第七話:新文典孝の苦悩
展開も更新頻度も相変わらずの超スローペース継続中です。
けど流石に7話まで来てこの進行度はちょっと作者としても想定の範囲外ですので、仕事が急激に忙しくなったりしない限り次話ぐらいからペースを上げてこうかと思います。よって、今回もやっぱりのんびり展開です。
午後7時。
都会の地下鉄と違ってこの町の電車は一本一本の間隔が長い。
次の電車を待つのに一・二時間待つことなんてざらだ。
例外を考慮した上で行動し、わずか30分程度で目的地に着いた自分を少し誇らしく思うほどだ。
多少早まってしまったが、これくらいの例外で計画が破綻するほど我が部は脆くもない。
連絡を入れてから時間も経ったし、向こうももう動いているはず。
「で。デートってどういうことよ?どうやって出てきたかもまだ聞いてないし。そもそもあたしは取材以外を手伝う気なんて毛頭ないわよ!?」
そんな気分もつかの間、電車内での問いを「静かにしろ」の一点張りでかわしていた反動か、降りた途端にマキは眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた。
待ち合わせの場所まではそう遠くないが、あまりに近づいた顔に反射的に顔をそむけ歩き出した。
「そう焦るな。お前がチンピラとやりあってる間に、こっちにも母親が部屋に来たりと大変だったんだ。脱出できたのは彼女が母親を引きつけ、別の脱出ルートを教わったから。これはその代償・・・・・・といったところか?予定には無かったが友人の頼みだ。少しくらい付き合え」
自分達の少し後ろを何も言わずに付いて来る谷内を指しそう言うと、マキは困惑した表情で後ろを振り返った。
珍しい。
マキが声をかけるでもなく、無視するでもなく、ただじっと様子を見ていた。
マキと俺の付き合いは非常に短い。
彼女が報道部に入ったのはちょうど6月に入った頃。
しかし、マキが自ら部に来ることなどまず無く。呼び出されて掃除等の雑用をこなしても、さっさと帰ってしまうので他の仕事など触れる気すら見せなかった。
本人には言っていないが、たまにしか顔を見せないうえ、雑用しかこなさないマキが報道部として残っていることに異議を唱える教授もいるほどだ。
まあ、その教授にも問題は多々あるゆえあまり危険視するほどでもないが。
・・・・・・とにかく。
そんな奴だが、俺は彼女のことを入学したときから既に知っていた。
特別なことがあったわけではない。
報道部としての俺には全生徒の情報をある程度キープしておくのは当然だったのだ。
それから現在に至るまで、マキの人間性はある程度把握しているつもりだった。
だが、こうして他人に接するのに迷いを見せるマキは、少なくとも今までの俺の記憶には無い。
「代償って・・・・・・。それが何であんたとのデートなのよ!?」
「ん?・・・ああ」
不意にこっちへ視線を戻され、思わず足が止まりそうになった。
声がやたら小さくなっているのは後ろを意識しているのだろう。
「ま、あれだけの台詞を吐いた後に堂々と話しに行くわけにもいかんか」
「な、何の話よっ!!!」
小声で苦笑したつもりだがしっかりと聞こえていたようで、すぐに隣から反論が飛んでくる。
しかし、ちらりと見えたその顔が、らしくも無く赤くなっていた。
・・・・・・たまらん。
「ちょ、ちょっと新史!?」
自分のできうる限りの早歩きでその場を離れる。
まずいまずいまずい。
頭から計画のことどころか全部すっ飛んでしまいそうになった。
冷静になれ俺!今は耐えろ!しっかり覚えておいて後で思い出そう。
「ちょっといきなりどうしたのよ?」
後ろからマキと谷内が小走りで近づいてきた。
マキはともかく谷内とは少し距離が開いてしまったので、少し足を止めて待つ。
ついでに深呼吸して舞い上がったテンションも押さえつけた。
「・・・・・・ただのデートではない。これは彼女が学園に戻るためだ」
「京化が・・・、戻るため?学園に?」
「そうだ。仮にも2ヶ月以上学園に来ていないのに、「ただの病気でしたー」で信用する輩がどれほどいると思う?妙な噂が立つ前に、相応の事実を作ってしまう。そうすれば根も葉も無い噂など、どうにでもできる」
「はあ、どうしたんですか!二人とも!はあ、置いていかないでくださいよ!」
何とかそれだけ説明すると、まだ何か聞きたそうなマキの言葉を遮るように谷内が追いついてきた。
「すまなかった谷内さん。置いていくつもりはないから安心してほしい。で、いよいよご対面だが準備はいいか?」
「「へ?」」
膝に手をつき肩で息をする谷内に謝罪しながら、進行方向十数メートル先に迫る人影を指すと、間抜けな声が二つも聞こえた。
「誰もデートの相手が俺だとは一言も言っていない。あれが谷内さんを今日エスコートする彼氏役だ」
「あれ、て折笠先輩!?」
「わあ・・・・・・」
「やあマキちゃん。昨日ぶりだね。谷内さんは初めまして。2年の折笠雄一朗です」
「あ、あの・・・。初めまして!」
やってきた男に目を丸くするマキ。そして差し出された手に顔を赤らめながら握手をする谷内。
「ちょ、ちょっと新史!?どう考えても人選ミスでしょ!2ヵ月学園に来なかった理由があの折笠先輩と付き合ってたからだなんて、余計に敵を増やすだけじゃない!」
雄一朗と谷内が挨拶を交わしている間に、小声で猛抗議してくるマキ。
どうでもいいが今朝受けた頭の切れる印象がすっかり失せてきたな。
「そうでもない。雄一朗ならば彼女の印象を悪くすること無く生徒の間にその事実をすんなりと受け入れさせるだけの器はある。だが、あいつと付き合うとなるとそれとは違う意味で彼女にとんでもない負担がかかるからな。あいつは彼を連れて来ただけだよ」
「彼?」
またも素っ頓狂な声を上げて雄一朗へ向き直るマキ。
そこには雄一朗に少し遅れてやってきた、長身の男子が立っていた。
「こんばんは。2年の島野 浩介です。折笠さんにはお世話になりました」
「ああ、どうも。でも別に頭なんか下げなくていいわよ。世話したのは折笠先輩であたしじゃ・・・、いたっ!」
「ただの挨拶ぐらい素直に聞いておけ!」
マキにチョップをかまし、ひるんだ隙に雄一朗が会話に入ってきた。
「それにしても、遅いですよ部長。三人が来るまで無理やり彼を引っ張ってきた俺は完全に悪者だったんですから」
「無理やり引っ張ってきたのは俺じゃない。それにここには連絡してからすぐの列車で来たんだぞ?お前達が早すぎたんだ」
「屁理屈は俺には通用しませんよ?それに、間に合わないんだったら今すぐなんて連絡しないで下さい」
「・・・・・・確かにな。悪かった。今後注意する」
やはり勝てんか。
どうにも、こいつと口で勝負となると相性が悪い。
溜息で一呼吸おくと、声を少し小さくする。
「ところで、筑紫場と葦名はどうだ?何か連絡は?」
「「了解。動く」それだけは聞いてます」
「そうか」
頷いて声量を戻す。
奴らもうまくいっていれば、今回の計画にまだ破綻は見られない。
やはり心配は要らなかったか。
「で?彼女には?」
「説明はしてある。そっちこそ、一日予定が早まったんだ。大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ。彼はね」
そう言うと、笑顔でまだ挨拶も交わしていない二人を見た。
「まあ、お前がそこまで自身を持って言うのだから、信用するほか無い」
「嬉しいですね。そう言ってもらえると」
そして、こっちにも爽やかな笑顔を見せた。
さっきの自信を含んだものではなく、本当にうれしそうな笑顔。
「そんな表情をしたところで俺は落とせんぞ」
「ははは。百も承知です」
真顔でそう返すと、折笠は苦笑して頬をかいた。
「二人とも勝手に話し込んでんじゃないわよ!あたし一人にこの状況どうにかできると思ってんの?!」
そこへ痺れをきらせたマキが割り込んできた。
あの二人はまだ会話にも発展している様子は無い。いたたまれなくなったのだろう。
「そうだな。じゃ、行くか」
「そうですね。行こうかマキちゃん」
「え?ちょっと二人とも!?」
俺達がそれぞれがマキの両脇を抱えると、そろって踵を返した。
「谷内さんのこと、頼んだよ。浩介君」
「はい。折笠さん!」
手を振りながらの雄一朗の言葉に、随分とはっきりした声が返ってきた。
さっきの心配はやはり無用なものだったようだ。
「で、なんであたしがこんな運ばれ方しなくちゃいけないわけ?」
「ここはさっさといなくなって、二人の様子を観察する場所を探さなけりゃいけないんでな。早急に事態を進めるための手だ」
間違ってもさっきのチョップの報復を恐れてのことでは無い。
雄一朗はノリで行動したのだろうが。
そこは長い付き合いだ。流石といえる。
「悪かったわね!どーせあたしは何だってケチつける捻くれ者ですよ!」
「自覚してるじゃないか」
「うるさいっ!」
予想通り飛んできた拳を避けようと、体を反らせた途端、腹部に強烈な襲撃が走った。
「料理より先に、女心を勉強したほうがよさそうですね」
拳をフェイントにした蹴りを喰らい、地面に倒れた俺を雄一朗が苦笑しながら見下ろしていた。