第四話:押しかけ取材班
午後6時。
朝の一件以来気分が滅入ってしょうがない。
覚悟はしていたとはいえ、まさかあれほどまでに睨まれるとは。
余計なことをしてその後の涙さえ見てしまっては最早・・・・・・。
しかし泣き言は言ってられん。
まだシナリオは動き出したばかりなのだ。
たとえ相手が誰でどんな状態であろうと、俺は俺であり続けなければ。
「来ていたか」
谷内邸のある通りに出ると、遠くからでも見覚えのある制服が仁王立ちしているのが良くわかった。
正直、確実に来るという保障が無かった。
それ故に内心でほっと安堵しながら近づいていく。
「しっかり来たようだな」
「新史!こんなところに呼び出しといて遅れるってどういうことよ!」
俺を見つけるなりこっちに詰め寄ってくるマキ。
遅れた?こいつの授業が終わる時刻は多少の誤差はあれど6時。
ちらりと時計を確認するが今は6時ジャスト。
時計が遅れていないことは毎朝チャックしているし、ということは・・・・・・。
「自分が早く来すぎたのを俺のせいにされても単なる八つ当たりにしかみえんのだが」
「それの何が悪いのよ!」
八つ当たりだ。
「どんな状況であれ男が女を待たせていい分けないでしょ!?」
限度ぐらいあるだろう。
「大体第一声は普通遅れた理由と謝罪じゃない!?」
だから遅れたわけじゃない。
と、無駄に話を長引かせる言葉は心中に留め言葉のラッシュが切れたところで本題を切り出した。
「それは悪かったな。で、早速本題に入りたいんだがいいか?」
「誠意がこもってない!」
込めてないからな。
「今日は谷内京花への取材が目的だ。お前にはそのアシストを覚えてもらう」
ツッコミを完全に無視して切り出す。
最悪拳でも飛んでくるかと警戒していたが、どうやら唸りながら睨むくらいで勘弁されたよう・・・・・・。
「ぐうはっ!?」
「・・・・・・わかった。で、具体的には何すればいいの?会話の内容をメモでもしておけばいいわけ?」
無言で踏み込みの入った正拳突きなんぞ喰らわせておいて、涼しい顔で尋ねてくる。
急所に的確に入れておいて答えられるとでも思ってるのか!?
「くっ・・・・・・!はぁ・・・、それは・・・、閉まっておけ!今回は使わん」
「はあ?じゃあ、何よ。録音でもするの?」
マキは取り出したペンとメモをしまい顔をしかめる。
それにしてもこいつにとってさっきのはただのツッコミのレベルだったのか?
流石にこれを毎回喰らっていては体が持たん。
もう少し保身を考慮に入れて話さねばならんな。
「ふう・・・・・・。今回のお前の仕事は主に見張りだ。付いて来い」
ようやく呼吸が落ち着くと予定の場所へ向かう。
「見張り?」
後ろから、不思議そうに首をかしげてマキも付いてくる。
「ああ、なんせ傍から見れば今回のは不法侵入だからな。下手に目撃者がいられても困るし、最悪見つかった場合の口封じもいる」
「はあっ!?ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!取材って本人に許可も取らずに押しかけるわけ?!」
「!」
慌てて駆け寄って目の前に回りこんでくる。
正直今度は後ろから蹴りでもかまされるかと警戒したが、すぐに気を取り直して説明する。
「別にいちいち殴ったりしないわよ・・・・・・」
その前に悟られたらしい。
咳払いして再度気を取り直すと、谷内邸を指した。
「安心しろ。谷内京花本人には”いつでもいい”という了承を得ている。だが、ついこの間俺と龍野で取材に来たときには母親に追い返されてしまってな。だったら了承を得た本人に直接コンタクトを取りに行こうという訳だ」
説明し終えて振り向くと、マキは又もやこっちをじっと睨んでいた。
今までとは違う、怒りでもなく、不可解を示すでもない目。
「何だその疑いの眼差しは?」
「あんたさ、あたしに見張りをしろってことは一人で行く気よね?」
「そうだ」
「本人に直接ってことは部屋に忍び込むってことよね?」
「そういうことになるな」
答えるなりマキはずいっと近づいていっそう睨んでくる。
「何だ?」
「新史あんた・・・・・・。下心は、ないでしょうね?」
「・・・・・・はあ」
こいつは・・・・・・。
ここはきっぱりと言っておくか。
「まったく無い」
「根拠は?」
「まずあの手のおとなしいタイプの女子は俺の好みとは少々ずれている。ああいうのも悪くないが、いかんせん彼女は身長も低めで胸囲も控えめ、所謂ロリータがはあっ!」
「もういい。良くわかった。あたしが本当に見張らなきゃいけないもんが」
「お前っ!・・・止めるならせめて口で・・・・・・!」
今度は腰の入った裏拳だ。
身の潔白を証明するはずだったのだが、どうも逆に睨まれてしまったらしい。
しかしこいつ、予想の倍は手が出るのが早いな。
「とにかくっ・・・!俺が信用できないならっ。・・・・・・俺ごとでいいから、お前はここで誰かがここを通るか見張っておいてほしい。万が一誰かが通った場合は適当に注目を集めてこっちに気づかれないようにしてくれ」
このままでは体が持たないと判断し、息が整い次第塀をよじ登る。
「あ、待ちなさいよ!別にまだ納得したわけじゃないし、どっちみち本人に許可取ったからって不法侵入は不法侵入でしょうが!大体注意を寄せろたって・・・・・・」
「細かいことは気にするな。お前がきっちり役割を果たせば問題は起きん」
言い終えるなり俺は内側へと飛び降りた。
塀の向こうではまだマキが何やら叫んでいたが、無視して庭を駆け抜ける。
谷内邸については友人関係や本人からも色々と情報を得ていた。
地元の大型デパートを経営する谷内家はここら辺では割と裕福な部類に入る。
それ故に新築の家は周りとは違う凝ったデザインになっており、正方形のキューブがあちこちに突き出したような外見をしている。
わりと広い庭には監視カメラが何台か見えるが、京花本人からの話で家に人がいる際はほとんど動いていることは無いという。
いくつかある防犯装置もまたしかり。
ばれずに家まで近づいてしまえば、突起の多い外見のおかげで二階にある京花の部屋まで簡単にたどり着ける。
「デザイン重視の設計も考え物だな」
庭を抜け家の壁に張り付くと、もと来た道を振り返る。
俺が登ってきた塀にはこっちに向かって何やら言いたそうな女子が上半身を乗せていた。
「まったく」
携帯を取り出しメールを作成。
『今目立たれると逆に動きづらいんだが、顔を出すのは人が見えたときだけにしてくれ』
思ったことそのまま送信。
やがて塀の上の影が向こう側に消え、すぐさま返信が帰ってきた。
『何であたしのアド知ってんのよ!?』
びっくりマークの後に明らかな怒りマークが踊っている。
塀からはいなくなったが、ここで下手な返事をすれば戻った後が怖いな。
少し考えてから返信。
『報道部だからだ』
他に言いようが無かった。
「さてと・・・・・・」
窓の位置に注意しながら壁に沿って移動する。
時折塀の方も確認し、人が来ていないかも確認する。
ガレージの前まで来ると、真上の部屋の窓から明かりが漏れた。
「どうやら、夕食も終わったようだな」
目的の人物が部屋に戻ったのを確認し、もう一度塀のほうを見る。
人が来ていないのを確認すると、そばにあった突起に足をかけ、そっとガレージに飛び乗った。
窓のある位置までにはもう一つ別の窓が間にある。
その窓の両端にこれまたちょうどいい突起が左右についていて、窓自体もあわせて非常にバランスの悪い階段のようになっていた。
といっても、幅は10センチにも満たないため、足場としてはかなりぎりぎりのところだ。
落ちればガレージの屋根で間違いなく派手な音が出てしまうため、慎重にこなさなければならない。
しかし、ふとそこで嫌な予感が走り塀へ視線を移す。
案の定そこにはマキが塀に体を乗せ、自分の左側を指しながら反対の手を振っていた。
「よりによって今か」
バランスを取るだけでも苦しい足場で、飛び降りればガレージ。
急いで上ったほうがまだいいか?
しかし、間に合わなければこの位置では確実に塀の外からでも見えてしまう。
ここはあいつに頼るしかないか。
だんだんジェスチャーを激しくするマキ。
おそらくそれだけ近づいてきたのだろう。
すかさず携帯を出してメール送信。
『任せた』
後はあいつを信じて上るだけだ。
一つ目の突起から足を離し、完全に窓の上に乗る。
それから注意深く立ち上がり次の突起に足を伸ばす。
「うがあっ!」
と、そこで塀の向こうから低い悲鳴が聞こえた。
間違いなくマキの仕業だろうが、聞こえたのはもう少し距離のある場所のようだ。
まさかとは思うが、いくらあいつでも通りすがりの一般人をいきなり殴ったりはしないよな?
一抹の不安を抱えつつ、やっと目的の窓のそばまでやってきた。
携帯を取り出し、さっきまでとは違う相手に電話をかける。
『・・・・・・もしもし?壮学報道部の新史ですが。谷内京花さんで間違いありませんか?』