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結界の魔法使い  作者: おぎしみいこ
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8.講義

「おはようございます!」


私は元気よくあいさつし、第一研究室に入っていく。研究員の方々が一斉に固まり、そして私はものすごく注目される。昨日もそうだった。王城ですれ違った人たちも私を珍しそうに見ていたが、ここまでねちっこい視線ではない。ここの人たちの視線は何というか、研究対象として見ているというか。そう、注目というか観察に近いのかもしれない。さすが結界についての研究所。

すぐに副長室からフレイが出てきてくれた。


「今日はこちらで」


副長室に案内される。護衛が部屋の外側に立つが、部屋の中に男女2人きりにはできないから扉を開けておく。今日の護衛はリカルドがいた。先輩が厳しいという話は聞いていたから、朝会った時にハイタッチだけした。私が手を挙げると普通に乗ってくるリカルドはノリがよくて素敵だ。

部屋の中には執務机と、応接用ソファセットがあった。ソファのローテーブルに資料が山と積んである。よく見ると執務机も書類の山や本が山積みだ。フレイはきれい好きに見えるけど、意外と積み上げちゃうキャラなのだろうか。男性の研究員が小さな机とお茶を持ってくる。この机にはお茶が置けないだろうと予測してお茶用の机を持ってきたようだ。ということは常時このような状態なのだ。


「すごい資料の数ですね…」

「すみません、一応片付けたのですがあなたにお見せしようとあれもこれも出してきたら、このような状態になりました」


毎日帰宅するときには全て片付けるけれど、仕事が始まるとあっという間にこのようになるという。執務机の方は年中書類が山となっていて、片付けても、片付けても山積みにされる。結界の魔法使いの担当になった今はだいぶ雑務からは解放されているようだが、自分の研究関係や部下の研究に関するチェックなどは人にお願いできないため山となるらしい。偉い人は大変だ。


「昨日色々と考えてみました」


今までに来た結界の魔法使いについて分析した結果を見せてくれる。


「まず女性と男性では男性の方が結界を強く強化できています。女性は男性よりできないことも多いです。男性同士の場合では、戦士とそれ以外の職業の方では戦士の方が強いことから、体力があった方が有利だと考えられます」

「体力も筋力も魔物との戦いのときにも必要だよね?それなら体を鍛えた方がいい?」

「実際にあなたが剣を振るって戦うことはありませんが、戦士の方が結界の強化にも有利だということから、剣術をするのがいいのかもしれません。体力も筋力もつきます。ただ少し大変ですが」


剣術?剣道みたいなものかな。やったことないけどなんとかなるかな。よし!とりあえずやってみよう。体を動かすのは大好きだ。

騎士見習いがしている基礎訓練が毎朝あるらしい。それに参加できるようにフレイが手配をしてくれることになった。もしそれが大変なら、専属の教師をつけることになる。同年代の者がいた方が励みになるのではという配慮から、まずは見習い騎士の訓練に参加させてくれるようだ。

「リカルドも参加しているのでしょう?」と外に聞こえるよう声を張り上げると、リカルドが入ってきた。


「ほんとに!?」


それは心強い!

「発言をお許しいただけますか」とリカルドが私に問う。急に問われ何かわからなかったがとりあえずうんと頷いた。


「昨日伺いました騎士見習いの基礎訓練についてですね。私も参加しています。担当の者に確認しましたところちょうど5日後より新期生の訓練が始まるとのことでした。そこからご参加されたらよろしいかと」

「え?なんで敬語なの?」

「え?そこ?」

「なんだか距離があってやだ!」

「すんません!?」


リカルドは逃げるように退室した。私の騎士見習い基礎訓練は5日後より始まることとなった。1人で専任の講師から教わるより、みんなでする方が絶対楽しいよね!でもすでに話が進んでいるようで驚いた。フレイって仕事が速いな。


「その次の案ですが、早めに実際に結界に行き、その力や雰囲気を見てみるのはいかがでしょうか」


結界の塔の1つはこの王都内にある。1年前に少しだが結界を強化できた時にはこちら側だけだったらしい。もう1つの塔はここから歩いて丸1日の距離にあるらしい。うーん、時速4kmの8時間として32kmかぁ。前回結界を強化した魔法使いはだいぶ高齢だったから、騎士団と共に馬車で行くとしても体力がもたなかったようだ。やはり体力勝負だ。


「アンドレア殿の勤務ではおおむね7日に1度休暇が入ります。次の魔法実践の講義がない時にでもと思いますがいかがでしょうか」

「7日に1回なんだ。だいたい皆もそう?フレイの休暇はいつ?」

「…だいたい皆そうです。私は基本的に申請しない限り休みはありません」


げ、この研究室はブラック企業だった。研究員たちは交代で休むそうだ。でもフレイは休んでも特にすることがなく、むしろ休むと普段の仕事にしわ寄せがきて大変になるだけだから、とほとんど休んでいないらしい。ちなみに室長と小さい副長はご老体だからよくへばって休んでいるらしい。フレイはアンドレアと仲いいらしく、アンドレアは休みのたびに妻子の買い物に付き合わされるのだという愚痴をよく聞かされているそうだ。


「フレイは奥さんや子供と出かけたりしないの?」

「まだ妻子はおりませんので」


そうなんだ?!きれいな人で宰相のオルランドも言い寄る女性が多いと言っていたから、てっきりもう結婚しているのだと思った。


「体壊したりしないの?」

「残念ながらまだ」


この人社畜だ…。大丈夫かな??結婚して休暇を取った方がいいのではないだろうか。私の指南役をしている間はさらに休みがなくなるのかな。結婚相手との出会いだってなくなるよね。うーん、これは私が時々休みを作ってあげた方がよさそうだなぁ。魔導士団長と仲がいいのならそっちに相談してみようかな。

話が大きく逸れたが、魔法実践の講義がない日に王都内の結界の塔へ行くことになった。


「もう1つの塔がだいぶ遠いなら、馬に乗れた方がいいの?」

「そうですね、乗れた方が速く移動はできますが、馬車でも構いません。実際の移動は魔物を討伐しながらなので、2-3日かかると思います」


山と積み上げられた資料から地図を出す。この国の地図だ。

この国も、魔物の出るところも島で、この国は魔物の島の西にあり、4倍くらいの大きさだ。東西に並んでいて、その2つが道のような細い部分でつながっている。ここが幅30kmくらい。この橋のような道の真ん中には海峡があって分断されており、直接島同士はつながっていない。その海峡の部分、西側の南端にあるのが塔を含んだ王都で、逆に北端にあるのがもう1つの塔だ。


この地形、どこかでみたことがある。そう、トルコのイスタンブールだ。昔コンスタンティノープルと呼ばれたこの都市は東ローマ帝国の首都に当たる。海峡は黒海と地中海を結ぶ海上の交通の要所であり、それと共に陸としてはアジアとヨーロッパを結ぶ交通の要所だ。東ローマ帝国と共に1000年くらい栄えた大都市で、イスタンブールとして今も栄え続けている。一番南端にある、少し飛び出た半島の陸側を城壁で囲っているところもコンスタンティノープルと同じだ。だいたい6kmくらいの城壁に、その先6kmくらいの半島。小さそうに見えるが最盛期には30-40万人も暮らしていたらしい。宮殿も教会も備えた立派な都市だ。


この地図からするとこの国の島は200km×200kmくらいで、少し小さい九州くらいだろうか。昔9つの州があった九州と、10の領地があるこの国は同じような雰囲気なのだろうか。それに対して100km×100kmの魔物の島は四国の半分くらいだろう。そこそこ大きいな。魔物の島は探検した人がいないことから地図は正確ではない可能性があるとのことだった。


海峡は船が通れるほどは深くないようで、それは元の世界のボスポラス海峡とは違うところだった。ボスポラス海峡は軍艦ですら通れる。しかしこの世界では特に浅いところは引き潮の時に歩いて渡れるようで、その時に魔物がこちらに押し寄せる。逆に満潮の時には泳げる魔物しかこないため数は少ない。弱い魔物は結界によって弾かれ、強い魔物は結界内に入れるが弱体化する。それを定期的に騎士団が討伐している。結界を抜けていくらかの魔物たちはこの国に進出するようだけど、城壁は超えることができないため王都は大丈夫だ。奥に進んだ魔物は騎士団の定期巡回か後方領主たちが持つ私兵団により倒される。


結界は2点をはさんで紡錘状で、レモンのように真ん中が膨らんでいる。目には見えないようだけど、感じることはできるらしい。今この王都も覆われているけれど、初めからここにいるからか私にはわからない。

実際に王都側の結界を強化できたら騎士団と共にもう1つの塔に向かう。だけどそれまでに何回かにわけて討伐も行っておかねばならない。


北側の塔は普段は無人だ。少し小高い丘の上にあり、魔物からすると一旦西に向かった後、東に回り込んで登って行かねばならないから、あまり魔物が来ないらしい。そもそも魔物の知能は低く、人間は餌として狩りには来るが、塔を壊すなどの知恵は思い浮かばないようだ。大変なのはとにかく数らしい。魔物自身は倒してしまえば核となっている石を残して体は霧散する。死体の片付けなどの手間がない分助かっているようだ。魔物は霧散することから魔力のかたまりからできているのだろうと考えられていて、第三研究所が中心となって研究している。


「結界の魔法使いも魔物を倒すことはできるの?」

「できます。元の世界で戦士だった方は魔法を使わず倒していくようですが、それ以外の方で魔法を使いこなして倒していた方がいます。女性の方が意外と使いこなしているので、アヤもきっとうまく使えるようになりますよ」


それは朗報!早く魔法を使ってバッタバタと魔物を倒してみたいものだ。


「フレイは魔法を使えるの?」

「私は治癒魔法です。あまり攻撃型のものは使えません」


神官のローブを少しまくりあげ、ふくらはぎあたりのズボンの上からベルトでつけられていた短剣を取り出す。「護身用です」と驚く私に説明し、左の人差し指に小さい傷をつける。


「何してるの?!」


私は思わず立ち上がる。ローテーブルに膝を乗せ、向かいに座っていた短剣を持ったフレイの右手を両手でつかむ。


「魔法を見せようと思いまして…驚かせてしまいすみません」

「…魔法」


これ以上自分を傷つけようとしないのを確認して私は手を離す。フレイは手早く短剣をしまうと、私が見ているのを確認し右手を左手に向けた。掌からもわっとというか、蜃気楼が見えるときのような空気が出て、指の怪我が治っていく。


「すごい…!」


生まれて初めて魔法を見た私は、ただただ感動した。


「すごい!フレイすごい!もう一度見せて!」


フレイの右隣に移動し短剣を貸してもらおうとして手を伸ばすと、フレイが慌てたように自分の短剣を取られないよう遠ざけながら言った。


「あなたを傷つけるわけにはいかないので!」

「でもさっきはフレイなんだから、今度は私で。だって治るでしょ?」

「それでもだめです!」


素早くふくらはぎから短剣の鞘を外し短剣にはめ、フレイが私から遠ざける。お兄ちゃんに意地悪されているような気分になる。私も意地になって、フレイの肩を押さえ手を伸ばして取りに行くけど、150cmの私と180cmくらいありそうなフレイでは手の長さがまるで違い届かない。悔しくてさらに腕を伸ばすとバランスを崩した。

「わっ」とフレイと共にソファの上に倒れ、仰向けに倒れたフレイを思い切り押しつぶす形になった。多分私がソファから転げ落ちないようにフレイは抱き留めてくれたのだろう。「うっ」とうめき声が聞こえた。


「ごめんっ!」


わーっ、潰しちゃった!きれいな顔に傷でもついたら私責任を取らなきゃいけないかも?!体を起こしてフレイをみる。傷はなさそうだ。よかった!


「大丈夫?ごめんね。お兄ちゃんに意地悪されてるようでむきになっちゃった」


体を起こして立ち上がり、フレイの手を引いて体を起こす。フレイは片手で顔を覆いながら少し顔をそらす。年長なのに大人げないことをしたと思っているのだろうか。

昔お兄ちゃんとじゃれていたことを思い出し、私は笑いだしてしまった。あの頃は10も年上のお兄ちゃんになんでも対抗して、私も私もと躍起になっていた気がする。懐かしいな、と思うと少し寂しくなった。これから1年くらいはお兄ちゃんに会えない。


「兄君とはよくこのように?」

「うん、すぐに危ないからダメって言われて、いつもむきになってた」

「…兄君の意見に賛同します」


私を右側に座らせ、代わりにフレイが立ち上がり少し先に投げ飛ばしていた短剣を取りに行く。


「もう一度私がして見せるのでおとなしく見ていてください」

「ごめん、怒ってる?」

「…危険なことはしないでください」


怒られた。美人が怒ると怖いな。ふっと諦めたようにフレイがため息をつく。短剣の鞘をふくらはぎに戻し、抜き身でまた左手の指を切りつけた。痛そうで思わず体に力が入る。短剣を戻し私の近くに左手を寄せて見えるようにし、目の前で右手をかざして治癒魔法を見せてくれた。やはり手からはぼやっとしたものが現れて、傷がじわじわと閉じて消えていく。

不思議だ。この右手から何かが出ている。フレイの右手をのぞき込んで、手のひらから出ているものに自分の手のひらをかざす。

ん?何かじわっとした感じがある。血行がよくなるような、暖かい温風があたるような、なんとも表現できない感じだ。


「何か感じますか」

「うん、なんだか暖かい感じ。なんだろうこれ…」


触れそうで触れていなかった手のひらを、フレイがゆっくりと近づけて私の右手を優しく握る。と、ぐわっと何かが流れ込んでくる気がして驚いて思わず手を離した。


「何か来た!」

「魔力です」


あわわわっ、何か来た!魔力が来た!

驚いたまま自分の右手のひらを見るが何も変わりがない。手のひらの真ん中に確かに何か来たのだ。押されるような感じがして思わず手を離してしまった。


魔力…


じっと手のひらを見つめ、考える。でもわからない。一体なんなんだろう。

あー、考えてもわからない。


「もう一度!」


フレイが右手を上向きに出してくれるから、私は今度は左手を下向きに重ねてみた。少しひんやりとしたフレイの手が気持ちよい。私よりだいぶ大きな手が優しく私の手を握る。

ゆっくりと力を出してくれているのだろう。私の手のひらにじんわりと何かが流れてくる。それと同時に私の中の何かが同調して動いているような気がした。私の中の、血液?いやいや、血液は血管の中を一方向に流れているはずだ。それなら何が?体の芯の方にある、もやっとした感じ。


「私の中の何かが反応している感じ…」

「…魔力でしょうね。私の魔力をゆっくりと押し返してみることはできますか」


私は手のひらに集中する。

入ってくるフレイの魔力をゆっくりと押してみる。うまくコントロールできないのか、体に力が入って私の呼吸が止まる。


「ゆっくりと呼吸をしてください」


フレイが私の右肩を優しくなぜて力を抜かせようとする。思わずこわばっていた体の力を抜こうとするが難しい。


「深呼吸してください」


ゆっくりと大きく息を吸い、同じようにゆっくりと吐くと力が抜けた。

それと同時に私の左手から入ってきていたフレイの魔力が感じられなくなった。


「ああ、うまくできています。こちら側にあなたの魔力が流れてきていますよ」

「…できてる?」


声を出してしまうと何となく集中力が切れて送り出す魔力が途絶える。と同時にどっと疲れが出た。私はソファに体をもたれさせる。


「疲れた…」

「初めてなのに上手にできていましたよ!あなたの魔力は澄んだ金色のようです」

「色があるの?」

「実際見えるのではなく感じた雰囲気です。きらきらと輝いているようでした」

「私の魔力というよりは、これは神様というか創造者が私に託した「力」なんだよ」


フレイに私が見た夢を話して聞かせる。この世界を作った創造者が私に「力」を託してこの世界を救おうとしていること。夢の中でいろいろ聞いた話をかいつまんで伝えた。


「これは神の「力」なんですね…」


うっとりと眩しそうに私を見る。フレイは神官だから神様に対して憧憬とかあるのかもしれない。研究者として研究対象の力がちゃんと備わっていることが嬉しいのかも。なんにしても興奮しているのか頬がうっすらと上気していてかわいいんですけど?!


「フレイ、興奮してる?」 

「えっ?!」


握り続けていた手も慌ててぱっと離し、私から後ずさりして距離をとった。表情がこわばっているようにも見える。上気していた頬はさらに上気して赤い。よほど驚いて慌てたのだろうか。そんなにきつく言っちゃったかな。


「すみません…」


フレイは片手で顔を覆い、横にそらせる。こげ茶の髪の間から見える耳まで真っ赤だ。


「違う、謝らなくてもいいよ。神様の「力」に触れられて嬉しいのかなと思って」

「…ええ、まあ、はい…」


まだ動揺が収まらないようだ。そりゃ毎日お仕えしている神様の力を体感しちゃったら興奮するよね。たいして信じていない私でも、おみくじの通りに失せ物がすぐにみつかったら興奮したもんね。神様すごい!って。


「…そろそろお昼なので今日はここまでにしましょうか」


私も初めて魔力を動かして疲れたのもあって、今日の講義はここまでとなった。


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