第十二話:覗かれ人達
午後8時15分。
「なっ!?なんでそんなことまで知ってんのよ!」
後ろの席がまた賑やかになった。
やっぱりマキちゃんも来たんだ。
少し恥ずかしいような。
けど嬉しいような。
「向こうも皆そろったみたいだね」
「うん。ねえ、マキちゃんも浩介の家に着たりしたの?」
「ん?いや・・・。あの子は今日初めて会ったね。」
「そっか・・・・・・。ちょっと不器用だけどかわいいでしょ?」
「えっ!?な、・・・え?・・・ど、どうかな。俺はあんまああいう人は苦手かも・・・・・・」
「マキちゃんはかわいいよ!浩介は見てないからわからないかもしれないけど、4年の先輩でも顔色一つ変えないでバシバシ倒しちゃうんだよ!冷静な表情のまま一人を踏み台にして背の高い一人に飛び膝蹴りを入れたところなんて見とれちゃうぐらい綺麗だし!」
「わ、わかった!わかったって!正確が苦手なだけで確かに綺麗だしかわいいよ!」
「彼女の前で他の女を褒めない!」
「で、でも君はもっとかわいい!」
「綺麗がない!」
「綺麗でかわいいです!」
「ちゃんと名前を言うって約束した!」
「京花ちゃんの方がかわいいし綺麗であります!」
「呼び捨てにしてもいいって確認もした!」
「はっ!京花の方がかわいいし綺麗であります大佐!」
「大佐って誰!?」
何故か勢いで敬礼までしちゃった彼はそのまま困惑した表情で固まってしまった。
額から汗を流しながら猛烈に考え込んでいる彼を見てると、笑いが押さえられなかった。
なんかすっごいかわいい!
「ぷっ、ふふふ。あはははは!これじゃ恋人同士って言うより友達ですよね!」
「え?あ、そう・・・だね。ははは」
私が笑い出したのを見て、彼はほっとしながらも苦笑した。
正直「綺麗」とか「かわいい」とか、言わせたとはいえ何か凄く嬉しくてドキドキしてる。
思わずにやけちゃったのを誤魔化せたこともあって、私も心の中でほっとした。
「凄いね京花は。最初は何も言ってくれないし目もあわせてくれないから、正直どうしていいかわからなかったのに、もうこんなに話せる」
笑顔のまま彼は呟いて顔を伏せた。
そんな風に言ってもらえたのは初めてだった。
だからか、思わず目を丸くして固まってしまった。
確かに今の私は普段じゃありえない事ばかりしてる。
こんな風になりたかった。
冗談とかを言いながら笑いあったり、ちょっとからかいあってみたり。
今はからかってるだけだけど。
何でなんだろう。
怖くなかった。
「俺はさ。・・・・・・人と話すことも、会うだけでも怖くなっちゃって。だいぶ良くなったけど、今でもまだちょっとだめなんだ。すれ違った人の声が聞こえただけで自分のことじゃないかと脅えたり、何か失敗したらパニックになったり。さっきも結構まずかったし」
多分さっきのテーブルでのことだと思う。
彼の声は小さかったけど、私にははっきり聞こえた。
聞き逃すなんて出来なかった。
「どうして・・・・・・」
気づけば私は自然と口を開いていた。
「どうしてそうなったんですか?」
よくよく考えれば、そんなことを何も考えもしないで聞いちゃだめな気もした。
けど、私は聞かずにはいられなかった。
彼は一瞬だけ私の顔を見ると、少し視線をそらして続けた。
「この学園に入る前からね?俺人の輪に入るのって苦手だったんだ。既に仲がいいグループとかには絶対に入っていけなくてさ。この学園に入ったのをきっかけに治そうと思ったんだ。入学してすぐなら皆知らない人同士がほとんどだろうしね?けど・・・」
「そうじゃなかったんですね」
「うん・・・・・・。高校からの知り合いとか、学園内で上がってきた子なんかはとっくにグループが出来ちゃってたし。下宿や寮が同じ人たちなんかももう仲良くなっちゃっててね。気づいたときにはまたいつも通り。どこにも入れないでさっさと帰るしかない俺がいた」
彼の顔が更に俯いた。
もしかしたらそのときのことを思い出して涙が出てしまったのかもしれない。
私ですらそうなのだから。
「・・・え。ど、どうしたの!?」
私の様子に気づいて彼は慌てて顔を上げた。
溢れてしまった涙をぬぐいながら彼を見ると、やっぱりちょっと眼が赤かった。
「自分のことが嫌いで・・・」
「え?」
「そんな自分のことが嫌いで、自信がなくなって。人と比べるともっと嫌になって。誰かに話しかけることも、会うことも出来なくなって。・・・・・・違いますか?」
涙は落ち着いた。
けど、胸が熱くなっておさまらない。
何かはわからないけど、感情のままにどんどん言葉が出てきた。
彼は何も言わなかったけれど、ほんの少しだけ頷いたように見えた。
そうだったんだ。
だから彼なんだ。
新史さんが彼を選んだ理由が、わかった。
ううん。選ばれたのは私もなんだ。
「・・・・・・同じなんです」
今度は私が俯いていた。
声も小さかった。
けど、きっと彼にはちゃんと聞こえてるんだと思う。
「高校に入ったら変われる。大学にいったら変われるって・・・・・・。ずっと自分のことが嫌いだったから。けど出来なくて。そんな自分がもっと嫌になって・・・」
いつの間にかまた涙が出ていた。
声も震えてる気がする。
声に出すたびにひどくなっていく。
それでも止まらなかった。
やっと、話せるから。
聞いてくれる人がいるから。
「壮学に入った時も・・・、話しかけて嫌な顔されるのが怖くて、迷惑がられて噂されるのが怖くて、一人でさっさと帰ったんです。これでまたいつもと同じになるんだ。また変われないんだって、けど、マキちゃんに会えて・・・」
4年の先輩だったのは後から知ったことだったけど、いきなり声をかけられて囲まれた。
怖かったけれど、周りに声をかけて助けてもらうことさえ私には出来なかった。
ただ脅えてしゃがみ込んでたら、いつの間にか先輩達がいなくて、代わりに彼女がこっちを見下ろしてた。
「かっこいいね」
いつの間にか涙が止まってて、彼の声が耳に入った。
顔を上げると、彼は笑顔で話を聞いていた。
「・・・うん」
少し気分が落ち着いて、なんとか笑顔を返した。
「マキちゃんがいてくれたから私は少しでも学園に戻りたいって思えた。けど、その日をきっかけに私は他人が怖くなっちゃって、次の日から家を出られなくなってた。せめてマキちゃんとなら普通に話せるはずだからってお母さんに無理言って仮病で休ませてもらって」
「お母さん。わかってくれたんだ」
「・・・・・・うん。結局今まで戻れなくてお母さんにも心配だけかけて、これ以上家に閉じこもってるのも限界だなって思うと、もう・・・・・・」
続く言葉が言い出せなくて、少ししんとした空気が流れた。
それでも、彼は黙って私の言葉を待ってくれていたから思い切って話した。
「私にはもう、死ぬしかないんだ・・・・・・、って」
何度目かの涙がまたこみ上げてきた。
ずっと自分の中に沈んでた。
それこそ中学生よりも前から溜り続けていた不安、絶望。
それが、言葉と一緒に出て行く気がした。
「・・・やっぱりそういうことだったのか」
「え?」
彼の声に顔を上げると、彼は泣いていた。
思いつめた顔で、ただ静かに涙を流していた。
「何もかも全部って訳じゃない。けれど、俺達同じだったんだ。自分のことが嫌いで、人が怖くなって、でも誰にも話せなくて。新史さん達の目的はただの理由造り何かじゃなくて、俺たち二人でなら戻ってこれる。そういうことだったんだよ。きっと」
一言ごとに、彼の表情は変化していった。
少しずつ笑顔に、流れる涙は感謝に。
「うん。浩介の話を聞いたときに、私もなんとなくそんな気がしたんだ。だから私達が会わされたんだなって」
切なくて、悲しくて、そんな涙はもう引っ込んだけど、今度は私も感謝の涙が溢れそうになってきた。
「ありがとう・・・」
聞こえるとは思ってないけど、後ろの壁の向こうへ小さく呟いた。
今度学園であったときに、改めて言おう。
そう決めて。
と、思ってたんだけど。
「ど・お・い・う・こ・と・よっ!!!」
後ろから突然聞こえたその声は店中に響き渡るほどで、誰もが一瞬静まり返った。
「お、落ち着けマキ!何を聴いたか知らんがこれじゃ台無しだろうがっ!」
「知るかっ!あの子にあんな台詞吐かせといてまだ訳わかんないままじゃ訳わかんないわよ!!!」
「うーん。マキちゃん。興奮しすぎて言葉と気持ちが混ざってるよ?ひとまず座って・・・・・・」
「しゃらくさい!こうなってまで黙って見てられるか!うるあぁっ!」
「お、お客さん!?ちょっと困りますよ!!!」
どがっと、何かを蹴り飛ばしたような音がしたかと思うと、マキちゃんが後ろの席から飛び出してきた。
慌てて新史さんが出てきて戻そうとしたけど、伸ばした手をつかまれてそのまま組み倒されてしまった。
一瞬だったからどうやって地面に倒されて足で踏まれるまでなったのか良くわからなかったけど。
後から出てきた折笠先輩はやれやれと頬を掻きながら見守っていた。
「そこの優男!京花のさっきの台詞はどおいうことよ!きっちり説明してもらいましょうかっ!?」
突然のことにきょとんとしてる私達にマキちゃんはビシッと指を突きつけると、そう叫んだ。
とはいっても、浩介には何のことだか全然わかってないみたいで、目を点にしてマキちゃんと私を交互に見るだけだった。
もちろん私にも全然意味はわからない。
「えっと、マキちゃん?何言ってるの?」
「京花!何言ってんのよ!さっき死ぬしかないって言ってたじゃない!そんなことあたしが認めないわよ!」
私に駆け寄って両手をしっかり掴んでそう言うマキちゃん。
その勢いに押されて思わず後ずさっちゃったけど、なんとなく事情はわかったかも。
「あ、あのね、マキちゃん。それはもういいの」
「よくないわよ!あいつに何言われたのか知らないけど!そんなの全然気にすることじゃ・・・」
「そうじゃなくてっ!あれは、なんていうか・・・。話にたまたま出てきただけで、むしろもう大丈夫だから言えたって言うか、言えたから大丈夫って言うか。マキちゃん達に感謝して今度はちゃんと言うと思ったらそれどころじゃない状況で会っちゃったなって思って、けどこれはカウントしないよね?っていうか」
必死で説明したから自分でも何言ってるのか途中でわからなくなってきたけど、マキちゃんは私の手を握ったまま黙ってしまった。
「・・・・・・大丈夫なの?」
しばらくしてそれだけ言ったマキちゃんに、私は頷いた。
「本当に?」
「う、うん」
「じゃあ、あたしが出てきたのは・・・・・・」
握られた手がなんとなく湿っぽくなった。
それと同時に周囲の空気がちょっと冷たく。
いや、これは視線かな。
「ま、マキちゃん?」
「あ、あはは・・・・・・」
笑っても誤魔化せないよ・・・・・・。
「五月蝿いわねえっ!誰よっ!迷惑なのよ!」
握られた手がいよいよびっしょりになってきた時、奥の席から今度は甲高い声が響いた。
その当人はすぐに私達の席まで来ると、私にくっついてるマキちゃんの首を掴んで引き剥がした。
「あんたね!五月蝿いのよ!ガキの遊び場じゃないのよここわ!」
「い、いやぁ。ちょっと勘違いだったみたいで・・・。ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察はいらないのよ!せっかくの気分が台無しじゃない!慰謝料きっちり払ってもらうからね!」
「はぁ!?慰謝料?居酒屋で気分も何もないじゃない。確かに悪いと思ったから謝ってんのに、付け上がってんじゃないわよ!」
「な、なんですってこのガキ!!!」
文句をつけてきた女性は凄い剣幕で怒鳴り散らしたけど、流石マキちゃん。
こんな状況でも食いついていってしまった。
「ま、まあまあ。めぐみちゃん。こんな若い子相手にそんなに言っちゃ大人気ないよ」
「あ、京太郎さん♪でもこのガキ失礼なんですよ~?自分が騒いだくせにあたしにまで怒鳴り散らしてきてー」
鬼のような形相でにらみ合ってた二人だけど、奥からもう一人男の人が出てくると、女性はころっと態度を変えてしまった。
それで少しは場が落ち着くかと思ったら・・・。
「お、お父さん・・・・・・?」
「え、なっ!?き、京花!?何でこんなところに!」
最悪だ。
せっかく元に戻れるって、学園に戻れると思ったのに。
ふと浩介をみた、きっと彼にも嫌な思いをさせてしまうんだ。
私のせいで、こんな場面に出会わせたりして。
もう最悪だ。
けど、彼も呆然と私でもお父さんでもないところを見つめていた。
「え、あれ?この子知り合いなの京太郎さん。ん?ていうか、あんた浩介?あれ、浩介だよね?」
「ね、姉ちゃん・・・・・・」
彼もそう呟くと、私の方を恐る恐る振り返った。
え?
・・・・・・どうゆうこと?