執事の仕事
王女であるルーカは、国民から「横暴プリンセス」と呼ばれていた。ルーカは今まで様々な問題を起こしており、最近では、新聞などで度々報じられるほどの悪い意味での有名人になっていた。
だがとある執事が就任してからは、ルーカの横暴さは身を潜めるようになっていた。その執事の名はロージ。ロージは、ルーカの性格を熟知し、やる気を出させたりご機嫌をとったりするのにも全力を出した。就任してから数週間、無茶な要求にも全身全霊を持って応えてきた。おかげで、ルーカの信用を得ることに成功した。
ロージのいうことを少しずつ聞くようになったルーカは、ここ最近は滅多に問題を起こさなくなっていた。だが世間は未だルーカに、「悪い子」という認識を持っている。
ルーカは記者や新聞、国民から「横暴プリンセス」と呼ばれるのがとても嫌いだった。だが今朝も取材は来た。
ロージが記者を門から出迎えた。城内に入る前、ロージはいつものように、立ち入り禁止となっている池のことを記者に説明する。
「ここにはピラニアがたくさんいましてな。危険ですのでくれぐれも近づかぬように」
ロージは記者を客室に案内し、取材を受けた。といっても、記者たちはいつも王女の悪いところを大げさに書く、というのが通例になっている。だが「王の家族のことを知るのは国民の権利だ」と国王がいっている以上、取材を断ることはできない。
記者は予定よりも早く取材が済んだので、客室で記事を書き始めていた。父の形見のタイプライターを使っている。しかし、横暴プリンセスの手の届く範囲で記事を書くのは間違いだった。
「何書いてんのよ! ちょっと見せなさい!」ルーカは客室にいた記者を見つけ、原稿に目をやる。
「な、なんなのよ、これはっ! なんで記者は、あたしの悪いところばっかり書くのよ!」
そういったルーカは、原稿を破り、記者に手を出そうとする。だが、寸前で思いとどまった。近くに物珍しいタイプライターがあったからだ。
記者に向けられた怒りはタイプライターに飛び火した。ルーカはタイプライターを窓の外に思いっきり放り投げた。
「あ、ああ……! 何すんだよ!」記者は窓から身を乗り出し、地面を見た。
……運が良いのか悪いのか、タイプライターは池に落ちていた。ピラニアのいる池だ。取りに入ることはできない。
記者の大声を聞き、ロージが部屋に駆けつける。記者から事情を聞いたロージは、深く頭を下げた。
「大変失礼いたしました。今すぐ取ってきますので、しばしお待ちを」
「えっ? いや、あそこは——」
ロージは血相を変えて部屋を出ていった。
全力疾走するロージは、一直線にピラニア池に向かっていく。そして、ロージは一切の躊躇なく池に飛び込んだ。
「そんな、何してるのよ、ロージ!」まさか飛び込むなどと思わなかったルーカは、驚き叫んだ。
……三十秒ほどたっただろうか。池からロージがはい出てくる。腕には記者の大事なタイプライターを抱えている。だがロージは血まみれだった。穴が開いたタキシードの隙間から、生々しい傷がいくつも見える。
「なんでそこまでして! そんなもののために命を張るなんてどうかしてるわっ!」
「い、いえ……、お客様の大切なものですから、当然——」
ロージはふらつき、地面に倒れる。出血の量が尋常ではない。
「ロージ! ダメよ、しっかりして! ロージっ……ロージー!」
「ご、ごめんなざい……。ごべんなざぁいロージー」
応急処置が間に合い、ロージは九死に一生を得た。
「私よりも、謝るべき相手がいるんじゃないんですかな、お嬢様」ロージはルーカの頭を優しく撫でた。
「ひっぐ……、うん……。ごめんなさい、記者さん。大事なものだったのに」
記者は大丈夫、と答える。それから、ロージに向かって頭を下げる。
「ロージさん、意識が戻って何よりです。僕のタイプライターなんかのために、本当にすみません」
「いえいえ、執事として当然のことをしたまでです」ロージは首を横に振りながらいう。
「それより、これで記事の続きが書けますね。良い記事を期待していますよ……」
記者は言葉の意図をくみ取り、もう一度大きく頭を下げた。
翌日の新聞の見出しはこうだ。
「プリンセス、立派に成長」
ルーカはそれを見て思った。ロージのおかげだ、と。それからルーカは、謙虚な姿勢で日々を過ごし、何事にも真剣に取り組むようになった。
しばらくしてロージの体調が万全になったころ、もう取材に来る記者は殆どいなくなっていた。来たとしても、ルーカの良いところを書いてくれる良い記者が来るようになった。
ルーカはロージの腰に思いっきり抱きつき、「ありがとう、ロージ! 大好き!」といった。
「いえ、従者としての務めを果たしたまでですよ。これが執事の仕事ですから」
ロージは笑い、ルーカの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「ああ、執事冥利につきますな、この笑顔は」
終わり