化することもある。流石に、身体全体を獅子の姿に変化させることはないように制御は出来るようになったが、ドレスを着たパーティー中に虫が出たからと顔が獅子に変化したりすることはある。
お姉様たちはまだ私よりも獣人としての適性は浅く出ていて、人間の身体に動物の耳と尻尾が出る程度である。大変かわいらしいもので、お姉様たちは引っ張りだこだった。
でも私は気を抜くと獅子の姿に、しかもかわいらしいものではなく本物の獅子の姿という……だからこそ私は周りから遠巻きに見られている。この国には獣人の血をひくものは少ないし、私のように獣人の血を濃く継ぐものはいない。
「……かしこまりました。婚約破棄を受け入れさせていただきます」
私はそう答えて、一礼をする。簡単に頷いた私に第一王子殿下は、不服そうな顔をした。彼からしてみれば、私がこんな風に頷くことが気に食わないのかもしれない。
「本当に可愛くない女だな!! お前みたいな女は誰とも結婚出来ないだろうな。俺が相手を斡旋してやろうか?」
「……それは必要ありません。お父様たちと相談させていただきますので」
余計なことを言いだした第一王子の申し出をはっきり断ってから、私は即急にその社交界の場を後にした。
これ以上そこにいたら大変なことになってしまうのが目に見えていたもの。私は笑いものになるのを望んでいるわけでもないもの。
「ソーニナとの婚約を破棄するなんて!! 王太子殿下は、許せませんわ」
「私の可愛い、ソーニナ。落ち込んでいるでしょう? でもあんな社交界の場で婚約破棄をするような存在との婚約を破棄できてよかったですわ!!」
「父上が陛下に抗議してくれているからね。ソーニナ、君に良い縁談を持ってくるよ」
もうすでに嫁いでいるお姉様二人と、プロッヘン公爵家を継ぐ予定のお兄様が三人ともお怒りの様子だった。ちなみに両親も怒っていた。陛下たちに抗議をして、交渉中らしい。
でも私は家族ほどに落ち込んではいない。
というのも私は、王太子殿下に関心がそこまでなかった。美しい人だとは思っている。それに王太子としてもそれなりに有能な人だった。ちょっと頭が足りない所はあるけれど、女性陣に囲まれていたものだ。
美しい茶色の髪に緑の瞳。彫刻のような美しさで、人を魅了する王太子。……でもなんだろう、私は綺麗な人だってしか思えなかった。
そもそも王太子殿下以外でも、誰かに恋をしたことは私はない。なんというか、あんまり関心を持てなかった。周りの女性たちが、あの人の事が好き、あの人が素敵と思う気持ちが中々理解出来ない。そんな私は、十六歳になってもまだまだ子供なのかもしれない。
「お姉様、お兄様、ありがとうございます。でも私、王太子殿下と結婚してもやっていけると思っていなかったので、いいかなっては思っているのですけれど」
「ソーニナ、なんていじらしいの!! ショックでしょうに」
「いえ、本当にショックはないのです。それに私、結婚するなら私を全て受け入れてくれる方の方がいいかなって。私、寝起きに完全に獅子の姿になっている時もありますもの。起きた時に妻が獅子だったらびっくりでしょう」
私はまだ少しは制御ができていて、だからこそ顔や耳や手のみが獅子になる程度ですんでいるのだ。本当に気を抜いているときは、完全に獅子の身体になる。家族はまだ慣れているからか、悲鳴を上げたりはしないけれど、新人の侍女などには眠っている獅子の姿の私に怯えられてしまうことも少なくはない。
「ソーニナは獣人の血が強く出ているからね。獣人たちのように番のようなものを本能的に見分けているのかもしれないね」
「ああ。確か獣人は番っていう運命の相手がいるんでしたっけ」
「まぁ、それが絶対ではないらしいけれど、でも番が居たら番と結婚したいと思っている者が多いみたいだ。ソーニナにもそういう本能があるならそういうのもあるかなって」
「……そういうのは分からないけれど、そういうのだったら一生番っていうものに会えないこともあるわよね? やっぱり、私、お父様とお兄様が決めた相手と結婚するのが一番良いように思えるわ」
番というのは正直良く分からない。
この国に生粋の獣人はいないし、私も獣人たちとかかわりが深いわけでもないから、そのあたりは分からない。先祖たちの残した獣人の記録は見ることが出来るけれど、そこにもすべての情報があるわけではない。
そもそもこの広い世界でそういう番と呼ばれるたった一人の存在と出会うことは難しいだろう。嫁ぐことなく、家に迷惑をかけるぐらいならば、お父様とお兄様が決めた相手と結婚したほうがいい気がする。
「ソーニナ。婚約破棄がされたばかりなのだし、もっとゆっくり考えていいのだよ。今まで王妃教育に勤しんでいて疲れているだろう? しばらくゆっくりしなさい」
お兄様は私を甘やかしすぎだと思う。でもお兄様の優しさが何だか嬉しかった。
それから私は、しばらく社交界も休むことになった。
13日17時、14日0時、7時、12時、15時で全部投稿してます。