プロローグ:桜井葦名の問題
7月中旬。
夏に差し掛かり、暖かいから暑いへと気温がシフトしだし、天気もあわただしく変わっております。
この壮麗学園が誇る報道部の部室も前日からの雨が晴れ、今は夏の日差しに包まれています。
そう・・・・・・
「あ〜つ〜い〜よ〜・・・・・・」
部室のソファーで団扇を仰ぎながらへばってます。
どうもはじめまして。
壮学2年の桜井 葦名です。
学園にスパイスを撒き散らす後輩と、そんな後輩の手綱を引いて学園に恐怖と悲劇とちょっぴりの感動を与える先輩を持つ、素敵でお茶目なトラブルメーカーだよ♪
「ドSな博打屋の間違いですけどね」
一人だった部室に涼しげな顔で入ってきた後輩君の、開口一番の台詞だ。
「ついでに言うと学園に恐怖を撒き散らしてるのは一部の例外と部長や葦名先輩みたいな教授方公認の最凶問題児集団であって、俺みたいな人畜無害な一般人はきちんと別扱いにしてもらわなきゃ困りますね」
「ほほー?人畜無害ー?それは聞き捨てならないなー」
「最凶問題児は肯定ですか」
「まー、事実には文句言えないよね」
ぶっちゃけこの学園で報道部を名乗る時点でそんなものは重々承知。
「じゃ、俺が有害だとでも?」
報道部の唯一の良心に失礼な、と向かいの椅子に座ってわざとらしく首を振る後輩君。
甘いね〜。
まだまだここがどういうところかわかっていないらしい。
「でわでわここで問題です♪」
持っていた団扇を後輩君に向け、後ろの机から目当ての品を発掘。
ここはひとつ報道部の洗礼を受けてもらうとしましょうか。
「嫌です。暑いしメンド・・・・・・」
「第一問!これは何でしょう?」
聞いてねー。とか言いつつきちんとこっちに注目する。
こうゆうところは素直でいい子なんだけどねー。
「・・・・・・こないだの記事ですか?」
「正解!後輩君の初仕事の記事でもあるよ。いやー、ご苦労様」
「学園内の女子半数以上を一人で聞き込みでしたからねー・・・・・・。正直もうごめんですね」
苦笑しながら頬をかいてる。
おーおー、照れちゃって。
まー、大変だった分達成感もあったんだろうねー。
素直に感謝しないまでも、否定はしないってのが彼らしー。
「つか後輩君って何ですか?今更」
「自己紹介も済ませてないうちに出てきたほうが悪いのだよ。では第二問!」
怪訝な顔をする後輩君。
先に私の自己紹介にツッコミ入れといて何を今更。
今度は壁に掛けてあったスケジュール表を取って見せる。
「恐怖の報道部の筆頭。部長の今日のスケジュールは何でしょう!」
「・・・・・・宣伝?」
スケジュール表を覗き込みながら確認している。
むふふふふ。
「これ?何の宣伝ですか?」
「君の宣伝だろうねー」
「俺の?」
「そ。後輩君はここがどういうところだかわかってるよね?」
「報道部ですよね?」
「そうじゃ無くて。あたし達みたいな生徒にとってってこと」
「ああ、そっちですか。・・・・・・最後の砦ってところですか?」
ちょっと間があったのは言葉を選んでたのかな。
一部じゃ”掃き溜め”なり”隔離塔”なりひどい言われようもあるしねー。
後輩の愛を感じるわー♪
「そう!ここは報道部としてはもちろん。私たちみたいな事情があって退学寸前の生徒が”学園への奉仕活動”という条件付で首の皮一枚を繋ぎ止めてる最後の砦!よってこの部をやめることは必然的に退学にもつながる!」
「ま、俺は別ですけどね」
ビシーっと団扇を突きつけてやってるのになんと薄い反応。
確かにそうだけど、それが甘いのよ。
「本当にそうでしょうか?」
「?・・・・・・どういう意味ですか?」
むふふふふ。と口元を団扇で隠しながら怪しい笑い。
後輩君の表情が引きつっている。効果は抜群のようだ。
「こないだの取材。君は確かによくがんばったよ。一人で百人以上の女子に声を掛け捲ったんだからね」
後輩君は黙って次の言葉を待っている。
けど額の汗はさっきまでの暑さから来るものとは違うみたいだね♪
「でも、見ようによっては君はそれだけの女性を一斉に口説きにかかったとも見れるよね?」
「そ、そんなわけっ・・・・・・!」
「そうだね〜。確かに普通はただの取材としか思わないよね。別にどこかへ連れて行こうとしたわけでもないし、連絡先を聞いたわけでもない。けどね?後々こんなものが記事になるとどうでしょうか?」
私は立ち上がってホワイトボードにでかでかと記事っぽく文字を書いていく。
『壮学始まって以来!?すべての女子は俺のもの!うわさの変態紳士新入生K、学園中の女子に声を掛け捲り・・・・・・』
「待ていっ!!!」
書いてる途中で言いたいことはわかったらしい。
「そうやって俺も問題児の仲間入りをさせようって訳ですか?絶対にさせませんよ!?」
拳を握り締めて叫ぶ後輩君。
彼がここまで暑く、いや熱くなるとは、そんなに嫌か。
変態紳士。
「そっかー。でも残念ながらもう遅いよー。もうとっくに宣伝始めちゃってるだろうし」
「な!遅いって今日そんな記事はどこにも!・・・・・・宣伝?」
「うん。だって部長の策だし。張るんじゃなくてきっと本人が持って宣伝しまくってると思うよ。変態紳士♪」
「!!!?」
親指立てて返事をしてあげた直後に全力で部室から出て行く後輩君。
その足音が聞こえなくなると、私はまたソファーに寝転がった。
「ま、嘘だけどね」
その場の思い付きでちょっと脅かしてあげようと思ったけど、あんなめちゃくちゃな筋書きでも血相変えて走っていくとは、こりゃ取材した中に気になる子でもいたな?
むふふふふ。
思わぬ収穫だ。
これはよく調べておかなければ。
なんてことを考えてると、また部室のドアが開いた。
「お、後輩君もう気づいたの?」
「何のことだ?」
起き上がってみると、アイスをほおばりながらセンスを仰ぐ部長が立っていた。
「あ、部長お帰りなさい。授業もう終わったんですか?」
「ああ、どうせ出席もとらんような授業だし言ってることも意味不明だからな」
自主休校ですか。
またの名をサボりと。
「そういえばサークル塔をものすごい勢いで飛び出してったやつがいたが?」
「ああ、会ったんですか?」
「すれ違っただけだがな」
んじゃ、まだ気づいてないのかー。
まさか自分と行き違いで探してる当人が来るとはね。
これも灯台下暗しってやつかな。
違うか?
「ところでこれは何だ?」
「へ?」
部長がまじまじと見つめているのはさっきのホワイトボード。
「ああ、実はかくかくしかじかで」
「・・・・・・なるほどな」
「あ、まさかほんとにやったりはしませんよね?」
「当然だ。それではあいつのした仕事自体を汚すことになる」
「ですよねー」
よかったねー、後輩君。
君の学園生活はまだまだ安泰のようだよ。
「そんなことをしなくても、やつが俺から逃げることなどかなわん。報道部の洗礼はまだまだこれからだ」
・・・・・・うん。
がんばれ後輩君。