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第六話:糸瀬牧の奮闘

午後6時半。

疲労は既にピーク。

腕を上げるだけの動作も激痛が伴い、打ちつけた背中の痛みに起き上がることもできない。

足が動かないところを見ると、もしかしたらそっちも外れてしまったかもしれない。

「だらしないわねぇ」

そんな奴らがそこらに沈んでいる中、あたしは仁王立ちしながら溜息を吐いた。

新史が窓際に立ったその時に、タイミング悪くやってきたのがこのチンピラ集団。

こんなのに新史が見つかれば、厄介ごとになるのは明らか。

なのに新史も隠れる気すら見せないもんだから、仕方なくこいつらには消えてもらうことにした。

まあ、はじめは少し脅して追い返すつもりだったんだけど、

「ねえ、ちょっとあんた達・・・・・・」

「おおっ!おねーちゃんだっ!かわいいーー!!」

「マジで!?俺らになんか用?つーか用だよね。話しかけてんだし。俺緊張するー!」

「なになに?こんな夜中にどうしたの?家出?だったら俺らが泊まるとこ教えてやるよー。ちょうど俺らもそこで寝る予定だったしー?」

と、飲みにでも行った後だったのか、顔を赤くしたチンピラは声をかけただけで腕をつかみ、肩に手を回してへらへらと笑いながら強引に引っ張り出した。

「邪魔よ」

元々こういうチンピラはあたしの嫌いな部類だ。

注意を引き付ける以前に脅す気すらあっという間に失せ、肩に回された手をそのまま捻り上げた。

「いっつっ!いって!いってててて!!!」

一人が悲鳴を上げ、周りの男たちも離れるか近づく足を止めた。

しかし、「こいつ女に負けてやんよ」と直ぐに笑い出し、僅かに生じた警戒は直ぐに解けてしまった。

いくら酔っ払いとはいえ、もう少し緊張感ぐらいあってもいいもんじゃない?

ちょっと、気に入らないわね。

「痛てぇって!放せよこのっ!」

「うるさい」

捕まえてた男も痛みに慣れてきたようで、何とか腕を開放しようともがきだす。

あたしは反対の手でそいつの口を塞ぐと、その肩を胸の前に当て両手に力をこめる。

ゴリッと、鈍い音が出た。

「ふぐうううううううううっ!!!」

口を押さえた手に悲痛な叫びが吸収される。

即座にその手を後頭部にまわすと、続けざまに水月へ膝を叩き込んでやった。

「さて」

息と一緒にいろんなものを吐き出した男はそのまま地面に倒れ動かなくなった。

いや、微かにぴくぴくとはしている。

していてもらわなきゃ困る。

「まずは一人ね」

倒れた奴から顔を上げると、他の奴らは完全に固まっていた。

体だけじゃなく表情まで。

うん。すっきりした。

「次は誰が来るの?」

ついでに楽しくなってきたわ。

まあ。

そんな訳で。

今に至ると。

「にしてもやりすぎたわねー。いや、むしろ弱すぎたわね」

20後半ぐらいの男が5人。

多勢に無勢だったし、容赦する気なんてなっかたから徹底的にやったけど、考えてみたら向こうは酒が入っているのだ。

泥酔ってわけじゃなさそうだったし、事前にちょっと醒ましてやったとはいえ、ほとんど抵抗らしい抵抗をされなかった。

全部終わってから気づいたことだけど。

「全員動けなくしちゃったら、あたしが運ばなきゃいけないじゃない。もう少し根性見せて、せめて自分の足で逃げ帰ってよね!」

文句を言いながらも、人気のないところへチンピラ達を運びにかかる。

一人を担いでもう一人を引きずって運ぶとして三往復。

面倒くさぁ。

と、溜息を吐きそうになったところで、目の前に人がいることに気づいた。

「け、圭一・・・?大石?お前ら・・・・・・」

ピアスに赤シャツの男。

信じられないような視線の先は、あたしの肩と足元に。

まずい。

こいつ知り合いか!

即座に仕留めてやろうと思ったけれど、人一人担いでる状況だ。

もし逃がしでもしたらそれこそ最悪。

全身硬直したまま、この状況を切り抜ける方法を全力で探す。

男は明らかに動揺している。

頭の上にありもしない疑問符がありありと見えるくらいだ。

ああ。

そうだ、これでいこう。

一瞬目を瞑る。

気持ちを切り替え、イメージをしっかり持って。

よし!

「あの・・・、この人たちの知り合いの方ですか?」

「え?」

声は高く小さくゆっくりと、腰と膝を少し曲げていかにも重そうに、とどめは低くなった姿勢からの見上げるような上目遣い。

「さっきこの人たちがサングラスの大人の人たちに殴られてて、また戻ってくるかもしれないし、私・・・、どこかに運ばなきゃって!」

多少パニック気味に見せて深い追求は事前に防ぐ。

狙い通り男はなんとなく事情を察したのか、直ぐにマキから男を引き受けた。

「わかった。ありがとな!こいつらは俺が何とかするから、もうあんたは行っていいぜ!」

「え?でも、きっと直ぐ戻ってきますよ?仲間を連れてくるみたいなこと言ってたと思うし!すぐ逃げたほうが・・・!」

なんてことを言いつつ数歩後退。

悪いが手伝ってなんて言われたら「ごめんなさい!」とか叫んで逃げられるための準備を・・・・・・。

「そっか・・・。じゃあ、悪いけどあんた・・・」

「あの!ごめんなさいっ!」

しといてよかった。

手伝うのが嫌とか言う以前に、全員が気絶してるわけじゃない。

「犯人があたしだってばれたらせっかく来てくれた処理係まで消さなくちゃいけないしね」

塀沿いにぐるっと谷口邸を回るように走って。電柱の影にこそっと隠れる。

これであの男があいつらを掃除してくれるはずだ。

手間も省けてピンチも脱出。

我ながら完璧な作戦に演技だった。

「あれだけの窮地を作ったのも自分だろうが。胸を張ってどうする」

伸びた鼻は後ろからの一言で一瞬でたたき折られた。

「しかも見張りが持ち場を離れてたら本末転倒もいいとこだ。おかげで折角入念に調べた脱出ルートも使えなくなった」

振り返ると、腕組をした新史がこっちを睨みつけていた。

自分の不法侵入を棚上げして、なおもぶつぶつと文句を言い続けるので、ポケットのメモ帳をペシッと顔に投げつけてやった。

「痛いぞ」

「出番を奪った相手が憎かったんでしょ?大体、任せるって言ったんだから後から文句を言うほうが無粋なのよ。けど、良く出てこれたわね?」

メモ帳を拾い上げ睨み返してやると、新史も文句を言うのを止めて自分の後ろを指した。

「元からなかった出番だ。俺が奪ったわけじゃない。それに、予定が少し変わってな」

新史が指した場所。

つまり谷内邸の門に目を凝らすと、暗闇で何かが動いているのがわかった。

少しずつ近づいてくるそれが人だとわかり、その表情が街頭に照らされると、あたしは思わずその名を叫んだ。

「京花っ!」

「うん・・・。久しぶり、マキちゃん」

もじもじとためらいがちにこっちを見るその姿に、様々な気持ちと言葉が溢れそうになる。

散々聞いてやりたいこととか、話してやりたいことが頭をめぐるが、全てに一度ブレーキを掛ける。

目を瞑って、落ち着いて。

「・・・・・・元気だった?」

じゃねえよ。

相手は病欠で学園に来てないのだ。

落ち着こうとしすぎて言葉の選択する余裕がなかったみたいだ。うん。

「うん。今のところ」

肯定されちゃった。

「そっか!ならいいわ。安心した」

内心で苦笑しながらも、明るく微笑んで頷いた。

京花が少し顔を上げる。

不安と疑問と恐怖が見え隠れする。

その顔を見たら、抑えておこうと思った言葉が、ついついこぼれてきてしまった。

「・・・・・・ほんとはさ。言いたいこととか、聞きたいこととか、いっぱいあるんだけどね?無理やり聞いてもしょうがないしさ」

あれ。なんか言ってて恥ずかしくなってきた。

京花はただ黙って聞いている。

「あたしは京花が言ってくれるの待ってるよ」

だんだん顔の温度が上がってきた。

やばいと思って背中を向け。

「学園でさ」

何とか台詞の締めまでしっかり言い切った。

「・・・うん。ありがとう」

背中越しに京花の声が聞こえた。

表情を見てないから、いまいち感情がつかめなかったが、少しほっとした。

同時に、飲み込んだはずの台詞が頭を巡る。


どうして学園にこないの?

来たくない理由があるの?

あの日に何かあったの?

あたしが何か悪いことでも言った?

友達を沢山作るんじゃなかったの?

あたしが友達じゃ・・・、嫌?


やっぱ聞けば良かったかなぁ・・・・・・。

そんな後悔が押し寄せてくるが、すぐに追い払った。

なんだかすんごい恥ずかしい台詞になってしまったが、言うことは言ったのだ。

多分伝わったでしょ。

それで十分。

「それじゃね」

とそのまま帰ろうとすると、後ろからなんともやりにくそうな声がかかった。

「いや、待て。そのだ。・・・悪いがまださよならとはいかないのだが」

がくりと力の抜ける音がした気がする。

「・・・・・・そういえば、あんたも居たんだったわね」

「ああ、何故か一瞬で空気にされたがそれはいい。実は彼女にはこれから少し一緒に来てもらうことになっててな」

「はぁー・・・、何なのよもう。何!?後何があんのよ!」

あまりに空気を読まない新史に、脱力を通り越してやけになって怒鳴る。

さりげなく京花とは視線をはずしながら、新史に詰め寄ると、さっきまでのばつの悪そうな感じが抜けた真顔で答えが返ってきた。

「デートだ」

・・・・・・。

「はあ?」






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