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結界の魔法使い  作者: おぎしみいこ
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3.使用人

本日3話目です。

自室と言って与えられた部屋は2部屋続きで、手前は応接室兼居室、奥は寝室だった。マリアと名乗る母親くらいの年の女性がこの部屋の使用人長らしく、挨拶をしてくれた。奥の寝室には今私用の服などを運び込んで準備しているようで、この居室にて待ってほしいとのことだった。マリアがソファに腰かけた私にお茶を淹れてくれる。


「あのマリアさん」と呼びかけると「マリアとお呼びください、アヤ様」と返ってきた。

年上に呼び捨てなんて困ったなと日本人魂を見せていると、察したのかマリアが笑いながら「慣れないのでしょうか」と聞いてくれた。きりりとひっつめた髪にきらりと光る眼鏡。いかにもできる使用人という感じだ。


「ですが結界の魔法使い様はこの国では国賓です。アヤ様が私に敬称をつけるのはふさわしくありません。私は呼び名に対する敬称の有無と関係なく、使用人としてアヤ様を精一杯お世話させていただきます。ぜひともこの部屋ではくつろいでいただきたいと思っています」


この仕事を誇りに思っているのがひしひしと伝わってきた。その中でも直接結界の魔法使いを支えることによりこの国に貢献できることが誇らしいのだろう。

使用人が周りにいるのに慣れないのであれば、隣の使用人室に控えるようにすると言ってくれた。卓上のベルを鳴らせば聞こえるらしい。使用人室のさらに向こうには他の魔法使いの客室があるようだ。今は誰も使っておらず空室だ。


「他に結界の魔法使いって今はいないんですか」

「いらっしゃいますよ。ただ魔法使いとして活動するのではなく、料理人として活動されております」


は?料理人??

他の若い使用人たちに指示を出しながらマリアが答えてくれた。どうやら成人男性が1人いるようだ。私と同じように結界を強化するようにお願いされたが、なぜか料理人として働くことになったようだ。どうやら魔法の練習に興味が持てなくて、そして元々の職業が料理人だったらしく、ここの料理の質を上げるべく日々頑張ってくれているらしい。初めは隣の客室で暮らしていたけれど、今は本人の希望もあって使用人の宿舎にいる。マリアは私に付く前はその人に付いていて、今は同僚になりましたと笑いながら教えてくれた。


「料理人になってからそれはそれは生き生きとされています。初めは魔法使いとして活動してくださらないのでやきもきしており、私もよくお小言を言ってしまうため嫌われておりました。ですが今ではいかに人をもてなすかということを一緒に熱く議論する仲間です。彼曰く料理は人をもてなし癒す魔法だと。それを極め伝道するのが自分の役割なのだと張り切っております」


そう話すマリアも楽しそうだからきっと魅力的な人なのだろう。


「マリアはこの仕事をしたくて使用人になったの?」


さっき王様はこの国の人は自分の幸せを追求できると話していた。職業の自由はあるのだろうか。


「小さいころは漠然と人を喜ばせる仕事に就きたいと思っていました」


この国では女性が仕事を持って働くのは少数派らしい。嫁いで子供を産み、守り育てるのが仕事という考えだ。マリアも周囲を見てそう思っていた。それでもだいたい小さいころは親の稼業や家事の手伝いをしたり、教会に併設されている学校のようなところに行ったりする。兄弟の多かったマリアは母親の家事手伝いをしながら過ごしていた。けれど兄弟を育てているうちにもっと上手にお世話したい、という意欲が出てきた。誰かを支えるような仕事に就きたいと思うようになったらしい。

この国で就業してもいい15歳になる時にたまたま王城の使用人募集が出た。王城の使用人ともなると縁故で身元をきちんと保証された人がなることがほとんどだったようだ。でも職業としての門戸を開くべきだという王様の意向により公募がなされたらしい。初めての試みであり希望者が殺到した中、マリアは運と勢いで使用人枠を勝ち取った。

一般公募の使用人ということで初めは風当たりも強く仕事を覚えるのも大変だったようだ。根気強く一つ一つ仕事を覚え、新しく入ってくる使用人たちにそれを丁寧に教えているうちに使用人長まで上がってしまったとのことだった。仕事に夢中になるあまり婚期を逃したとぼやいている。それでも若い使用人たちに仕事を教え、主をもてなすこの仕事はやりがいがあってとても誇りに思っていると教えてくれた。


「新しく入ってくる若い子たちが私の娘のようなものですね」


今は教育に力を入れているらしい。このままがんばって勤続し、いつか使用人頭になりこの城を支えていきたいというのが願いだという。

熱いなあ、使用人長!

まだ自分は高校生だが、いずれは社会人として仕事をする。女性としてどのようにキャリアを積み重ねていくのかまだ見えない部分もあった。

両親は医師だ。父親はともかく、母親は忙しそうで夜も当直と言って帰って来ない日があった。小さいころ私はそれがとても寂しくて、面倒を見に来てくれた祖母に抱きついて眠っていた。年の離れた兄姉は私の前では寂しがることはなかったが、祖母は小さいころは皆同じように寂しがっていたと教えてくれた。

休みの日も仕事に出ることが多く、両親そろって家族で出かけるのは滅多になかった。たいがい父親か母親だけだ。

保育園の時も朝一番乗りで登園し、帰りは最後の1人だった。両親は朝早く出勤し、兄姉も中学高校は遠かったため同じように早くに登校してしまった。だから小学校1年生になると私は朝から鍵っ子だった。

そんな生活をしていたため両親は私たちに医師になるようには言わなかった。むしろ女性には大変だとこぼしたこともある。それでも兄も姉も医学部へ進学し医師になった。なんとなく流れで私も医学部を目指してはいる。けれどそれが本当にやりたいことなのかどうか、私にはまだ見えなかった。

使用人として生き生きと働いているマリアを見ると羨ましく思う。いずれ私も自分の天職に出会えたらいいなと漠然と思った。


寝室での荷物の運び込みが終わり若い使用人が3人居室に入ってきた。


「それでは歓迎会に向けて準備をいたしましょう」


夕方からの歓迎会に向けて、どうやら私は入浴と着替えが必要らしい。寝室へと誘導され説明を受ける。衣装は先ほど運び込まれたものから3着ほど選び出されており私が選ぶらしい。


「あまり派手ではないものがいいので、これで」


紺色のワンピースを選んだ。ワインレッドと空色のワンピースに比べレースなどがついてはいるものの色合いは落ち着いていた。私が選ぶと「落ち着いた感じのものがお好きなのですね」とマリアが納得したように言った。


「今のお衣装も落ち着いた色合いですから同じようにお似合いでしょう。ですが」


そう言ってワイン色のワンピースも私にあて、一緒に鏡をのぞき込む。


「若くておきれいなのですから、いずれはこういったものもお召しになられるとよいかと思います」


なんとなく派手な気がして尻込みすると、察したようにマリアは笑った。


「今回はこちらで参りましょう。ではこれに合う装飾具を出して」


若い使用人たちに指示を出しながら、私を浴室へと案内する。寝室の向こうに小部屋があり、脱衣所とその先に浴槽が見えた。結構大きな浴槽だ。ちょっとした温泉宿のお風呂といった感じで、白っぽい御影石で床も浴槽もできていた。湯気が立ち込めていて暖かい。蛇口からは暖かいお湯が流れ出ている。

水道があるのだ、しかも給湯器付き!

お風呂好きの私にとってはうれしい誤算だった。24時間入り放題?好きに入ってもいいの?

マリアに聞くと王城の上の方に水槽があるらしい。毎日そこに担当の魔法使いが水とお湯を貯めている。その水槽から水道管でつながれ各部屋で水とお湯が使えるようになるという仕組みだった。排水設備も整っていて、聞くと上下水道に関しては王都中整備されている。ただお湯が出るのは一部の裕福な家だけで、入浴する際には薪で沸かすらしい。街の人も比較的毎日入浴するそうで、街には大きな共同浴場などもある。もちろんトイレも水洗だ。

ビバ!文明!

私は大喜びで入浴した。ただ髪を石鹸で洗うのには驚いた。ごわごわになる。でも仕上げにいい香りのオイルを桶に入れてそれで髪をゆすぎ、しっとりさせるようだった。初めての入浴でマリアも手伝う気満々だったから、教えてもらいながら入る。体はスポンジのようなもので洗う。海綿だろうか。そもそも石鹸の技術も素晴らしく、泡立ちが良い。香りも色々あるらしく、明日にはいくつか持ってきましょうとマリアが言った。


満足のいくお風呂タイムの後はマッサージ。浴室に置かれたベッドに横になると、マリアの指導を受けながら若い使用人がいい香りのオイルでマッサージしてくれる。少し恥ずかしいけど腰や胸には布がかけてもらえるので恥ずかしさは軽減する。背中や指、足のマッサージはあまりにも気持ちよくて、疲れていた私はあっという間に寝てしまった。

声をかけられて起きた時にはしっとり肌の私ができあがっていた。


「気持ちよかったー」


眠い目をこすりながら起き上がる。マリアと使用人たちは満足そうだ。


「次はお衣装とお化粧でございます」


全力で私をマッサージしてくれた使用人たちはそこからテンションが上がっているのか、それとも時間がないのか、ものすごい勢いで私に衣装と装飾具をつけていく。手際がかなりよく私はただぼーっと立っているだけだ。衣装を身につけると1人女性が部屋に入ってきた。どうやら髪を乾かすために風の魔法を使う魔法使いらしい。

この世界では人がドライヤーなのっ??

ちょっと衝撃的な事実だ。これでは毎日洗髪できない。洗髪しても自然に乾かすしかないのかな。長い髪の私には対策が必要だ。後でマリアと相談しよう。

髪が乾くと魔法使いは退室し、燃えている使用人たちによる髪結いとお化粧が始まった。私にできることは邪魔をしないようにじっとしていることだけだろう。ややもするとうとうと眠ってしまいそうになるのをなんとか堪え、出来上がった自分を見た。


「これはすごい…」


化けた。私化けたよ。これは一体誰なのかというほどに。自分史上最高のできだ。


「マリア、すごい!みんなすごいよ!まるで私じゃないみたい」

「お衣装が出来合いのものでしたのでまだまだですが、今日できる中では最高の出来かと思います。次は採寸をしてアヤ様用にいくつか仕立てることに致しましょう」


あれ、小説の中とかではこういう時には「もともとの素材がよかったのです」や「磨けば光る玉でしたので」など一応私のことも誉めるものではないのだろうか。まあ、それだけ平凡な顔立ちなのだけどね。うむ。

マリアと使用人たちはやり切った、というかのように満足そうな顔をしている。彼女たちからしてもいい出来なのだろう。

ハーフアップにした髪には銀色の細い鎖が何本かついた髪飾りがつけられ、お化粧によって少しぼんやりとした顔立ちがきりりとした印象の美人系になった。スカート部分を白いレースによって飾られた紺色のワンピース。銀色の細やかな細工がいくつもついた華やかな首飾りがシンプルな紺色の上でひときわ映えていた。

お姫様までゴージャスではないが、お嬢様と言われるレベルではある。王様がご一緒ということであまりに質素な装いは失礼にあたるらしい。


お迎えの男性使用人が来て、護衛を従えて私は広間まで案内される。


「お帰りになられましたらゆっくりと休んでいただけるよう準備をしておきますね」


部屋を出るときに若い使用人のエレナがささやき、にっこりと笑う。

行く前からもうこの部屋に戻って癒されたいと思ってしまった。


次は明日朝に投稿します。

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