52.強化終了
体の重さが治るのには2日の休息が必要だった。でもそれでも歴代の結界の魔法使いは早いようだ。
初めてのこちらの塔の強化であり、魔力の放出が少なかったのかもしれない。でも創造者がここまでで、と言ったのだから、そこが安全ラインなのだろう。
今日、2回目の結界強化に挑む。
創造者に会えるから、この間思いついた北の大陸について聞いていいかどうかをフレイに確認していたが、あっさりと了承された。どうやら私の声は周囲に辛うじて聞こえているものの、創造者の声は私にしか聞こえていないようだった。だから創造者の答えを復唱するようなことさえしなければいいようだ。そして得た情報はきちんと手順を踏んで、王様に報告するように言われた。
そしてなぜ北の大陸について聞くのかと問われた。私が使者になりたいことを伝えると、心配性のフレイの事、案の定危険だと大反対された。
「でも私も結界強化が終わってしまえば、今ほど大事な身ではなくなるよ?そして通訳の能力があるから使者にはもってこいだし、たとえ死んでも創造者に回収されて元の世界に戻るだけだから」
「そういう問題ではありません。それにあなたは元の世界に戻るだけと言われますが、こちらの世界ではあなたを失うことになるんです。そしてあなたもいくら元の世界に戻れるからと言って、惨殺されるような体験はしたくないのではないでしょう?」
私もむきになっていたけれど、フレイも全く折れる気はないようで、使者の件に関しては平行線のままだった。
一緒にいられる残り少ない日々なのに、なんだかぎくしゃくしてばかりだ。
どうしてこんなに上手くいかないのだろう。考え出すと悶々と悩んでしまう。だから私はアデルと剣を合わせたり、持ってきていたたくさんの本に埋もれて過ごしたりしていた。
2回目の結界の強化は比較的すんなりと終わった。
大量の汗と緊張状態からくる手の震えは変わらなかったけど、自力で歩いて帰ることはできた。エレナとアデルはもうお風呂や昼食の準備をしていてくれて、前回よりも何事もすんなりと終わることができた。
創造者には北の大陸について質問した。
まず北の大陸には国があるのか。
答えはもちろんあるだった。2か国だけではなく、北の大陸はかなり広くていくつもの国があると教えてくれた。私の世界のユーラシア大陸のようで、広大な世界が広がっているらしい。
安全面について。近くの国が戦争中かどうかを聞くと、山の民が関わっていた2か国は今では合併されて1つの国になっているようだったから、戦争はないと言われた。治安について聞いたら、人間の言う安全ということがよくわからないと言われた。
そして私が通訳できるのか。これが一番知りたいところだった。答えはできるだった。私の能力はどの国の言葉でも通じるようにできているらしい。確かにそうでなければ地球の様々な国から人が派遣されているのだから、あまり限定的な能力ではないのだろう。
結界の強化が終わった後、創造者の話は人払いをしてフレイに伝えた。
使者を派遣するにあたって重要なことだから、と秘密裏に王様に急ぎ報告していた。
それからの結界の強化も同じようなペースで淡々と進んでいき、4回目まで無事に終えることができた。
私の体調はエレナが管理していることもあって問題がない。
だけどフレイの顔色が段々と悪くなってきていた。報告書作成や研究指導などが立て込んでいるのだろうか。朝食と夕食は一緒に摂っているから1日2食は食べているのだろう。睡眠時間はわからない。私が部屋で寝る時にもまだ部屋に戻っておらず、朝は食事に来るのが辛そうだった。
「フレイ大丈夫?顔色が悪いけど」
「少し研究が立て込んでいまして…」
私の結界強化も残すところあと1-2回だ。だからだいぶ魔物も入って来られないようになって、戦闘もだいぶ楽になっていそうだと聞いていた。
「次の結界の強化まで少し休息を長めにする?そうしたら少しはフレイが休める?」
「いえ、私は大丈夫なのでアヤの体調に合わせてください」
「でももし次で完了しちゃったら、翌日にここを出立できる?」
「もちろんできるように準備していますよ」
そう言って兵舎の研究室へと行ってしまう。
「…大丈夫かな」
「少し心配ですね」
エレナと2人、どうしたものかと悩むけど、いい案は出なかった。
とりあえず休息を1日延ばしてみることにした。出立の準備はできているというのなら、休息が入ればそれだけフレイも休めるのではないかと思ってだ。
でも結局は寝る時間も変わっていなさそうだったし、朝も辛そうだった。フレイの事だから、時間があればあるほど新しい研究だったり、それぞれの研究を深めてしまったりしているのかもしれない。
根っからの仕事人間だ。
時間が少しできたからとのんびりすることはできないのだろう。
私も前みたいに「寝て!」とかなんとなく言えなかった。ぎくしゃくすることが多くなって距離が少しあるように感じるからだ。
心配だったけど、もうすぐ想い人と結ばれる人とそんなにべたべたするのもだめなんじゃないだろうかと遠慮してしまうのだ。
それならもういっそ終わらせてしまった方が早く休めるのかもしれないと考え直して、最後かもしれない結界強化に挑んだ。
始まる前にまた創造者に質問をする。
「もし私が元の世界に戻らなかったら、元の世界はどうなってしまうのですか」
「どうとでもしてもらえるよ。地球の持ち主に聞いたんだ。アヤがいなかったこととして再開してもいいし、いずれ戻るかもというのならそれまで止めておくことも。アヤが生まれた所からやり直したいというのもできると言っていたよ」
本当にどうとでもできるようだ。
「それは決めてお伝えした方がいいのですか」
「別にいいんじゃないかな」
適当だな。いいのか?それで。
「もし今回で強化が終わってしまったら、もうあなたには質問できませんか」
「教会で祈ってくれたらいいよ。いつでも聞こえたら答えてあげる。…僕はアヤに感謝しているんだ。だからアヤが望むようにしてあげたいと思ってる」
「ありがとうございます」
「じゃあ最後がんばろうか」
「今日が最後ですか」
「うん」
フレイの方を見る。頷いているから今日が最後というのは伝わったのだろう。
私は今までと同じように死なないように魔力を注ぎ、結界の強化を無事に終えた。