第十三話:龍野観加佐の介入
午後9時。
こんな時間に呼び出されたから、てっきり個人的な要件だと思っていたのに。
指定された場所はこの何もないただの通りで、しかも相手は他の女。
愚痴を言っても仕方ない。けれど、彼は私の事を一体どう思っているのだろうか。
折角部室を抜け出したのだし、この際この足で彼のもとに行くのもありではないだろうか。
とにかく、あのやかましい連中を片付けてから考えよう。
「観加佐ちゃーん!準備いい!?」
猛烈な勢いで走ってくる集団の先頭で、見覚えのある顔が手を振った。
その言葉に眉をぴくりと動かしたものの、仕方なく手を振って返す。
同時に、塀に立て掛けてあった一本の棒を手に取った。
長さは約2メートル。鉄棒程の太さで、黒く塗り固められた漆の下に僅かな木目模様が透けている。
それを水平に構えると、道の幅の2分の1以上を埋めてしまう。
「ありがとっ!じゃ、後はよろしく!」
「すまんな!頼むぞ観加佐」
集団から少し先行して走っていた二人がそれをくぐり背後に回ると、私は無言でうなずき深呼吸。
遅れてやってきた連中へ視線をやった。
「まてえええ!このアマ!よくも大石達をやってくれたな!」
「おまけにこの俺をだましてくれやがってもう許さねえぞ!地元チンピラなめんなよコラアァ!」
「邪魔だ棒女!チンピラ魂みせたらぁっぷがあ!」
走ってきた五人のうち一番前にいた男が拳を振り上げた瞬間、その顎に棒の先端がめり込んでいた。
「その呼び名は失礼です」
「なっ!?」
こちらの動きが全く見えていなかったチンピラは慌てて足を止め、地面に倒れた仲間を見る。
が、更に棒を横に薙いだため、二人まとめて顔面にそれを食い。揃って壁にもたれかかるように倒れた。
「な、何だこいつ!?つぅえっ!」
「ちょ、ちょっとまげっ!」
最後尾にいた二人は完全に足を止めてしまっていたので、仕方なく数歩近づいてそれぞれの顔面に突きを入れ気絶させた。
歯を数本へし折ってしまったかもしれないが、手加減しろとも言われていないから問題ないだろう。
「さっすが棒を持たせれば学園最強の龍野 観加佐!五人を瞬殺。鮮やかだね♪」
「うむ。相変わらず副部長の棒さばきには惚れ惚れする。その動き、やはり一度詳しく解析して更なる進化を目指してみるべきでは・・・」
「お断りします。あなたの研究に付き合わされて一か月も暗い地下室で拘束されるのはもう御免です。それより葦名」
「ん?何?ああ、証拠を取ったカメラならしっかり持ってるよ」
「それは当然。それよりも、あなたさっき私をちゃん付けで呼びましたよね?」
「え、え~?ダメなの?」
笑顔でそう聞くと、棒を今度は垂直に持ち、どんと地面に突き付ける。
「会って最初にそう呼ばれて以来一度たりとも許したことなどありません。いい加減態度を改めないようなら、ここにもうひとつ屍を築くことに・・・・・・」
「わ、わかったよっ!呼ばない!だから構えないで!睨まないで!」
「ふふふ。流石の葦名も冗談の通じん副部長には弱いな」
(弱いもくそもあれ本気の目でしょうがっ!この時期にこんなところに置き去りにされるなんて冗談じゃないよ!)
小声でマリに反論していても、全部聞こえてしまっている。
彼女がこの程度で態度を改めるとは到底思えないが、今粘るのも時間の無駄だ。
私は壁際に置いてあったカバーに棒を包むと、背中に担いだ。
「では、ここは済んだことですし、部長たちの様子でも見に行きましょうか。あなた達はどうしますか?一応部室の人手は足りているようでしたが」
「お?部長の所?それならあたしも行こうかな。今からなら丁度クライマックスに間に合うかもだし」
「ぬう?クライマックスとな?」
「何の話ですか?」
「むふふ♪そりゃあ、傷ついた二人が出会い、励まし合い、その最後となれば色々起こるのがこの世の常ってものでしょう!ほんとは予定になかったけど、観加佐ちゃんが行くなら私が行っても部長に文句は言われないよね!」
こちらに目を輝かせながら振り向いた葦名。
その顔ににっこりと笑顔を返して私はしまったばかりの棒を取り出した。
「観加佐・・・ちゃん?」
「あ・・・」
「まったく・・・。あなたには少しお仕置きをしておいた方がいいようですね?」
「い、いや・・・、言葉のあやだよ!や、やめてええええ!」
「待ちなさい!」
逃げる葦名を追う際に、やれやれと肩を落とすマリが視界の外に移り消えた。
「あんたたちのせいでお店から追い出されたじゃない!どうしてくれんのよこのガキ!」
「ケバいだけのおばさんに言われる筋合いないわよ!あんたこそ猿みたいにキーキーうるさいから店員に間違われたんじゃないわけ!?」
「はあ!?調子乗ってんじゃないわよ親の脛かじって学園通ってるようなガキのくせして!自分で金も稼げないくせに大人に逆らってんじゃないわよ!」
「自分の弟を散々責めて部屋から出られなくした張本人のくせに何が大人よ!自分が何したかもわかってないような無駄年ぐらいがあたしにガキなんてよく言えるわね!?」
「お、落ち着いてマキちゃん!」
「めぐみちゃんもそんなにしわを寄せたらきれいな化粧が台無しだよ?」
「あんたもあたしがケバいってか!?」
「え!?いや、そんなつもりは・・・。うわ!ちょっとま噛みつかないで!」
数分後。
うなだれる葦名にマリが肩を貸しながらやってきた場所には、いがみ合う糸瀬マキと島野めぐみ。それをそれぞれ抑えている谷内京太郎と折笠。そして、それらと少し場所を離れて溜息を吐く部長と暗い表情の谷内京花と島野浩介がいた。
「どうなってるの?これは・・・・・・」
「ターゲットと排除目標。そしてそれを実行するエージェント。本来なら接触してはいけない連中が一堂にかいしているな」
「荒れてるねぇ・・・」
呆然とその光景を眺めていると、マリが冷静に状況を自己分析し、葦名が顔をあげてわずかに楽しそうな口調で呟いた。
あれだけやっても復活するとは、侮れない。
とにかく、状況のつかめなかった私は思い切って部長に近づいて行った。
部長は額を押さえながらしきりに溜息を吐いている。
「部長。これはどういうことですか?計画に随分そぐわない光景ですが」
「む?ああ、龍野か。来いと言った覚えは無いぞ?」
「来るなと言われた訳でもありません。それに、そんな様子では帰れと言われてもただ帰るわけにはいきません」
私が強くそう言うと、部長は意外そうに顔を上げもう一度だけ溜息を吐くと「情けないな」と苦笑した。
「そうだな。情けないところを見せた。ハッキリ言って状況は最悪だ。ほとんど計画は失敗したと言ってもいい。ターゲットに尾行がばれ、そのはずみであの二人とまで接触させてしまった。家庭面での問題は後々カバーしていく予定だったのだがこれで完全に浮き彫りになってしまったし、雰囲気からして学園での生活は何とかなるだろうと思ったが、これではそれもかなわんかもしれん」
言葉を続けるうちに部長の声色が暗くなっていく。つられてこっちまで溜息が出そうになるほどだ。
「それでお手上げだったというわけですか。確かに情けない話です。らしくありません」
「まったくだ。どうも今回は調子が悪くてな。だが、お前にそうも心配をかけさせておいては部長としては論外だ。何としてでも成功させる手を考える。手伝ってくれるか?」
少し責めるように言ったつもりだが、どうやらさっきの言葉だけで自分に喝を入れていたらしい。
返ってきた言葉にいつもの覇気を感じ、嬉しさが表情に出てしまった。
「ええ。お任せください。・・・ところで部長。現段階でいい策がないのなら、私に考えがありますが」
「考え?何だ?」
「用は家庭面の問題さえ解決してしまえば、あの二人はうまく助け合って学園生活を送れそうなのですよね?ならば、今ここで家庭面の問題を解決してしまいましょう」
部長は納得しきっていない。
言っていることはわかっても、私が何をしようとしているのか想像がつかないのだろう。
そうさせているのはおそらく彼女。
自分でも気付かないうちに意識してしまって無難な発想しか浮かばない。
そんな所か。
まったく、そんなことで計画を駄目にしかけるなんて納得できないのはこっちの方です。
「話はわかるがどうやって・・・」
「とにかく!ここは任せていただきます!」
珍しい機会だ。
部長に私が貸しを作るというのもたまにはいいかもしれない。
本当はこんなにも話を切る予定はなかったのですが、時間と予定の関係でこんなにも話数が伸びてしまいました。
どうせ伸びてしまったので、もう一・二話増えるぐらい気にせずしっかり終わらせようと思います。
無計画な作者で申し訳ありませんが、どうぞこれからもよろしくお願いします。