第十話:谷内京花の不安
そろそろ午後8時。
新史さんは私を手伝ってくれると約束した。
初めて・・・・・・、では無いけれど。ほとんど会ったことも無いはずの彼の言葉を私は疑うこともしなかった。
何故かはわからない。
ただ馬鹿なだけなのかもしれない。
けれど、きっと後悔はしない。
そんな気がした。
「さっきの・・・・・・、新史さん達だったよね?」
「・・・・・・多分」
ゲームセンターへ入ろうとした私達の前に、突然飛び出してきた三人はどう見てもさっき分かれたはずの二人だった。
あきらかに危なそうなおじさんに追われてるのを見て、どうしていいのかオロオロしていた私を、彼は腕を引っ張って通りの反対へ連れてきていた。
マキちゃん達からまるで逃げるようにビルへ入り、階段を上がると、そこは居酒屋だった。
と言っても、人はそれほど居なくて、なんだか落ち着ける雰囲気が漂っている。
「あの人たちなら、・・・多分放っておいても大丈夫だね」
「そ、そうですか?」
「・・・・・・うん。そのはず」
会話をしてても、彼はこっちを見ようともしない。
落ち着き無く店内を見回しながら、空いてる席を見つけると、またも彼は強引に席まで私を引っ張ってきた。
「あの。放して下さい!」
「え?あっ・・・・・・」
席に着く間際に、そう言って手を引っ込めた。
意外とあっさりと外された手を抱え、初めてこっちを見た彼を睨んだ。
折笠先輩ほどでもないけれど、割とかっこいい。
けれど、あまり好きになれる人ではなさそうだった。
公園で二人っきりにされた後も、軽く自己紹介をしてベンチに座ったっきり。
しばらくお互い何も話すことなく、唐突に彼が「お腹減らない?」と言ったから、コンビニへ、
そのままオロチへと誘われたので、向かった。
それだけ。
終始私の顔をまともに見ることも無く。
何かお互いの話をするでも無く。
『しょうがないから付き合ってやってる』
口に出さないだけで、そう言われている気がしてならなかった。
しょうがない。確かにこの人に付き合ってるフリをしてもらうのは私の都合だから。
元々この人は私のことなんか知りもしない人なんだから。
私なんか、相手にしたいわけじゃないんだから。
「そっか・・・・・・。ごめん。手、嫌だった?」
私が何も言わずにいると、彼ははっとして顔を伏せ、何とか聞こえる程度の声でそう言った。
その仕草が、なんだか引っかかった。
緊張・・・、してる?
新史さんのことだから、きっと恋愛なんかしたことの無い私でもどうにかしてくれる、恋愛のプロみたいな人を呼んだんだと思ってた。
そんな人だから、私に目も向けてくれないんだと。
でも、今のは。
「取り合えず、座らない?俺もちょっとテンパちゃっててさ。教えられたこと全部、すっ飛んでた。今からじゃ、駄目かな?」
「え・・・?」
促されるままに向かいの席に座ったけれど、苦笑して彼が言ってきた台詞の意味は、全然わからなかった。教えられたって、何だろう。駄目って、何が?
私がただ呆けていると、彼は頬を掻きなが表情を引きつらせた。
「な、何か・・・、変なこと言ったかな?」
「あ、いえ・・・・・・」
「ご注文はお決まりですか?」
私が答えに戸惑っていると、店員が水を運んできた。ついでに注文も取るつもりらしい。
「あ、はい。えーと。うわっ!」
と、慌ててメニューにてを伸ばした彼は、水の入ったコップを倒してしまった。
「何か拭くものお持ちしますね!」
「あ、はい。お願いします!ごめんね!かからなかっ・・・。ああっ!」
「あ、大丈夫・・・で、わあっ!」
自分のハンカチで急いで拭こうとした彼は焦り過ぎたのか私のコップまで倒してしまった。
さっきのはテーブルに広がっただけだけど、今度は私の服にまともにかかった。
それどころか。
「あっ?」
「うわっ!」
「えええっ!?」
醤油。ソース。仕舞いには爪楊枝までもテーブルにばら撒いて、見たこともない惨状を作り上げていた。
「・・・・・・わざとですか?」
「い、いや!いやいやいやっ!違うっ!」
私がじと目で睨むと、彼は手と首をこれでもかと言うほど振って否定した。
はあ。
何だろう。
服が濡れたこととか、さっき言われたこととか。
真剣に考えて混乱してた自分が馬鹿みたいに思えて、思わず溜息を吐いた。
「あ・・・・・・」
それに反応したのか、彼は動きを止めて、こっちを向いたまま視線をそらせた。
その様子をただ見ていると、彼は私の視線に気づいて思い切ったように口を開いた。
「そっ、そんな顔も、かわいいよっ!」
「へ?」
さっきまでとは違い、視線は泳ぐことなく私だけを見て。
つっかかってしまったけれど、はっきりと聞こえるように。
でも、作りたかった笑顔は口元が引きつってしまっていて。
勢い余ってテーブルに付いた手は醤油とソースまみれで。
何よりこんな状況で、そんなに一生懸命な表情で。そんな台詞を不意に言ったものだから。
「・・・ぷ。・・・ふふふ。あははははははははは!」
私は思わず吹き出してしまった。
しかも、止めることが出来ずにそのまま大笑いしてしまった。
「え・・・。えっと・・・?」
彼は何がなんだかわからないようで、固まったまま首を傾げた。
私はひとしきり笑うと、何とか息を整えながら彼を見た。
「ふふふっ。この状況で、何でそんな台詞が出てくるんですか?」
「え?え、いや。女の子がつまらなそうだったときは意外な一言で驚かせてあげるのもいいって教わったもんで・・・」
私が笑顔で見つめると、彼も視線をそらさずに返してくれた。
頬を掻こうとして、手が醤油とソースまみれなのに気づき、またおろおろしだしたから、私のハンカチを差し出した。
「使っていいよ」
「え?でも、汚しちゃ悪いし・・・」
「彼氏なんでしょ?気にしないで」
「え?」
私の台詞が、彼は一瞬何のことだかわかってなかったようだから、私はその手にハンカチを押し付けて、続けた。
「私も忘れかけてたけど、嘘でも私達デート中なんだし。どーせなら楽しく行こうよ」
そんなことをどうしてこんなに笑顔で言えるのか、私にも分からなかった。
雰囲気に呑まれたのかもしれない。
けれど、このどうしようもなく頼りない彼を、何故か私は、どうしようもなくかわいく思い始めていた。
更新速度も展開も相変わらずノロノロとお送りしています。
忙しいんです!バイトが!何故か今になって急激に!
と言うことで、更新速度はそうそう早くなりそうもありません。申し訳ない。
何故かこの話引っ張って十話まで来てしまった。
念入りにあれこれ考えたせいで余計なもの詰めまくってしまったようです。
ご意見、ご感想、クレーム、指摘等ありましたらお待ちしております。ぜひ参考にしたいです。