第二話:新史典孝の朝
7月下旬。
毎日のように続いた雨も、たまに晴れては気持ちのいい朝を引き立てる。
授業直前に起きるような輩には味わえぬものだろうがな。
「部室で徹夜明けのコーヒー飲みながら言っても全然爽やかじゃないですね?」
「どちらかといえばハードボイルドな男を演出したかったのだ。爽やかさではお前と路線が被る」
あははと笑って同じコーヒーを啜る同級生は2年の折笠 雄一朗。
もちろん報道部員だ。
爽やかなのは外見だけでなく、中身も絵に描いたような好青年。
そのルックスを存分に活かし女性はもちろん、当たり障りの無い態度で男性への評価も良好。
学園内でもトップクラスの美青年なのは間違いないだろう。
何より頭の切れも良く、その判断力は我が部には不可欠なものでもある。
「褒めすぎですよ。部長」
「たった数行の解説で過ぎることなどあるか。お前も自分の価値を把握してないわけではないだろう?俺相手に謙遜なんぞするな」
「だったら部長こそもう少し自分をしっかり評価してあげたらどうです?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
わかってるでしょ?と笑顔で返してくる雄一朗。
痛いところを衝かれたが、そういう人の表に出てきていない側面を察知するのも奴の長所ではある。
「善処している」
それだけ返してコーヒーをまた啜る。
自己紹介が遅れたな。
壮麗学園2年報道部部長新史 典孝だ。
現在部室で記事の作成を終えたところ。
結局徹夜になってしまったが、学園内の記事は最低半月に一度は出さねばならない”条件”だ。
我々が学内に残り、報道部を維持するためにもこれを欠かすわけにはいかん。
途中で逃げた阿呆もいるが。
「そろそろ見回りが来ますね。部長、授業は?」
この部室も含め、文科系のサークルはサークル塔の中にある。
そしてそのサークル塔は原則寝泊り禁止。
明け方ごろには見回りが来て、忍び込んで作業をしているものや、酒をかっくらい遊びほうけている連中は一同に罰則を受ける。
まあ、至って甘い点検なので内から鍵でも掛けて静かにしていれば問題なくやり過ごすことができる。
ちなみに我が部でもOBによって隣室に二段ベッドが設置され、一階は物置。二階には仮眠用の布団が敷いてある。
「午前中には無い。だが、今日は朝から動かなければならないんでな。こいつを飲んだら記事を張りに行って待ち伏せだな」
「今からずっとですか?彼女が来るのがそんなに早いとは思えませんけど?」
驚いた表情をする雄一朗。
俺の行動がどうやら相当以外らしい。
「例外は常に考慮に入れておくものだろう。見回りが来てる中戻ってくるのもリスクが高いしな。何をそんなに驚く?」
「・・・・・・いえ。部長がそこまで気合が入ってるのも珍しいと思っただけですよ」
少し考えてからそう笑顔で答えた。
言葉以上の意味を籠めたつもりはなかったんだが、どうやら何かを悟ったらしい。
「計画を実行する上で気合など抜いたことはない。それじゃ、俺は生徒が来る前にこいつを張ってくるぞ。シナリオの大事な第一手だしな」
「そうでしたね。ああ、でもそれを張ったら一度戻ってきてもらえませんか?何か朝食でも作っておきますから」
部室の棚にはカセットコンロをはじめ調理器具のほとんどが収納してある。
冷蔵庫は基本的に大学のサークルには提供され、食材も常に用意されているため部員のほとんどが料理をできたりもする。
俺のような例外もいるが。
「お前一人で食べるといい。さっき行ったように戻ってくるつもりは無い」
「女性を誘うのに、手ぶらじゃ心もとないじゃないですか」
卓上の記事を丸めて持ち去ろうとする手が止まる。
「別に誘いに行くわけではあるまい。むしろ挑発して扱いやすくするのが今回の目的だ。飯などもって行ったところで・・・・・・」
「お腹も満たせない人に、心を満たすことなんてできるでしょうかね」
そう微笑んでコーヒーをまた一口。
雄一朗の笑みに確信を得たというものを感じた俺は大きく溜息を吐いて記事を丸めた。
「冷蔵庫の在庫は?」
「弁当を作るにはちょっと彩りに欠けるけど、三人分はある筈ですよ」
「なら朝食は取りに戻る。俺の分だけでいいから置いといてくれ」
「いいんですか?」
微笑んでよいうよりはもはやニヤニヤといってもいいだろう。
どうにもしつこい。
「材料だけ余っていれば十分だ」
部室を出て行こうとする足を止めて振り返る。
「そいつで料理の練習でもするさ」
明らかに効率が悪くても、人の力に頼りたくないこともある。
そんな心情を悟ってか、雄一朗は黙ってうなずくと、それ以降は何も言ってこなかった。
「・・・・・・まだまだ時間がかかりそうですね」
だから最後にわずかに聞こえたのは奴の独り言なのだろう。