第九話:折笠雄一郎の心情
ちょっと旅行に行ってまして、更新に随分間を空けてしまいました。
楽しかったです。
すいません。
午後7時半。
恋愛というのは人それぞれで形が異なる。
その始まりも十人十色。ある日突然の一目惚れや、気づかぬうちに縮まった距離がいつしか恋愛という形に昇華されたり。
だから、別にこういう無理矢理第三者が赤い糸を引っ張ってきた恋愛があってもいいと思う。
強引に結びつけた分、しっかりサポートさえすれば。
と、いうのが俺の考え。
けど、やっぱり誰でもそう柔軟に考えられる訳じゃないのも事実。
俺の後ろで部長の襟首を掴んで放さない子みたいに。
「いい加減に洗いざらい説明したらどうなのよっ!いちいち情報小出しにして!これがどう京花の助けになるのよ!そもそも理由作りが何でデートじゃなきゃいけないのよっ!!!」
「話させるつもりがあるなら、まず俺を放せ!振りまわすのをやめろっ!」
「二人とも仲がいいのは結構だけど、これじゃ隠れて監視する意味がないんだけどな?」
「これのどこが仲がいいように見えるのよっ!」
うん。火に油を注ぐだけだ。
ここは部長に任せて、二人を見失わないように専念しよう。
俺達が居るのは白木駅の二階通路。ガラス張りになっていて目の前の白木通りが見通せるようになっている。
そして、その正面から少し右に視線をやると、手を模したモニュメントを囲む小さな公園が見えた。
俺達が二人と別れた公園。
二人はまだそこに居た。
「・・・・・・・ふう。彼は、島野浩介は一種の引きこもりでな。去年入学し、その一月後から学園に来ていなかった。それを引きずり出そうと画策し、ようやく外でバイトを始めるようになったのが冬休みが終わる頃」
俺が彼女達を見つけると、ようやく開放された部長が説明を始めた。
手すりにもたれ掛かってメガネを直す仕草を見ると、随分と疲労しているのがわかる。
それでも、そこまで機嫌を損ねていない様子を見ると、中々部長も逞しい。
「バイトを始める直前からは折笠が彼の家に通いながら相談に乗る程度で済む段階に来ていた。だから、そろそろ復学できると踏んでいる」
と、そこでちらりとマキちゃんに視線を送ると、かなりのじと目で睨まれている。
だから何なのよ!と視線で訴えているのだ。手が出てないのは「もったいぶれば出す」という警告にも思える。
それでも部長は、腕を組み呆れたように溜息を付きながらマキちゃんを睨みかえした。
「気づかんか?島野浩介の経緯は谷内京花の現状と似ているのだ」
マキちゃんの表情が変化した。
部長が睨みかえしたのは、いや、睨み返したというよりも、正確には相手の目を見つめることで、自分の話を聞かせる体勢を作ったのだ。
目を見つめられると、目をそらしづらくなる。
その瞬間に言葉を紡ぐことで、相手の意識は自然とその言葉に集中する。
現にマキちゃんはさっきまでの苛立ちを忘れたかのように、部長の言葉から思考を巡らせている。
相変わらず話術の上手い人だ。
俺がやっても、ああもうまくはできない。
「・・・・・・似てるって言っても、入学してからすぐ来なくなったって事だけでしょ?京花はまだ引きこもりって訳じゃない」
そう返してきたマキちゃんの表情は、真剣だけど睨んではいない。
それにあわせて、部長の表情も少し穏やかになった。
「今の説明ではな。だが、島野浩介が引きこもった原因、当時の人間関係、趣味、生活習慣。そういった細かいデータも報道部には記録されているし、谷内京花のものもまた然り。そして、過去のそういったケースの問題のデータとも比較しての意見だ。それに・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな犯罪じみた量の個人情報集めて、一体報道部で何する気なわけ!?」
マキちゃんが慌てるのもわかる。確かに報道部には部員達がそれぞれ集め管理している個人情報が、それこそ犯罪レベルの量存在している。
しかし、部長は落ち着いて。むしろ、不敵に笑って答えた。胸を張り、堂々と。
「無論。真実を報道するのだ」
報道部は真実を報道するためにある。
去年卒業した元部長が言っていた台詞だ。
それを言う時は、決まって同じように堂々と、まるでその場の全ての人間に宣言するかのように言っていた。
部長も同じ事思い出したんだろう。少し懐かしい気分になった。
「でだ。二人の似ている点で最も重要なのは、・・・・・・ん?」
自信に溢れた態度と裏腹に、出てきた突拍子のない理由に、マキちゃんは呆気に取られていた。
そのまま強引に話を続けようとした部長から、話の腰を折るように振動音が響く。
「新史だ。どうした?・・・何?白木通りのどこだ!?おいっ!聞こえんぞ葦名!」
どうも桜井からの電話らしいが、いい知らせではないらしい。
彼女達の別行動の内容を考えると、嫌な汗が頬を伝った。
電話は勝手に切れてしまったらしく、黙って携帯を見つめる部長の表情には焦りと動揺が見て取れる。
「な、どうしたの?」
部長の言葉を待っているつもりだったが、先にマキちゃんが歩み寄っていった。
部長は答えずに口元に手をやり数秒何かを考える素振りを見せると、俺の方を向いた。
「葦名達は成功のようだが、妙なチンピラ集団に追いかけられてると報告してきた。取り合えずこっちのメンバーを裂いても間に合わんだろうから龍野に連絡を取って任せるようと思う」
「わかりました。で、それだけじゃないですよね?」
確かに危険な状態といえなくもないが、その程度で部長が取り乱すとも思えない。
予想通り。部長は真剣な表情で頷くと、ガラスの向こうへ視線をやった。
「この白木通りのどこかに、女連れの谷内京太郎がいる」
「え゛っ・・・・・・」
「は?」
思わず表情が引きつった。
マキちゃんは聞きなれない名前に一瞬不可解な表情をしたが、すぐに合点がいったらしく、複雑な表情をした。
「そっれって・・・・・・、つまり・・・」
「不倫だ」
恐る恐る確認しようとした言葉に重ねるように、部長の答えが返ってくる。
聞いた途端マキちゃんは「やっぱりか・・・」と肩を落とし、部長も深い溜息を吐いた。
「急いだ方がいいですね」
俺は一人まじめな表情で公園の二人を確認しながら部長に促す。
呆れたいのは俺も同じだけど、事は一刻を争う。
「そうだな。そんなくだらんことで計画を潰されるなど我慢ならん。監視および必要最小限のサポートは一時中断。ターゲットとその父親の接触を全力で回避する。行くぞ!」
気を取り直しそう言い放つと、部長はダッシュで階段を降りていった。マキちゃんも溜息を吐きながらそれに続く。
俺はもう一度二人のいる公園を確認し、後に続いた。
二人は丁度待っていたかのように座っていたベンチから腰を上げていた。
駅を出てすぐのところに部長とマキちゃんは立ち止まっていた。追いつくと、部長は白木通りの案内板を見上げながら、携帯に話しかけてる最中だった。
恐らく、島野浩介のカウンセリングを担当した俺に、彼らの行きそうな場所を特定させようということだろう。
正直な話。俺には目的地どころか、そのルートや起こるイベント。その全てがおおよそ把握出来ている。
彼に女性とデートをする時の会話をする中で、何回かこの白木通りでのことも話した経験があるのだ。
初恋はとうに過ぎ去ったようだし、実際に女性とデートをするなど彼には初めて。
となれば、彼が出来るエスコートなど俺の話した内容ぐらいしか無いはずだ。
ましてや彼は外に出ることなどほとんどない生活を続けていた分、応用を利かすなどという行為にも手が届くとは思えない。俺のデートコースをそのままなぞるくらいが今の彼に出来る精一杯だろう。
「龍野への連絡は完了だ。雄一朗。どこだ?」
「コンビニで適当な食べ物を用意してまずはゲームセンターオロチ。その後にカラオケ。居酒屋の順で通りを大きくジグザグに」
「わかった。行くぞ。まずオロチだ」
「へ?え、わかった」
部長と俺にとっては十分な会話でも、マキちゃんには理解が追いつかなかったらしく、半ば流されるようにオロチへと移動した。通りの反対側のコンビニからは、丁度二人が出てきたところだった。
「俺とマキで中を探る。その間外を頼んだ」
「了解」
30そこらの男がゲームセンターに女連れで来るのだろうか?とは思うが、万全を期すに限る。
「あたし京花の親父の顔なんて知らないわよ?」
「30そこそこの男が女連れで歩いてたら呼べ。面倒なら一発ぶん殴ってトイレにでもぶち込んでおいてもいい」
「了解」
後ろから物騒な話題が聞こえたけれど、聞こえなかったことにして外へ出て目を凝らす。
二人がこっちへ向かって来る。
それを飲み込むであろう人の波の上流。
二人に見つかって空気を壊してしまってもまずいので、それとなく隠れながら谷内京太郎を探す。
時刻はそろそろ8時になる。
街頭や看板が白木通りを照らし、人の人種も昼から夜へと変わっていく。
男と女の二人連れはそこらに居るが、谷内京太郎の姿はなかった。
二人がこちらへ後十メートルほどとなり、中の二人が遅いなと連絡を取ろうとした瞬間、叫び声と怒号が中から聞こえてきた。
そして、自動ドアから部長とマキちゃんが飛び出してきた。
「待てやこんガキいぃぃぃ!!!」
そして後を追って出てきたのは柄物のシャツを着た。頬に傷のあるあからさまなおじさん。
「何でお前はあんないかにもなおっさんに喧嘩なんぞ売るんだ!」
「30そこそこの女連れは取り合えず殴っとけって言ったのそっちじゃない!」
「だからって頬に傷のある人間を平気で殴り飛ばすなあぁぁぁ!」
叫びながら走っていく二人を追いながら、ようやく事態を理解した。
「それどころじゃないでしょう。二人とも」
部長もマキちゃんにかかるとこうも変わるもんか・・・・・・。
ちょっと失望しつつ、胸ポケットからサングラスを取り出す。
こういう事態の収拾なら俺の出番だ。
これ以上二人を放置して接触されても困るし、このままだと無駄に目立ちすぎる。
そう判断し、髪を後ろへねかせると、俺は部長達とおじさんの間に割って入った。
「何じゃお前は!?そこをどかんかい!」
怒鳴りつけて凄んでくる相手に、俺は仮面を切り替えていた。
両手をポケットに突っ込んだまま、ゆっくりとサングラス越しに相手を睨みつける。
「お前こそどこのどいつだ?うちの御嬢に随分舐めた真似してくれとるようじゃねえか?」
自然と声が低くなり、肩を大きく揺らしながらゆっくりと相手に近づく。
無論、目は絶対に離さずに。
「なんじゃ我ぇ!テメェもどこぞの者かい!?」
怒りが退く様子が一切無い。
睨み合いで退かないのなら、仮面を僅かに調整する。
「俺らはなぁ。うちの御嬢の為なら命張れる奴らよ。オメェが御嬢に何かするってんなら、俺ぁ腹裂かれたってテメェを潰して御嬢守んだよ!」
徐々に声量を上げながら感情を強めていく。
目線だけは一切緩めることなく相手の出方を待った。
やがて、相手の表情から力が抜け、短く溜め息を吐いた。
「・・・・・・止めましょうや。ここで俺らが抗争始めちまっても、お互い困るだけでしょう。俺もんな大層な御嬢さんの鉄砲玉に成る気なんてねぇ。知らんかったことだ、何もせんで手打ちにしましょうや」
かかった。
さっきまでとは別人としか思えない相手の落ち着きよう。しかし、表情から緊張が取れてないあたり、少し焦りが出てきたのだろう。これなら解放した途端どっかに行って来れるだろうし、ここらで終わらせてもらうか。
「おい御嬢!」
「はい!・・・・・・あ、あたしですか?」
「あたりめぇだろ早く来いっ!」
後ろにいるはずのマキちゃんを大声で呼ぶと、思ったよりも近くで慌てた声が返ってきた。
隣に現れた彼女の頭をいきなり鷲掴みすると、慌てる本人を無視して頭を下げさせた。
「ああは言ったが、元はと言えばわりぃのは此方だ。手打ちにしてもらえるんならそれにこしたことはねぇ。御嬢もこの通り反省してる。どうにか許しちゃくれねぇか?」
駄目押しとばかりに俺も頭を下げると、おじさんは「いい兄貴を持ったなぁ。お嬢さん」と言って、背を向けて去って行った。
見えなくなったのを確認して、サングラスを外す。
はぁ、っと深い溜め息を吐くと、マキちゃんもゆっくり頭を上げ、周囲を確認している。
「もう行った。ご苦労だったな。雄一郎」
その頭をくしゃっと撫でて、部長が顔を出した。
「俺の仕事ですからね。これは。できればしなくて済むようにして欲しい仕事ですけど」
「こいつは俺でも掴みきれんのだ」
少し嫌味をこめて返すと、部長は小声で呟いた。
やれやれ、この分だと掴みきれても扱いきれそうにもないな。
「あ、あの・・・・・・。折笠先輩?」
そこへ、後ろからおずおずとマキちゃんが顔を出した。
不思議に思ったが、彼女の前で仮面を使ったのは今が始めて、それを思い出し言葉に詰まった。
流石に初見があれなのは不味かったかな・・・。
「えっとね・・・・・・。あれは・・・」
「あれは雄一郎の『仮面』だ。別に多重人格でもないし、性格が豹変したわけでもない」
どう説明したものかと悩んでいると、部長は当然のように説明を始めた。
「演技ってこと?」
「一言で言えばそうだな。相手の趣味趣向に合わせて会話を引き出したり、人脈を増やすのにも使える上、今の様な例外的な使用方法もある。他人の僅かな反応から相性を測り、仮面を調節できるこいつにしかできない特技のようなものだ」
「へえー・・・」
部長の説明に、マキちゃんは素直に納得した。
完全に理解した様子でもなかったけれど、やはり彼女に関しては部長は扱えきれないと言った方が正しいみたいだ。
「・・・何だ?雄一郎」
「なんでもないですよ」
俺の視線に気づいた部長をわざとはぐらかす。
ま、こういうことは本人が気づくべきでしょう。
難しいかもしれないけど。
と、穏やかな気持ちになってしまったが、ふと思い出した。
「あ」
「だからな・・・、ん、だ?」
部長も気づいたらしい。俺たちが向かい合って固まっていると、マキちゃんがそれを叫んだ。
「あ、あの二人何処行った!?」
不味い。不味すぎる。
すっかり忘れかけてた!
「散らばって探すぞ!捕捉次第連絡を回せ!」
「待って!・・・捕捉って何だっけ?」
急いでオロチへ向かおうとした部長をマキちゃんが制する。
「何だ!」と振り向いた部長は次の言葉でずっこけていた。
「お前はいくつだ!!!」
「何となくはわかってるのよ!ただ・・・、いざやるとなると、どうだったかなー?ってぼやける所が・・・」
「見つけたら知らせろと言うことだ!」
「そ、それならそうと最初っから言いなさいよ!」
「そんなことを言ってる場合か!!!」
駄目だ。俺だけでも探そう。
言い争う二人を置いて、俺はさっき部長に感じた評価を早速取り消した。