第八話:隠密工作班
午後7時。
そろそろ部長達は合流して、覗き見体勢に入ってる頃かな。
いいなー。あたしもストーカーしたい。
ま、こっちはこっちで楽しそうだからいいんだけだね。
「どう?マリ。いけそう?」
「ふふふ。誰に言っているのだ。この程度、私にとっては児戯同然よ!ルーターはむき出しの上にハブさえあれば簡単に割り込める!その上ユーザー名もパスも必要な情報は全て抑えておるのだ。障害など無いわっ!」
「うん。わかったからもうちょい静かにね。部長と違って私達に助っ人はいないから」
背負ったリュックを叩きながら、口角を吊り上げながら不敵に微笑むマリ。
こうなるとこっちの声なんて聞こえてるんだかわかったもんじゃない。
やれやれ。巻き添え喰らって捕まる前に、逃げる準備はしとこーっと。
部長がしておいたように、窓に取り付けられた防犯装置の間にカーテンを仕込んでカモフラージュ。
命綱は多い方がいいからね。
現在私達がいるのは谷内邸京花ちゃんの部屋。
部長からの連絡で、三人が谷内邸を去ったのと、ほぼ入れ違いで到着した私達は彼女の母親が一人になったことで作動させたらしい防犯装置を掻い潜るために、例の侵入ルートから彼女の部屋へと侵入していた。
目的はここの家主。谷内 京太郎の自室にあるパソコンの中身。
本来なら家の人間が京花ちゃんだけになる明日にちょちょいとやるつもりだったんだけど、部長が何故か予定を早めたせいで、家に人が居る中侵入するなんてリスクを犯さなきゃいけなくなった。
「まったく。人使い荒いよねー」
「だが、カメラや防犯装置をかいくぐれるのはこの子の部屋からだけなのだ。ほとんど部屋から出ない今回の彼女が部屋を離れた今を逃すわけにもいくまい。なに、気取られる前に終わらせればいいことよ。行くぞ」
狂気じみた笑顔のまま、マリは部屋のドアを静かに開けた。
彼女は筑紫場 真理。報道部の3年だけど、年齢は私達と同じ。所謂飛び級ってのをやってのける天才。
まあ、確かに機械に関する知識は相当なものだし、彼女が実際作った発明には天才たる証拠となってる物も多いんだけど・・・・・・。
その為に惜しまないのは努力や時間だけでなく、一般人や公共物。法律までもを時には無視して突っ走って行っちゃうところがある。
普段は研究に没頭してるからそうそう問題も起きないんだけど、暴走しだしたら間違いなく私を超えるトラブルメーカーなのだ。
最近は特に惹かれるものが無いって部室で文句言ってたから大丈夫みたいだけど。
「そうだね。母親は多分リビングに居るだろうから、気づかれないようにね?」
「入り口を通過するだけであろう?問題ない」
その言葉通り、まだ夕食の洗い物をしていた母親がこっちに気づくことは無く。難なく素通りできた。
後は廊下を曲がって、パソコンのある書斎まで一直線だ。
けど、そこでリビングのマグカップが目に留まった。
「マリ。ちょっと待って」
「ぬう?」
マリに静止をかけて中の様子を伺う。
母親はまだ洗い物の最中で、こっちへは背を向けている。
そして、母親と私との丁度真ん中あたりの机に、湯気の立つマグカップが置かれていた。
多分、洗い物の後にでも一息つくためだろう。
「いいもの見つけちゃった♪」
「何をする気だ?」
同じように覗き込もうとするマリに、ポケットから一本のスティックシュガーの袋を見せる。
「退路の確保だよ」
「・・・とんでもなく悪い笑顔になっとるぞ?」
私の顔を見るなり、マリはそう言って苦笑した。
「さっきあれだけの笑顔を見せた人に言われたくないよ」
むっとしてマリを睨んでから、もう一度リビングの様子を伺い、すばやくマグカップへ近づく。
スティックシュガーの中身を全て入れると、静かに廊下へ戻った。
「さ、行こっか」
「何をいれたのだ?」
「んふふ。後でわかるよ♪」
どうしてこういう事をしたときはこんなに気分がいいんだろう。
自分でも不思議に思いながらも、やめられないからしょうがない。
書斎の前までたどり着き、分厚そうな大きめのドアを音を立てないようそっと開ける。
ガチャ
「しかし、ドアは開かなかった」
「RPG風に解説してないで、鍵は?」
「無論用意してある。序盤に手に入るようなコソドロの物とは訳が違う。全ての鍵穴を制覇した魔法の鍵をな!」
小声ながらも胸を張って白衣のポケットをまさぐるマリ。
うーん。それが無敵だったのはもう過去の話なんだけど。
やがてマリが取り出したのは黒い棒の先端に折り曲がった針金が数本飛び出したような物。
その針金部分を鍵穴に突っ込み、更に押し込むと、ガチャリと音がして簡単に鍵が開いた。
「どこで用意したの?そんな物」
「あるピッキング道具を参考に私が改良したものだ。一般的な構造の鍵なら大抵これで事足りる」
「全ての鍵穴を制覇したんじゃないの?」
「(予定)を付け忘れたな。ま、開いたのだから問題あるまい」
「そだね。じゃ、本番といこっか」
「うむ」
ポケットから手袋とニット帽を取り出し装着。
マリも同じ様に手袋をはめ、肩より少し伸びた髪をニットの中へ閉まった。
お互いに無音で頷きあって、静かにドアノブを回す。
今度こそ開いたドアから中へ侵入。
再び物音を立てないようドアを閉めている間に、マリは机の上に置かれたパソコンを起動していた。
「母親の洗い物が終わってマグカップに口を付けるまでが制限時間」
「了解」
書斎の中は思ったよりは綺麗だった。
事前に聞いた話では足の踏み場もないほど書類やら衣類が散乱している筈だったけど、書類は数枚重なって放置してあるだけで、衣類等は見当たらない。
「整頓されとるとはいい難いがな」
部屋を見回すあたしに気づいたのか、マリはリュックから自分のノートパソコンや青いケーブルを取り出しながら戸棚を指した。
少し移動すると、外の明かりで見えなかった中身が見えてきた。
戸棚のはずなのにガラスの向こうに棚は見えず、うずたかくしわくちゃのスーツやワイシャツが鎮座している。
確かにお世辞にも整頓されてるとはいい難い。
あたしはその戸棚に手を掛けると、迷うことなく中を物色しだした。
「何をしている!?余計なものには・・・!」
「事前の調査じゃターゲットの書斎は汚かった。別に綺麗好きって話も聞いてない。なのに見かけだけとはいえ綺麗なのはおかしいよ。綺麗なのには理由がある。例えば・・・・・・」
戸棚を荒らし終えると、次は机の引き出し。本棚の下についてる引き戸など、見えずらい場所を次々と荒らす。
そして見つけた。ターゲットが綺麗に見せた理由。
「みっつっけた♪」
「成程。流石よ。こっちも仕込みは完了。例のモノも見つけた。転送が終了次第片付けて撤収だ。ケーブルの回収を頼む」
「了解」
手を額にびしっと当てて敬礼する。それと同時にパタパタと足音が聞こえてきた。
「ぬ!?今来たか。不味いな」
「いや、だいじょぶだいじょぶ」
素早くケーブルを手繰り寄せ、机の陰に隠れようとしたマリに手をひらひら振りながら答える。
案の定足音は書斎の前を通り過ぎ、しばらくしてからドアの閉まる音が小さく聞こえた。
「タイムリミットみたいだね。急いで撤収しよ」
「な、何故こちらに来てないとわかったのだ?」
転送は終わったらしく、ノートパソコンやケーブルをリュックに乱暴に詰め込みながらマリがこっちを向いた。あたしも近くにあったケーブルを巻き取りながら、再びスティックシュガーの袋を取り出してみせる。
「桜井葦名特製超強力下剤。通称『爆裂二号』」
だめだ。名前言っただけで顔がにやけちゃった。
マリはそれで理解したみたいだけど、溜息を付いて肩をすくめた。
「・・・葦名よ。いつもそんなものを持ち歩いとるのか?」
「人生にはこれくらいのスパイスは不可欠だよ」
笑顔でそう返すと。マリは「せめて自分に使って楽しめ」と、もう一度溜息を付いた。
本当はマリも人のこと言えないんだけどねー。むしろ自覚して無い分君の方が厄介だよ?うん。
あたしは自覚した上で人に迷惑かけるだけだもの。
「んじゃ、母親がトイレにこもってる間に脱出だよ。ま、一時間は余裕なはずだから、落ち着いていこう」
「そんなものを罪の無い人間に・・・・・・」
「マリに言われたくないなぁ」
またしても溜息を付こうとしたマリに笑顔で反撃。
本人にも思うところはあったみたいでむっと押し黙った。
そこで、視界の隅に何かが映った。
「コルクボード?これスケジュール表じゃん」
部屋の整頓もしないずぼらでもスケジュールはきちんと管理してるらしい。
終わろうとしている7月の予定と、8月の予定がかなり細かく書いてあった。
「びっしり埋まっとるな」
「そだねー」
なんて言いながら、何気なく壁にかけてあったそれを裏返す。
と、そこにもまたスケジュール表が張ってあった。
「ぬ?先月の分か?」
「・・・・・・いや、違うよ。これも7月。それに・・・」
あ、何かまずい物発見した。
「これは・・・」
「なんと・・・」
思わず顔が引きつった。
マリも同じ物を見つけたらしい。
あたし達がこんな所に忍び込んでまで集めた物。
それらを一気に引き立ててくれる、ある特定の人物との予定だけが書かれたスケジュール表。
本来なら大喜びで写真にでも取っておきたいところだけど、そこに書かれた今日の予定。
『白木大通り。駅前8時』
そこには、今正にうちの部員達が居るであろう場所が書かれていた。